第十話 大統領の書状
オーストラリア シドニー
空港、夜。
滑走路の向こうで赤いランプが点滅している。
ミレーユは重いキャリーを引きずりながら到着ゲートを出た。
大統領の書状が入った封筒を胸に抱きしめる。
(兄さん……本当にここでいいの? “連絡要員が待っている”って言ってたけど……)
異国の空気が冷たく、どこか血の匂いがした。
その時
「ミレーユ様ですね?」
振り向くと、艶やかな赤いドレスの女が立っていた。
サングラス越しの瞳が光を弾く。
「はい……あなたが兄の?」
「ええ。大統領の書状を安全にお届けするために来ました。」
彼女の声は妙に落ち着いていて、どこか芝居がかっていた。
ミレーユは首をかしげた。
(……赤いドレス? こんな目立つ格好、軍の連絡員がするはずないわ)
後ろで、マロとハーン将軍が大声で騒ぎ出す。
「にゃー!この空港、空気が悪いにゃ!マロはすぐ酸欠になるにゃ!
もう王族待遇のリムジンじゃないとダメですにゃ!」
「こら、静かにしろ、マロ!」
女は微笑んだ。
「ご安心ください。特大リムジンをご用意しておりますわ」
「やっとマトモな旅ができるにゃー♫」
マロは浮かれて先に進む。
(……ダメ、やっぱり何か変。兄の言葉には“決して単独行動するな”とあったのに)
女が静かに振り返る。
その瞬間、彼女の笑みが消えた。
「証拠を見せてください。あなたが兄の部下だと証明できるものを。」
「証拠?」
女はわずかに唇を歪めた。
次の瞬間 、ナイフが閃いた。
「これが証拠よ。」
「ひゃあああああ!?」
ハーン将軍が悲鳴を上げる間もなく、
女は彼の背後に回り込み、冷たい刃を喉元に押し当てた。
「動くな。お嬢様。」
(やられた……!兄の言ってた“罠”ってこれのこと!?)
ミレーユの胸が凍る。
足がすくんで動けない。
周囲の人波が消え、音が遠のいた。
「その封筒を渡してもらおうか。
大統領の書状──“戦争を終わらせる鍵”なんだろ?」
「あなた……誰なの?」
「そこ!何をやっている!」
空港の職員が走ってやって来た。
「....黙って車に乗りな!」
ナイフがハーン将軍の喉をかすめ、血の線が細く走る。
「ひぃいっ!助けてにゃあああっ!」
「静かに。さもないと次は喋れなくしてあげるよ」
ミレーユは拳を震わせながらも、逆らえずに頷いた。
バーバラは満足げに笑うと、コンボイトラックのドアを開けた。
鉄の匂い、ガソリンの臭気、
そして荷台の奥には、
“赤い蠍”の紋章が塗られていた。
(まさか、兄さんの任務が……敵に漏れていたなんて)
夜風が唸る。
エンジンが轟き、コンボイは荒野へと走り出した。
遠ざかる空港の灯りを背に、ミレーユは唇を噛みしめた。
封筒を握る手が汗で濡れている。
(アクス……早く気づいて。私、敵の手に落ちたかもしれない)




