第2話_悪魔ちゃん、勝手に転校!
その朝、真央直樹は地獄の門をくぐった。
天を突く黒鉄の校門。
燃え盛る校章。
遅刻者を見つけるたびに、三つ首の番犬が「生活指導!」と吠えながら走り出す。
ここは、魔界学園ヘルズ・アカデミア。
校則その一。
遅刻三回で魂没収。
校則その二。
授業中の私語は、すべて呪文詠唱とみなす。
校則その三。
給食の激辛契約ヌードルを残した者は、保護者面談ではなく保護悪魔面談。
校則その四。
進路希望は「魔王」「幹部」「契約営業」「地獄コールセンター」から選択すること。
校則その五。
校歌の最後は、必ず世界征服宣言で締めること。
そんな恐るべき学園の大講堂に、全校生徒の拍手が鳴り響いていた。
壇上に立つのは、ひとりの少年。
名前は真央直樹。
昨日まで普通の高校生だった彼は、悪魔契約によって魔王候補として選ばれたのだ。
「新入生代表、魔王ナオキ様から一言!」
骸骨教師がマイクを差し出す。
黒いマントを羽織らされた直樹は、引きつった笑顔で口を開いた。
「えー、本日はお日柄もよく、人類滅亡には最適な――」
「言うかぁぁぁ!」
直樹の叫びが、嘘ナレーションを真っ二つに叩き割った。
黒鉄の校門も、三つ首の番犬も、骸骨教師も、魔界学園ヘルズ・アカデミアも、まとめて霧散する。
現実。
そこは、真央家の玄関だった。
直樹は制服姿で鞄を持ち、目の前に立つ仔悪魔を見て固まっている。
仔悪魔――天満アイもまた、なぜか鏡星学園高等部の制服を着ていた。
リボンは曲がっている。
角は全然隠れていない。
背中の羽は鞄からちょっとはみ出している。
それでも本人だけは、完璧な転校生の顔をしていた。
「おはよう、ダーリン! 今日からアタシも同じ学校だよ!」
「勝手に俺を魔界へ転校させるな! あと魔王でもない!」
「魔王ナオキ、語呂いいのに」
「よくない!」
「でもダーリン、今日からアタシと一緒に登校だよ?」
「それが一番、現実であってほしくない!」
直樹は玄関の壁に手をついた。
昨日、カップラーメンから仔悪魔が出てきた。
昨日、電子契約で人生を巻き込まれた。
昨日、真央家に居候が決まった。
そして今日。
その仔悪魔は、直樹の高校生活まで侵略する気でいる。
たった一晩で、家庭内災害は学園災害へ進化した。
「さあ、行こうダーリン! 世界征服の第一歩は、まず学校から!」
「登校を侵略活動に分類するな!」
直樹の叫びは、朝の住宅街にむなしく響いた。
近所の犬が、また一匹、わん、と鳴いた。
たぶん昨日の夜と同じ犬だった。
* * *
真央直樹は、ほとんど眠れないまま朝を迎えた。
目の下にはうっすらクマ。
頭の中には、昨日の出来事。
カップ麺。
仔悪魔。
電子契約。
ドラ焼き。
電柱。
居候決定。
並べれば並べるほど、どこから悪夢でどこから現実なのかわからなくなる。
「……学校に行けば、少しは普通に戻れる」
直樹は制服に着替え、鞄を持って階段を下りた。
家はもうだめだ。
母は受け入れた。
妹は懐いた。
悪魔は居座った。
だが、学校は違う。
学校には校則がある。
出席簿がある。
職員室がある。
いくらなんでも、悪魔の勢いだけで侵入できる場所ではない。
「おはよう、ダーリン!」
玄関に、鏡星学園高等部の制服を着たアイが立っていた。
直樹は無言で一歩下がった。
そして、そっと階段を上ろうとした。
「待って! 現実から逃げないで!」
「逃げるに決まってるだろ! 現実が制服を着て玄関に立ってるんだぞ!」
アイはくるりと回った。
制服のリボンは盛大に曲がっている。
頭の角は、まったく隠れていない。
背中の羽はリュックから半分はみ出している。
尻尾は腰のあたりでゆらゆら揺れている。
さらに、昨日の魔界制服についていた黒いマントまで肩にかけていた。
「どう? 人間界の学生っぽい?」
「悪魔界のコスプレ通学だ」
「ひどい!」
「まず角」
「カチューシャです」
「羽」
「リュックの飾りです」
「尻尾」
「ベルトです」
「マント」
「防寒具です」
「六月の朝に防寒具はいらない!」
アイは胸を張った。
「悪魔は冷え性なんだよ」
「初耳だよ!」
直樹は額を押さえた。
ツッコミが追いつかない。
朝から脳の処理能力が危険水域である。
「その制服、どこで手に入れた」
「お母さまが用意してくれた!」
「母さんの適応力が怖い!」
台所から、真実ののんびりした声がした。
「直樹、アイちゃんを学校まで案内してあげてね」
「母さん! 悪魔の通学を家庭で承認するな!」
「道に迷ったら大変でしょう?」
「迷ってくれたほうが世界のためだ!」
「ダーリン、ひどい!」
アイが頬をふくらませる。
その横から、制服ではなく中学の通学服を着た遊羅が顔を出した。
「お姉ちゃん、制服かわいい!」
「ありがとう、遊羅!」
「お姉ちゃんって呼ぶな! 呼ばせるな!」
「でも、似合ってるよ? リボン曲がってるけど」
「これは魔界式アシンメトリー!」
「ただの失敗だ!」
遊羅は楽しそうにアイのリボンを直してやった。
アイは素直にされるがままになっている。
その光景だけ見れば、朝の玄関で妹が新しい家族の身だしなみを整えている、ほほえましい場面だった。
角と羽と尻尾とマントがなければ。
「俺は認めない。学校に悪魔は連れていかない」
「でも契約者の生活観察は、人間界実習のうちだから」
「契約者のプライバシーを尊重しろ!」
「大丈夫。登下校、授業、休み時間、お昼ごはん、放課後まで、ちゃんと観察するね」
「全部じゃねえか!」
アイは目をきらきらさせて、玄関のドアを開けた。
「さあ行こう、ダーリン! まずはクラス制覇から!」
「登校初日の目標が物騒すぎる!」
直樹は鞄を握りしめた。
後ろでは母がにこにこしている。
横では妹がにこにこしている。
前では仔悪魔がにこにこしている。
逃げ道はない。
玄関の外には、いつもと同じ朝の住宅街が広がっている。
ただし、今日からその朝には、制服姿の仔悪魔が一匹追加されていた。
「……俺の高校生活」
直樹は小さくつぶやいた。
「昨日のうちに遺言を書いておけばよかった」
「ダーリン、早く!」
「ダーリンじゃない!」
真央直樹は、人生で初めて、登校前から下校したいと思った。
* * *
真央直樹は、いつもの通学路を歩いていた。
ただし、いつもと違う点がひとつある。
「ダーリン、見て! 地面に白い縞々の召喚陣がある!」
「横断歩道だ!」
制服姿の仔悪魔が、隣でいちいち感動していた。
アイは横断歩道の前でぴたりと止まり、真剣な顔で白線を見下ろす。
「これを渡ると、別の世界へ行けるんだね?」
「行けるのは道路の反対側だけだ」
「でも、人間たちが信号の色に従って一斉に動いてるよ? 集団儀式じゃないの?」
「交通ルールだ! 儀式に見えるほど人間社会はちゃんとしてるんだよ!」
信号が青になった。
アイはきらきらした目で一歩踏み出す。
「人間界、奥が深い……!」
「横断歩道で感動できるの、ある意味うらやましいな」
歩いて数分。
今度はコンビニの前で、アイが足を止めた。
「ダーリン! あの建物、すごい魔力を感じる!」
「コンビニだ」
「供物交換所?」
「まあ、だいたい合ってる気がしてきた」
「お金を払うと、甘いものや飲み物や揚げ物が手に入るんだよね? 人間界の契約システム、優秀すぎない?」
「それを契約と呼ぶなら、レジは悪魔だらけになる」
アイは自動ドアをじっと見つめた。
人が近づくと、扉が開く。
「扉が人間を選別している……!」
「センサーだ」
「アタシも選ばれたい」
「登校中にコンビニへ吸い込まれるな!」
直樹はアイのリュックをつかんで引っ張った。
その拍子に、リュックの隙間から小さな羽がぴょこんとはみ出す。
通りすがりの小学生が「あ、羽」とつぶやいた。
直樹は即座に言った。
「飾りです」
「うん、飾り!」
アイも胸を張る。
羽がぱたぱた動いた。
「動く飾りだ!」
「最新式だ!」
「人間界、すげー!」
「小学生に夢を与えるな! いや、与えてる場合じゃない!」
さらに進むと、自販機が並んでいた。
アイはその前で、またしても立ち止まる。
「この箱は?」
「自販機」
「小銭で願いが出てくる箱?」
「飲み物が出てくる箱だ」
「願いより便利じゃん!」
「価値観が悪魔なのか庶民なのかわからないな」
ちょうど前を歩いていた生徒が、スマホをかざして飲み物を買った。
ぴっ、と音がして、缶が落ちる。
アイは目を見開いた。
「今の見た!? 魔法だよ! 板をかざしたら供物が落ちてきた!」
「電子マネーだ」
「人間界の魔導技術、侮れない……」
「その感心の仕方、たぶん決済会社も困る」
そのとき、後ろから聞き慣れた声がした。
「……朝から何やってんの、あんたたち」
振り返ると、佐藤美咲が立っていた。
肩には通学鞄。
片手には、いつものようにバスケットボールが入ったバッグ。
そして視線は、直樹ではなく、アイの制服姿に釘付けになっている。
「……本当に来たんだ」
「おはよう、幼なじみ!」
アイは元気いっぱいに手を振った。
美咲の眉がぴくりと動く。
「名前で呼びなさいよ」
「じゃあ、古参」
「朝から喧嘩売ってる?」
「登校一分で戦争を始めるな」
直樹は即座に割って入った。
美咲はアイを上から下まで見た。
「制服、着てるし」
「似合う?」
「角がなければね」
「カチューシャです」
「羽は?」
「リュックの飾りです」
「尻尾は?」
「ベルトです」
「マントは?」
「防寒具です」
美咲は直樹を見た。
「……昨日より言い訳が洗練されてる」
「洗練されてこのレベルなんだよ」
アイは直樹の腕にぎゅっと抱きついた。
「ダーリン、人間界の通学路って楽しいね! 契約者候補もいっぱいいるし!」
「通学中の生徒を見る目が危ない!」
「ほら、あの子なんて魂の輝きがよさそう」
「品定めするな!」
美咲が、すっとアイと直樹の間に入った。
「ちょっと近い」
「契約者だから」
「学校ではそういうの、目立つからやめなさい」
「幼なじみは管理者権限を主張するんだね」
「古参とか管理者とか、ほんとに一回言葉選び直しなさい」
ばちばち、と二人の視線がぶつかる。
直樹は朝から胃が痛くなった。
「頼むから、校門に着く前にラブコメ戦争を始めるな」
「ラブコメじゃない」
美咲が即答した。
「アタシはダーリンとの契約ラブコメだよ?」
アイが即答した。
「俺の意思を置いてジャンルを確定するな!」
美咲は小さくため息をつくと、直樹の隣に並んだ。
「まあ、いいわ。私も一緒に行く」
「助かる。正直、俺ひとりじゃ学校までたどり着ける気がしない」
「勘違いしないでよ。ちゃんと見張ってないと危ないでしょ、この子」
「言い方はきついけど、理由は正しい」
アイはむっと頬をふくらませる。
「見張られなくても、アタシはちゃんと登校できるもん」
「さっきコンビニに吸い込まれかけただろ」
「供物交換所の誘惑が強すぎたの!」
「それを人間界では寄り道という」
三人は並んで歩き出した。
直樹。
仔悪魔。
幼なじみ。
通学路の朝は、いつもより少しだけ騒がしい。
そして直樹は、校門が近づくにつれて、嫌な予感がどんどん強くなっていくのを感じていた。
この騒動は、まだ登校中である。
学校に着いてからが本番なのだ。
* * *
鏡星学園高等部の校門が見えてきた。
直樹にとって、そこは本来、日常へ戻るための入口だった。
朝の校門。
制服姿の生徒たち。
眠そうな顔で挨拶するクラスメイト。
いつもの風景。
いつもの学校。
いつもの平穏。
――のはずだった。
「ダーリン、あれが学校?」
「そうだ」
「思ったより魔王城じゃないね」
「学校が魔王城だったら毎朝不登校だ」
「でも門があるよ? 結界?」
「校門だ」
「中に入ったら契約者候補がいっぱい?」
「生徒だ!」
直樹が叫んだ瞬間、アイがぎゅっと直樹の腕に抱きついた。
「じゃあ迷子にならないように、ダーリンにつかまっておくね!」
「離れろ! 学校の前だ!」
だが、遅かった。
校門前にいたクラスメイトたちの視線が、一斉にこちらへ向いた。
「……え」
「真央が女子と登校してる」
「しかも距離が近い」
「腕、組んでない?」
「いや、あれ抱きついてるだろ」
「真央、ついにラブコメ主人公になった?」
「待て。真央は主人公っていうより、巻き込まれ被害者枠じゃない?」
「分析するな!」
直樹は即座に叫んだ。
美咲が隣で額を押さえる。
「ほら、言ったでしょ。目立つって」
「俺のせいじゃない!」
「ダーリン、みんな見てるよ。もしかして歓迎式?」
「公開処刑だ!」
アイは、校門前の生徒たちに向かって、満面の笑みで手を振った。
「おはようございます! アタシ、今日からダーリンと一緒に登校します!」
ざわっ。
空気が揺れた。
「ダーリン?」
「今ダーリンって言った?」
「真央が?」
「真央に?」
「え、彼女?」
「昨日までそんな気配なかったよな?」
「いや、真央なら隠してても不思議じゃない顔してる」
「顔で判断するな!」
直樹の声は、もはや校門前の騒音に飲み込まれかけていた。
「違う! これは契約事故だ!」
直樹は全力で否定した。
だが、その言葉選びが最悪だった。
「契約?」
「婚約?」
「え、親公認?」
「朝から情報量が多い」
「契約事故って何? プロポーズ失敗したってこと?」
「失敗どころか始まってない!」
アイが、得意げに胸を張った。
「アタシ、直樹の契約者です!」
「そこは黙ってて」
美咲が低い声で言った。
直樹も両手で頭を抱える。
「お前が言うと全部悪化する!」
「でも本当だもん。電子契約済みだもん」
「電子契約!?」
「現代的!」
「真央、進んでるな」
「進んでない! むしろ人生が後退してる!」
クラスメイトのひとりが、にやにやしながら近づいてきた。
「真央、紹介しろよ」
「紹介する関係じゃない」
「天満アイです! 職業は仔悪魔見習い。趣味は世界征服。好きな人はダーリンです!」
「自己紹介が早い! そして最後!」
校門前がさらにざわつく。
「仔悪魔?」
「世界征服?」
「好きな人?」
「真央、属性盛りすぎじゃない?」
「俺が盛ったんじゃない!」
美咲がアイの肩をつかんだ。
「アイ。学校では、そういうことを大声で言わない」
「そういうことって?」
「ダーリンとか、契約者とか、好きな人とか」
「じゃあ、直樹はアタシの人間界滞在補助者です!」
「余計に怪しい!」
直樹は天を仰いだ。
青空がまぶしい。
登校初日の爽やかな朝である。
ただし、真央直樹の高校生活は、校門をくぐる前からすでに炎上寸前だった。
「……帰りたい」
「まだ入ってないでしょ」
美咲の正論が突き刺さる。
アイは直樹の腕に抱きついたまま、にこにこと校門を見上げた。
「さあダーリン、学校征服に出発だよ!」
「普通に登校しろぉぉぉ!」
直樹の叫びとともに、三人は校門をくぐった。
その背中を見送りながら、クラスメイトたちはそろって同じ結論にたどり着いた。
「……真央、やっぱりラブコメ始まったな」
「始まってない!」
* * *
「とにかく職員室だ」
直樹は校門前の混乱をなんとか振り切り、アイの腕をつかんで廊下を歩いていた。
隣には美咲。
後ろには、制服姿の仔悪魔。
「ダーリン、手をつないでくれるなんて大胆」
「連行だ!」
「学校って、まず契約者に連行されるところなんだね」
「違う。お前だけだ」
美咲はため息をついた。
「普通、転入生って先生に連れられてくるものじゃないの?」
「アタシ、ダーリンに連れられてるよ?」
「その言い方がすでに誤解を生むのよ」
「もう生まれたあとだ」
直樹は遠い目をした。
校門前で発生した噂は、すでに校舎内へ侵食を始めている。
廊下の向こうから、見知らぬ生徒たちがちらちらこちらを見ていた。
「真央の彼女だって」
「契約者らしいよ」
「最近のラブコメ、設定濃いな」
「実況するな!」
直樹は叫びながら、職員室のドアを開けた。
「失礼します!」
その瞬間。
職員室の中から、ぱしゅん、と青白い光が飛んだ。
「うわっ!?」
直樹の前髪をかすめ、光は背後の掲示板に命中する。
掲示板に貼られていた校内清掃当番表が、なぜか一瞬だけ魔法陣の形に並び替わった。
「……何これ」
「おはよう、真央くん。ちょうどいいところに来たわね」
白衣を着た女性教師が、にこやかに振り返った。
鈴鳴ベル。
理科教師であり、担任であり、そして鏡星学園高等部で最も「大丈夫」という言葉を信用してはいけない人物である。
手には、朝から持つには明らかにおかしい機械。
アンテナ、ランプ、謎のメーター、そして側面には手書きで『魔力っぽいもの測定器・試作三号』と書かれている。
「先生、今の何ですか」
「大丈夫。まだ爆発してないわ」
「答えになってない!」
ベル先生はアイを見るなり、目を輝かせた。
「あら。あなたが噂の転入生?」
「はい! 天満アイです! 職業は仔悪魔見習い、趣味は世界征服、好きな契約者はダーリンです!」
「自己紹介を短くする気がない!」
美咲が額を押さえる。
ベル先生はまったく動じず、机の上の書類を手に取った。
「ちょうど、あなたの転入書類が届いているのよ」
「届いてるんですか!?」
直樹は思わず身を乗り出した。
「誰が出したんですか、それ!」
「差出人は……魔界実習管理局」
「その時点で受理しないでください!」
ベル先生は書類を読み上げた。
「出身校、魔界立ヘルヘイム悪魔見習い養成校」
「学校名がもうアウト!」
「留学区分、人間界滞在補助契約に基づく短期観察実習」
「学校を観察対象にするな!」
「保護者欄、魔界実習管理局」
「保護者が組織!」
「身元保証人、真央直樹」
「俺!?」
直樹は書類を奪い取るようにのぞきこんだ。
そこには確かに、達筆な悪魔語風フォントで『真央直樹』と書かれている。
さらに、その下。
「備考、ダーリン」
「備考に俺の人生を書くな!」
職員室中の先生たちが、ちらりとこちらを見た。
直樹は両手で顔を覆う。
終わった。
教師陣にまで、変な備考つきで認識された。
ベル先生は書類をひらひらさせながら、落ち着いた声で言った。
「うん。普通に考えたら偽造ね」
「ですよね!」
直樹はぱっと顔を上げた。
さすが教師。
さすが大人。
まだ世界には常識が残っていた。
「でも、偽造にしては魔力反応が本物なのよね」
「そこを面白がらないでください!」
「インクも紙も普通じゃないわ。人間界の行政書類とは様式が違うけれど、契約媒体としてはかなり高度。しかも学校データベースに仮登録までされている」
「されてるんですか!?」
「されたというより、されかけているわね。システムが困惑してる」
「システムにも同情されてる!」
アイは胸を張った。
「さすが魔界契約アプリ!」
「お前の仕業か!」
「実習に必要だから!」
「必要性を勝手に判断するな!」
ベル先生は楽しそうに機械をアイへ向けた。
メーターがびょんびょん揺れる。
「面白いわ。角、羽、尻尾、契約反応。どれも幻覚ではなさそうね」
「先生、面白いより先に危険って言ってください」
「教師としては危険ね」
「はい!」
「研究者としては、とても面白いわ」
「後者が本音だ!」
美咲が一歩前に出た。
「先生、本当にこの子を学校に入れるんですか? 昨日から直樹、ずっと巻き込まれてるんですけど」
「佐藤さんの言うことももっともね」
ベル先生はうなずいた。
直樹は再び希望を持った。
「だから、今日は帰ってもらって――」
「では、一日体験転入という形にしましょう」
「どうしてそうなる!」
ベル先生はさらさらと書類に何かを書き込んだ。
「理由は教育的配慮。異文化交流。多様性理解。未知の存在との共生。あとは研究的好奇心」
「最後だけ本音が漏れてます!」
「大丈夫。ちゃんと観察するから」
「その観察対象、絶対俺ですよね!?」
アイはぱあっと顔を輝かせた。
「じゃあ、アタシ学校に入っていいの?」
「仮許可ね。一日だけ」
「やった! ダーリン、一日体験転入だって!」
「体験するのは俺の地獄だよ!」
ベル先生は白衣のポケットから小さな名札を取り出し、アイに渡した。
『一日体験転入生 天満アイ』
その下に、小さくこう書いてある。
『観察対象A』
「先生、名札の下段」
「あら、消し忘れたわ」
「今すぐ消してください!」
アイは名札を胸につけ、誇らしげに直樹の腕へ抱きついた。
「今日から学校でもよろしくね、ダーリン!」
「よろしくしない!」
美咲はぼそっとつぶやいた。
「……本当に通っちゃった」
直樹は職員室の天井を見上げた。
学校なら悪魔を止めてくれる。
そう信じていた数分前の自分を、全力で殴りたい。
鏡星学園高等部。
ここは普通の高校である。
ただし、普通の高校は、悪魔の転入を「面白いから」という理由で仮許可しない。
* * *
教室には、朝から妙な熱気があった。
理由は簡単である。
転入生が来る。
しかも、校門前で真央直樹の腕に抱きついていた謎の美少女である。
クラスメイトたちは、すでに黒板前の空席を見つめながら好き勝手に盛り上がっていた。
「美少女転校生だって」
「朝から真央と一緒に来てた子だろ?」
「隣の席イベント来る?」
「幼なじみと転校生がそろったぞ」
「真央、役得じゃん」
「役得じゃない。被害届だ」
直樹は机に突っ伏したまま、低い声で否定した。
隣の列では、美咲が腕を組んでいる。
表情は平静。
ただし、机を指で叩くリズムが明らかに速い。
「直樹」
「なんだ」
「あの子、まさか本当に同じクラスじゃないわよね」
「俺に聞くな。俺が一番聞きたい」
そのとき、教室のドアが開いた。
「はーい、みんな席について。今日は一日体験転入生を紹介するわ」
白衣姿のベル先生が、にこにこしながら教室に入ってくる。
その後ろから、アイがひょこっと顔を出した。
角。
羽。
尻尾。
曲がったリボン。
そして、自信満々の笑顔。
教室が一瞬、静まり返った。
次の瞬間、ざわめきが爆発する。
「本当に来た!」
「角ある!」
「あれカチューシャ?」
「羽もあるぞ」
「最近の転校生、属性盛りすぎじゃない?」
「盛ってない! 素材そのままだ!」
直樹は顔を上げるなり叫んだ。
ベル先生は黒板を指さす。
「では、天満さん。自己紹介をどうぞ」
「はい!」
アイはチョークを握り、黒板に大きく名前を書いた。
天満アイ。
字は意外とうまい。
ただし、名前の横に小さな悪魔の尻尾マークまで描いている。
「天満アイです! 職業は仔悪魔見習い!」
教室がざわついた。
「趣味は世界征服!」
さらにざわついた。
「好きな人はダーリンです!」
教室が爆発した。
「最後ぉぉぉ!」
直樹は机を叩いて立ち上がった。
同時に、美咲も机を叩いて立ち上がる。
「好きな人って言い切るんじゃない!」
「じゃあ契約者!」
「それも変!」
「じゃあ人間界滞在補助者!」
「もっと変!」
クラスメイトたちは大盛り上がりである。
「真央、説明!」
「いつから?」
「昨日から?」
「昨日!?」
「展開早っ!」
「違う! 昨日カップ麺から出てきて、電子契約で事故っただけだ!」
直樹は必死に説明した。
しかし、教室はまた別方向に盛り上がる。
「カップ麺?」
「電子契約?」
「事故?」
「つまり出会いが特殊なタイプのラブコメ?」
「違う! ジャンルで理解するな!」
アイは嬉しそうに直樹を指さした。
「ダーリンはアタシの封印を解いてくれた、運命の契約者です!」
「封印を解いたんじゃない。湯を注いだんだ!」
「湯を注いだ責任を取ったってこと?」
「誰だ今まとめたやつ! その要約は悪意がある!」
ベル先生は教卓で出席簿を開きながら、楽しそうに言った。
「真央くん、人気者ね」
「先生が止めてください!」
「止めるべきか観察すべきか、教師としての私と研究者としての私が会議中なの」
「教師側を勝たせてください!」
美咲はアイをじっと見た。
「アイ。学校では、好きな人とかダーリンとか、そういうのを大声で言わない」
「どうして?」
「直樹が困るから」
「ダーリン、困ってる?」
「最初からずっと困ってる!」
「でも、困ってるダーリンもかわいいよ?」
「追い打ち!」
教室の後ろから、誰かが小さくつぶやいた。
「真央、かわいいって言われ慣れてそう」
「慣れてないし、そこ掘るな!」
直樹の女顔コンプレックスに触れかけた空気を、アイが悪気なく吹き飛ばす。
「ダーリンはかっこいいよ!」
教室が一瞬、妙な静けさになる。
直樹も言葉に詰まった。
アイは本気の顔で、胸を張っていた。
ただし、次の瞬間にはにぱっと笑う。
「アタシの契約者だからね!」
「最後で台無しだ!」
ベル先生が手を叩いた。
「はいはい、自己紹介はそのくらいにしましょう。天満さんは一日体験転入なので、みんな仲良くしてあげてね」
「はーい!」
「仲良くする前に、学校側の安全確認は!?」
「大丈夫よ、真央くん」
ベル先生はにこやかに言った。
「たぶん」
「たぶんって言った!」
アイは黒板の前で、クラス全員に向かって元気よく手を振った。
「よろしくね! まずはこのクラスから制覇します!」
「よろしくのあとに不穏な宣言をつけるな!」
拍手と笑い声とざわめきの中、直樹はふたたび机に突っ伏した。
教室。
直樹にとって最後の平穏であるはずだった場所。
それは今、転入生イベントという名の悪魔召喚儀式によって、完全に占拠されようとしていた。
* * *
「では、天満さんの席を決めましょう」
ベル先生がそう言った瞬間、教室の空気がまたざわついた。
転入生イベントにおける最大の山場。
それは自己紹介ではない。
隣の席である。
「来たぞ、隣の席イベント」
「王道だ」
「幼なじみがいる状態で転校生が隣に来るやつだ」
「真央、ラブコメ偏差値上がってるな」
「上がってない! 俺の安全偏差値が下がってるだけだ!」
直樹は机に突っ伏したまま叫んだ。
アイは黒板の前で、びしっと手を挙げる。
「はい! アタシ、ダーリンの隣がいいです!」
「却下!」
「まだ先生が何も言ってないのに!?」
「言われる前に防ぐ。それが危機管理だ」
美咲もすぐに手を挙げた。
「先生、転校生だからって直樹の隣は安直すぎると思います」
「佐藤さん、理由は?」
「……教育的に」
「今、考えたな」
直樹がぼそっと言うと、美咲は鋭い目でにらんできた。
「何か言った?」
「何も」
アイは頬をふくらませる。
「幼なじみ、ずるい! 古参権限で妨害してる!」
「名前で呼びなさいって言ったでしょ」
「じゃあ美咲。ダーリンの隣、譲って」
「譲らない」
「即答!」
「別に私が座りたいわけじゃないけど、あんたが隣だと直樹が一時間目から死ぬでしょ」
「美咲……」
直樹は少しだけ感動した。
「わかってくれるのか」
「主に精神的に」
「そこは否定できない」
ベル先生は楽しそうに手を合わせた。
「では、公平にくじ引きにしましょう」
「先生、公平という言葉がこの状況で生き残れると思いますか?」
「大丈夫。くじは民主主義よ」
「くじは民主主義じゃないです」
「じゃあ、アタシが持ってる!」
アイがマントの内側から、小さな黒い箱を取り出した。
箱には赤い文字で『魔界くじ・恋愛決戦用』と書かれている。
「学校に持ち込むな、そんな物騒なくじ!」
「大丈夫。ちゃんと公平だよ」
アイは得意げに箱を振った。
からから、と中で紙が揺れる。
ベル先生が目を輝かせる。
「あら、魔界式の抽選具? これは教材として危険ね」
「なら回収してください!」
「あとで詳しく調べましょう」
「今です! 今、止めるところです!」
アイはくじを一枚引き、開いた。
『直樹の隣』
「ほら!」
「ほらじゃない!」
美咲が無言で箱から別のくじを引く。
開く。
『直樹の隣』
クラスがざわつく。
「もう一枚」
美咲はさらに引く。
『直樹の隣』
もう一枚。
『直樹の隣』
さらに一枚。
『直樹の隣』
「全部じゃない!」
「公平に全部同じ結果だよ?」
「それを不正って言うの!」
ベル先生が興味深そうに箱をのぞきこむ。
「あら、一枚だけ違うのがあるわね」
「え?」
アイが嬉しそうに手を伸ばす。
「それが大当たり!」
ベル先生が紙を開く。
『直樹の膝の上』
教室が一瞬、静まり返った。
次の瞬間、爆発した。
「大当たりだ!」
「いやアウトだろ!」
「真央、逃げろ!」
「言われなくても逃げたい!」
直樹は椅子ごと後ろへ下がった。
「学校で悪魔くじを合法化するな!」
「合法化はしてないわ。まだ仮運用ね」
「先生!」
美咲は真っ赤になって机を叩いた。
「ベル先生、それはさすがに教育的に問題があります!」
「そうね。膝の上は机が使いにくいものね」
「問題点そこじゃないです!」
アイは残念そうに唇を尖らせた。
「膝の上、だめ?」
「だめに決まってるだろ!」
「じゃあ隣で我慢する」
「我慢の方向がおかしい!」
ベル先生は魔界くじの箱を白衣のポケットに入れた。
「あ、回収した」
直樹は少し安心した。
「あとで分析するわ」
「研究対象として回収しただけだった!」
ベル先生は教室を見渡し、にこやかに結論を出した。
「では、天満さんは真央くんの隣で」
「どうして!」
「契約者の近くにいたほうが、魔力反応を観察しやすいから」
「教育的配慮はどこへ行ったんですか!」
「理科準備室に置いてきたわ」
「持ってきてください!」
アイはぱあっと笑い、直樹の隣の空席へ駆け寄った。
「よろしくね、ダーリン!」
「よろしくしない。隣を見るたび悪魔がいる高校生活ってなんだ」
美咲は不満そうに頬杖をついた。
「……安直すぎる」
「美咲?」
「別に。直樹が大変そうだなって思っただけ」
「本当にそれだけか?」
「それだけ」
美咲はぷいっと顔をそらした。
アイは勝ち誇ったように、直樹の隣でぴしっと背筋を伸ばす。
「これでアタシ、ダーリンの隣の席!」
「言い方!」
クラスメイトたちは大喜びである。
「王道展開だ」
「幼なじみ、転校生、隣の席」
「真央、もう逃げられないな」
「最初から逃げ場なんてなかったよ!」
直樹は天井を見上げた。
昨日は家。
今朝は通学路。
そして今、教室の隣の席。
悪魔の侵略は、ついに半径一メートル以内まで到達した。
真央直樹の高校生活は、着席した瞬間から詰んでいた。
* * *
一時間目が始まった。
直樹は、ようやく少しだけ平穏を取り戻せると思った。
授業中なら、さすがのアイも静かにする。
先生がいて、黒板があって、教科書があって、ノートを取る。
それは高校生に許された、数少ない普通の時間である。
「ダーリン」
「授業中だ。黙れ」
「この『証明せよ』って、契約書の証明書を出せって意味?」
「数学だ! 悪魔契約の話じゃない!」
平穏は三分も持たなかった。
直樹の隣で、アイは数学の教科書を真剣にのぞきこんでいる。
「でも、証明って大事だよ。契約者が逃げたときに必要だもん」
「授業中に俺の逃亡対策を学ぶな」
「じゃあ、この三角形は?」
「三角形だ」
「召喚陣?」
「図形だ!」
直樹は小声で突っ込み続けた。
数学が終わると、現代文。
教師が黒板に「作者の気持ちを考えよう」と書いた瞬間、アイは目を輝かせた。
「作者の気持ち……つまり、この世界を書いている黒幕の意図を読む授業?」
「メタに踏み込むな!」
「じゃあ、作者はダーリンを苦しめたいのかな」
「やめろ。妙に当たってそうで嫌だ」
英語の時間には、アイが発音練習を魔界呪文と勘違いした。
「ダーリン、今の発音、魂を呼ぶ詠唱に似てる」
「ただのリピートアフターミーだ」
「人間界の英語、侮れない」
「英語を呪術枠に入れるな」
そして、学校配布タブレットが机に置かれた瞬間、アイは感動で震えた。
「魔導板……!」
「タブレットだ」
「指で触ると文字が動く。人間界、やっぱり魔界より進んでる!」
「たぶん魔界の契約アプリのほうが危険だぞ」
直樹はもう疲れ切っていた。
授業を受けているはずなのに、脳内では常にツッコミの補習が行われている。
そのとき。
背後から、小さな声がした。
「……悪魔反応、確認」
「え?」
直樹が振り向く。
そこにいたのは、黒髪の少女だった。
表情はない。
声も小さい。
机の上には、なぜかワラ人形がちょこんと座っている。
見上宙。
クラスでは、静かすぎて逆に目立つ少女である。
宙は直樹ではなく、アイをじっと見ていた。
そして、ワラ人形が口を開いた。
「これは珍しい。仔悪魔見習いと、人間契約者のペアです」
「なんで人形が説明してるんだ!」
直樹は反射で突っ込んだ。
宙は無表情のまま、ワラ人形を少し持ち上げる。
「喋っているのは、この子」
「その設定を受け入れる余裕がない!」
ワラ人形は、こくりとうなずいたように見えた。
見えただけだと思いたい。
アイが、直樹の袖をつかんで一歩引いた。
「ダーリン」
「なんだ」
「この子、人間なのに悪魔より怖い」
「お前が言うと説得力がすごいな」
宙は、ほんの少しだけ首をかしげた。
「褒め言葉として受け取る」
「褒めてないと思う」
ワラ人形が、直樹の腕を指さした。
いや、ワラ人形の手が動いた。
直樹は見なかったことにしたかった。
「契約痕、薄く発現」
「え?」
宙が直樹の袖口をじっと見る。
そこには、昨日から時々うっすら浮かぶ、赤黒い文字のような模様があった。
電子契約が成立したときに出たものだ。
直樹本人は、できれば気づかないふりをしたかった。
「観察したい」
「しなくていい」
「少しだけ採血」
「絶対にしなくていい!」
アイが直樹の前に立った。
「ダーリンはアタシの契約者だから、勝手に調べちゃだめ!」
宙は無表情のまま、アイを見る。
「共同研究なら?」
「共同なら……」
「乗るな!」
直樹は机を叩きそうになって、授業中であることを思い出して必死にこらえた。
教師の視線が飛んでくる。
「真央、静かに」
「すみません!」
静かにしたいのは、直樹も同じだった。
けれど、隣には仔悪魔。
後ろにはワラ人形を持った実験少女。
前方には通常授業。
状況が渋滞している。
宙は小さなメモ帳を取り出し、さらさらと何かを書いた。
「観察対象、追加。真央直樹。天満アイ。契約痕。反応良好」
「俺を勝手に研究リストへ入れるな!」
ワラ人形が言った。
「貴重」
「人形に価値判断される人生って何だよ!」
アイは直樹の袖をつかんだまま、宙を警戒している。
宙は無表情で、直樹を観察している。
直樹は、黒板を見ながら悟った。
アイだけでも十分すぎるほど大変だった。
だが、どうやらこの学校には、悪魔より危ない人間も普通に存在するらしい。
授業開始からまだ一時間。
真央直樹の高校生活は、早くも研究対象になった。
* * *
昼休み。
アイは学食の入口で、目を輝かせていた。
「ダーリン……!」
「なんだ」
「ここが、人間界の供物市場!」
「学食だ!」
目の前には、購買のパン。
券売機。
カレーの匂い。
紙パックジュースの棚。
そして、数量限定と書かれたドラ焼き風デザート。
アイの尻尾が、制服の下で落ち着きなく揺れる。
「すごい……人間たちが自分の意思で供物を選んでる。しかも並んでる。秩序ある欲望……!」
「感想が悪魔寄りなんだよ」
「ダーリン、わかったよ」
アイは真剣な顔で振り返った。
「学校征服は、まず胃袋からだね!」
「やめろ。昼飯を軍事作戦にするな」
美咲がトレーを持って近づいてきた。
「また何か始める気?」
「ふっふっふ。作戦名、ドラ焼き配布によるクラス制覇作戦!」
「名前からして失敗しそう」
「まずドラ焼きがないだろ」
「だから作る!」
アイは購買で買ったあんぱんを掲げた。
直樹の顔から血の気が引く。
「待て。まさか魔法で――」
「ドラ焼きっぽくなーれ!」
ぱちん、とアイが指を鳴らした。
次の瞬間。
あんぱんが、ぼふん、と巨大化した。
「大きくなっただけだ!」
「お得!」
「そういう問題じゃない!」
巨大あんぱんは、購買の棚を押しのけながら、むくむく膨らんでいく。
近くにあったメロンパンには、赤黒い魔界文字が浮かび上がった。
『我、甘き皮を纏う者なり』
「メロンパンが自我を持ち始めた!」
カレーパンは、ぷしゅっと小さな火を噴いた。
「辛口進化!」
「火を噴くな!」
さらに学食の券売機が、ぴこん、と音を立てた。
『契約成立。カレーライス一名様、魂抜きで承りました』
「魂抜きって何!?」
「ヘルシー?」
「違う!」
周囲の生徒たちは、一斉にスマホを構えた。
「やば、動画撮ろ」
「魔界パン爆誕」
「タグ何にする?」
「真央案件?」
「撮るな! 拡散するな! タグをつけるな!」
直樹は両手を広げてスマホの前に立ちはだかった。
しかし、火を噴くカレーパンが床を転がり始める。
「危ない!」
美咲が即座に動いた。
トレーを置き、体育会系の反射神経でカレーパンの進路に回り込む。
「そこっ!」
美咲の手にしていた紙パック牛乳が、見事なフォームで投げられた。
牛乳が命中し、カレーパンの火がじゅっと消える。
「ナイス消火!」
「食べ物にすることじゃないけどね!」
その横で、宙は無表情にスマホではなくメモ帳を開いていた。
「観察記録。あんぱん巨大化。メロンパン発語。カレーパン火属性付与。券売機、契約媒体化」
ワラ人形が言う。
「貴重な昼休みです」
「貴重の意味が違う!」
アイは巨大あんぱんを見上げ、少しだけ困った顔をした。
「ドラ焼きにするつもりだったのに」
「まず丸ければ何でもドラ焼きになると思うな」
「餡子が入ってるから近いよ?」
「近くない。かなり遠い」
そのとき、白衣姿のベル先生が、どこからともなく現れた。
「あら、興味深いわね」
「先生! 止めてください!」
「もちろん。サンプルを回収してからね」
「順番!」
ベル先生はトングで魔界文字つきメロンパンをつまみ、透明な袋に入れた。
袋のラベルには、すでに『魔界パンA』と書かれている。
「準備よすぎませんか!?」
「教師は不測の事態に備えるものよ」
「備える方向が研究者!」
巨大あんぱんが、ずずん、と購買前をふさいだ。
アイは胸を張る。
「でも、みんな注目してる。つまり作戦は成功?」
「学校中に迷惑をかけることを成功と呼ぶな!」
美咲が直樹の肩を叩いた。
「直樹」
「なんだ」
「あんた、昼休みも大変ね」
「他人事みたいに言うな。俺の昼飯、まだ買えてないんだぞ」
その瞬間、券売機がまた鳴った。
『契約成立。真央直樹様、激辛契約ヌードルをご注文ありがとうございます』
「注文してない!」
アイがぱっと笑う。
「ダーリン、昨日の思い出の味だね!」
「悪夢を定食にするなぁぁぁ!」
真央直樹の昼休みは、まだ始まったばかりだった。
なお、学食のおばちゃんはこのあと、巨大あんぱんを見て一言だけ言った。
「切れば売れるね」
鏡星学園の適応力は、教師だけでなく学食にも及んでいた。
* * *
昼休みの終わり。
巨大あんぱんは、学食のおばちゃんの手によって無事に切り分けられた。
火を噴いたカレーパンは、ベル先生が「危険物ではなく研究資料」と言い張って回収した。
メロンパンは、いまだに小声で魔界文字を発していたため、宙のワラ人形が見張っている。
そして直樹は、ようやく教室へ戻ってきた。
「……疲れた」
まだ午後の授業は始まっていない。
なのに、すでに一日分どころか一週間分くらい消耗している。
直樹が席に座ると、クラスメイトたちが妙に静かになった。
嫌な静けさだった。
何かが決まったあとの空気である。
「真央」
「なんだ」
「話し合いの結果、だいたい整理できた」
「何を」
男子のひとりが、黒板横に立った。
なぜかチョークを持っている。
「まず、天満アイさんは真央の彼女」
「違う!」
黒板に書かれた。
『天満アイ=真央の彼女』
「書くな!」
「昨日、謎の契約を結んだ」
「事故だ!」
『昨日、契約済み』
「確定事項にするな!」
「佐藤は幼なじみ枠」
「枠って何よ」
美咲が低い声で言う。
だが、黒板には容赦なく書かれる。
『佐藤美咲=幼なじみ枠』
「宙さんは研究者枠」
宙は無表情でうなずいた。
「異議なし」
「異議あれよ!」
ワラ人形がぽつりと言う。
「研究対象、真央直樹」
「対象にするな!」
「ベル先生は保護者枠」
「保護者じゃないわ。観察責任者よ」
いつの間にか教室の後ろにいたベル先生が、にこやかに訂正した。
「それもだめです!」
黒板には、さらに大きくこう書かれた。
『真央直樹=ラブコメ中心人物』
「俺はラブコメの中心じゃない! 災害現場の中心だ!」
直樹の叫びが教室に響いた。
しかし、クラスメイトたちは深くうなずく。
「巻き込まれ型主人公」
「否定するほど怪しくなるタイプ」
「幼なじみと転校生に挟まれるやつ」
「研究者枠までいるのは珍しい」
「分析を進めるな!」
アイは隣の席で、ぱあっと笑った。
「ダーリン、みんなに認められたね!」
そして、嬉しそうに直樹の腕へ抱きつく。
「認められてない! 誤解が制度化しただけだ!」
「制度化ってすごいね。人間界の学校、仕事が早い」
「感心するな!」
美咲が、つん、と顔をそらした。
「別に、認めてないけど」
その声は小さかった。
けれど、アイの耳はそれを聞き逃さない。
「じゃあ、幼なじみ代表として異議申し立てする?」
「するわよ」
「するの!?」
直樹が思わず振り向く。
美咲は、少しだけ頬を赤くしながら言った。
「だって、このままだと直樹が一方的に変な設定つけられるでしょ」
「もう十分ついてる!」
「だから訂正するの」
「ならまず彼女枠を消してくれ!」
アイは机の上に手を置き、身を乗り出した。
「アタシは契約者枠を主張します!」
美咲も身を乗り出す。
「私は幼なじみとして、その契約の有効性に疑義を申し立てます」
「法廷ごっこを始めるな!」
クラスメイトがざわつく。
「お、始まった」
「幼なじみ対契約者」
「第一回、真央直樹関係性審議会」
「議事録取る?」
「取るな!」
宙が静かに手を挙げた。
「証拠品、契約痕」
「提出しない!」
ベル先生が楽しそうに言う。
「必要なら理科室を法廷風に改造するわよ」
「学校施設を俺の裁判に使うな!」
アイは直樹の腕をぎゅっと抱きしめる。
「ダーリンはアタシの契約者だもん」
美咲はそれを見て、眉を寄せる。
「距離が近い」
「契約距離です」
「そんな単位ない」
「魔界にはある!」
「魔界ルールを学校に持ち込まない!」
直樹は二人の間で、頭を抱えた。
「頼むから、俺をめぐる裁判を始めるな!」
だが、教室はもう完全に面白がっていた。
黒板には、誰かが勝手に新しい見出しを書き足す。
『本日の議題:真央直樹は誰のものか』
「誰のものでもない!」
直樹は叫んだ。
叫んだが、誰も聞いていなかった。
クラスメイトは笑い、美咲は不機嫌そうに腕を組み、アイは勝ち誇った顔で直樹にくっつき、宙は観察記録を取り、ベル先生はなぜか判事用の木槌をどこから出すか考えている。
こうして、天満アイはクラスの中で正式に認識された。
転入生としてではない。
直樹の彼女らしき契約者として。
そして真央直樹は、本人の意思とは無関係に、ラブコメ中心人物としてクラス内データベースへ登録されたのだった。
「誰か、俺の人権も登録してくれ……」
* * *
放課後。
真央直樹は、理科準備室にいた。
帰りたい。
ものすごく帰りたい。
だが、ドアの前には白衣の教師が立っている。
机の上には、配線だらけの機械。
壁には、化学式と魔法陣が同じテンションで貼られている。
棚にはビーカー、試験管、謎の鉱石、そして『触るな危険』『たぶん安全』『昨日までは安定』と書かれた箱が並んでいた。
「ここ、理科準備室ですよね?」
「ええ。正式名称は理科準備室よ」
鈴鳴ベル先生は、にこやかに言った。
「非公式名称は、魔導工学準備室ね」
「非公式名称のほうが本質を突いてる!」
直樹の隣では、アイが契約アプリ入りのスマホを抱えている。
その横には、当然のように見上宙がいた。
ワラ人形もいる。
「なんで宙までいるんだ」
「呼ばれた」
宙は無表情で答えた。
ワラ人形が小さく言う。
「共同観察」
「共同すんな!」
ベル先生は、アイのスマホを端末につなぎながら目を輝かせていた。
「これは面白いわ。契約アプリなのに、教育機関のデータベースにも干渉してる」
「面白がらないでください。違法じゃないんですか」
「違法かどうか調べるために解析するの」
「順番が怖い!」
「大丈夫。もし違法でも、まず仕組みを理解してから報告するわ」
「先に報告してください!」
アイは不満そうに頬をふくらませた。
「ベル先生、アタシの契約アプリを勝手にいじらないでよ。魔界実習管理局に怒られるよ?」
「怒られる前に褒められる可能性もあるわ」
「ないと思います!」
直樹は即座に否定した。
宙が直樹の腕をじっと見た。
「契約者本人の生体反応が必要」
「俺で実験する前提をやめろ」
「少しだけでいい」
「少しもだめだ」
「指先を一滴」
「採血の話をするな!」
ワラ人形が言った。
「痛くしない」
「人形に慰められると余計に怖いんだよ!」
アイが直樹の前に立った。
小さな翼をぴんと広げ、ベル先生と宙をにらむ。
「ダーリンはアタシの契約者なんだから、勝手に研究しないで!」
直樹は少しだけ感動しかけた。
アイが珍しく、自分を守ろうとしている。
迷惑な仔悪魔ではあるが、こういうところは――。
「じゃあ、共同研究なら?」
ベル先生がにこりと笑った。
「共同なら……」
「乗るな!」
感動は二秒で終わった。
「だって共同ならアタシも研究実績になるし」
「実習評価を上げるために俺を売るな!」
「売ってない。共有」
「もっと嫌だ!」
ベル先生は端末の画面を指さした。
「ほら、見て。契約名は『人間界滞在補助および世界征服実習における仮契約』。通称は……ダーリン契約?」
「そこを読み上げないでください!」
「備考欄にもダーリンってあるわね」
「魔界の書式は備考欄を何だと思ってるんだ!」
宙がメモを取る。
「備考欄、重要」
「重要じゃない!」
そのとき、端末がぴこんと鳴った。
画面に表示されていた契約者名が、揺らぐ。
『契約者名:真央直樹』
その文字が、一瞬だけ別の表示へ切り替わった。
『契約者名:魔王ナオキ』
室内が静かになった。
ベル先生だけが、嬉しそうに目を細める。
「今、面白い表示が出たわね」
「面白くない!」
宙がワラ人形を持ち上げる。
「魔王反応、微弱」
「そんな反応はない!」
「ある。ほんの少し」
「ほんの少しでも嫌だ!」
アイは目を輝かせた。
「ダーリン、もしかして魔王の才能が?」
「ない!」
「でも名前が真央だし」
「その字面で判断するな!」
「魔界アプリが間違えるくらいだから、可能性はゼロではないわね」
ベル先生がさらっと言う。
「先生まで乗らないでください!」
「真央くん、念のため適性検査してみる?」
「しません!」
宙が小さく手を挙げた。
「検査キット、作れる」
「作らないでくれ!」
ワラ人形が言った。
「魔王候補、貴重」
「人形まで俺を魔王扱いするな!」
アイは直樹の袖をつかみ、にこにこしながら言った。
「大丈夫だよ、ダーリン。もし魔王になっても、アタシがそばで世界征服をサポートするから!」
「それが一番大丈夫じゃない!」
端末の画面では、また『真央直樹』の文字が正常表示に戻っていた。
だが、直樹の心は戻らない。
契約者。
ダーリン。
ラブコメ中心人物。
研究対象。
そして今度は、魔王候補。
「……俺、ただの高校生なんだけど」
直樹がぽつりとつぶやくと、ベル先生は優しく微笑んだ。
「大丈夫。普通の高校生は、放課後に魔王反応を測られたりしないわ」
「それは慰めじゃなくて追い打ちです!」
理科準備室に、直樹の叫びが響いた。
こうして、魔界契約アプリの解析は始まった。
そして同時に、真央直樹の平穏はまたひとつ、次回へ向けて爆弾を抱えたのだった。
* * *
帰り道。
夕方の住宅街を、直樹とアイは並んで歩いていた。
朝は三人だった。
校門ではクラスメイトに囲まれた。
教室では彼女扱いされた。
授業中は悪魔反応を確認された。
昼休みはパンが巨大化した。
放課後は魔王反応を測られた。
つまり、今日一日を簡単にまとめると。
「……学校、もう終わったな」
「ダーリン、まだ一日目だよ?」
「一日目で終わることもあるんだよ」
直樹は肩を落とした。
鞄が重い。
身体も重い。
なにより、人生が重い。
「アイ」
「なあに?」
「明日から学校に来るのは――」
もう二度と学校に来るな。
そう言いかけて、直樹は口を閉じた。
アイが、ほんの少しだけ不安そうな顔をしていたからだ。
いつもの自信満々な笑顔ではない。
怒ればすぐ頬をふくらませる仔悪魔でもない。
夕焼けの中で、アイは通学路の先をぼんやり見ていた。
「学校って、変なところだけど、にぎやかだね」
「にぎやかどころか大惨事だったけどな」
「うん。大惨事だった」
アイは素直にうなずいた。
直樹は思わず足を止める。
そこは否定しないのか。
「でも、アタシ、ちょっと楽しかった」
その声は、いつもより少し小さかった。
「教室って、人がいっぱいなんだね。みんな、名前呼んでくれるんだね。変なこと言ったら笑うし、怒るし、騒ぐし……なんか、すごかった」
「すごいの方向がだいぶ偏ってたけどな」
「魔界の実習室は、もっと静かだったよ」
アイは笑った。
けれど、その笑い方は少しだけ下手だった。
「アタシ、世界征服計画を出したときも怒られたし、人間界実習も失敗したし、カップ麺に封印されたし」
「さらっと言ってるけど、だいぶひどい経歴だぞ」
「だからかな。今日、みんながアタシのこと見て、名前呼んで、騒いでくれたの……変だけど、ちょっと嬉しかった」
直樹は言葉に詰まった。
迷惑だった。
間違いなく迷惑だった。
校門前の誤解も、教室の騒動も、学食の大惨事も、理科準備室の魔王反応も、すべて迷惑だった。
けれど。
アイにとっては、それすら初めての「にぎやかな場所」だったのかもしれない。
直樹は頭をかいた。
「……まあ」
「うん?」
「明日来るな、とは言わない」
アイの顔がぱっと明るくなった。
「ほんと?」
「ただし、条件がある」
「条件? 契約更新?」
「契約じゃない。普通の約束だ。校門で抱きつくな。教室でダーリンって叫ぶな。パンを魔法で変えるな。券売機と契約するな。俺を魔王候補にするな」
「多い!」
「今日一日で増えたんだよ!」
アイは指を折って数えようとした。
途中で面倒になったらしく、にこっと笑う。
「わかった。できるだけ気をつけるね」
「今、“できるだけ”って言ったな」
「悪魔は正直だから」
「都合のいいときだけ悪魔になるな」
アイは少し前を歩き、くるりと振り返った。
夕焼けを背に、曲がったリボンが揺れる。
「じゃあ、明日からもクラス制覇がんばるね!」
「感動を一秒で返せ!」
「だって、学校征服の第一歩だもん!」
「普通に通え! まずはそこから始めろ!」
アイは笑いながら走り出した。
直樹はため息をつきながら、その後を追う。
結局、明日も騒がしいのだろう。
明後日も、たぶん。
その予感は最悪だった。
けれど、夕焼けの道を少し先で振り返る仔悪魔の顔が、ほんの少しだけ嬉しそうだったから。
直樹は、もう一度だけため息をついて、鞄を持ち直した。
「ダーリン、早く!」
「ダーリンじゃない!」
いつものツッコミが、夕方の住宅街に響いた。
* * *
翌朝。
真央直樹は、昨日よりさらに重い足取りで教室へ入った。
昨日、仔悪魔が転入してきた。
昨日、クラス中に彼女扱いされた。
昨日、昼休みにパンが魔界進化した。
昨日、放課後に魔王反応を測られた。
そして今日。
直樹は学んでいた。
油断すると、人生は通知ひとつで崩壊する。
その予感は、残念ながら的中した。
教室の前方にある電子掲示板。
そこに、朝の連絡事項として見慣れない文字が表示されていた。
『明日の特別活動:魔王候補者適性検査』
『対象者:真央直樹』
『担当:鈴鳴ベル』
『協力:天満アイ、見上宙』
直樹は固まった。
鞄を持ったまま。
片足を半歩前に出したまま。
魂だけが先に登校拒否した。
「ダーリン!」
隣から、アイがきらきらした目で掲示板を見上げる。
「魔王デビューだね!」
「デビューしない!」
教室の後ろから、宙が無表情で小さなケースを持ち上げた。
「検査キット、準備済み」
「準備するな!」
ワラ人形が言う。
「採血なし版もある」
「採血あり版が存在する時点で怖いんだよ!」
そこへ、白衣姿のベル先生が入ってきた。
「おはよう、みんな。明日の特別活動についてだけど」
「先生、これ何ですか!」
「大丈夫。たぶん爆発はしないわ」
「“たぶん”って言ったぁぁぁ!」
クラスメイトたちは、朝から大盛り上がりだった。
「魔王候補者適性検査?」
「真央、ついにジャンル変わるの?」
「昨日までラブコメだったのに」
「今日から魔王学園もの?」
「変わらない! 俺は普通の高校生だ!」
しかし、ここでナレーションは告げる。
そう。
彼はまだ知らない。
この適性検査が、やがて鏡星学園全体を巻き込む、壮大な魔王選抜バトルの幕開けであることを。
黒き玉座。
七つの試練。
暗黒生徒会。
裏切りの幼なじみ。
覚醒する契約者。
そして、全校生徒の魂を賭けた、魔王ナオキ戴冠式。
次回、ついに始まる。
魔王ナオキ、覇道の第一歩――。
「始まらない! 暗黒生徒会も戴冠式もいらない! あと美咲を勝手に裏切らせるな!」
直樹のツッコミが、嘘次回予告を教室の空気ごと叩き割った。
美咲が不機嫌そうに腕を組む。
「誰が裏切りの幼なじみよ」
「俺も今そこに怒ったところだ!」
ベル先生は楽しそうに出席簿を閉じた。
「でも、魔王候補者適性検査は本当にやるわよ」
「そこだけ現実に残すな!」
アイは満面の笑みで、びしっと直樹を指さした。
「それじゃあ本当の次回予告!」
「するな!」
「第3話、魔王ナオキ光臨!」
「光臨するなぁぁぁ!」
真央直樹の高校生活は、二日目にして魔王候補者適性検査へ突入する。
もちろん本人は、最後まで認めていない。




