思い出のブレスレット
翌朝。
皆での朝食を済ませたタズハとセシリアは、逃げるようにして食堂を出る。
そしてそのままタズハの部屋に行くと、昨日の続き、とお喋りを再開した。
もうすっかり仲良しさんである。
「――あの、セシリアさん。一つ聞きたいことがあるんですけど……」
だから、聞きづらいことも聞ける。
話が途切れたタイミングでタズハは勇気をもって切り出した。
「はい、何ですか?」
「正直に答えてほしいんですけど、わたしって、その……臭い、ですか?」
起きてすぐ、タズハは侍女のノノイにまた暴言を浴びせられた。
――はぁ。臭い臭い。鼻が曲がっちゃいそうだわ、と。
ここ数回、ノノイはずっと匂いについて言及してきている。
最初はただ自分を傷つけたいだけだと思っていたが、そう何度も言われるうちに、本当に臭いのかもと不安になってしまった。
セシリアは目を瞬くと、首を左右に振る。
「いえ、まったく。……少し失礼しますね」
セシリアはソファから立ち上がり、タズハの隣に座り直す。
そうして肩の辺りに顔を近づけると、お鼻をスンスン。
「やっぱり全然。石鹼のいい香りがしますよ」
そう言ってもらえて、タズハはほっとした。
すると、セシリアは眉をひそめる。
「どうしてそんなことを?」
タズハはちらっとノノイを見ると、セシリアに耳打ちする。
「わたし――」
時折、ノノイから独り言というていで暴言を吐かれていることを話した。
「――えっ?」
するとセシリアは目を見開いた。
可哀想と憐れんでくれるのでも、酷いと怒ってくれるのでもなく、彼女はただただ驚いていた。
「タズハさんも……」
「も?」
「実はわたしも侍女の方から心ないことを言われてて。『たかだか男爵家の娘なんかにどうしてわたしが』とか、『清楚ぶっててムカつく』とか、他にも色々」
タズハはお口をあんぐり。
今度はタズハが驚く番だった。
その侍女をちらりと見ると、セシリアに視線を戻す。
そして顔をシュンとさせる。
セシリアのことが心配だった。
「そっか、セシリアさんも……。大丈夫ですか?」
「ふふ、ありがとうございます。大丈夫ですよ。わたし、まったく気にしていませんので」
「えっ?」
「ああいう人はどこにでもいます。一々気にしていたら、身が持ちませんから」
セシリアはタズハにずいっと顔を近づけた。
「ですから、タズハさんもお気になさらないように。相手にしたら負けですよ?」
なんて強い女の子なのだろう。
タズハは感心し、そして自分も見習わなきゃと思った。
「うん、ありがとうございます!」
☆
二日後。
タズハは朝食を済ませると、急いでセシリアの部屋に向かった。
不安を胸に、ゆっくりと扉を開ける。
すると目に映ったのは、床に両手両膝を突き、せわしなく顔を動かしているセシリアと侍女の姿だった。
先ほど、セシリアは食堂に顔を出さなかった。
だから具合でも悪いんじゃないかと心配していたが、それは杞憂だったようだ。
タズハはほっと安堵の息を吐き、ノノイと一緒に中に入る。
「おはようございます、セシリアさん」
「あ、タズハさん」
こちらに気付いたセシリアは立ち上がると、眉を下げて歩み寄ってきた。
「あの、ブレスレット、見ませんでした? 青と白のビーズでできたやつなんですけど……」
「えっと、ごめんなさい、見てないです。なくしちゃったんですか?」
「……はい。朝起きてつけようと思ったらなくて……」
「いつ頃からないんですか?」
「それがわからなくて……。昨日の朝につけたのは覚えてるんですけど」
セシリアが悲しげに目を伏せた。
きっと大事なものなのだろう。
であれば、自分がやることは一つ。
「もしかしたらわたしの部屋にあるかも。探してきますね!」
タズハとセシリアはお互いに部屋を行き来しており、昨日も何度かセシリアが来ていた。
「いいんですか?」
「もちろん! あったら言いますね!」
セシリアは顔をわずかに明るくさせると、深々と頭を下げた。
「すみません、よろしくお願いいたします」
自室に戻ったタズハはさっそく捜索開始。
まずはいつもセシリアとお喋りしているソファから。
クッションをどけ、隙間に入っていないか、一つずつチェックしていると――
「では、わたしはこちらを」
ノノイがそう言って、もう一つのソファをチェックし出した。
探し物を手伝ってくれるらしい。
彼女は暴言こそ吐くものの、侍女としての仕事はいつも完璧に行ってくれている。
どれだけゲストが気に食わなくても、仕事の手は抜かないというプライドがあるのだろう。
その勤勉さのせいで常に行動を共にすることになり、いつ悪口が飛んでくるかストレスだったが、今回ばかりはありがたかった。
「あ、ありがとうございます」
タズハはぺこりと頭を下げると、探し物に集中した。
ベッドの下やタンスの中、家具の裏にゴミ箱。
二時間ほどかけて隅から隅までくまなく探したものの、ブレスレットは見つからなかった。
この部屋にはないのだろう。
(じゃあ、お風呂かな)
入浴前にブレスレットを外して、そのまま置きっぱなしにしているのかも。
というわけで、タズハはお風呂場へ。
脱衣所のカゴ。ない。
洗い場の台の上。ない。
排水溝。ない。
浴槽の中。やっぱりない。
浴室はハズレだった。
(次は食堂だ)
食堂にあるとは思えないが、念のため。
タズハは見つかるまで、すべての部屋をチェックするつもりだった。
そうして食堂に向かっている途中、廊下で使用人とすれ違った。
彼女は立ち止まると深々と頭を下げてきて、それにタズハも会釈を返す。
その時、ピコンと思いついた。
もしかしたら使用人さんがブレスレットを拾ってくれているかも。
「あの、すみません。どこかでブレスレットって見ませんでした?」
ノノイの件で、タズハはまた人間族を少し怖く思っていたが、勇気を出して話しかけた。
そう、お友達のために。
「ブレスレットですか……」
使用人は頭を上げると、顎に人差し指を当てた。
ほどなく、何かを思い出したかのように「あっ」と声を上げる。
「少々ここでお待ちいただけますか?」
「あ、はい」
使用人は小走りで去っていくと、数分後にまた戻ってきた。
「こちらでしょうか? 先日、浴室に置かれたままだったようで」
差し出されたのは、青と白のビーズが交互に並んだブレスレット。
貴族の娘が身につけるには少し――いや、かなり質素な品だが、セシリアが言っていた通りのものだ。
これで間違いないだろう。
「はい、これです! ありがとうございます!」
タズハは頭を深く下げてお礼を言うと、セシリアの部屋に急ぐ。
「――セシリアさん、ありましたよ!」
扉を開くと同時に報告。
バッ! と駆け寄ってきたセシリアにブレスレットを手渡すと、彼女はぱぁっと顔を明るくさせた。
そしてそれをぎゅっと胸に抱く。
「ありがとうございます、本当にありがとうございます……!」
「いえいえ、大切なものだったんですね」
「はい。……これは、ゼイナス様からいただいた大切な、思い出の品なんです」
「えっ」
タズハは目を見開いた。
まさかセシリアがゼイナスと面識があるとは思ってもいなかったのだ。
それもそのはず、セシリアは男爵家の娘、普通に考えれば接点などあるはずもない。
なので、試験に参加した理由の『ゼイナス様のお嫁さんになりたい』というのは、セシリアの一方的な憧れに過ぎず、ゼイナスは彼女のことを知らないものだと思っていた。
しかし、実際はブレスレットを贈られるほどの仲だという。
一体、どういう関係なのだろう。
強い興味が湧き、タズハはウズウズする。
「どうぞこちらへ」
それに気付いたのだろう。
セシリアは優しく微笑むと、タズハにソファに座るよう、促す。
そして侍女に紅茶を淹れてもらい、それで喉を潤したところで。
「八年前のことです――」
そしてセシリアは語り出した。
◆
基本的に貴族の家は、王城を囲む壁――内壁沿いにある。
城の入り口に近いほど、王と密接であることから栄誉とされ、城壁の門のすぐ側には高位の貴族の屋敷が並んでいる。
反対に位が低い家、たとえば男爵家の屋敷は門から最も遠い入口から正反対の場所に建っており、セシリアの家も例外ではなかった。
セシリアは当時八歳。
その日は庭で一人、縄跳びを楽しんでいた。
「――面白そうだな」
突然聞こえてきた声に「ん?」と顔を向ける。
内壁に開いた小さな穴――つい先日起きた地震によってできたもの――から、金色の髪の男の子が顔を出していた。
当時九歳のゼイナスである。
「あなたもやりますか?」
お城には王族のほか、代々彼らに仕える三つの家の人間も暮らしている。
だから、その少年がまさか王子だとは夢にも思わず、セシリアは親切心から気安く声をかけた。
「ああ、やらせてくれ。……だが、その前に私を引っ張ってもらっていいか? つっかえてしまってな」
「わかりました」
セシリアはゼイナスの右手を両手で握ると、思い切り引っ張る。
「いてててっ!」
「あっ、ごめんなさい! ……やめますか?」
「いや、大丈夫だ。このまま頼む」
というわけで、そのまま続行。
セシリアが「んー!」と腕を引っ張り、ゼイナスも左手で壁を押す。
少ししてすぽんっと身体が抜け、勢い余ってセシリアは地面にお尻をつく。
「大丈夫か?」
聞こえてきた声に顔を上げると、ゼイナスが手を差し伸べてきていた。
その手を取り、セシリアは起き上がる。
そうして正面からその顔を見て、思った。
なんて綺麗な顔なんだろう、と。
「ありがとうございます」
「ああ、それでさっきの遊びだが」
「あっ」
セシリアは縄跳びを拾い、「はい、どうぞ」と差し出した。
受け取ったゼイナスはそれぞれの手に縄の端を持ち、そこで首を傾げる。
それを見て、セシリアは家の中にダッシュ。
持ってきた縄を使って実際にやりながら説明する。
「足をこのくらい広げて」
「広げた」
「手首を使って縄を回して」
「こうか?」
「後は飛ぶ!」
「よっ」
「おお、上手です!」
「そうか?」
セシリアが笑顔で褒めると、ゼイナスも笑みを。
「はい! そうしたら今度は――」
その後もセシリアはゼイナスと縄跳びを続けた。
気に入られたのだろう。
それからというもの、ゼイナスは毎日セシリアのもとにやってきた。
そうして二人は縄跳びのほか、手毬つきにお人形遊びと、さまざまな遊びを楽しんだ。
ただでさえ男の子とこうして遊ぶのは初めてで、その上、相手は美形。
さらに話は面白いし、優しいしで、気付けばセシリアはゼイナスに惚れていた。
そしてそれはゼイナスも同じだったのだろう。
ある日、ビーズ遊びをしていた時。
「将来、私と結婚してくれ」
ゼイナスは今完成した、青と白のビーズのブレスレットを差し出しながら、顔を真っ直ぐに見て言った。
セシリアはわぁっと顔を明るくさせると、急いで自分の好きな色――黄と水色のビーズでブレスレットを作り、ゼイナスに差し出す。
「はい、喜んで!」
そして二人は約束の証として、受け取ったブレスレットを大切そうに右の手首につけた。
その翌日。
父が呼んだ職人によって穴が塞がれてしまったことで、ゼイナスとの時間は急に終わりを告げた。
でも、約束したから。
まだ無知な子供だったセシリアは、その日がやって来るのを楽しみに日々を過ごした。
それをやめたのは、十歳の誕生日を迎えてしばらく経った頃。
セシリアは知った。
あの少年が王子だったこと。そして、男爵家の娘である自分は絶対に彼と結婚できないことを。
セシリアはゼイナスのことを諦めようと思った。
当然だ、叶うわけがないのだから。
でも、心はそう単純なものではなく、一年が過ぎ、二年が過ぎ、五年が経っても恋心は残ったままだった。
◆
「――そんな時に王妃選抜試験の開催が宣言されて。わたし、チャンスだって思ったんです。だってこれで残ることができたら、男爵家の娘であるわたしでも、ゼイナス様と一緒になれるから」
「なるほど。……素敵ですっ!」
タズハが目を輝かせると、セシリアは困ったように笑った。
「まあ、ゼイナス様はわたしのことなんて忘れてしまってると思いますけど」
「そんなことないです! 絶対覚えてますよ!」
それは気休めであったが、そうあってほしいとタズハは心から思った。
「だったらいいんですけどね。……でも、忘れられててもいいんです。だって合格したら、わたしがお嫁さんになれるんですから」
それを聞いて、本当に好きなんだなとタズハは改めて感じた。
そしてその恋路を叶えてほしいと思った。
「ですね! わたし、応援しますから!」
「ふふ、ありがとうございます」




