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俺とじじいと西岡菊乃 下

年季の入った武道場には稽古を終えた門下生たちが道場の畳の上を丹念に掃除していた。稽古中、爺にずっと拘束され、畳に叩きつけられていた俺は正直、立ってるのもしんどいくらい疲弊しているわけだが、それを理由に集団行動をないがしろにすると後で何らかのしっぺ返しを喰らう事も十分予測できるため、協調性の塊である俺も集団の中に混ざり、箒を手に持ち畳の目にそってゴミを端っこに追いやっていた。

「お疲れ様ね」

 そんな俺の横に来て声を掛けたのは西岡だった。彼女の手にもどこから調達したのか、箒が握られている。流石は道場の娘というべきか。こう言う場での振る舞いは手慣れたものだった。俺の斜め後ろに追従し、俺が掃いたゴミを更に端っこに追いやってゆく。

 道場の掃き掃除は、このように何人かでベルトコンベアの様に畳の上のゴミを板の間まで運んで行くのだ。

「お前は別に掃除しなくてもいいんじゃねえの?お客さんなわけだし」

「稽古風景を見学させてもらったんだもの。この位はさせてもらうわよ」

「左様ですか」

「それにしても、あのお爺さん何者なの?」

「自然が壊され、住処を失い人里に降りてきた物の怪らしい」

 西岡の疑問に、わかり易く答えた俺の頭が、勢い良く叩かれた。 

「憎まれ口を叩く元気はあるようじゃの。夜の練習も出て行ったらどうじゃ?」

「……ご勘弁」

 爺だった。どうでもいいが、気配無く人に近づくのはご勘弁願いたい。ほら、西岡だってびっくりしてるじゃん。口を開けて固まっている西岡に爺が声を掛ける。

「どうでした?うちの練習風景を見て、何か得るものはありましたか?」

「は、はい!とても参考になりました。ありがとうございます!」

 西岡、メチャクチャ畏まってるな。まあ、俺だってこんな人外爺、面識が無ければ西岡と同じ反応するわ。

「フォッフォッフォ。それは良かった」

 どこぞの宇宙忍者みたいな笑い方しやがって。方言か?故郷の方言なのか?

「それはそうと西岡さん」

「はい?」

「鉄心とはやったのでしょうか?」

 おい糞爺、大真面目な顔で何言ってやがる。セクハラも大概にしとけマジで。

「へ?」

 予想の斜め上を行く問いかけだったのだろう。問われた西岡も口を開いて唖然としている。

「おい爺、女子相手にその質問はないんじゃないか」

 仕方なしに助け舟を出す。ナイスだ俺。

 言われた爺も素直に自分の誤りを認めたようで確かにな等と言っている。いや、口にだす前に気がつけ。

「たしかに。男女でやりあっても、運動能力で優る男が有利なのは事実。いささか公正さに欠けますな。他流派の練習を見学に来るくらい熱心な娘さんだったものでつい嬉しくなってしまいました。どうかお気を悪くしないで下さい」

 あれ?なんか話噛み合ってない。いや、会話の流れ上不自然ではないんだけど、根本的な部分が決定的にずれてる。西岡もその事に気がついたらしく慌てていた。

「い、いえいえいえいえいえ。全然気にしてません。鋼君とは一度戦いましたわ。負けてしまいまいましたけど。必ずリベンジして差し上げますわ。おほほほほほ」

 気まずい。これは気まずい。二人してとんでもない勘違いをしたもんだ。西岡は口調が妙な感じになっているし、俺に至ってはドヤ顔で出てって盛大に自爆してんじゃん。やばい、穴があったら入りたい。

「素晴らしい。武に対して真摯に向き合うその姿勢。若いころの自分を見ているようです。私も若い頃は自分よりも筋力で優る相手に苦渋を飲まされましたが、それでも諦めなければこの程度にはれるものです。どうかそのまま、精進を重ねて下さい」

 そう言い残し去っていく爺を見て思った。この場にいる人間で一番ピュアなのは爺なのかもしれない。

 帰りの道中、恥ずかしい勘違いをした事を未だに引きずっていた俺と西岡はどこかぎくしゃくしていた。かんべんして欲しい。

「とんでもない爺だろ」

 そのまま別れるのも嫌だったので、とりあえず話題を振ってみた。

「本当、いろいろと強烈なお爺さんね」

「あれで82歳だ」

「凄まじいわね……」

 会話終了。まあ、俺のコミュ力なんてこんなもんだ。

「そういえば再戦の話だけど……」

 自分の会話能力の低さに若干がっかりしていた俺に意外かな西岡が話題を提供してきた。

 しかしまたその話ですか。正直あまり気乗りしないんだよな。

「もう少し、待ってもらっていいかしら?」

「いいよ!」

 その間0.05秒。

「凄い早い反応だったわね。ちょっとムカつくんですけど」

 俺にとって都合がよすぎる申し出だったから思わず食いついてしまった。

「ああ、いやあれだ。すまん」

「まあ、いいわよ。貴方が私との再戦をそこまで嫌がる理由も大体検討つくし。私が女だからでしょ」

 そうなんだよな。別に女性を差別するわけではないんだけど、やりにくいんだよ。理屈とか抜きにしてさ。それに男女平等とかいって女の子ぶん殴る男ってどうよ。

「今日の稽古を見てみて分かったの。あなたって打撃の方が得意でしょ」

「……まあな」

「なのに最初の戦いであなたは打撃を出さなかった。使ったのはは足払いと、絞め技。どっちも外傷を与える危険の少ない技ね。やっぱり女を殴るのは抵抗があるの?」

「気を悪くさせるかも知れんが、かなり嫌だ」

 それを聞いた西岡は暫く黙っていた。こいつ、負けず嫌いそうだからな。怒らせたかもな。そんな事を考えていると。

「あーあ、男に生まれたかったな」

 西岡はあっけらかんとそう言い放った。

「そうすれば、皆ちゃんと戦ってくれるのに……」

 戦いたい、そういった好戦的な所は理解できないが、やりたい事が性別のせいで制限されてしまうのはどういう気分なんだろうか。

「同じ女同士で戦うのはダメなのか」

 そんな妥協案、こいつがうんと言うとは思えなかった。

「弱いから嫌」

 いや、バッサリいったな、おい。お前も女だろうに。

「とにかく私、もっと強くなるから。手加減なんかしてる余裕がなくなるまくらいね。それまで勝負は預けておくわ。絶対リベンジしてやるから。顔洗って待ってなさい」

 顔じゃなくて首だ。

「西岡、国語の成績悪いだろ」

「悪いけど、なにか問題でも?」

 それを問題だと思わないことが問題だよ。

 だが、直向きに強くなりたいと願い行動するその姿勢には好感が持てた。

「まあ、頑張れ」

 だから自然とそんな言葉が口をついて出てくる。

「啖呵切った相手に言われると腹立つ」

 どうやら嫌味になってしまったらしい。

「まあ良いわ。とにかくそういう事だから。再戦の話は暫くお預けってことで」

 まあ、西岡を応援とかしといて今更なんだが、それでもボクはやりたくない。だから、そのまま自然消滅を願っているとは死んでも言えない。

「俺は、できれば戦いたくないんだがな」

 でも、控えめに伝えちゃう俺って格好いいよね。ノーと言える人間にボクはなりたい。

「その気にさせて見せるわよ」

 西岡がニヤッと笑う。その挑戦的な笑顔に、不覚にもドキッとしてしまう。仕方ないよね、男の子だもの。

「それ、女が男に言うと別の意味にきこえるな」

 腹いせに、からかってやろうと思ったら。

「襲ってきたら去勢するわよ。麻酔なしで」

 素で怖いことを言われた。やめて下さい。死んでしまいます。

 そんな軽口を交わしているうちにそれぞれが別れる分岐点まで辿り着くいた。

「じゃあ、私こっちだから」

「おう、じゃあな」

 別段別れを惜しむ間柄でもない。軽く挨拶を交わし。俺達はそれぞれの方向へと歩いて行った。

 次の日、いつもの面々で登校したら、西岡とかち合った。

「あら、鋼君、おはよう」

「おう、おはよう」

 昨日の事もあったので軽い感じで挨拶を交わすと、隣の馬鹿に小突かれた。

「おまえら、いつの間に仲良くなったんだよ?」

「何時って、昨日?」

「今の、挨拶のキッカケになった出来事について聞いているのなら昨日かしらね?」

 お互いに顔を見合わせて熟考する。

「昨日ってお前、道場行ったんじゃなかったのかよ?」

 と、聞いてきたのは七海だった。

「ああ、西岡も一緒に来たんだよ」

「なんでだよ?」

「成り行きだ」

 何やら、面白い顔をしている七海だったが、遅れてきた慎平の一言で顔色が変わった。

「あ、西岡さん。おはよう」

「あら、御剣君。おはよう」

「な、慎平まで……おい、フランケン」

 うわ、一瞬でめっちゃ不機嫌になった。

「なんだよ」

「昨日、何があったんだよ?」

「さっき話しただろう」

「成り行きなんて言葉で誤魔化そうとしてたじゃないか」

「説明が面倒だったから適当に端折っただけだ。別に誤魔化す気なんて無かったさ。」

「それじゃあ、教えろ。昨日の出来事の詳細を、事細かに」

「ええーー……」

 すっげえ面倒くさいんですけど。

 そんな俺の心中などプリプリした七海には分かるはず無く。俺は七海に根掘り葉掘り昨日の出来事についてを尋問された。

 それはそれとしてだ。七海、今お前の関心が過去の俺たちに向いている間、今そこに居る慎平は西岡と談笑して親睦を深めてるぞ。

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