淫魔なメイドが怖い。
メイド×淫魔×吸血鬼ってどうなるかな、って思ったら、ぶっ壊れた。というかそもそも、淫魔×吸血鬼って属性自体おかしい気がしてきたけど……まぁ、平気だよね。うん。
という訳で(どういう訳だ)、やっと1章開始です。
「さーて、これから何すっかなー」
王城を出た翌朝。とりあえず、という事で王都内に借りた宿(王城暮らしだった霧也は無一文なので、料金はソニア持ち)のベッドに寝転がりながら霧也が呟く。
「私はどこへでも付いて行きますよ?」
「そんな事は聞いてない」
「はぅっ!?」
霧也の辛辣な言葉に、ソニアが崩れ落ちる――事が出来ない。
それもそのはず。ソニアは今、霧也の手によって縛られているのだから。がんじがらめに。
プレイ? 違います。
事の発端は、深夜、霧也が眠りについてからの事だった。
ソニアが夜這いをかけに来たのだ。
しかし、[気配察知]の効果で接近に気が付いた霧也によって抑えこまれ、このままじゃ安心できないと縛られてしまった。
その時ソニアが、「ご主人様のヘタレっ! 貞操を捧げ合った仲だというのに!」などと言っていたが、霧也の拳骨(強め)によってお仕置きされていた。
「というかご主人様、そろそろこれ解いてくれませんか?」
「お前段々と口調が素に戻ってくよな」
「心を開ききっている証です。ちなみに私はご主人様にならいつでもどこでも股を開いたいっ!?」
おかしな事を口走るソニアには霧也の鉄拳制裁が下る。
もとより、一昨日の夜のアレも、霧也は場に流されてしまっただけで、本意では無かったのだ。当時はステータス的に抵抗出来なかったとも言うが。……更に言えば、そこまで不本意という訳でも無かったのだが。
「そして、急激に淫魔の血が濃くなったよな」
霧也が呆れたようにそう言う。が、ソニアは開き直る。
「でしたら、吸血鬼成分という事で、血を下さい。口移しで」
ガスッ。
鈍い音が響く。
鉄拳制裁(昨夜から通算4回目)の音だ。
ズボッ。
指先に傷を付けた霧也がそれをソニアの口に突っ込んだ音だ。
ピチャピチャッ。ズッ。ズジュッ。ジュルルルルッ。
霧也の指をソニアが舐め、吸い上げる音だ。
「――って、何やってんのお前っ!?」
なんとなく遠い目をしていた霧也が、その感触と音に現実に復帰し、慌てて引っこ抜く。
口から離れた指をソニアが物足りなさそうに見ているが、霧也は全力で無視する。
「ったく、せっかく血をやろうと思ったのに……とんだビッチメイドだな」
「えへへ、それほどでもありませんよぉ」
「褒めてねぇからな? 大事な事だから、とても大事な事だからもう1回言うけど、これっぽっちも褒めてねぇからな?」
疲れたようにため息を吐く霧也を尻目に、ソニアが何を思ったか唐突に自分を縛るロープに噛みつく。
「……どうした、急に」
「いえ、きにひらいでくらはい」
驚くようにソニアを見つめる霧也の質問に適当に答えると、ソニアがロープをそのまま引き千切った。
室内の――というか霧也の時間が止まる。
その間にも、ソニアはロープからスルスルと抜け出し、霧也に接近していくが、霧也は口をポカンと開いたまま動かない。
「ふふふ、吸血鬼の顎の力を舐めないで下さい……えいっ!」
霧也に十分に接近し不敵に笑ったソニアが、一気に飛びかかる。
その衝撃で現実に復帰した霧也だが、時すでに遅し。
「あ」
「うふふ、ご主人様ぁ〜……はむっ!」
「んっ!? んむっ、んん〜っ!」
この日、この2人が泊まった宿には、朝から嬌声が響いていたという。
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宿を出た霧也とソニアは、王都の門に向かって歩いていた。エステリアこそ見送ってくれたが、他の人間が探しに来ないとも限らないので、早めにこの街を出たほうが良いだろうという判断だ。ちなみに、この結論を出したのは賢者となった霧也だ。
ソニアは現在、霧也の腕に自分の腕を絡ませている。霧也は面倒そうな顔もしながらも、既に諦めたのか黙認しているようだ。
「で、ソニア。どっかおすすめの街ってあるか? とりあえず、金を稼ぎやすいような場所で」
この世界の地理についてほぼ全く知識の無い霧也がソニアに質問する。
ソニアは立ち止まって少し考えるように上を向いてから答える。
「でしたら、ここから南に徒歩で3日ほどの距離にある、セイグラッドという街が良いと思います。冒険者の街とも呼ばれる場所で、冒険者ギルドの本部があるのに加え、冒険者へのサポートも完璧です。具体的には、武器や防具、アイテムの商店がとても多く、買うにも売るにも困りませんし、宿屋なども冒険者割引がついたりしますね。王都が近いので物価も安定してますし。冒険者登録もそこまで手間じゃありませんし、ご主人様の力があれば簡単に稼ぐ事が出来ると思いますよ」
そこまでを全く噛まずに言い切るソニア。元メイド長の名は伊達じゃない。
「なるほど。王都が近いとすぐ見つかるかもしれんが、別に見つかったって大した問題じゃねぇ訳だしな。OK、そこにしよう」
霧也が頷くと、ソニアが嬉しそうに笑う。
(……そうだ、今なら矯正出来るかもしれない)
ソニアの淫魔な部分に悩まされていた霧也が、そんな事を思い付く。
霧也はソニアと目を合わせると、眩しそうに目を細めながらソニアの頬に手を添える。
「やっぱりソニアは、そうやってちゃんとメイドをやっていた方が魅力的に見えるな。淫魔な時よりも、全然」
ソニアの矯正のためにやった事ではあるが、これ自体は霧也の本心でもある。ついでに言うと、この気障ったらしい仕草はほぼ素だ。
そして、それを聞いたソニアの頬が赤くなる。ソニアは案外ちょろいのだ。
「そう、でしょうか」
「あぁ」
「……分かりました。私はご主人様の専属メイドですから。ご奉仕するのは、求められた時だけにします。……でも、私も我慢出来ない時があるかもしれないので、その時は……」
「……善処する」
なんとかその言葉を捻り出した霧也。ソニアはそれを聞いて、再び顔を綻ばせる。
その表情を見た霧也は、ご褒美だ、などと呟きながら、唇を切って血を出し、それをそのままソニアの唇に触れさせる。
一瞬触れるだけの軽いキス。そして、血の口移し。宿屋で霧也が強請られた事だ。
「なっ……! ご、ご主人様?」
驚いて霧也の顔を見るソニアだが、その時には既に霧也の顔は明後日の方向を向いている。だが、ソニアの位置からでも耳が薄く赤色に染まっているのが見て取れた。ソニアの方も、初めての霧也からのキスに顔を真っ赤にしていたので、あまり意識はしていなかったかもしれないが。
ちなみに、一応街中ということで少なからず人目があり、その上現在進行形で黄色い歓声があがり、ドス黒い嫉妬の視線に突き刺されているのだが、スルースキルカンストの霧也はもちろん、彼の影響でスルースキル絶賛上昇中のソニアも全く意識していなかった。
霧也の必死(でも無い)努力によって、ビッチメイド・ソニアはとりあえず消滅しました。ノリで書いたら手が付けられなくなってしまっていたので、霧也君には感謝です。




