38 セレーナ
「ブライアンが薬草の勉強をしていたのも、娘の貴女の為だったわ。『娘が病気になっても、いつでも助けてあげられるから』って。『嫁にも絶対に苦労はさせたくない』と言って、色んな所に魔獣の討伐に行って稼いでいたわ。本当に2人の事を愛していたわ」
ーお父さん、凄過ぎない?ー
「そんなお父さんから貰った名前を……奪われてしまったんですね」
お父さんが付けてくれた“希望”と言う意味を持つ“ナディーヌ”。
「貴女の本当の名前は……ナディーヌ?それともセレーナ?」
「え?」
「“ティニー”は名前を奪われてからの愛称でしょう?私、ブライアンに確認してなかったんだけど、娘の名前で“ナディーヌ”か“セレーナ”で悩んでたの」
「“セレーナ”は、月の女神を表す名前だな」
「セレーナ………お父さんが………」
「奪われた名前は“ナディーヌ”だ」とエルトン様が言うと、「少し時間は掛かるけど、その名前は取り戻せるわ」と言ってアデールさんが微笑む。
「私……“セレーナ”が良いです」
「え?」
ナディーヌもセレーナも、どちらもお父さんが考えた名前と言うなら、奪われた名前じゃなくて新しい名前が良い。
ナディーヌは、お母さんと言う名の小さな世界の中に居た私の名前だった。
これから新しい自分の世界を始めるのなら、新しい名前で始めたい。
「勿論、元の名前も取り戻したいし、“月の女神”だなんて言うのは恥ずかしいけど、新しい生活を始めるなら、新しい名前で始めたいです」
「良い考えね。それに、貴女は可愛いから、その名に自信を持っても大丈夫よ」
「うんうん。それじゃあ、これからはティニー改め、セレーナと呼ぶ事にしよう」
「きっと、辺境伯も喜ぶだろう」
それからもう少しだけ話をした後、アデールさんをルチア様達に紹介して、今日の事も話をする為に、4人一緒にデミトリア邸に帰る事にした。
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「情報過多じゃない?」
話をした後のルチア様とエリック様とオリビアさんは、驚きつつも納得したようだった。
「エルフの魔法や知識が入っているなら納得ね」
「まさか、エルフの薬草の知識を知る事ができるなんて、夢のようだわ!」
「オリビアは薬師なのね?知りたい事があったら訊いてくれて良いわよ」
「ありがとうございます!」
オリビアさんが、ウキウキ状態なのは珍しい。
「そろそろ決めなきゃいけないと思ってたところだったから、丁度良かったわ。ティニーの住民票の事なんだけど──」
ピサンテに登録してあった住民票は、全て燃えて無くなってしまった為、新しく作った住民票をデミトリア領に登録する事になっていた。一般的には“生き残りは居ない”とされているし、元の住民票が無いから、新しく登録する時には新しい名前を考えよう──と話していた。だから、アデールさんからお父さんの話が聞けて良かった。
「登録の名前は“セレーナ”でお願いします。“保護者は無し”で構いません」
「分かったわ」
保護者が居ない代わりに、オリビアさんが私の後見人になってくれた。そのオリビアさんはデミトリア辺境伯家専属の薬師で、デミトリア邸内の離れに部屋があり、そこで生活をしているから、私もその離れで一緒に生活をする事になった。
「ピサンテでの被害手当と、これからセレーナが成人する迄の間は国からの支援金が月々支給されるわ。その管理はデミトリアでする事になるけど、お金が必要になった場合は直ぐに用意するから言ってちょうだい」
「分かりました」
オリビアさんのお手伝いでも給金を貰っているから、そっちのお金に手を付ける事は、暫くはないと思う。使うとしても、成人して独り立ちする時か、それ以降にしよう。
ーそれまでは、しっかり貯金しないと!ー
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「話を聞く限り、そのカイリーが怪しい……と言うか、真っ黒ね」
お父さんの話と住民登録の話が終わると、今度はアデールさんにカイリーさんとジェイミーの話をした。
「それに、ブライアンの嫁が……まさかの………これじゃあ、ブライアンも安心して来世に行けないんじゃない?まあ、嫁もある意味、被害者なんでしょうけど。セレーナは、このままで本当に良いの?」
被害者と言えば被害者だけど、あの2人を信じて受け入れたのも、私の伸ばした手を払い除けて拒絶したのもお母さんの選択だ。魔力無しで容姿も違うと話すら聞いてもくれなかった。少しでも話を聞いてくれていたら、私の気持ちもお母さんに残っていたかもしれないけど───
「名前を取り戻すだけで良いです。取り戻した後、あの人達がどうなろうとも、私には関係の無い事です」
「分かったわ。なら、私が必ず名前を取り戻してあげるわ」
「宜しくお願いします」




