第142話 悔しさと決意
ブティックでブルース卿と別れ、俺たちは街へ来ていた。
生まれてからの大半を「クリス」として生きてきたティアは、やっと本来の姿に戻ったわけだが……。動きがあまりにもぎこちない。そして致命的なのが『言葉遣い』だった。
「兄様としては、そんなティアも可愛いんだけどなあ」
「最悪、私たちの前でしか喋らなければ良いんだしね」
「ラウル、ルシアン、それでは困る」
将来の王妃にと願っているウィルは、必死に抵抗しているな。あんなの、双子の冗談だろうに。
「私は寡黙なほうが、ミステリアスで好きだけどね」
「ルシアン、お前の好みを言ってどうするんだ」
「あはは。だって、これだけ美しければ、にこっと微笑んだだけでイチコロだろう?」
「それはそれで困る!」
ウィルが必死に言い募っている。しかし、話に乗れないのは、当人のティアであった。
「ウィル、ボク……わたくし、えっと、喉が渇いた……」
「ああ、そうだね。ブティックを出てから何も飲んでいなかったもんね。ルシアン、一緒に飲み物を買って来よう」
二人は屋台に向かって歩き出した。俺とラウル、そしてティアは、広場のテーブルに向かうことにしたのだが……。つい、いつもの癖で、俺とラウルはさっさと歩いてしまったのだ。
「可愛いお嬢ちゃん、俺たちと遊ばない?」
置いてけぼりになったティアが、ナンパされていた。ティアの本来の強さを知っているから、俺はそこまで慌てなかったのだが、ラウルが「ぶわっ!」と魔力を膨らませて威嚇している。
「おい、俺の妹から離れろ」
「うん? な、なんだよ……。ちょっとお茶でも飲もうと誘っただけだ。あんたらがこの子から離れたのが悪いんだからな!」
そう言い捨てると逃げて行った。ラウルは体格ががっちりしているし、高身長だから威圧感が強いんだよな。
「ティア! 大丈夫!?」
走って戻ってきたウィルに、ティアが頷く。
「うん、大丈夫だよ。ジュース、買ってきてくれてありがとうね、ウィル」
笑顔で感謝を伝えられたウィルは、耳まで赤くしていた。この二人は、当分進展しないんだろうなあ、なんて思っていると……。
「ティア、外にいるときは、僕がエスコートするよ。そのほうが、ティアも歩きやすいだろう?」
ウィルが肘を曲げて腕を差し出す。ティアはにっこりと笑って「ありがとう、ウィル!」と喜んでいた。
こうして、俺たちは街を見て回った。色んな店を見たけれど、ティアはぬいぐるみなど、可愛らしいものには興味を示さないようだ。ウィルは今後、ティアにプレゼントを贈るための『調査』も兼ねているから、たくさん質問をしていた。後ろを歩く俺たちは、その様子を温かい目で見守っていたのだが……。
「おうおう、可愛らしいカップルだなあ! 坊や、その彼女、オレに貸してくれない?」
ニヤニヤとした顔つきの男が近寄ってきた。ウィルは「キッ!」と相手を睨むが、まだ成長途中である彼の身長は成人女性にも届いていない。少し迫力に欠けるんだよな。その男もやめておけばいいものを、あろうことかティアの手首を掴んだのだ。
「離せ! 嫌がっているじゃないか!」
自国ならば、ウィルが皇太子であることを知らない人間などいないだろうが、ここはサザラシア王国なのだ。下手に暴力を振るうわけにもいかない。さて、ウィルはどうするのだろうか?
俺だけではなく、双子も手助けする気はないようだ。このようなシチュエーションは、学園内でも起こらないとは言い切れないからな。
「痛い。離して。ボ……わたくし、ついていかない」
「おー、可愛い声じゃーん! ごめんね、お嬢ちゃん。そんなこと言わないで、ついてきてよ!」
男はエスコートしていたウィルの腕をバシッと弾き、ティアを抱え上げようとした。
「ダメだよ。お兄様より弱い人とは遊ばない」
「え?」
ティアが俺たちを指差すと、男は顔色を変えて、一目散に逃げ出したのだった。
「ウィル、大丈夫?」
「僕は大丈夫だよ。腕を弾かれただけだし。ティア、手首は平気?強く握られていただろう?」
ウィルはティアの手首を入念にチェックしてから言った。
「これまで、双子やレオンたちに守られていたんだな。クリスからティアに戻ったんだから、僕も頑張らなきゃ……」
独白に近い呟きは、ウィルの悔しさを物語っていた。
「ティア、よくできたね。ちゃんと覚えていたんだね、えらいえらい」
双子がティアの頭を撫でながら褒めている。そういえば出発前、ルシアンがクリスに説明していたことを思い出した。
『良いかい、クリス。あちらの国に行って着替えたら、たくさんの男が声をかけてくるからね。しつこいヤツが絡んできて、どうしても躱せないときは、「兄様より強くなきゃ遊べない」とか「兄様に勝てない人とはお付き合いできない」って言うんだよ』
『ん? ごめんなさいじゃダメなの? 今まではそれで、納得してくれたんだけどなー』
『悲しいことに、この世の中は良い人ばかりじゃないんだ。父様のように、自分勝手な考え方で、思うように話を進めたいと思っている人間なんて、たくさんいるんだよ』
『え……。そうなんだね、気をつける。女の子の格好をしたら、弱く見えるから、つけ込む人がいるってことかなあ?』
『そうそう。自分より下だと決めつけて、言いなりにさせたがるんだ。そういう人間に限って、強くもないことが多いんだけどね』
『そっか、分かった。兄様たちは強いけど、一人になった隙にたくさんの女の子に囲まれちゃってたもんねー。ボクじゃ、躱せそうにないや』
そんなことを話していたのを思い出した。今回は、後ろに俺たちがいたから何とかなったが、ウィルは早急に対策を考えるだろう。
明らかに落ち込んでいるウィルと、それを成長と見守っている双子。何も言わないけれど、エスコートの腕を軽くさすりながら並んで歩いているティア。ウィルは自分の気持ちで精一杯のようで、ティアが気遣っていることに気づいていなかった。
そうこうしながらも、ブルース卿の屋敷に戻ってきた。着替えてほっと一息つく。これで一段落かと思いきや、ウィルの姿が見えなかった。俺は少し心配になり、集中して耳を澄ます。ウィルは……いた。
「くそっ!」
お? 珍しく、ウィルが悪態をついているな。今日の場合は皇族の威厳も使えなかったし、体格差はどうしようもないもんな。仕方ない。少し話をしてみるか。
「今の時点では、身長や体格はどうしようもないから仕方ないさ」
「……ラウル」
俺より先にウィルのもとにいたのはラウルだった。
「帝国に戻って、加減を覚えるのがいいと思う。他国では、どこまで手を出して良いのか、分からなかったんだろう?」
「ああ。僕に手を上げた時点で、他国の皇族に危害を加えたと言われたら、彼を助けることもできないだろうと……」
「自分の決断で人一人の人生が変わることを理解しているんだ。素晴らしい選択だったと思うよ」
「……ありがとう、ラウル」
何もできなかったと悔しがるウィルの成長が、喜ばしく感じた俺であった。
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