第159話 神童と最恐の祖父たち
ウィルとティアが想いを通わせてから半月。ウィルはティアとの婚約を確実なものにするため、凄まじい勢いで走り回っていた。
父である皇帝との約束『口説いて振り向かせる』をクリアしたのだ。婚約まではスムーズに進むだろう。
そう思っていたのに、会議では賛成する貴族は少なかった。
「先日までサザラシア王国にいたのでしょう? 皇太子妃を務められるほど賢いとは思えませんな」
「私も学園に通っている息子から、帝国共通語すら危ういと言われていると聞いている」
「私もだ」
「いつの話をしているのです? クリスティアーナ=モーリス嬢は、現時点で話せる外国語は十五カ国語、読み書きができる外国語は十カ国語にも及ぶのですぞ?」
宰相が苛立ちながら反論しているが、それも伝わらないようだ。
「そんなこと、信じられるわけがないだろう。まだ十歳にも満たないと聞いている」
「その通りだ。ウィリアム第二王子殿下が十四歳であらせられるのだから、侯爵家にも相応しいご令嬢は何人もいるだろう」
「静粛に!」
これでは話がまとまらないと、皇帝が声を上げた。
「最初に言っておこう。クリスティアーナ嬢は現在、帝国学園八年生のSクラスで、ウィリアムの同級生だ。先日、学園で起こった毒草事件で、真っ先に毒草を見つけ、手柄を立てた人物でもある」
「ウィリアム殿下はまだ納得できますが、殿下よりさらに五つも年下の小さなお嬢さんが飛び級の試験に受かるとは思えませんな」
皆が言うことも分かる。ウィルもそうだが、ティアの賢さも常軌を逸しているからな。特筆すべきは集中力だろう。本を与えれば読み終わるまで声をかけても気づかないほどの集中力は、あの年の子どもが持ち合わせているものではない。
「学園の試験では不正など一切できないことを、上位貴族のあなた方が知らないとでもおっしゃるのですか? 私も学園の卒業生ですが、私たちを侮辱なさるおつもりか」
ティアの正体を知っているダークネス辺境伯が声を上げ、イーサンのことで借りがある伯爵は大きく頷いている。
「辺境伯閣下、そうは言っておりません! 我々も、学園の卒業生なのですから」
「では、なぜ疑うのですか? クリスティアーナ嬢は、学力も、武力も、魔法まで素晴らしいと聞き及んでおります。お祖父様でいらっしゃるジョセフ卿と、その弟であるジョエル卿が師匠だとおっしゃっているのです。年齢は関係ないのでは?」
「そ、それは……」
「呼んだかのお?」
ひょいと現れたのはジョセフとジョエル、双子の老人たちだった。
「あ、い、いえ……」
「うん? 質問があるなら答えるが?」
「で、では、皆を代表して私めが質問させていただいてもよろしいでしょうか?」
皆が二人の出現に萎縮していることを察したダークネス辺境伯が声を上げた。
「ダークネス辺境伯閣下、何でも聞いてくだされ」
「ありがとうございます。現在、お孫様であらせられる、クリスティアーナ嬢に関することで、それは嘘ではないかという話がいくつかあるのですが、真偽を確かめたき話がいくつかございます」
「ほお。それで、何を知りたい?」
「まず、話せる外国語が十五カ国語で、読み書きできるのが十カ国語であると」
「それは情報が古いな。話せるのは十八カ国語に増えておるぞ? 読み書きできるのは十二カ国語だったかのう、ジョセフ」
「ああ、その通りだ」
「次は……学園に通っていらして、八年生のSクラスに在学中でいらっしゃると」
「ああ、そうじゃ。そのおかげで、生徒に死者が出ずに済んで良かったわい。あの授業で毒草を見つけられなかったら大変なことになっておったのだぞ? 何と、二十本も毒草が紛れ込んでいたのだからな」
「な、なんですと!?」
会議室はざわざわと騒々しくなった。貴族の子息や令嬢のほとんどが通っている学園で起こった事件なのだから、驚くのも無理はない。
「静粛に! 他に質問は?」
「最後に、クリスティアーナ嬢の魔法や武術の師匠が、お二方であると」
「ああ、そうじゃ。クリスティアーナはセンスがあったからな。訓練を始めたのは、確か二歳だったか?」
「あの馬鹿親父から取り返して、すぐだったな。自分の身ぐらい守れるようにと、少しばかりスパルタだったかも知れんが……」
「まあそれで、我々にも数回に一度は勝てるまでになったのだから問題はあるまい」
「な、なんですと!? 何度かに一度でも、お二人に勝てる、と?」
「くくっ。我が孫娘は、私の上の娘に似たようでなあ。まるで娘の生き写しよ」
「ルチア嬢の生き写しとは。血筋というのは恐ろしいものだ」
確か、双子の母親がバーバラの姉でルチアといったな。ティアの母親であるバーバラも魔物を捌いていたというし、爺さんがあれなのだから、血は争えないのだろうな。
「他に、何か質問は?」
「ところで、私の孫娘がどうかしたのか?」
「ジョセフ、僕の妃にクリスティアーナを願っているんだ。許してもらえないだろうか?」
「ジョエル、どう思う?」
「ティアが「うん」と言うなら、ワシらが文句言うこともあるまい。貴族間での恋愛成就なんて珍しいからな。話題にもなろう」
「ふむ。ウィリアム殿下、ティアからの了承は得たのですか?」
「ああ。やっと先日、想いを通わせることができたんだ」
「ほお。それはおめでとうございます。ワシは殿下がティアだけを愛し、世を治めてくださるなら文句はありませんぞ」
「そうですな。私も祖父として、孫娘を幸せにしてくださるなら、認めましょう」
「ありがとう! ジョセフ、ジョエル」
ウィリアムが見上げると、皇帝は「ふうっ」と息をついてから周りを見渡した。
「異議のある者はおらぬか? おらぬなら、第二王子ウィリアムの婚約者として、クリスティアーナ=モーリス嬢を指名することとする」
立ち上がり「おめでとうございます!」と笑顔で拍手するダークネス辺境伯たち。一方で、自分の娘を妃にしたかった貴族たちは、苦虫を噛み潰したような顔で不承不承に手を叩く。こうして、長く続いた話し合いはようやく決着がついたのだった。




