第22話 代理戦争⑤
「ほう。そいつは一大事だな」
他人事の調子で相槌を打つ。
帝国は前々から身勝手な動きが多かった。
俺も帝国で活動していた時期があったが、何かとトラブルに巻き込まれていたのだ。
一度は軍部と敵対して、徹底的に殺戮してやった。
しかし、まだ懲りていないらしい。
(あの国は侵略気質だからな……)
今回も理不尽な主張で街を乗っ取ろうとしている。
このまま王国を蹂躙するつもりだろう。
昔からの常套手段である。
戦力もそれなりに保持しており、戦争経験の多さから兵の質も悪くなかったはずだ。
ログナスは真剣な表情で話す。
「街としては対抗するつもりだ。不当な侵略を退けなければならない」
「それで、俺を呼んだってわけか」
「間違っていないが、この話には続きがある」
ログナスが一瞬だけ目を逸らした。
後ろめたさを感じる挙動だ。
何かやましいことがあるようだった。
俺は表情に出さずに話を聞く。
「街の衛兵隊は此度の騒動に関与するつもりはない。王国から援軍が派遣されることもないだろう」
「おいおい、どういうことだ。対抗すると言っただろうが」
「そのために貴様を呼んだのだ。国同士の争いだと激化する恐れがある。しかし、無所属の妄者ならば例外だろう」
ログナスの言い分は納得できるものだった。
帝国はプライドが高い。
もし王国の衛兵に負けたとなれば、後に引けなくなる。
これから勝つまで幾度も仕掛けてくるだろう。
国家のブランドを傷付けないため執拗に侵略行為を繰り返してくるはずだ。
一方、妄者が相手になると事情は異なる。
負けて当然の存在が敵なのだ。
隣接する他国に負けるのとは印象がまるで違う。
しかも、甚大な被害が生じるのが確実だった。
帝国軍にも妄者がいるだろうが、そこを過信して突き進むのはリスクが高すぎる。
もし所属する妄者が死んでしまえば、いよいよ崩壊の危機なのだから。
国家は強力な妄者とは敵対したくない。
妄者が相手なら面子も潰れないし、侵略行為も潔く撤退できるのだった。
「無所属と言ったが、俺はロド商会の会長だがね」
「細かいことはどうでもいい。ようするに我々は戦争を回避しつつ、この街を守りたいのだ」
「そのための最適解が、俺への依頼――つまり代理戦争ってわけかい」
俺が確認すると、ログナスは神妙そうに頷く。
なんとも面白い提案だった。
衛兵の手を汚さず、勝手に帝国軍を殺してこいと言っている。
「俺が単独で皆殺しにすればいいのか?」
「この街にいる他の妄者にも協力を取り付けてある。既に契約は完了している」
「話が早いな」
「ハワード・レントの参戦を伝えることで迅速に進めた」
「ハッ、勝手な真似をしてくれたな。覚悟はできているのか」
「……この街の平穏を守るためだ。手段は選ばない」
ログナスは脂汗を垂らしながら言う。
全身が震えているのは、恐怖を押し殺しているためか。
殺される可能性を考慮しながらも、衛兵の仕事を全うしようとしているのだ。
それが最善の策だと考えて実行している。
ログナスの心意気を感じた俺は、立ち上がって彼の肩を叩く。
「いいだろう。あんたの覚悟に免じて依頼を受けてやるよ。報酬は考えておく」
「――感謝する」
安堵するログナスを横目に、俺は部屋を後にした。