プロローグ
~異世界帰りのマイダーリン~
想像して欲しい
地平線まで見通せる程の大地の上に一人
汚れの無い澄み切った大空の下に一人
瑠璃色に光る透明な大海の畔に一人
君の居ない世界に一人、放り込まれて
美しくはあっても、君が居ない。そんな見も知らぬ世界の命運を双肩に委ねられて、手を染めたことの無かった戦いに身を投じる運命を背負わされた、僕の孤独を。
「…だから、戻って来たってか」
視界を埋め尽くす人混みに嫌気が差す程に狭苦しいアスファルトの地面の上に
石油由来の廃棄煙に淀み眩いほどの光化学スモッグに満ちた灰色の空の下に
水面に浮かぶ廃油が放つ七色の光に巻き上がる汚泥の底が透ける海の畔に
そんな荒みきった世界だとしても、互いさえ其処に在るならばそれで充分以上だった。逆に言えば、そんな世界に一人残されて、行方の知れぬお前の残り香だけを頼りに俺が生き続けて居られると本気で思ったのか?
―――
「まぁそこはそれ、御都合主義展開って言うか。『君がいま生きてる世界に再転生させる』って成功報酬で手を打ったので」
「…で、それに5年も費やしたってか。お互い適齢期を過ぎる前で良かったなぁ!」
言葉尻だけを拾えば険悪の一語に尽きるだろう会話も、互いを確と抱き留め合う様と共に在っては傍目にどう見ようとも睦み合いしか見えまい。永の離別で出来た心の空白を埋めるように腕の中胸の内に抱く彼の肢体は昔のまま。しかしその小さな体の所々には隠される様に、それでも確かに刻まれた無数の傷跡が感じ取れた。
「傷だらけの体はきらい?」
至って穏やかな声で問い掛けながら、彼は伸ばした両手で私の両頬に触れ胸の内から此方を見上げている。答えの分かり切っている問い掛けだと諸々の所作から見ては取れたが、そんな確認作業に託つけてより深く戯れたがる所もまた、彼が疑い無く彼であることの証左だった。
「この程度、唾でも付けときゃ治るだろ」
「じゃあ、そうしてもらおっかな」
言うが早いか、腰に回した私の腕を支えにして目の前で着衣を解きだした。此方も呼応するように薄らいだ傷跡の上に見える端から唇を沿わせていく。
「…言い出しといてなんだけど、こそばいと言うか焦れったいと言うか」
「久し振りなんだ、じっくり味わわせろよ」
「ははっ、勘が鈍ってなきゃ良いけど」
「………そうだな」
「あ"?オイなんだ今の間は」
おっとぉ…こいつぁヤベェ…
「離れてた間の彼是は一旦置いといて…お互い今は再会の感動に身を任せる訳にいかんか…?」
苦しい、我ながら延命が苦しい。
「…チッ、今の言葉忘れんなよ。他所に蒔いた分以上は今日中に搾り取るからな」
「5年分か…「何か言ったぁ!?」…イエスマイダーリン!」
これは私と、異世界帰りのマイダーリンが
互いを想いながら心に空けてしまった空洞を埋め合い
日常を取り戻す為の非日常の話。




