第45話 死霊退治⑨
修道女をからかう俺は、改めて筋肉男の姿を観察する。
虚ろな目はどこ見ていない。
理性なんてとっくの昔に飛んでいるだろう。
修道女の命令には従順だが、それも反射行動に近いものと思われる。
無理やり追加された部位もよく馴染んでいるようだった。
(妄者の力が複合されている。暴走されると厄介だな)
筋肉男はもはや正常な状態とは程遠い。
ただの化け物だ。
妄者という枠組みからも外れつつあった。
修道女がどんな動きをするか不明だが、もし敵対するなら筋肉男とも戦うことになる。
やはり術者である修道女の殺害が手っ取り早いだろう。
正面から叩きのめすこともできるものの、獣と化した妄者を嬲ったところで大して面白くない。
(どいつもこいつも一筋縄じゃいかねぇな。最高だ)
同行する三人は、何らかの問題を抱えている。
ただの一人も味方がいない状況だった。
このメンバーで死霊術師を殺しに行くのだから、最高の仕事である。
現状を笑っていると、騎士が怪訝そうに問い詰めてくる。
「何を、考えている?」
「将来のことだよ。いつだって不安なのさ」
煙草を吸い終えた俺は再び哭いた。
青いスーツを着た影になり、指の刃を軽く動かす。
今日も好調だった。
(やってやろうじゃねぇか)
俺に敵対するなら、誰だって殺し尽くす。
秘書だろうと聖職者だろうと化け物だろうと死霊術師だろうと構いやしない。
その後、俺達は丘を下りて廃村に到着する。
残骸と化した廃墟を順に探索していった。
既に死霊術師のテリトリーに入っているので、細心の注意を払って進んでいく。
時間経過とともに霧が濃くなる。
いつの間にか少し先が見えないほどに悪化していた。
それに加えて甘ったるい臭気が強まっている。
騎士などは何度か咳き込んでいた。
この淀んだ空気が苦手らしい。
俺は周囲に神経を拡散させるも、結果は芳しくない。
肝心の死霊術師の居場所は掴めなかった。
何もかもが曖昧になっている。
(感知しづらいな。気配を誤魔化してやがる)
このまま歩き回るのも面倒だ。
そう考えた俺は両手に力を込めて一気に振るう。
巻き起こした突風が霧を吹き飛ばした。
霧は再び戻ってこようとするも、薄れて消えていく。
妄者の力が魔術の霧を分解しているのだ。
これでしばらくは邪魔されない。
「よし。これでいい」
俺は満足して辺りを見ようとして、気付く。
ちょうど前方に、椅子に座る人影がある。
じっとこちらを見つめていた。
(あいつか……)
俺は先行して歩み寄っていく。
椅子に腰かけるのは、白衣を着た若い男だった。
いや、若いのは偽りだ。
その気配はむしろ老獪で、油断ならない色を覗かせている。
眼鏡をかけた知的な青年といった風貌だが、この廃村で余裕じみた態度を取る姿こそが異常だった。
俺は白衣の男に話しかける。
「ここを支配する死霊術師だな」
「間違っていないが、僕は医者の方を第一の肩書きとしている。聞こえが良いだろう」
「細かいことにこだわるなよ」
「いや、印象は大事だとも。君なら分かると思うがね、虐殺の妄者」
医者を名乗る男は、悠々と椅子から立ち上がった。
一つ咳払いをすると、静かな口調で話す。
「初めまして。高名な妄者に会えて光栄だよ」




