第158話 同じ気持ちに染まる林檎色の頬
レックス兄ちゃんからの外出の誘いを断った翌日。兄ちゃんはアリー姉様と、そしてウィルも一緒でいいからとランチに誘ってくれた。
学園内で、ウィルたちもいてくれるならと頷くと、兄ちゃんはとても嬉しそうににっこり笑ってくれた。
その笑顔が私に向けられているのだと分かってはいるけれど、何だか申し訳ないなといつも思っていた。夏休みの時のように『兄ちゃん』としてならたくさん遊びたいけれど、再会してからの兄ちゃんは別人に見える。兄ちゃんが酷いことをするとは思えないし、好意があっての行動だとは理解しているけれど、何だか少し怖い。私の方が強いはずなのに、変だよね。
そう思っていると「迎えに来たぞ――」と声が聞こえ、顔を上げると廊下にレックス兄ちゃんが立っていた。
私がウィルに視線を向けると、彼は笑顔で頷いてくれた。ランチの誘いを受けた時から、ウィルは機嫌が良い。最近は隈ができるほど大変そうだったから、少し安心した。
四人で食堂のランチボックスを購入し、人気の少ない裏庭の奥にあるガゼボでサンドイッチを広げた。
「相変わらず野菜のサンドイッチが好きなんだね」
「はい」
目を細めて嬉しそうに声をかけてくるレックス兄ちゃんに、小さく頷く。最近、兄ちゃんにどういう態度を取ればいいのか分からなくなっていた。アリー姉様に相談したら『ティアが思うように行動して良いのよ。嫌なら嫌って言って良いの』と言われたけれど、それは私にとって解決策にはならなかった。
「ティア、僕のトマトもお食べ」
ウィルがランチボックスを私の目の前に置いてくれた。私はトマトが大好物なのだとウィルは知っているから、ランチボックスを注文した時はいつも、私に分けてくれるのが当たり前になっていた。
「ウィル、ありがとう!」
つい笑顔になって、自分のフォークでトマトを刺し、パクッと食べた。ウィルはいつものように、私が食べるのを嬉しそうに眺めている。ふと、レックス兄ちゃんが動かずに固まっているのに気づき「どうかしましたか?」と尋ねるも、彼は苦笑いしながら首を横に振っていた。
私は疑問に思いながらもサンドイッチを食べ終わり、教室に戻る準備をして立ち上がった。
「クリスティアーナ嬢、またランチに誘っても良いだろうか?」
「ええ、今日のように皆でランチなら」
「ありがとう!」
喜んでいる兄ちゃんの手が、ほんの少しだけ私の腕に触れた、そのとき――。
「ティアに触るな!」
大きな声を出すのを見たこともないウィルの怒声に、私はビクッと肩を震わせてしまった。ウィルは、私が父様から怒鳴られるのを怖がっていることを知っている。だから私の前では決して大声を上げないようにしてくれていた。そんなウィルの優しさに、私はずっと救われてきたのに。
「あ……、ご、ごめんね、驚かせちゃったね……」
悲しそうな顔で謝ってくるウィルに「大丈夫だよ、ウィルは怖くないよ」と伝えたいのに声が出ない。もたもたしている私をよそに、ウィルが意を決したように「嫌だったんだっ!」と苦しそうに声を上げた。
「ティアが他の男に触れられるのが、とても嫌だったんだ……」
目をギュッと瞑って勢い良く話し出したが、後半は力なく声を絞り出すようなウィルの言葉に、私は「なるほど」と納得した。ウィルの腕に絡みついたあの令嬢に嫌悪感を覚えたのは、ウィルが他の誰かに触れられるのが嫌だったからだ。
「私も、嫌だった。腕に触れられるだけで、何だか落ち着かない気持ちになるの」
「ティアも嫉妬、してくれたの?」
「……嫉妬……?」
「うん。独占欲だね」
さらりと漏らしたウィルの顔が真っ赤に染まる。言ってから照れるなんて。……「独占欲」。そうだ、私はウィルを独り占めしたかった。ウィルも、私を独り占めしたかったの?
すぐには理解できず、エルフのお兄さんに国立図書館から借りてもらった物語を思い出す。嫉妬、独占欲……すべて恋の物語で主人公が抱いている感情だった。……私、ウィルが好き、なの?
「おっ、ティアの顔も林檎みたいになったな。くくっ」
「えっ?」
レオンの声に、私は頬を両手で包んだ。火照っている。でも、それってウィルも私のことが好きってことだよね? 私はウィルを上目遣いで見上げる。するとウィルは照れながらも、私の手をギュッと握り、視線は合わないけれど力強く頷いた。
「僕は、ティアが好きなんだよ」
お互い顔は真っ赤になり、顔は上げられないけれど、指を絡めてしっかりと握り合う。固まってしまった私たちを慮ってか、アリー姉様が兄ちゃんに声をかけた。
「お兄様、残念でしたわね。結局は、お兄様が恋のキューピッドになってしまわれるとは、予想もしていませんでしたけれど」
「うっ……」
「馬に蹴られるようなことをするからだぞ」
「はあ……。帰ったら兄さんに慰めてもらおう」
楽しそうに話している三人がそこにいるのは分かっているけれど、その会話は今の私たちには、まったく入ってこなかったのでした。
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