#074 退屈/憂鬱 #14
「さやかぁ? ごはんはどうするの?」
タイミング良く母さんの声が階段の方から聞こえる。多分電話が終わったのを見計らってたんだろうけど。
下に戻ると、敬二兄さんは食事を終えて、ソファに深くもたれてテレビを観ている。父さんも帰って来ていて、夕飯を食べ始めていた。
おかえり、と父さんに言いながら席に着くと、母さんが温め直したお味噌汁をよそって渡してくれた。
時計を見ると、たなっちの電話を受けた時からもう三十分以上も経っていた。
なんだかあっという間だったわ。
授業中の三十分は、いつもとても長く感じるのに。
「随分電話長かったのね……お友だちとは連絡取れたの?」
普段なら、「食事中なんだからそういう話は後にしなさい」と言われそうなのに、母さんから話を振って来るなんて珍しい。気を遣ってくれたのかしら。
「おしのちゃんはまだだけど……高見先輩に相談してたの」
「あらそう」
母さんの声が少しだけ高くなる。
喜んでるみたいだけど、母さんが期待するような展開は何もないと思うよ。
「……家出した子がいるんだって?」
父さんが魚をほぐしながらつぶやいた。
もう『尾ひれ』をつけちゃったのね、母さんってば……
「家出じゃないよ。って、いうか、まだ何もわからないの。家出するような子じゃないと思うし――」
「見た目だけじゃ、陰で何やってるかまではわからないのよ」
母さんが横から口を挟む。
「だからって、家出したって決め付けるのも変でしょ。そんなひどい言い方しなくたっていいじゃない。母さんはおしのちゃんのこと全然知らないのに」
――あっ!
失敗した。
腹が立って、つい、口答えしちゃった。
今のは、控え目に否定するか、曖昧にして話を変えるかしなきゃいけないところだったんだわ。
ああ……そうか。
母さんは、『家出した子』がいることを、あたしの口から父さんに話させたかったんだ。
どうしていつも、あたしが嫌がるようなことばかりするんだろう。
案の定、母さんはそれきり黙ってしまい、テレビのボリュームを上げる。「もう話をする気はありません」っていう態度で。
母さんが不機嫌なのはわかりやすい。
だから父さんもあたしも黙々とごはんを食べ続ける。
まぁ、父さんが静かなのは普段からだけどね。
「――ごちそうさま」
無言のまま食事を終え、食器を下げる。母さんはちらりとこっちを見て小さく返事をした。
――もう……子どもじゃないんだし、いつまでもいじけてないで欲しい。
「電話、借りるよ? 高見先輩からそろそろ連絡来ると思うの」
あたしは平静な様子を装ってそう言うと、コードレスの子機を手に取る。それを見た母さんは、少しだけ――抑えきれなかったように――嫌そうな顔をした。
「あまり長電話しないでね。うちの電話は、いつお客さんから掛かって来るかわからないんだから」
――そんなの、言われなくたって知ってるよ……
なんて口答え、絶対言えないけど。
でも母さんの『どうしても何か文句を言いたい』という性格は、やっぱり好きになれない。
というか、今までは嫌々ながらも我慢できていたのに、最近は思わず言い返しそうになることが増えてしまった気がするのよね……
「うん……わかった」
なるべく感情を出さないように返事をする。
父さんのお茶を淹れている間も、母さんは決してあたし目を合そうとしなかった。そんな態度を見てると、なんだかあたしが悪いことしたみたいじゃない?
でもあたしは謝らないから……さっきのは、絶対母さんの方がおかしいと思うし。
部屋に戻り、電気をつけないままで、ベッドに腰掛ける。
タオルケットをもしゃもしゃと丸めて抱え込み、顔をうずめる。ふわふわしてるタオルの感触で、ようやく落ち着いて来た。
さっきの態度、やっぱりあたしの口答えは失敗だったかも知れない。
あたしが悪い子、だけならいいけど、それをおしのちゃんのせいにされたりしたら嫌だわ。
「そういう子と付き合うから、口答えするようになったんだわ」
母さんなら、そんな風に勝手に決め付けそう。
はぁ……




