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第10話 残酷な力と選択

 翌日の昼、あの男はやって来た。昨日は腕も折れていたし、また高価なポーションを使う羽目にならない様にと思ったのか、あの男は珍しくティアに手を出さなかったから安心したのも束の間……


「おい、3日以内に起こる悪い出来事を教えろ!」


 いつもとは違い、ティアはオロオロしながら言い(よど)んでいる。父親をチラリと見上げたティアは早くしろとばかりに(にら)まれ、「ヒッ!」と息を呑んでから声を絞り出す様に話し出した。


「…………う、ううっ……り、リリィが……」


「リリィ?あぁ、お前の侍女だった女か。そいつがどうした?」


「り、リリィが……とうさまを……う、うしろから……」


「ほぉ?リリィは公爵である私を殺そうとしているのだな?まぁ、確かに恨まれる可能性はあるか。()()()()()()(かどわ)かされるなんて不自然だもんなぁ?はははっ!」


 毎晩、聴き耳を立てていたから分かった事だが、この家には『招かれた者』以外は入れない様に結界の様なものを張ってあるらしい。入る為には、あの男からの『招待状』が必要になると言っていたな。


「まぁ良いだろう。前回はお前のお陰で命拾いしたからな、これをやろう。最近お前は痩せ過ぎているから、私が助かったなら、また菓子を持って来てやろう」


 ティアに渡されたのはフタのついた箱で、入ってるのはクッキーだろう。我の鼻は匂いにはとても敏感だからすぐに分かった。決して食いしん坊だからでは無いぞ。


 ティアは(うつむ)いたまま、コクンと小さく頷いた。男は「フン、愛想の無いヤツめ」と吐き捨てて、屋敷の方へ帰って行った。


「ティア、大丈夫か?一応、それに毒が入ってないか確かめたいから、フタを開けてくれるか?」


「うん…………」


「どうした、元気が無いな?ティアはクッキーは嫌いだったか?」


「ううん、好きだよ。このクッキー、にいさまやかあさま達と最後に食べたクッキーなの…………」


 グッ!と歯を食いしばる。あの男、わざとなのか?あの男が来る度に、我は怒りを抑えるのに必死になっている気がする。そんな我を仰ぎ見たティアは、薄桃色の大きな瞳に、薄っすらと涙を浮かべていた。


「ねぇ、レオン。どうして……わたしに、リリィがとうさまを……こんなの見えなければ良いのに…………うぅっ、うえぇ――――ん!!」


 ティアが父親に言わなければ、ティアが父親に酷い目に遭っただろう。そこで刺された父親が死んでしまえば問題無いのだろうが、ティアは恐らく嘘を吐けないもんな。ただ、視えたものをそのまま言った事によって、ティアの侍女が怒られるだろう事を、ティアは理解しているから泣いているのだ。


 優しいティアにこの仕打ちはとても残酷だ。自分が傷つくか、知り合いが傷つくかを選ばなければならないなんて、その侍女と仲が良かったのであれば、余計に地獄だろう。


 我はティアが泣き止むまで前脚で優しく抱きしめ、ティアの気が済むまで泣かせる事にしたのだった。


 ⭐︎⭐︎⭐︎


「ティア、それは『先読み』という能力なんだ」


 落ち着きを取り戻したティアに、自分の能力を自覚させるために説明する。こういった能力は、自分で自覚しなければコントロールも出来ないからな。ティアの場合、隠さなければならない能力でもある。


「さきよみ……だから明日とか先の景色が見えるの?」


「そうだ。その能力は稀有(けう)で……とっても珍しい能力だから、あまり他人に知られたら良くないんだ。だから、ティアが小さいうちは、我が大丈夫だと言う人間以外には内緒にしてくれるか?」


「うん、内緒にする。でも、何で教えちゃダメなの?」


 ほぉ、理由を求めるか。ティアは賢い上に向上心が高いのか?それとも、知らない事を知るのが楽しいのだろうか?どちらにせよ、この状況は悪くないな。知っている事は勿論、知らなかったとしても我が調べて教えてやれば良いのだからな。


「良いかい、ティア。珍しい能力を持った人間は、(さら)われやすいんだ。ティアはまだ小さいから軽いだろう?大人の男の人であれば、ティアを肩に(かつ)いで簡単に運べてしまう」


 ティアは腕を組んでアゴに手を当て、うんうんと頷いた。似合わない仕草に笑いそうになるも、必死に我慢する。きっと、誰かの真似(まね)なのだろうな。


「そっか。にいさまにも言われたことがあるから、そうなんだろうなぁーとは思ってたけど、聞くことができなかったから……やっぱりにいさまは、わたしのために言ってくれたんだね」


 やはり、ティアは賢いな。大人の言う事が、自分のためだと理解している子供がどれだけいるだろうか。ティアのために知識が必要だと……直近で言えば、父親の暴力や搾取から生き延びるために必要な知識になる訳だが。何というか……そんな事をしなければならない状況にした父親も酷いよな。


「そうだな。ティアの兄様は、大切な妹であるティアを守りたかったんだろう。今度からは、我がティアを守るからな。そのためにも、ティアはお勉強も沢山しなければならぬ」


「お勉強?どんなお勉強かなぁ?前は字の練習とかやってたけど、最近は礼儀作法をちょっとだけだったよ」


「何と!その年で礼儀作法を習い始めるのか?!流石は貴族の子……そうか、ティアは公女だったな。であれば当たり前か?」


 こんな幼い頃から学ぶなんて思わなかったな。まぁ、ティアの場合は自分から習いたいと言ったのかも知れないが……


「そのとし?ティアは2さいだよ。ジョンにいさまは6さいで、双子のにいさま達は18さいだよ」


「そうか、そうか。ティアは記憶力が良いんだな。我は、ティアが……貴族の令嬢が本来勉強すべき事を教えるのは少し難しいかも知れないが……ティアは何を知りたい?勉強したい事はあるのか?取り敢えず、我の知識で教えられる事から教えてやろう」


「ティアはお話を読むのが好きなの。だから、色んな本を読んだりしたいな。本の意味が分からない所を、レオンが教えてくれたら嬉しい」


 ん?我の感覚がおかしいのか?普通の子供なら『読み聞かせ』して欲しいと言うのではないか?ティアは『自分で』読みたいのか……まだ2歳なんだよな?これは先が楽しみだな。我も我の知識は惜しみなく教えようじゃないか。


「そうか、そうか!我は15ヶ国語は読めるし話せるぞ。この国の本に飽きたら、他国の言葉でも学んでみたらどうだ?」


「楽しそう!ティアのおじいちゃまも色んな言葉が話せるんだって、にいさまたちが言ってたわ。わたしも話せるようになるかなぁ?」


「あぁ、勿論だ。何でも諦めなければ、必ず出来る様になる。しかも、それを楽しめたなら、もっと出来る様になるんだぞ」


「え?お勉強は楽しいものでしょ?色んなことを知るのって、とっても楽しいよね」


 ティアは育った環境は良かったんだろうな。事故が起こる前までは……我が絶対に、『可哀想な少女』では終わらせないからな。せめて、ティアが楽しいと思う事はしてやりたいし、させてやりたいよな。


「あぁ、そうだな。うむ、本が好きなら教えやすいな。常識や身の守り方なども書いてある本を探してみよう。ティアが立派な大人になれるかは、我次第という事か。責任重大だな」


「よろしく、おねがいします。レオンせんせい、だね」


 先生か……悪くないな。まさか、我が人間にものを教える事になるとは思わなかったがな。だが、このままで何もしなければ、ティアは父親から解放されたとしても、普通に生きて行くのは難しいだろう。本来なら人の子は、幼い頃から何年もかけて学ぶらしいからな。


「あぁ。これからよろしくな、ティア」


 嬉しそうに目を細めて微笑むティアに撫でられながら、我はティアに読ませたい本を頭の中で考えるのだった。

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