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2―21.一枚の写真



――ソネゴエ キクジン。

 十一歳の時に、自宅に強盗が押し入り、家族を失う。当時外出していた為、一人助かる。犯人は、現在も捕まっていない。

 その後親戚の家に預けられ、地域の中学、高校へ。成績は優秀。

 法科大学へと進学するも、一年で中退。現在の勤務先、ブリリアントにて、同会社会長 早池峰 修造の秘書を勤める。


――ヤナセ フユ。

 曽根越菊塵と同じ大学へと進学。彼と初めて会ったのも大学と思われる。大学へ行っている間は、近くのアパートで一人暮らし。

 妹が良くアパートに遊びに来ていた。



 蓼原は資料を閉じた。

(大学中退は、あの事件の直後……か)

 目に大怪我を負ったのだ。勉学どころでは無かったのは容易に想像できる。

 何度見返しても 曽根越 菊塵の経歴はこの程度。事件の資料も手元にあり、眺めてみるが、鉄パイプには被害者、柳瀬フユと曽根越菊塵の指紋しか検出されていない。さらに、曽根越菊塵と柳瀬フユ以外で、事件の間に部屋に誰かが立ち入った形跡も無い。

 そうなると、曽根越菊塵が怪しい、となるのであるが、彼自身、目に怪我を負い、犯行どころではない。

 それ以前に、人間には不可能な事件現場が出来上がっているのである。

 だが、



――お姉ちゃんを返して



 

 柳瀬アキが曽根越菊塵に放った言葉。お姉ちゃん、とは勿論、被害者の柳瀬フユのことである。曽根越が、柳瀬フユが重篤の状態になってしまった原因とでもいうのだろうか。

 今の所、『当事者』以外に、事件で彼を結びつけることは出来ない。それ以上――容疑者――として、何か結びつけることは出来ないのか、そう願ってしまっている。今まで勤めてきた仕事上、そう思ってしまうのは仕方の無い事である。

(あぁ、煙草が吸いたい)

 気分が苛立ってくると、身体があの煙を欲する。資料を元の場所に戻し、汚れた薄い扉を押し開いた。



「きゃっ!」

 扉に何か当たったような感触。続いて、大量の紙がバサリ、と落下する音が耳に届く。

「あぁ、すまない」

 慌てて蓼原はしゃがみこむ。廊下にしりもちをついた若い女性警官に詫びを入れた。

「た……! 蓼原さん! 私こそすいません! ボーっとしてて……! あ! いいですいいです! 私やりますから!」 

 女性警官が落としてしまった資料を蓼原が拾い始めると、女性警官は何故か頬を赤くして慌てて蓼原を制した。

「ぶつかっておいて、片付けないのも悪いだろうに。……それにしても、かなりの量だな」

 ファイルに、冊子に、ディスク。女性一人で運ぶのは困難な量だ。

「小学校の防犯キャンペーンから帰ってきたら、いきなり、大杉さんから呼び出しが掛かったんです。そうしたらコレですよ。すべて破棄にするんですって」

 口を尖らせながら女性警官はすべての資料を重ね終え、よたよたと抱えて立ち上がった。

「手伝うよ。これは流石に重いだろう」

「いいえっ! 大丈夫です! これくらい! 大丈夫ですから!!」

 妙に強い口調で断られ、蓼原は差し出した手をおとなしく引くしかなかった。

 大量の荷物を持ち署内の廊下を進んでいく女性警官に、すれ違う人々は静かに道を譲っていた。




 ふと、蓼原は足元に何かが落ちている事に気づく。拾い忘れた物がまだいくつか転がっていた。蓼原はしゃがみ、それらを拾った。

 一つは黄緑色をしたプラスチック製の防犯ブザーだった。防犯キャンペーン、という女性警官の言葉を思い出し、小学生に配るものか、と一人で納得をする。後で、あの警官に届けよう。スーツの懐にしまいこんだ。

 そしてもう一つは、写真のようだった。事件の押収物だろうか、開いてあるスーツケースが写っている。蓼原は、それに見覚えがあった。

 写真の裏を見てみる。見覚えのある事件番号――切り裂き事件のものだ。

「……一体、何故」

 ここで、蓼原はふと思い止る。あの女性警官は、資料を破棄する、と言っていなかったか? 蓼原は、大原の居る刑事課へと早足で向かった。




「大杉さん!!」

 部屋に飛び込んできた蓼原に、課内に居た者数人が振り返る。呼ばれた本人は、分かっている、とでも言いたげに目をつぶって頷いた。

「『切り裂き』の資料ですよね? さっきすれ違った警官が破棄すると……」

 蓼原の言葉の終わりを待つように、何度も何度も大杉は頷く。半ば高揚している蓼原を制するように、大杉はゆっくり口を開いた。



「捜査本部、撤収だそうだ」

「……」

 破棄される予定の写真を見てから、うっすら分かっていた。大杉の言葉に、蓼原は大きく息を吐き出した。

「……これで、二回目、ですか」

「そうだな」

「また、警視庁うえから……」

「そうだ。こっちだって、何も聞かされぬうちにこんな状態だ。わけが分からんよ」

 肩をすくめ、乾いた笑いを浮かべる大杉。力なく腕を下げた蓼原の耳に、今まで聞こえていなかった課内のざわめきが戻ってきた。熱が冷まったと自分でも分かる。



 柳瀬フユの事件といい、今回の切り裂き事件といい、自分が追っている事件を、誰かが止めようとでもしているのだろうか。右手に持っていた写真をなんとはなしに見つめる。実物も見ている、切り裂き事件のときに現場に置かれていたスーツケース。どうやらこの事件も、蓼原は公式に追うことは二度と出来なくなってしまったようだ。

 と、蓼原は、一つの出来事を思い出した。写真を大杉に差し出す。

「これ、マスコミには、『カバン』としか言っていませんでしたよね?」

「あぁ、そうだが」

 もう一度、写真を見つめる。カバンと言われて、スーツケースを想像するものはあまり居ない。だが、カバンを聞いただけで現物を当ててしまった人物が一人居る。その人物は、今回の事件について何かを握っている可能性が大きい。もみ消された事件、この二つに関わっている可能性が高い唯一の人物。

 思い過ごしなのかもしれない。しかし、僅かだが事件と、その人物を繋ぎ止める糸口が見えた気がした。


「すいません、失礼します」

 上司の大杉に一礼すると、蓼原は大杉の返事も聞かず、課を飛び出した。

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