#073 退屈/憂鬱 #13
――拒絶された……
そう思った途端、手のひらから汗が噴き出すのがわかった。
確かに勝手で都合いい話だし、ひょっとしたら先輩を怒らせてしまったのかも知れない。
「あの……ど、どうって」
言葉が出て来ない。タオルケットを掴んでその感触に集中しようとするけど……やっぱり無理。動悸がしてしまう。
「――難しい? 言葉がよくなかったかな。じゃあ言い方を変えようか。さやかさんは、東雲さんの件をどうしたいと思っているの?」
先輩の声はあくまでも穏やかで、怒ってるようには聞こえないのに。
「……え? あれ? あの――怒ったんじゃないんですか?」
今の先輩の質問は、怒ってるとか、そんな感じじゃなかったような。
そう思った途端にすっと汗が引いて行く。
「なんで?」
電話の向こうで小さく笑い声が聞こえる。
「さやかさんは僕に相談しに来た。で、僕が自分で聞くと決めたのに、何故怒ったりするの? 話を聞くのが無理なら最初に言うよ」
先輩の言うことはもっともだけど……でも、そういう状況で話を聞いてから怒る人が、身近にいるんだもの。
「そっか……そうですね」
先輩の考え方はあたしと同じらしい。少し安心した。話を続けても良さそうなことだけでも、わかってよかった。
「えっと、どうしたい? ってどういう意味ですか?」
「ん~? 言葉通り。僕は超能力者じゃないからね」
先輩の声は、少し笑っているよう。『面白そうだ』と言った時の、あの声。
「東雲さんが今どういう状況なのかは、大体わかったよ」
「はい……」
「でも、さやかさんがどう解決したいのかがわからないと、僕らは動けない……意味わかるかな?」
「あぁ……! わかりました――なんとなくですけど」
とは言ったものの、実際どうするのがいいのかがまったくわからない。なので、正直にそう伝える。
これじゃ先輩にわがままを言って困らせているだけみたいじゃない……何やってんだろう、あたしってば。
「そうか……まぁ、多分そうだとは思ったけど」
先輩の声は相変わらず楽しそうに響く。
――え、あたしそこまで予想されてたの?
「でも、あの、あまり大袈裟なことにはしたくないんです。おしのちゃんがどこにいるのかわからないし、どうして出て行ったのか――」
「東雲……みどりちゃん、っていうのかな? 艶のあるウェイビーヘアだね……きれいにパーマをあてたみたいな髪型だけど、これくせ毛でしょ? 特徴あるなぁ。あと、そばかす――は、夜だし、化粧していたらわかりにくいけど。ふむ」
「先輩、おしのちゃん知ってるんですか?」
確かに、おしのちゃんの名前は翠で、パーマのようなきついくせ毛だけど。
「今、仕事用のノートパソコン持って来た。いつも準備室に置いてあるやつね。これ、個人情報の塊だから、取り扱い注意なんだけどね」
そういうことなのね。っていうか、そんな大変なものがあそこにあったなんて。
「――さて、僕にできることは二種類。普段の範囲での仕事と、その枠を越える……う~ん、仕事って言っていいのかな、これ」
――先輩の言い方は、なんだかいつも謎が多い。
「――よし、とりあえず普段の範囲を超えない方向で行動してみるよ」
ふふ、という笑い声も聞こえた。
「まず東雲さんを探して、帰宅するように説得する。もしも障害があるならそれを事件にならない方法で排除する――場合によっては、東雲さんのご両親にも状況を説明して問題を収束させる――と。そんな感じでどうだろう?」
思わず嬉し泣きしそうになる。高見先輩の提案は、あたしの期待以上だった。
「そうだな……多分……」
高見先輩が考え込んでるように低くつぶやく。
「多分、この街は出ていないと思う。学校も、青木先生のアパートもあるから」
おしのちゃんの行動範囲を考えても、多分そんな感じ。
「ただ、繁華街にいるとしたら……一般的な場所ならすぐ探せると思うんだけど」
逆に、一般的じゃない場所って、どんな所なのかが想像できないけど。
電話越しに、キーボードのかちゃかちゃいうタイプ音と、誰かの話し声が小さく聞こえる。
そのまま数分経ち、なんだかほったらかしにされてるような気がする……と、思った時、先輩の声がまた聞こえた。
「――これで、十五分もすれば情報が入って来ると思う。早ければ五、六分かな」
自身ありげに言う先輩。
「だから、ある程度まとまるまで一度電話を切るよ。あまり長電話するのも悪いし、ね」
「あ、はい……」
「それじゃぁ、いい子で待っているんだよ」と、先輩は最後に言い残して電話を切った。
後から、お礼を言っていないことに気付いた――あぁもう。
あたしって、ほんとに気が利かない。




