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そんなのは知らない魔法使い おわり

刷毛をブリキの缶に入れる。

「ふんふふふーん。良し!」

そう木の脚立から飛び降りる。


「危ないよ。まだ怪我も完治してないんだし」

そうメニョが私の身体を支える。

「こんなの平気、平気! でも見てよ!」


そう私は掌で通りに面した煉瓦造りの私の店を示す。

「私の魔法帽子店!」

私は拳を握りしめて喜ぶ。


「ふふ! 市場を独占だあ! まだ誰もやってないもん!」

そう両手を上げながら街の真ん中で跳ねる。

「病み上がりだろ。無理すんな」


そうジャンが私の頭を後ろから軽く叩く。

「資金を出してくれた将軍に感謝するんだな」

「確かにね。でもこれだけの働きはしたよー」


私は後ろ髪を撫でながら口を細める。

メニョが私にこっそり耳打ちする。

「すごい格好良い男の人つれてきたね」


私は得意気にメニョに恋愛指南をする。

「ふふ。そうだろうメニョ。これからの時代、女も待ってるだけじゃ駄目なのだ。もっと積極的に動かないと」


そう指を振って鼻高々になる。

「でも今頃は将軍も戦後処理で忙しいだろうな」

ジャンは気にせず話をつづける。


「……うん。ハンスと上手くやってるかな?」

そう小さな皇帝を想う。

「彼のおかげで和平が締結出来た様なものだ。教国の混乱に乗じて反攻に出ようとする重臣達を鎮めたのも彼だと聞く。噂に違わぬ名君だ。真に民の事を考えている皇帝だ」


「……うん。素敵な人だったもん。これから成長してもっともっと素敵な男の人になるんだろうな」

そう遠くを見ながら彼を想いだす。ヴァルディングスのことも。


「あれ? ジャン今、ちょっとすねた顔した? ああ、わかった! 嫉妬したんでしょー? 私が他の男の人褒めたから」

そう意地悪な顔で彼を困らせることを言う。


「す、するわけないだろ。俺が。も、もう大人なんだぞ」

もう彼の表情から気持ちも解るんだ。

だってずっと一緒にいたから。


「おーい!」

そう豪奢なマントを着た赤髪の男が駆け寄ってくる。

金色の髪の女性も一緒だ。


「開店おめでとう! カーシャちゃん! これ祝いの花」

そう花束をもらう。こんな立派な花を貰うのは生まれて始めてだ。

腕に抱えるのが難しいくらい大きな花束。


「流石クルスさん。洒落てますね。それにその恰好も良く似合ってますよ」

彼は髪を掻きながら溜め息を吐く。

「はぁ近衛隊長とはいえ守るのは声のでかい爺だからなあ。よっぽどアミィを守ってる時の方が張り合いがあったよ」


アマリアさんも笑う。

「期待されてるって良いことじゃないですか」

「とは言ってもなあ」


そうクルスさんは残念そうな表情で頭を掻く。

「ジャン。……また俺と剣を振るう気はないか?」

「遠慮しておくよ。俺はパン屋をやるんだ」


ジャンは眼を細める。

「妹との約束でもあったからな……」

その言葉にクルスさんも頷く。


「まぁお前は優しいからな。そっちの方があってるよ。うん。血なんてお前には似合わないさ。人を幸せにする仕事がお前には合ってるよ」

そう彼は微笑む。


「しかし惜しい気もするなあ。最強の黒騎士を倒した灰騎士……。」

ジャンは躊躇いながら口を開く。

「俺が着いた頃にはもう彼は他の騎士達との戦闘でぼろぼろだった。……それに彼はきっと倒される事を望んでいたんだろう」


「償いのために戦ってたんだからな」

クルスさんも頷く。

「任務で離れてたとはいえ、家族を凶賊に殺された事をずっと悔やんでたもんな。『最強の騎士なんて呼ばれてるくせに家族一つ守れなかった。』そう後悔してたっけな。だから黒騎士になった。幸せな家族を生き返らせたくて」


「本当はどう思ってたのかなゴーディさん」

クルスさんの言葉にジャンは黙る。

「よくお前に言ってたもんな。『過去にとらわれるな。』って」


クルスさんが小さく呟く。

「最後まで俺達のこと考えてくれてたんだな……」

ジャンも頷く。


「それはそうとクルス」

彼がクルスさんの肩に手を置く。クルスさんは少し涙目だった。

「俺の店に花束は?」


その言葉に赤髪の騎士の顔が硬直する。

「お、お前、人が感傷に浸ってるのに! そりゃあお前は最期を看取れたからいいさ! というか欲しかったのかよ!? 男に花なんか必要ねえだろ」


そう口喧嘩を始めるいつもの二人。道行くソルセルリーの人々も呆れた顔で二人の横を通り過ぎてゆく。


「やっぱりジャンさんは優しいですね。私もクルスさんが明るくなって安心しました」

そうアマリアさんが微笑む。

「……アマリアさん」


私の中では一番優しい雰囲気を持ってたのはアマリアさんだったけど。いつも温和で余裕があって笑顔を絶やさない素敵な人。近い年齢だったけど憧れていた。


「好きな人と一緒に暮らせてカーシャさんが羨ましいです……」

そう彼女は伏し目がちに呟く。

「あ、いや。まだそうと決まったわけじゃ……」


私は慌てて説明する。

こんな素晴らしい人に羨ましがられるなんておかしい。

私、そんなに大した人間じゃないの自分で一番わかってる。


「それにクルスさんだってきっとアマリアさんを大事に思ってるんじゃないですか?」

彼女は顔を曇らせる。


「まだはっきり愛の言葉をもらったわけじゃありません。きっと私なんてたくさんいる女の子の一人かも。……地位も顔立ちも良いですから。いくらでも女性は選べる筈です。もっと相応しい人だってたくさんいるのわかってます」


そうアマリアさんは哀しい顔を浮かべる。

最強の魔法使いをこんなに苦しめるなんて。

恋って本当に凄いな。


「おいカーシャ!」

「カーシャ・ヴァレンタイン!」

「やっと会いにこれたぞー」


そう魔法学院のみんながやってくる。

「みんな!」

そう私も思わず手を広げて笑顔になる。


「大活躍だったんだって!」

「俺達の誇りだよ。お前は」

「ゴミの勇士を抱きしめてくれ」


そうみんなを抱きしめる。確かに一人ちょっと臭かった。

それでも関係ない。強く抱きしめる。


「あれ? この人は?」

「ん。アマリアさん。『雷神』って方が有名かな」

「アマリア・ヴァルトロメイ!」


そうみんなが興奮して握手を求める。

その様子にアマリアさんの方が驚いていた。

「世界最強の魔法使い!」

「噂通り。絶世の美女! 強くて美しいなんて反則です!」

「是非、魔法学院で教鞭を取ってください! ああもう僕アマリアさんのためなら何枚でも嘆願書を書きますよ!」


そう男性陣の興奮した様子を見て女性陣は彼等に冷ややかな視線を送る。

その男性陣の群れにクルスさんが割り込んでくる。

「えぇい。失せろ発情期のクソガキども。いいか! 教えといてやる」


彼は咳払いをする。

「アミィはな。俺とこれからずっと一緒に暮らしてくんだ! 俺が幸せにする女なんだ!」


その言葉にアマリアさんの瞳が震える。

「……それって」

「わかったら散れ! クソガキども!」


彼の剣幕に魔法学院の生徒たちは逃げ出す。

「またなカーシャ」

「帽子買いに来るよ」

「また一緒にご飯食べようねー」


クルスさんが息を切らしてる。

アマリアさんの頬はまだ林檎みたいに赤色のままだった。

眼が涙で潤んでいた。


「嘘じゃないですよね?」

そう彼女は両手を頬に添える。

「嘘じゃないよ。本当だ。絶対に幸せにする」


そうクルスさんがはっきり答える。

彼の胸にアマリアさんが飛び込む。

「嬉しい。嬉しすぎて何て言っていいかわからないです」


そう泣きながら彼の胸に顔を預ける彼女をみてこっちまで幸せな気持ちになる。

「ずっと。ずっと一緒にいるよ」

そう彼もアマリアさんの黄金色の髪を撫でる。


良かったねアマリアさん。

本当に良かった。


通りから街の人たちが歩いてくる。


「おぉー噂通り今度の酒屋の娘は美人だなあ」

「あぁオレオール一の美人だ」

「これは通い詰め間違いなしだなあ。器量よし愛想よし! 完璧だ」


その言葉にクルスさんはぴくっと反応する。

胸で泣いてたアマリアさんもそれを見逃さない。

「クルスさん? さっき約束しましたよね? 今言ったばかりですよね?」


彼はたらたら汗を流しながらおどおどと喋る。

彼女の視線が痛そうだ。


「も、もちろんさ。お、俺の愛を信じるんだアミィ」

「ふーん。じゃあ何で今『美人』って言葉に反応したんですか?」

「そ、それは男の性というか。だから仕方ないというか……」


沈黙が広がる。

アマリアさんの冷たい眼。

鳥が鳴いた。


「……さあ! もういかないと! カーシャちゃん。ジャン元気でな! お前らも絶対に幸せになるんだぞ! さらばだ!」

そう彼は急いで立ち上がる。

「あ! まだ話は終わってないですよ! こら! クルスさん! いやクルス! 待て! ……あっ、失礼します。絶対また会いましょうね!」


そうアマリアさんも彼の後を急いで追いかける。

「な、なんか嵐みたいな二人だったね」

私がそう言うとジャンも頷く。


小さな風が吹く。

それが私の髪を揺らして頬を叩く。


「本当に終わったんだね」

「……イベニアがこの疲弊した教国と帝国を狙っている。それに争いあった国、民がすぐに許しあえる筈もない。それに信仰を失った人々。まだまだ問題は山積みだ。終わりどころかこれからがはじまりかもな」


私も頷く。

「たしかに困難かもしれないね」

風がまた吹いた。


「だけどね信仰心が消えてしまってもね。世界がどんなに難しくなっても」

私は胸に手をやる。

「私たちの心まで無くなるわけじゃないでしょ?」


そう微笑む。

「人間の心は美しいよ。信じようよ。それを伝えていこうよ。例え宗教を失っても誰も信じれなくなっても自分の心は信じられるでしょ」


彼は黙って私の言葉を聴く。

「この美しい心を膨らませていこうよ。自分で信じられない時は誰かに信じさせてもらおう。困ったときは誰かを頼ったって良いと思う。だって人間は一人じゃ生きられないんだからさ」


私は遠くを眺める。

「カーマインだって……。もっと優しい人にたくさん出会ってたら違う人生もあったのかな」


そう白の魔法使いを想う。

間違った道を歩んだ人だったけど。

優しい人だったと思う。


非凡な感性を持っていた分、人の卑怯さや心の醜さが許せなかったんだろう。人より多くのことを感じすぎたんだ。彼にとってはこの世界なんて価値の無い退屈な世界に思えたのかもしれない。胸にむなしさを抱えて生きていたんだと思う。


「教皇は本当に死んだ人間を生き返らせられたんだろうか」

ジャンの問いに私は首を横に振った。

「たぶん嘘だよ。きっと生命活動を停止した直後の人間なら甦らせられたんだと思う。だけど過去に亡くなった人を甦らせることはできなかったんじゃないかな」


だって彼は失った人達のことを本当に悲しそうに語っていた。

愛した人を取り戻したい気持ちが一番強かったのはきっと彼だったんだろう。だから生命の神秘を探っていたのかな……。


もう全ては憶測にすぎないけど。


「過去は変えられない」

ジャンがはっきり言う。

まあ。そうだよね。否定できない当たり前の真実だ。


「前に進めないくらい哀しい過去を消せたらって、もっと上手くいってれば今違う自分になれたのにって俺も何度も思う。それでも過去は変えられないんだ。残酷なくらい俺に根付いてる。俺の心に影響を与えつづける」

彼は唇を動かす。


「だけど未来なら変えられる」

その言葉にはっとなる。

「過去を変えられない分、俺は未来を変えてみたい。希望を持って生きたいんだ」


彼は私の横で微笑む。

「この心臓が止まるまで絶対に諦めたりはしない」

私は彼の言葉にときめく。


「それを教えてくれたのはお前だカーシャ。最後まで絶対に諦めなかったお前が俺の英雄だ」

その言葉に胸が震えてしまう。褒められ慣れてないからどんな顔をしていいかわからない。


「ありがとう」


そんな意味不明な言葉が出てしまう。

こっちが褒められてるのに、ありがとう、なんて訳がわからない。

でも今、胸に浮かんだ言葉がそれだったんだ。


「……それにまだ俺の返事を言ってなかったな」

そう彼は唇を私の耳元に寄せる。

「え?」


その言葉に顔を茹でダコみたいに真っ赤にする。

両手で頬を押さえる。

「……嘘みたい」


言った直後の彼を見つめる。

彼も頬を赤くしていた。耳まで赤くしている。

「ね、ねえ! もう一度だけ言って! まだ信じられないの!」


「大切な言葉を何度も言えるわけ無いだろ!」

「そんなこと言わずに! ああ凄く嬉しい。今一番人生で幸せだよ!」

そう私は頬を赤く染めつつも彼の袖をつかむ。


「駄目だ! 駄目だ! ……おっそうだ小麦粉が切れてたんだ。買ってこないと」

そう彼は頬を赤く染めながら踵を返す。


「ああジャンずるいよ!」

これからたくさん聞ける言葉だとわかっていても。

何回でも何度でも聴きたい。


幸せで夢みたいだ。

彼は足早に行ってしまう。

私が追いかけようとするとメニョも頬を赤く染めながら私の袖を掴む。


「カーシャ幸せになったんだね」

私も頬を赤く染めて彼女を眺める。

「うん! ずっと今までつらい人生だったから! 奇跡って本当にあるんだね!」


そう彼女を抱きしめて思わず街の中で踊る様に回ってしまう。

メニョは眼を回す。

「あのねカーシャ」


「ん?」

彼女はおずおずと革製の本を差し出す。

「なにこれ? 聖書? 魔術書?」


あれ何も書かれてない。白紙の本だ。

「いつか物語が本に書かれたらって話してたでしょ?」

彼女はおずおずと語る。


「私、物語書こうと思って。カーシャが帰ってくるまでずっとお金貯めて紙を買ってたの!」

彼女は震えながらつづける。


「もちろん最初に書く物語は私の親友の物語」

そうメニョは胸に本を抱えながら言う。

「カーシャの冒険を書くよ」


私は頭を掻く。

「そんなに大した話になるかなあ……。私、結構中途半端だよ」

「でもみんな言ってたよ。『カーシャ・ヴァレンタインは最強の魔法使いじゃなくても』」


彼女は息を吸う。

「『最高の魔法使い』なんだって!」

そうメニョは涙を浮かべながら叫ぶ。


こんなに褒めてもらえて嬉しさで一杯だった。

私も涙を隠したくて踵を返す。

「さあ。私も好きな人を追いかけようかな。逃げられたら困るし」


そう悪戯気に笑って駆けだす。

「ああ待ってよカーシャ! 親友を置いてかないでよ。話したいこと一杯あるんだよ!」


そう彼女も私を追いかけて駆ける。

煉瓦細工の道を駆ける私。


後日、メニョの本の書き出しを見た。

凄い綺麗な字だった。私が最初にもらった手紙と大違い。

もうみみずが這った字じゃ無かった。達筆だ。


その本にはこう書かれてあった。

この作品の主人公は、


臆病で、弱くて、決して一番にはなれなかった魔法使い。


だけど臆病でも、弱くても、一番になれなくても、決して諦めなかった魔法使い。確かに強さを持った人間の勇気は素晴らしいものです。しかし弱さを抱えたまま困難に立ち向かう勇気はその何百倍も素晴らしいのです。


この物語はそんな魔法使いの物語。

胸に抱えた誰もが持ってる小さな勇気で世界を変えた魔法使いの物語。

誰かのために小さな勇気を持った魔法使いの物語。


「ジャン!」

私は駆けながら息を弾ませる。

何て言っていいかわからない。


だから何となく胸に浮かんだ言葉をそのまま叫ぶんだ。


「幸せになろうね!」


そう寒い青空に叫ぶ。駆けると胸が高鳴る。


これからどんな未来が待ち受けてるかわからない。

耐え難い絶望だってあるかもしれない。

でも私は知ってるんだ。


希望さえあればどんな絶望だって輝くってこと。

だから。絶望に包まれそうになったら叫ぶんだ。

絶望に負ける。


そんなのは知らないって。


そう彼の背中に跳ぶ。

唇が綻ぶ。身体に風を受ける。それが私の黒い髪をなびかせた。

彼の背を抱きしめる。思わず最高の笑顔で微笑んだ。

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