第一話 兄からの手紙、長崎へ
ミレーユの家に一通の封筒が届いた。
見覚えのある筆跡。彼女は胸を高鳴らせながら封を切る。
手紙にはこう書かれていた。
【ミレーユ、兄は元気だ。現在任務中の為、詳しいことは書けないがアジアにいる。
そういえばこないだアクスに偶然あったよ。彼は、とても元気そうだった。
お土産に日本の扇子を送ります。 兄より】
細い指先がそっと扇子を開くと、そこには筆で大きく「長崎」と書かれていた。
静かに目を閉じ、唇を結ぶ。
(ヨーロッパの戦いでアクスと会ったのね。
次はアジア、ハーン将軍と戦うのね、アクス)
そっと扇子を胸に抱く。
(兄は……私に、アクスと会ってほしいんだわ。15年も経っているけど、私のこと……覚えているかしら)
その頃。ハンガリー陸軍拠点。
アクス宛に謎の扇子が届く。
無言でそれを開いた彼の目がわずかに見開かれる。
(この住所……アメリカ、マーシャル宅。15年前、あの事件があった場所だ)
扇子に書かれた一文字を見て、眉が動いた。
「長崎……?」
(マーシャルはハーン将軍と行動を共にしている。
だが、会えるはずがない。ということは……ミレーユ君が来るのか!?)
日本はこの戦争で中立の立場を取っていた。
だが、スパイや軍人の秘密の情報交換地でもあった。
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アクスはその“長崎”という言葉を信じ、単身日本へと飛んだ。
成田空港。入国審査を終え、荷物を引き取るその背後に、スーツ姿の男が近づく。
「アクス様ですね。マーシャル様より伺っております。こちらへ」
表情を動かさず、無言で男を一瞥する。
「……ずいぶん手回しがいいな」
「我々はマーシャル様の後方支援をしている者です」
「長崎まで、どうやって?」
「専用のヘリがございます。こちらへ」
ヘリが静かに長崎の港町へと降りる。
そこには、紅いワンピースに身を包んだ一人の女性が立っていた。
風が彼女の髪を揺らす。
目を凝らしたアクスの唇がわずかに開く。
(……ミレーユ……ずいぶん大人になったな。いや、15年も経てば当然か)
女性がゆっくりと歩み寄る。微笑みを浮かべながら、彼を見上げた。
「アクスね。……すごい筋肉。軍人さんだものね」
「そ、そうだよ。15年ぶり……か」
視線が絡み、ふと空気が止まる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
スーツの男が静かに口を開いた。
「お食事の用意がございます。どうぞ、こちらへ」
二人は長崎の古い温泉旅館へと案内された。
温泉につかり、夕食にはしゃぶしゃぶや刺身が並ぶ。
箸を止めたミレーユが、ふと小さな声で呟いた。
「兄は、近々……クーデターを起こすのではないでしょうか」
箸を持つ手が止まる。
「えっ……そんなことを言ってたのか?」
「いえ、はっきり言ったわけではありません。ただ……このタイミングで二人を会わせたということは……」
(……何かあったら、俺を頼れということか……)
「ごめんなさい。勝手な憶測で話してしまって……。兄は軍事的なことは口にできないの。だから手紙にも何処にいるか書けなかった」
笑みを返しながら、アクスは温かいお茶を口に運ぶ。
その後は、イーグルやディックの話、ミレーユの看護大学での勉強、
失われた日々のことを、静かに語り合った。
廊下の奥から声が聞こえる。
「ミレーユ様、そろそろ帰りの飛行機のお時間です」
立ち上がった彼女が、ふとアクスの手首を見る。
「……貝殻のブレスレット、まだしてくれてたのね」
「これは……あの頃の、俺の宝物だから」
ミレーユは目に涙を浮かべ、唇を噛みしめていた。
そして、そっと近づき——アクスの唇にキスをした。
「?!」
「さようなら。また……会う日まで」
車に乗り込むその背中が小さくなっていく。
アクスはその場に立ち尽くし、
しばらく動けなかった。
夜。
旅館の布団に横になりながらも、彼の目は閉じられなかった。
マーシャルのこと。
ミレーユの涙。
貝殻のブレスレットの感触。
唇に残る、あのぬくもり。
そして……近づきつつあるアジア戦線の火薬の匂い。




