その①
寒い・・・・・。
わたしの目に写る場所はただ銀色な氷の世界で、息をする度に喉に刺さる様な激痛を感じた。
時を追う事に痛さの感覚が麻痺し、次第に意識は遠のいた。
ピピピピッ・・・・・
目覚まし時計の音に起こされ、わたしは静かに身を起こし、ベッドの上でジッと座り込んでいた。
「いつもの夢・・・・。」
そう、今さっき見たのは、小さい頃からよく見る夢である。同じ所で同じ様に倒れる夢・・・・。原因は今だに分からない。
わたしの名前は白雪八雲。年は十六。兄弟もいなく唯一の家族だった両親は二年前、交通事故で他界。今は一人で暮らしている。
たまに親戚のお兄さんがやって来て『一緒に住もう』と、言ってくれるけど、わたしは両親の思い出のあるこの家に留まっておきたい、と言う思いからそれは断り続けている。
パンッ!
「いい加減、目を覚ましなさい。自分!」
言って自分自身に気合いを入れる為に顔を両手で強く叩きそして立ち上がった。
服を着替え、慌しくパンと紅茶と言った軽食を済ませ、わたしは鞄を片手に玄関の外へと出て、学校へと向かい行く。
「やっくも~。おはよ~。」
後ろから聞き慣れた女性の声が聞こえ、後ろを振り向いた。
「おはよう。」
そしてわたしはニッコリと微笑むと彼女はわたしの横に並んだ。
彼女の名は秋塚千草。同じ高校へ通う小学校からの幼馴染。
・・・・・と言うか、うちの学校はそもそもエスカレーター式で、結構昔からの仲間が多かったりする。
「ちゃんとご飯食べてる?
寂しくなったら泊まりに来てくれて良いんだよ?わたしの家族も八雲なら歓迎してるし。」
そんな事を言ってわたしの背中をポンポンと叩く。
「うん。ありがと。」
彼女はいつもわたしの事を気付かってくれて、彼女といると不安な事も一瞬だけ忘れられる様な気持ちになる。
むにゅっ・・・。
「ぐぇっ!」
わたしは何かを踏みつけたと同時に、奇怪な声を聞いた様な感じになり、足元を恐る恐る見てみた。
するとそこには小さい白いマントを着た人型のぬいぐるみの様な物が落ちていた。
それを何となく拾い上げ千草に見せた。
「何これ?
バッチイ・・・・。ユーフォーキャッチャーの景品か何かじゃないの?
きっと誰かが落として行ったんだよ。」
千草の言葉に首を傾げ、ぬいぐるみをマジマジと見つめた。
・・・・・声が聞こえた様な気がしたんだけど、もしかしたら押さえたら音が出るアレかなぁ・・・・・
何となく体を押さえてみると、ぬいぐるみは動き出し手からスルリと抜け出して、宙にふよふよと浮かんだ。
『!??』
訳の分からない事態に動揺するわたし達。
「痛ってぇんだよ。てめえ!踏みつけるは!心臓押さえつけるは!潰れたらどぉすんだ!?口から内臓出たらお前等、凡人に治せるのかよ!」
突然怒鳴り出すぬいぐるみを見て、わたしは何か熱い物を感じた。
・・・・・か・・・可愛い・・・・・・
「ご・・・ごめんなさい・・・・。あの・・・あ・・・」
顔を赤くして何となくペコペコと謝るわたし。
話しの途中で、千草はわたしの手を取り走り出した。
「あんな化け物に、なに普通に謝ってるのよ!
得体の知れない物には取りあえず関わらない方が良いの。」
「こらっ!てめぇ・・・・・まだ話しは終わっちゃいねぇ・・・・。」
後ろから声が聞こえて来るのが気になるが、取りあえず今は千草の言う事を聞きわたしも走り出した。
学校の教室に入り、それぞれの机に荷物を置き、わたしの机の所にやって来くる千草。
「さっきの変な奴・・・・・何だったんだろね・・・・。」
そう言って前の席の空いてる椅子に腰を下ろした。
「何々?変質者でも出たんか?」
「え?またぁ?
この前も駅前に露出しまくりの酔っぱらったお姉さんが警察に捕まってたよね。」
「あぁ・・・ありゃただの阿保や。酒の分量位わきまえんかって話しやな。はははっ。」
千草の話しを聞き、近くにいたクラスの二人の女子達がやって来た。
「違う違う。そんな現実味帯びた感じじゃ無かったよね?
むしろその露出女の方がまだマシな感じ。」
わたしの方を見て二人に説明し出す千草。
「そうだね。
ぬいぐるみが動き出して宙に浮かんで物を話すなんて・・・・変だよね。」
わたしの言葉に唖然とする二人。
「二人してそれ見てたん?」
わたし達は首を縦に振った。
「そうか・・・・・。
じゃ・・・・あれちゃうか・・・悪霊の類・・・・。」
・・・・・悪霊・・・・・????・・・・・・
まさかの発言に絶句するわたし達。
「でもさ・・・・早朝にそんなの出るかな?」
言われてみればそうかも、と考え込む三人。
「でもまぁ・・・何事も無かったんやし、良かったんとちゃう?」
言って二人は席に戻って行った。
「うーん・・・・。気になって仕方ないけど・・・・そろそろここの席の子も来るだろうから席戻るね。」
「うん。」
そしてわたし達は互いに手を振った。
五時間目を過ぎた辺り、わたしはふと奇妙な気配を感じ廊下側の磨りガラスの窓をほんの一センチ辺り開けて見た。
すると朝見たぬいぐるみがこっちをジッと見ていた。
わたしは一瞬驚いたものの、触りたい衝動に駆られるのを我慢して小声で・・・・・。
「あなたは誰?
悪霊なの?」
そう尋ねた。
すると、ぬいぐるみは口を開き・・・・。
「黙れ。人間。
オレはお前に朝の落とし前つけに態々ここまで来てやったんだ。
危うく死ぬ所だったんだぞ。」
・・・・・落とし前って朝、踏んじゃった事?・・・・・・
「御免・・・
まさかあんな所に落ちてるとは思わなくて・・・・・。」
教科書を前に置きコソコソ喋るわたし。
「馬鹿か?謝ってオレの気が治まると思ってるのか。それに落ちてたんじゃなくてな、オレは途方に暮れて歩いてたんだ。周囲に目を配らず、ボケっと歩くから人様に迷惑をかけるんだ!
分かったなら態度で示せ!」
何故か怒られ、考え込むわたし。
「態度って?
もしかしてわたしに死ねとか言うんじゃ?」
彼が悪霊ならそう考えるのが妥当だろう。
「阿保か。そんなオレにとっちゃ意味の無い事、誰が言うか!」
意味の無いと言われ更に考えるわたしだが、全然思い浮かばなかった。
「オレは急な仕事で昨日こっちに来たばかりだ。だが住む場所が無い。だから暫く面倒を見ろ!」
その彼の言葉にわたしは顔を赤くさせ。
「嬉しい。こんな可愛い同居人なら大歓迎だわ!」
言って一センチの隙間の向こうの彼にそう言った。
「はぁ!?
お、お前・・・・・変わった人間だな・・・・。普通ならこんな訳の分からん奴見たら嫌だって言うだろ?」
喋るぬいぐるみにそう言われるがわたしの心は今は幸せで満たされていた。
「はぁ・・・・・まぁ面倒見てくれるのなら何でも良いや・・・・。
オレはシルビス=カイラー。あんたは?」
名前を聞かれ・・・・
「わたしは白雪八雲。」
・・・そう答えた。
「八雲・・・。」
何やらわたしの名前を聞いた途端、不思議な顔をする彼。
それにわたしも不思議な顔をした。
「白雪。ちゃんと聞いてるか?」
びくっ!
「はい!」
先生に注意され、慌てて返事する。
「だったら先生が読んでた続きを読んでみろ。」
・・・・・・続きって言われても・・・・・・・
「167ページの3行目。」
こそっと横からクラスの男子が教えてくれた。
彼の名は屋久島大介勉強もスポーツも抜群の言わば天才。
わたしは慌てて席を立ち、そのページを読み始めた。
「何だ、ちゃんと聞いてるじゃないか・・・・。もう良い。座れ。」
言われわたしは安堵の溜息をつき着席した。
「ごめんね。ありがと。」
そして、わたしは隣の屋久島君に礼を述べた。
「良いよ。困った時はお互い様って言うから。
今度、僕に何かあった時は宜しく頼むよ。
たまに僕も考え事してる時があるからね。」
彼は笑みを浮かべて、こそっとそう言った。
「うん。任せて。」
わたしも笑みを浮かべてそう言った。
そして落ち着き、横の窓の隙間を覗いたがシルビスの姿は何処にも無かった。
・・・・・・何処行ったんだろ・・・・・・
わたしは首を傾げた。
そして授業も終わり帰る準備をし始めた頃、シルビスはいきなり現れて、わたしの肩にちょこんと座る。
「八雲!!!そいつ今朝の!!!」
一緒に帰ろうと近づいて来た千草は顔色を変えて肩の、シルビスを指差した。
「あ~・・・・。
この子?
暫く面倒見る事になったんだよ。可愛いでしょ?」
わたしのその発言に千草は・・・・・
「可愛かないわよ!それに、いつの間にそんな話しになったの?
駄目よ!そんな怪しい奴連れて帰っちゃあ・・・。ペットじゃないんだから捨てて来なさいよ。」
言って彼女は彼に触ろうとするが、わたしは彼を掴みギュッと抱きしめた。
「住む所無くて困ってるんだから助けてあげなきゃ。」
あまりの可愛さにたまらず頬でスリスリしてみるが苦しそうにもがくシルビス。その様子を目にし頭を抱える千草。
「はぁ~・・・・もう。勝手にしなさい。
でもね・・・。」
千草はシルビスに指を再度差して・・・。
「八雲に何か害を与える様な真似したらいくらわたしでも本気で怒るわよ。」
そう強く言い放ちシルビスを睨みつけた。
「オレはただ住む所さえありゃ別に何もしねぇよ。」
等と彼は言いその後、そっぽを向いた。
・・・・・・その何気ない仕草も可愛い・・・・・・・
なんかもう見てるだけで幸せなわたしだった。
「でねぇ・・・・・シルビスは何者なの?妖精さんじゃないよね?」
学校の帰りに千草と今晩の食糧の買い出しをしに商店街を歩いていた。
「妖精・・・・さん?
そんな可愛らしい物に見える?
どう見ても妖精とかって感じじゃ無いでしょ?
さしずめ、こいつはぬいぐるみに住み着く寄生虫って所ね。」
シルビスはわたしのスクール鞄のチャックから顔を出して・・・。
「てめぇ。言わせておけば!!!
オレだってな。こんな面白い格好に好きでなってる訳じゃねぇ!」
大声を張り上げ千草に抗議するが、周りの視線を感じ、慌ててわたしは鞄の中に彼を押しこんだ。
「痛てぇ!何しやがる!?」
周りの事なんてお構い無しに喋り続ける彼だが次第に大人しくなった。
「分かってるさ。オレの今の姿が珍妙で奇怪な物だって事位な。」
静かにそう語ると黙り込んだ。
それに対して顔を見合すわたしと千草。
「今日は特売日で良かったよ。
千草も買い物に付き合わせてごめんね。」
買い物をすまし、わたしの家の前に差しかかった所で、わたしは千草にそう言った。
「良いの良いの。
どうせ帰ったって暇なんだし、それなら八雲と一緒に長くいたいじゃない?」
ニッコリと笑ってクルリと楽しそうに回って見せた。
「ありがと。」
わたしもニッコリと微笑んだ。
「ぬいぐるみ!
あんた・・・・本当に八雲に何かしたらただじゃおかないわよ?
じゃぁね。八雲。」
彼女はシルビスに指を差してそう言い放つと、表情をまたコロっと変えて、わたしに手を振りその場から去って行った。
暫く八雲の帰る後ろ姿を見守り、わたしは家の中へと入って行った。
夜、わたしはご飯を食べて暫くした後、寝る準備をしていた。
「ぬいぐるみなのにご飯食べれるなんて驚いちゃった。」
わたしは、シルビスを腕に抱いたままパジャマに着替えて電気を消してベッドに横になり、そう話した。
「お前達人間が考えている物とは違うって事だ。
それより何故、お前と一緒に寝ないといけねぇんだ!」
彼の言葉に暫し考えて・・・・・・。
「可愛いから。」
速球に答えるわたし。
「可愛い・・・・って・・・・お前、オレは一応男だぞ。」
・・・・・男?・・・・・・・
「別に良いよ。可愛いから。可愛ければ全てわたしは許す。」
更に彼を抱きしめた。
「苦しい!」
彼は嫌がるが、わたしは嬉しかった。
毎回見る同じ夢の恐怖を、朝誰かが側にいれば起きた時に少しは楽になるかもと思ったからだ。
「お願い。朝まで一緒にいて。」
わたしはシルビスの小さい額にキスをした。
「ゴメンね。」
そしてわたしは眠りについた。
・・・・・寒い・・・・・
銀色の氷の世界・・・・またこの夢・・・・・息を吸うと痛くて上手く呼吸が出来ない・・・・・
苦しい・・・・・
「お前しっかりしろ!おい!」
薄れ行く意識の中で、何処からかぼやけた感じの声が聞こえ視界に大きな手が見えた。
・・・・うっ・・・・誰?・・・・・
わたしはその直後意識を失った。
「おぃ!
馬鹿女!どうにかしろ!」
目を覚ませばシルビスが、わたしの上でピョコピョコと跳ねていた。
眠い目を擦りながら彼が指差す方を見てみれば、目覚ましのけたたましい音
「あぁ・・・・。」
「あぁ・・・じゃねぇよ。突然鳴り出して止まらないし・・・・・・何だよそれは?何かの術具か?」
カチャ・・・・。
音を止め、もうちょっと時間があるので再び布団に入るわたし。
「ただの目覚まし時計だよ。」
わたしの言葉に沈黙し、時計と睨み合いしている彼。
「あれが時計だと?
時計ってのは針があってだな。ゴーンゴーンって音を立てるのが時計だ。」
不満そうな彼。
「それって柱時計って言わない?
これはデジタル時計だよ。数字が表示される物よ。」
わたしの言葉に首を傾げる彼。
「お前・・・・・馬鹿にしたな?」
すると彼は顔を赤くさせ頬を膨らませた。
「やっぱり可愛い・・・・。」
わたしは彼を捕まえ布団の中へと入れ・・・。
「銀色の髪に白のマント・・・可愛い子・・・・・あなた・・・・・何処から来たの?もしかして、わたしの夢の様な氷の世界から?」
そう彼に聞いてみた。
その問いに言葉を失うシルビス。
「お前・・・・・何でオレのいた国の事を知っている?
お前は何だ?」
不思議な事を言われるが今はやたらと眠い。
「小さい頃から見る夢の中の話しよ。
小さいわたしは何処とも分からない、ただ寒い氷の世界で倒れそうになっていた。それは痛くて苦しくて・・・・でも誰かの声が聞こえた。誰かが、わたしに向けて発した言葉・・・・。」
わたしは再び眠りについた。
彼女の腕の中で眉間にしわを寄せて考えるシルビス。
「歳の頃も丁度良いか・・・・それによく見るとあの時の人間に似ているな・・・・・まさかこいつがあの時の・・・・・。」
そんな事を呟き彼は彼女の腕から脱出して部屋から出て行った。
音楽が流れて来る。透き通る様な音楽が。
・・・・・楽器?・・・・・・
銀色の長い髪の男性っぽい人が窓に腰を下ろし、見た事の無い楽器を奏でていた。わたしは見た事の無い建物の中でその曲をこっそりと聞いていた。
「おや・・・・
お嬢さん。どうしたんだぃ?」
わたしの事に気付いたらしく演奏を止めこっちを見る彼。
彼の表情はニッコリとしていて温和その物。
「綺麗だったから・・・・。
でも何か悲しい・・・・・。」
すると彼は笑みを浮かべて・・・・。
「ありがと。
君には分かるんだね。」
「何を?」
首を傾げ彼を見る。
「僕の心が分かる君に一つお礼。
君にこれをあげるよ。僅かだけどこの力を利用すれば君は自由になれるよ。」
わたしは彼に近付き光球の様な物を受け取り笑みを浮かべた。
「うん。ありがと。お兄さんの名前は何て言うの?」
すると彼はわたしのほっぺにキスをして・・・・。
「僕はカシス=カイラー。今までこの氷の国の統治者だった者だよ。」
言って笑みを浮かべた。
・・・・・今まで?・・・・・・
「今は?とうちしゃって言う人じゃないの?」
すると彼は・・・・・
「うん。もう良いんだ。この国に未来は無いからね。その力は君に託すよ。」
彼の言っている事がよく分からなかったが首を縦に振った。
「願うんだ。君の望んでる事を。純粋な君には使えるはずだ。」
わたしは光を抱きしめて家へ帰りたいと深く願った。
すると光はわたしの体を包み込むと・・・・目の前にいたカシスは楽器だけを残してそのまま消え去った。
よく分からず彼の姿を探すが何処にもいない。そしてわたしは気を失った。




