第121話 俺は頼れるお兄ちゃん! ★レックス side
新月の夜とは、これほどに何も見えない恐ろしい夜なのか。俺は辺境伯の森の手前で息を呑んだ。昨晩はがむしゃらだったから、恐怖すら忘れていたんだと思う。いや、クリスの『ライト』のおかげもあったのだろう。最初から別行動となってしまったから、アリシアやルシアンの『ライト』では、昨日のクリスほどの明るさは出せないようだ。
そんな中で、治療しているアリシアとルシアンを守ろうと、俺も必死に剣を振るっていた。既に日付も変わり、疲れも昨日の比ではなかった。魔物は凶暴化していて、剣が一度では通らないぐらい硬い。戦っている俺たちも、治療しているアリシアやルシアンも、いい加減、限界に近くなってきた。
もちろん、理解はしている。皇都へ魔物が入らないことが最優先であることも、そのために俺たち侯爵家と辺境伯家が命を賭して領民を守るべきことさえも。だが、このままでは……。幼い彼に全てを強いるのはおかしいと理解している。でも、お願いだ、クリス。どうか、アリシアたちを助けて、守ってやってくれ。
そう祈りながら、必死に剣を振るう。そんな俺の視線の先……暗闇の中を、ちょこまかと動く影を見つけた。あれは辺境伯の息子か? おい、危ないぞ! なぜそんなところにいるんだ?! ん? あれは弟か! くっ、猛ダッシュしても俺では間に合わないかっ! ダメだ! そんな小さな命を食らってくれるなよ!
「うぉおおおお――――――っ!」
体を強化し、限界まで踏ん張って、魔物と子どもの間に飛び込んだ俺は、ドン!と何かに打ちつけられたようだが、魔物だろうと剣で首をはねた。飛んだ首を確認し、「ほっ」として前を向くと同時に、なぜか胃が気持ち悪くなって「ゴボッ」と口から液体を吐き出した。うん? なんだ? 感覚がおかしいな。
俺は立っていることもできなくなり、膝をついて……体を支えられず、地面に頭から倒れ込んだ。何が起こっている? 俺は魔物がぶつかってきた腹を見やる……ああ、食われたのか。さすがにこれじゃあ助からないだろう。まあ、構わないさ。幼い子どもたちが助かるならば、俺の命なんて惜しくない。
「お、お兄ちゃ、お兄ちゃん! イヤだ、死なないで――――」
ああ、去年の夏に遊んでやった……確か、ミッシェルだったか?
「ミッシェル、すぐにここから逃げるんだ。あれは弟だろう? 弟を連れて、屋敷で大人しくするんだ。小さな弟を守れるのはお兄ちゃんのミッシェルだけだからな。大人たちは皆忙しくて誰も見ていられないのだろう? ほら、早く行くんだ。弟を守るんだよ、ミッシェル。ミッシェルは立派なお兄ちゃんなんだから」
かすれた声で、怯えさせないように笑顔で話しかける。だが、血塗れの俺を見たミッシェルが怖がらないはずがないのにな。俺はいつものように頭を撫でようと手を上げたかったが、もう動かない。それでもにっこりと笑って見せると、ミッシェルは泣きながら立ち上がり「弟は僕が守る! 僕はお兄ちゃんだから!」と言って走って行った。良かった……きっと彼らは助かるだろう。
しかし、指すら動かせないとは参ったな。声を出そうとしたが、もう腹に力が入らず出ない。ああ、視界すらぼやけてきた。俺の最後に見える景色には……あれは、アリシアか? 俺の可愛い自慢の妹。『聖女』として認められたからと、近々パーティーをする予定だったのにな。ああ、泣かないでくれ。俺は後悔していないんだ。伝えたいのに声が出ない。
「お兄様! イヤっ、イヤよ! お願い、間に合って――――っ!」
温かいな……これが聖女の力なのだろうか? 薄っすらと目を開けると、アリシアの隣には肩に手を回したルシアンも俺に治癒魔法を使ってくれているようだ。いつもなら、妹を触るなと手を叩き落としてやるのにな……。ルシアン、妹を頼む。幸せにしてやってくれ……。
「くっ、出血は減ってきたけれど、治癒が追いつかない!」
「な、なんてことだ! そんなに大きな穴……。子どもたちを庇って……本当に申し訳ない! ああ、神よ! どうか子どもたちを守ってくれたこの勇敢な彼を救い給え――――」
辺境伯のオッサンまで来たのか……。まだ魔物も残っているのに、俺なんかで立ち止まらないでくれよ。確かにもうすぐ夜明け……そうだな、夜が明ければ魔物は多少弱くなる。それまで怪我人が増えないことを、祈っているよ……。
「…………え? レックスにーちゃん? に、兄ちゃん? 嘘だ、兄ちゃんっ!」
『クリス、落ち着けっ! 我も手伝うから、大丈夫だ!』
「血、血がっ! イ、イヤだぁっ! うわぁ――――――――っ!」




