第102話 夢に導かれて
珍しく午後の授業が早く終わった日の帰り際。皇帝に呼び出されたいつものメンバーは、謁見の間ではなく広い応接室に通された。いつもより広い部屋で、メイドが菓子などを運んでくることから、話が長くなりそうだと推測した。
「お掛けになって、ごゆるりとお過ごしください」
テーブルの上に茶や菓子を置く、丁寧で優雅な所作は、さすが皇帝付きのメイドと言えるだろう。そんなメイドが退室して間もなく、皇帝と宰相が現れた。ジョセフとジョエルはなぜか隠密魔法で姿を消しているな? 誰か来るのだろうか。
「待たせただろうか。皆、よく来てくれた。今日はそなたたちにお願いがあって来てもらったのだよ」
確かに笑顔なのだが、有無を言わさぬ圧で話す皇帝は、何だか裏がありそうだな? それを理解しているのか、不敬ではあるのだが皆がとても嫌な顔をしている。神獣である俺は断る権利があるが、俺以外は断れないからな。面倒な話なのだろうか?
「くくく、そんな嫌な顔をしないでおくれ。ルシアンとラウルには朗報だぞ?」
「「え?」」
イタズラが成功した子どものような、ニヤリとした笑顔を見せた皇帝は、入口の扉に視線を向けた。
「入りたまえ」
「〝失礼します!〟」
入って来たのは、サザラシア王国のブルース卿だな。ん? 後ろに誰かいるようだが、知らない魔力だぞ。
「「ブルース!」」
双子はブルース卿にハグ……というよりは、凄い勢いでぶつかりにいったな。
「〝おー! ルシー、ラウル! 久しぶりだな! クリス様、お久しぶりです。お元気でいらっしゃいましたか?〟」
「〝はい、ボクも元気です、が……。何かお困りですか?〟」
真面目なクリスは、サザラシア側の魔物の森に何かあったのだろうかと、少し不安な表情を浮かべていた。それに気づいたブルース卿は、快活に笑いながら説明してくれる。
「〝あははは! クリス様、ルシーやラウルのお力添えで、サザラシア側の森は現在も安定しております。今日は、この子を連れて来たのですよ〟」
ひょっこりとブルース卿の後ろから出て来たのは、明るい茶髪で目のクリクリした可愛らしい……男の子だな? 照れながらサザラシア語で挨拶する姿は、とても可愛らしい。
「〝初めまして、ぼくはオルコット侯爵家の次男でルカと言います。よろしくお願いします〟」
「〝ルカは17歳なのですが、ルシーやラウルと同じ学年に留学させてもらえるとの計らいで、ありがたく受けさせていただくこととなりました。クリス様、よろしくお願いしますね〟」
幼く見えるが、彼は17歳らしい。俺から見れば12歳ぐらいだな。ただ、ウィルが随分と大人っぽくなったから、ウィルより年下に見える。我々のクラスは18歳が通っているのだが、学力は問題ないということなのだろう。
「〝あ、はい。あの、ボクにばっかりお願いするのは、何か理由があるのですか?〟」
「〝あ、バレてしまいましたか。実は、ルカが『光魔法』を使えるようになったのです〟」
「〝なるほど、そういうことでしたか。サザラシア王国では『光魔法』を使う人がいらっしゃらないのですか?〟」
「〝全くいないわけではないのですが……。その、王家と教会があまり仲良くないのです。数年前に魔物が大量に発生したとき、教会は一切助けてくれなかったのです〟」
「〝王弟が亡くなったときか?〟」
「〝はい、そうです。レオン殿は王弟の末の息子ということになっているのですよね? であれば、レオン殿のお父上が亡くなった、あの日もそうでした〟」
「〝なるほど、それは国王としては仲良くしたくないだろうな〟」
「〝そうなんです。それに、私は特に国王に可愛がっていただいておりますので、そんな私の息子を教会に預けて大丈夫だろうかと、心配になってしまうのです。かといって、希少な『光魔法』の使い手を育てないことも、国の損失でしょう?〟」
「〝それで、同盟国である帝国に“留学”させることにしたのか〟」
「〝その通りです。この子は人見知りでおとなしい子なのですが、クリス様の話だけは自ら聞かせて欲しいと私に頼み、喜んで聞いていたのです。クリス様のもとへ留学するか?と聞いたときには、「いく!」と、即決するほどでした〟」
「〝父上、ぼくにも話をさせてください……〟」
ルカはブルース卿の袖をクイクイと引きながら、一生懸命訴えている。そんな姿も可愛らしいな。皆もそう思っているようで、ほのぼのとした雰囲気で話は進んでいく。
「〝あ、悪い悪い! ほら、私の前に来なさい〟」
小さくペコリと頭を下げ、少しモジモジしながら頬を赤らめて話し出すルカに、大人たちはエールを送っているような眼差しで両手を握りしめている。確かに、その気持ちは分かるぞ。
「〝クリス様、はじめまして。ぼくは、ルカです。実は、夢を見ました。ぼくは神様だと思っているのですが、その御方は『光魔法』を『聖魔法』と呼び、習うなら帝国へ向かえとおっしゃいました。そして、“愛し子”であるクリスなんたら……クリスという名前の後ろにも何か続いたのですが、長い上に王国では聞かない名前でしたので、分かりませんでした。しかし、クリス様に間違い無いだろうと思いました。“愛し子”のクリス様に教えを請いなさいと〟」
ああ、クリスティアーナと言ったのだろうな。皆が納得した顔をしていた。
「〝それはボクで間違いなさそうです。ルカさん、これからよろしくお願いします〟」
「〝クリス様、よろしければルカとお呼びください。皆様も、どうぞルカと。留学するために勉学には努めましたが、未熟者ゆえ、どうぞご指導の程、よろしくお願いします〟」
深々と頭を下げるルカは、とても腰が低いな。さすが『聖魔法』の使い手だと思ったぞ。それにしても、夢枕に神が立つなんて珍しいな? 何もなければ良いのだが……
「〝学園の方には既に話は通してあるからな。ルカよ、せっかく留学するのだからしっかり励むのだよ〟」
「〝はっ、ありがたき幸せ。必ずや両国の利益となる人間に成長したいと思います〟」
「〝ははは、学ぶ気があって気持ちがいいな。期待している。それで、だ。ルカが帝国に滞在している間の住居だが……。城に住むか、モーリス公爵家で預かるかを決めてくれないか〟」
皇帝はウィルに視線を向け、話をまとめるように促す。
「〝ルカが決めたらいい。城に住むなら僕と一緒に家を出て通学すればいいし、公爵家に住むなら僕がクリスとレオンを迎えに行くから、一緒の馬車に乗って通学すればいいさ〟」
「〝何から何までありがとうございます。ぼくが公爵家に住んでご迷惑をかけるのは心苦しいので、お城でお世話になってもよろしいでしょうか?〟」
「〝もちろん、構わないよ。ただ、言えることは……放課後も公爵家で勉強したり、剣を振るったりして帰るから、どっちに住んでも大体は彼らと一緒に過ごすことになるんだけどね。ふふっ〟」
「〝そうなのですね! ぼくはそれも楽しみです!〟」
小動物のような動きをするルカに、皆が笑顔になる。
こうしてルカは、サザラシア王国からの初めての留学生として、城に住むことになったのだった。
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