俺のフラグ建築能力
七海と慎平に置いてけぼりを食らった俺は、一人とぼとぼと登校を続け、ようやく学校の下駄箱へとたどり着いた。しかしあのクソ幼なじみども、本当においてくヤツがあるかっての……寂しい。
消沈しながら自分の下駄箱を開けると、上履きの上に一枚の手紙が乗っていた。白い簡素な便箋に綺麗な字で鋼鉄心様と書かれている。
鋼とは信じられない事に俺の苗字である。このギャルゲーの製作者の説明書には一応の主要登場人物である俺の説明文にこのように綴られている。
鋼鉄心 17歳
凶悪犯罪者顔負けのフェイスを持つナイスガイ。
顔とは裏腹に気性は穏やかだがかなりのスケベかつヘタレ。品のないジョークを飛ばし場の空気を凍りつかせる事もしばしば。そんな性格の成せる業か女子からは全くモテず。邪険にされることが多いが、それにめげないある意味鉄の心を持つ。
アダ名はフランケンで沢山の生徒にいじられている。
間違えるなよ製作陣、不特定多数の生徒にいじられるのは最早虐めだこんちくしょう。つまり、だ。何がいいたいのかというとだな。説明文まで人のことを馬鹿にしやがってこんちくしょう。
だから俺は思ったね。この可哀想なキャラ(俺)を少しでもまともにしてやるってさ。
それで俺が始めたのが武術だ。安直だが、心と身体を鍛えるのにはこれが一番だと思った。だから俺はこの体に憑依してすぐに家にほど近い道場に入門し日夜鍛錬を続けたのだ。
そのかいあってか、腕っ節はそれなりのものになった。心の方は、どうなんだろうな。別段強くなった気はしないんだが……もしかして俺って未だにヘタレなんだろうか。
とにかく凶悪な顔に腕っ節が伴ったおかげでフランケンのアダ名もただの蔑称ではなくなったというわけだ。まあ、それでもフランケンなわけだが……
下駄箱に慎ましく入れられたこの手紙を見つけた後、何故こんな話をしたのかというとだ。
この手紙が恋文だと思った察しの悪い人。もう一度この小説のタイトルを見なおしてきて下さい。
そうでない察しのいい貴方方ならば分かるだろうが、流麗な字で名前が書かれているこの手紙、一度裏返せばでかでかと力強いタッチ書かれた。果たし状という文字が。
内容はこうだ。「放課後、体育館裏にて待つ」実に簡素かつわかりやすい。
ああ、きれいな字だな。達筆だし。でもこの字、筆で書かれてるんだよ。筆跡も妙に力強いしなんかもう字だけで野太い男の声が脳内に再生されてくるよね。破り捨てていいだろうか………。しかし思惑はどうあれ字を見ればこの手紙の送り主が真剣な気持ちで書いたのが伝わってしまうだけに捨ててしまうのは忍びない。仕方なくその手紙を無造作に胸ポケットに仕舞う。
「ちくしょう。男にモテても嬉しくねえよ」
ちょっとぐらい毒づいたっていいよね。
一度でいいから可愛い丸文字の手紙とか貰ってみたいんだけど。
考えてたら虚しくなってきた。皮算用もいいところだね。しかし、本当にあれだ。こうした境遇になってみるとつくづく思う。誰か、この灰色のスクールライフに彩りを下さい。
男からの熱烈なラブコールにゲンナリしつつ教室へ入ると俺を置き去りにした幼なじみ二人が教室で合流したであろうクラスメイトと談笑している。
「お、噂をすれば本人のご登場だぞ」
俺の到着に気がついた男子生徒、遠藤尊が声を上げると、俺をおいて行った幼なじみズを始め、固まって談笑していた生徒達も俺の方を向いた。
しかしこいつら、俺のいない時に本人の話題で盛り上がってたってか。それって陰口じゃないの?あれ?でもこうやって俺がその事を知ってるってことは結果的には陰口じゃないのか?ううん、わからん。
「なんだ?俺の噂って?」
俺の問に反応したのは七海の隣に立つ女子生徒、杉崎弥生だった。女子の中では長身な方だろう。スラリとした長身で、ちんまりとした体躯の七海と並ぶとその身長差たるや大人と子供のようだ。彼女もヒロインの一人だとだけ言っておこう。容姿の方は察して欲しい。
「今朝、発情したフランケンがこなみんに特異な性癖と共にその思いを告白。三秒でフラれて通学路に置き去りにされたって話」
こなみんとは七海の学校でのアダ名である。
しかし、今はそんな事を言っている場合ではない。聞き捨てならない事を聞いてしまった。
「ほう……情報の発信源は誰だ?」
俺は偏向報道を許さない。情報を湾曲してクラスメイトの耳に入れた奴には必ず誤りを認めさせてしんぜよう。
「私に決まってんじゃん」
名乗りでたのは身体は小さい癖に態度だけはでかい幼なじみの七海だ。まあ、そんなことだろうと思ったよ。
「やはりお前かちっこいの」
「な、今小さいっていったなこの野郎」
「今朝のやり取りをどんな風に曲解すればそんな結論になるんだ。それとも何か?ちっこいのはその体だけじゃなくて脳味噌もなのか?」
その言葉を聞いた七海はいとも容易くキレた。小さい、大事なことだもう一度言おう。『小さい』体を活かした跳躍力で俺へと一飛びに近づくと俺の腹部にボディーブローの連打を浴びせてきた。
「おおっと七海選手、身軽な動きでフランケンに近づくと火のついたようなボディーブローの連打。しかし、軽量級の中でも非常に軽い部類に入る七海選手。一回り以上体格の大きなフランケンには全く効いていない」
「いや、お前も実況中継してないで止めろよ」
七海にとっては禁句の小さい、という単語を器用に避けながらの実況を始めたのは遠藤だった。
「いつもの事過ぎて止める気にならないのよねえ」
面倒臭そうな口ぶりで言う杉崎。
「いや、俺は全く痛くないからいいんだけど、下でラッシュ繰り出してるヤツがそろそろやばいぞ」
そう、俺は別に問題ない。痛くも痒くもないから。しかし俺の腹に先程から全力でボディーを入れている七海はこうして俺が他の奴らと軽口を交わしている間もせっせと拳を繰り出していたわけで。
連続して拳を繰り出すというのはいわゆる無酸素運動だ。息を止めて拳を叩きつけるのは見た目以上に体力を使う。よって素人がやろうと思ってもなかなか出来る事じゃないが、なんせこいつあれだ、最大限オブラートに包んだ言い方をすると馬鹿だ。
常人なら苦しくなりとっくにあきらめているこの局面でこの馬鹿は未だに拳を繰り出している。馬鹿は諦めを知らない。
「まったく……」
根負けと言う言葉がある。今回も正にそれだった。まあ、別に勝負なんかしてないけどな。
「わかった、わかったよ。悪かった俺の負けだ。ジュース買ってやるから許せ」
俺の言葉を聞いた七海がゼエゼエと息を切らしながら拳を繰り出すのをやめる。うん、止めて正解だったね。顔の色が赤通り越して紫っぽい感じに変色してるからね。
「分かれば……うぷ……分かれば……いいのよ……オエ」
普段のこいつはそんなにあっさりと引き下がらないのだが、体力の限界が近かったんだろう。
しかし、オエって……こいつ本当にギャルゲーのヒロインかよ。
そんな俺と七海のやり取りを静観していた慎平がようやく口を開いた。何を隠そうこの男がこの物語の主人公だ。主人公、仕事しろ。
「お前らって本当に仲いいよな」
本当お前って空気読まないよな。
「まて慎平、何処をどう見たらそうなる」
「ハアハアそうゼエゼエわたゼハアゼハア仲いいゼヒイゼヒイあんたヒューヒューえ付けてるのよ……」
「いや、お前無理して話さなくていいから」
荒ぶる呼吸音との合わせ技で解読不能な言語を話しだした七海を黙らせる。
「いや俺は見たままの事を言っただけだよ。お前らは本当に仲がいいよ」
いい笑顔で言ってくれるなおい。いそこでハアハアしてる奴は馬鹿だけどお前の嫁候補なんです……。そんな事言わんで下さいよ。本編始まる前に予選落ちとかちょっと哀れ過ぎるんですが……。
しかも見てくださいよ主人公、君の心ない一言であの馬鹿、捨てられた子犬みたいな顔でお前のこと見てるぞ。あっちは結構前からお前の事好きなんだからよ。
「俺はお前と七海がむしろお似合いなんじゃないかと思うんだが」
我ながらナイスフォローなのではないのだろうか。
七海の様子を見ると、頬を紅潮させて若干期待する様な視線を慎平に送っている。わかりやすい奴め。
「俺と小波が?ははは」
このアホ笑い飛ばしやがった。鈍感だとは思ってたがこのアホ主人公……
七海はどうしてるのかとそちらに目を向けると、やっぱ不貞腐れてやがるな。今のこいつは危険物と同じ。関わらないのが一番なのだ。そうも行かない場合は、第一種馬鹿取り扱い免許一級の資格取得を強くオススメする。どこにいけば取得できるのかは不明だ。
そんな余計な事を考えて居たからだろうか、バッチリと目が合った。
「フランケン」
「……なんだよ」
一瞬無視しようか本気で悩んだ。悩んだが後のことを考えると絶対に無視は得策ではない。
「飲み物買ってきて」
「なんで?」
「さっき買ってくれるって言ったじゃん」
「後じゃダメ?」
「今飲みたい」
ああ、完全に当たられてるわこれ。かわいそうな俺。
「はいはい、わかりましたよお姫様。それで、何をご所望で?」
「牛乳」
まあ、そうだろうな。こいつは自分の背が小さいのを人一倍気にしている。なので、カルシウムの摂取には余念がないのだ。その涙ぐましい努力の成果を確認すべく不機嫌そうな七海を一瞥する。
「現実は……時として残酷だ……」
努力が実を結ぶとは限らないよね。
「あんた、なにか失礼なこと考えてない?」
「いいや何も、そんじゃあ。時間もないし、わがまま娘の飲み物調達にひと走りしてくるかな」
そう言い残し教室を出ようとした俺に遠藤が近づいてくる。
「お前も難儀な奴だよ。まあ頑張れ。俺はお前をの味方だからよ」
「何がだよ?」
こいつに近づかれると少し実を固くしてしまう自分がいる。何故なら。
「まあ、悲しかったり。誰かに頼りたくなったら俺を頼れ。いつでも慰めてやるぜ。心も、身体もな」
「そういう冗談はあらぬ誤解を有無からやめたまえ」
「へいへい。んじゃ頑張れよ」
冗談めかしたやり取りだと思うか?いや結構ヤバイんだぞこの状況……
これはこのゲームの内容を知る俺だからこそ知り得ることなのだ。
遠藤は容姿は整っているし人当たりも悪くない。当然女子生徒からの人気も高い。しかしこいつの浮いた話は皆無だ。理由は簡単で遠藤は同性愛者なのだ。
男性を恋愛対象として認識してしまう遠藤はその事を隠しながら学校生活を送っていたのだが、ある時を堺に主人公に好意を抱くようになるのだ。
しかし、自分の気持ちに気が付かれたら主人公は自分の元から去ってしまうという事態を恐れた遠藤は自分の気持ちを抑えつつも慎平との学園生活に小さな幸せを見出していた。
だが、話が進むごとに想い人が他のヒロインと親密になって行く焦りと日に日に大きくなってゆく慎平への思いに、とうとう自分の気持ちを抑えきれなくなった遠藤は自分の思いを伝えてしまうのだ。
まあこのゲームはギャルゲーなので慎平は当然断る。たしか大筋はこんなところだったと思う。なんせ転生してから結構経つんでな。細かい話の流れはあまり覚えていない。
問題は慎平に向くはずの好意が何故だか俺に向いてしまっているのだ。
さっきの冗談めかしたホモネタも遠藤が好意を抱いていた相手、つまり慎平にやっていたことなのだ。
まあ、同性愛者ということさえなければアイツはかなりいいやつなんだが、それを知ってるとどうしても身構えてしまう。
いつからだったかわからないが、突然遠藤からの消極的なアプローチが始まった時には降って湧いた貞操の危機に戦慄したさ。思わず自分のケツの穴を両手で隠した。
悪いやつではないんだけどさ本当に。なんでそんな妙なフラグばかり俺に建つんだよ。
ああ、そうだ。七海に牛乳買いに行くんだっけ。急がないと始業のチャイムが鳴っちまうな。幼なじみのわがまま娘のパシリで遅刻なんて事態は絶対に避けたい俺は、ダッシュで自動販売機へと向かった。




