第14話 優しい嘘と、思いの強さ
エルフが干し肉を運んで来てくれた日の夜。どうやらあの男がリリィと言うティアの侍女を、森の手前の広場で殴りつけていた様だ。恐らく、その侍女を助けようとして捕まったエルフが、翌朝の早くに髪を切り落とされたのだろう。招かざる者が侵入していた訳だから、人間では無い、違う種族であるエルフだと気付かれた可能性が高い。エルフの髪は高く売れるからな。
「レオン、どうだった？」
ティアに狙い澄ましたかの様なピンポイントのタイミングで話を振られ、我はビクッとした。エルフの髪を守れたのは良かったが、ティアにはリリィが殴られていたと言い難いな……ティアを傷つけないためにも、殴られたのは誰か分からない体で説明するしか無いだろう。
『どうやら、あの男がまた『誰か』を殴ったみたいだな。恐らく、エルフはそれを助けようとして捕まったのだろうから、これで一安心だぞ。お手柄だったな、ティア』
「おてがら？そう……なのかな？殴られた人はだいじょうぶだったかなぁ？とうさまはなぜ、人を殴ったりするんだろうね。わたしはとっても悪いことだと思うのに」
ティアは正義感が強いんだな。我もそう思うから、あの男が悪い人間だと知りながらも何も出来ないのは何とももどかしい。しかし、余計な事をしたり言ったりする事で、ティアに何かをされたらと思うと、大人しく身を潜めている事しかできないのだった。
『あぁ、そうだな……ああいう人間に対しては、反面教師と言ってな。悪い人や悪い行動を見たら、自分がそうしない様に、そうならない様にって考えて行動するんだぞ』
「うん、そっか。分かった。悪いことはマネしちゃだめだもんね。エルフのおにいさんが言った事をマネするね！」
コクコクと頷きながら返事をするティアに、つい笑顔がこぼれる。見た目がフェンリルだから、とてもわかりづらいのだがな。
『そうだな、それが良い。エルフであれば、ティアに悪い事は絶対に教えないだろうからな。それだけは信じて良いぞ』
「うん！エルフのおにいさんと、レオンの言うことは信じてるからね。それにしても、次の本が来るのが楽しみだねー！」
次に持って来る本を、帰ったら選んでくれると分かっているからだろう、もうその本の事しか考えられないみたいだな。ティアにとっては初めての外国語となる言葉は、どの国の言葉なのだろうな？実は、我も少し楽しみだったりする。
恐らくティアなら帝国語で書かれた本は、古語までスラスラと読める様になるだろう。エルフの国は、何語だったか……我も新しい何かを勉強しても良いかも知れないな。共に学ぶ事も楽しいだろう。そうだな、現在の貴族について知る事は、今後のティアの役に立つだろう。次回にでも、貴族図鑑を持って来て貰おうか。
そんな事を考えていると、ティアがジッと我の顔を見つめている。この顔は何かを伝えようと、どう言うべきか考えてる時の顔だな。我も少しだが、ティアの考えが読める様になって来たぞ。
「ねぇ、レオン。わたしは、とうさまみたいに叩く側にはなりたくないな。わたしは、叩かれる人たちを守る側にいたいと思う。できれば、とうさまに傷つけられた人たちを治してあげたいと思うの」
我の目を、キラキラした眼差しで見つめながら、強い意思を持って語りかけてくるティアに、我らを眺めていたアトラが反応した。
「ねぇ、ティア。森の精霊や動物たちは、ティアに傷を治してもらって元気になってるよね？それで十分じゃないの？」
アトラはティアが、もう十分に、森の仲間たちを助けていると言いたいのだろうな。だが、ティアはそれでは納得していない様だ。
「あのね、アトラ。神聖力の本にね、ケガを治すのがむずかしい時とか、治すのに時間がかかる時に使える魔法があるって書いてあったの。こうりつのいいやり方とかも。たとえば、キズが大きくて、治すのに時間がかかる時は、血を止める魔法と、痛みを少なくする魔法をかけてから、神聖力のこかつ？に気をつけて治すといいんだって」
凄いな。あの古語の本に書いてあったのか？ちゃんと読めたうえに理解して、自分のものにして使いこなそうとしているだと？…………この子は2才だよな？我は、古語は難しいから一緒に勉強しようと、しつこく付き纏ったからか、その本の中身も見せてもらえず知らなかったのだが。ティアはあの本に書いてあった事を実際にやって覚えたいと言う事だろう。
『ふむふむ、なるほどな。それは良い考えだと思うぞ。知識も能力も成長出来るだろう。だが、ティアはそれらの練習のやり方なども分かっているのか？本に詳しく書いてあったか？』
その方法は神聖力の基本であるから我も知っているし、もちろん教える事も出来る。だが、自分でやってみたいと言うのであれば、やらせてみるのも良いかも知れないな。
「えっと、痛みを少なくするのは神聖力を手に集められたら出来るんだって。血を止めるのは体の表面だけに神聖力をちょくせつ当てるんだって書いてあったよ」
『そうか、そうか。では、ティアは手の平に神聖力を集める練習をすれば良いのか？…………骨折を治した時にできていたな。それを出血してる所に当てるだけなら、もうティアは出来てしまうのではないか？』
「あれ？ほんとだねー！じゃあ、こうりつのいいやり方と、神聖力を練って強くする練習の方がいいのかな？」
段階的に練習する事を決めていた様だな。自分に必要な練習を2歳児が考えて出来るとは……信じられないと言いたい所だが、目の前で起こっている事だからな。それにしても、このままでは我の出番が無さそうだから、勉強の効率的なやり方でも話してみようか。
『そうだな。昼は明るいから本を読み、薄暗くなって本が読めなくなったら神聖力の練習をすれば、勉強の効率は良いと思うぞ』
「なるほど、そうだね！ありがとう、レオン。暗くなって来たら、神聖力の練習をするね！」
このようにティアと過ごす毎日は、何千年も変わりのない日々を送っていた我にはとても楽しかった。出会ってひと月も経っていないが、ティアは我の中で誰よりも愛おしい存在になっていくのであった。
