第100話 義父と実父の覚悟
これで一段落つけると、俺はアルバートに視線を向けた。すると、アルバートは俺のもとに歩いてくる。
「レオン殿、証拠はありますか?」
苦笑いしながら俺に頭を下げるアルバートを見て、周りがざわつく。証拠とは“動画機”のことだろうな。
「ああ、途中からだがあるぞ。アルバートも大変だな」
俺は何気なくアルバートの肩をポンッと叩いた。いつもならしないのだが、何となく憐れに思ったのだろう。それに反応したのはドミニクだった。
「なっ! 叔父上に気軽に触れるな! それに呼び捨てだと!?」
「ん? そなたの甥は、俺のことを知らないようだな。まあ、学園生活も始まったばかりだから仕方ないか」
器用に片眉だけ上げて見せ、気にするなと伝えたつもりだったのだが、アルバートは慌てて俺に頭を下げた。今日は何度も頭を下げているが、宰相としての威厳は大丈夫なのだろうか。
「ぐっ、も、申し訳ありません! レオン殿にまで失礼を……!」
「いや、俺はまだいい。この男はウィルのことも知らないようだったぞ?」
「は……はあ!?」
冷静沈着と評判のアルバートが、驚いた顔で固まり、その後に顔を真っ赤にして怒り出したのを見て、ドミニクは冷や汗を掻いている。
「で、殿下! 大変申し訳ありませんでした! 私の甥がっ! ど、どんな失礼をしたか伺ってもよろしいでしょうかっ?」
もう、失礼したことを前提で話が進んでいくな。たった数分の出来事なのに、それで失脚するとは。そんなことが、世の中にはあり得るんだな。
「構わないよ、宰相閣下。彼からすると、僕は皇太子じゃないんだって。どうやらニセモノらしい。確か、「平民の仲間は頭が悪い、嘘が下手」だったかな?」
「ニュアンス的にはそんな感じだったな。あとで確認すればいい」
あー、アルバートは顔面蒼白で、魂が抜けたような放心状態になってしまった。だが、すぐに覚醒し、ウィルと俺に向かって勢いよく土下座をした。
「ほ、本当に申し訳ありませんでした! ドミニクは不敬罪で処罰対象としていただいて構いません!」
「え? ま、待って? ど、どういうこと?」
理解の追いついていないドミニクは、あわあわと視線を彷徨わせ、落ち着きがない。
「ドミニク! お前は、こちらにいらっしゃるのが、隣国の王族の血を引いたレオン殿と、我が帝国の皇太子ウィリアム殿下だと分かって言っているのか!?」
「は……はぁ――っ!? う、嘘だろ??」
「いや、俺は皇太子殿下の前でそれは通じないと、ちゃんとはっきり言ったぞ。そうしたらお前が「嘘を吐くな」と信じなかったんじゃないか」
「え……。あっ! だ、だって――――」
「だってもへったくれもない! お前はなぜ、レオン殿の発言を確認もせずに“嘘だ”と決めつけたんだ? 皇太子殿下とは、お会いしたこともあるだろう!」
固まったドミニクは、なぜだろうと必死に考えているようだ。
「え、あ、はい。前にお会いしたときは、もっとピリピリした雰囲気だったので……。廊下でお会いした時は、ほのぼのしたというか、ほんわかした雰囲気で、幼い彼に微笑んでいらっしゃったので違うだろうと……」
苦笑いするしかないウィルは、ドミニクに向かって説明するように話しかけた。
「なるほどね。確かに昔の僕はピリピリしていたかもね。いつどこから刺客が現れるか分からず、落ち着かない日々だったから。今は心強い護衛もいるし、僕自身も強くなったから雰囲気にも余裕が出たんだろうね」
「あ……」
昔、第一皇子や皇妃の刺客に狙われていた事を知っているらしいドミニクは、真っ青な顔をして俯いた。さすがに失礼だったと気がついたのだろう。
そこへ、ジョセフと見知らぬ人間の気配があることに気がついた。ドミニクの関係者か?
「ドミニク! お前は、ちゃんと頭を下げて謝ることもできないのか!? 言い訳ばかりして、まだ一度も謝罪していないのだろう? 心底失望したぞ!」
「え? ち、父上!?」
「皇太子殿下、レオン殿、クリス様。この度は、我が伯爵家の次男ドミニクがご迷惑をおかけしたこと、大変申し訳なく思います。何度言っても思い込みが激しく、これ以上は庇いきれませんので、処罰は殿下にお任せしてもよろしいでしょうか」
「そ、そんな! 父上っ! 俺を見放すのですか!?」
「見放す? 違うだろう! お前は何度注意しても『俺は公爵になるんだ!』と人の話も聞かず、図に乗って借金までしやがって! 私はもう、お前の尻拭いはしない! 自分で責任を取りなさい!」
「伯爵、場所を移しましょう。彼が何をしたのかの証拠もありますので、ご一緒に確認しながら今後を決めませんか?」
「お気遣い、ありがたく存じます」
先ほどまで顔を真っ赤にして怒っていた伯爵は、ウィルに促されると項垂れ、この世の終わりのような絶望的な顔をしている。本来ならこの顔になるのはドミニクのはずなのにな。話題の張本人は、反省している様子もなく、他人事のようにキョロキョロと周りを見渡していた。
★★★
魔術の教師であるヴァリスに断りを入れ、当事者である俺たちと保護者たちは、学園の談話室に招き入れられた。
「レオン様、お願いしてもよろしいですか?」
相変わらず腰の低い学園長が、俺に“動画機”を動かすように頼んできた。俺は正面の白い壁に動画を映す。ちょうど、クリスが「ごめんなさい」と頭を下げたところからだった。
ほんの一時間前の、たった数分間の出来事なのだが、大人たちは渋い顔で唸り、ドミニクの父親である伯爵と、クリスの義父であるアルバートは顔面蒼白で今にも倒れそうだ。
ただでさえ高貴な身分のクリスに平手打ちを食らわせたのだから、当然大変なことなのだがな。それ以前に、あれは幼い子どもにする仕打ちでは無い。人としてどうなんだ? というところまで来ている。
まあ、伯爵は皇太子であるウィルや、俺たち高位の者に対する恐怖のほうが大きそうだ。
アルバートは、クリスが“命の恩人”で〝神の御遣い〟であることを理解しているし、彼の父親の仕打ちもしっているからこそ、クリスに対しての申し訳なさのほうが大きそうではある。
「な、なんということだ! ドミニク! お前は一言も謝っていないくせに、「ごめんなさい」は失礼だと!? どの口が言っているんだ!?」
「そ、その……。あ、あの、も、申し訳ございません……」
「私に謝ってどうする! それに、『はっきり話せないなら平手打ちしてもいい』のだろう? この馬鹿息子が!!」
伯爵は凄い勢いでドミニクを殴り始めた。幼い子どもに手を上げた息子を許せないらしい。
「貴族の風上にも置けないクズに成り下がりやがって――お前はたった今、伯爵家から勘当した! 私の領地……マーシャル伯爵家の地を踏むことも許さん! 我が家の人間に、二度と顔を見せるなよ!」
「そ、そんな! たった一度の過ちではありませんか!」
「はぁ――――。その一度が酷過ぎたんだから仕方ないだろう。私は親として恥ずかしい。人を見下しているだけでも反吐が出るのに、幼い子どもに手を上げるなんて……」
伯爵は、怒りを通り越したのか、悲しそうな表情をしていた。哀れんでいるのだろうか。
そんな父親を見たドミニクは、この決定が覆らないことを理解したようで、膝から崩れたのだった。
落ち着いた日々は、いつになったら訪れるのだろうな。まだ通学して間もないというのに、毎日何かが起こっている気がする。
クリス絡みで教師が二人も辞めることになりそうだしな。これ以上減ったら、授業が成り立たなくなりそうで心配だ。
まあ、学園長が何とかしてくれることを祈るしかない――と、感慨に耽る俺なのであった。
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