俺の日常
なぜ、こんなことになってしまったのだろう。
よく、ゲームや漫画の二次創作などで使われるネタの一に、リアルで生活していた主人公がそれらの世界に飛ばされてしまい、原作キャラと絡みながら新たな生活を送るというものがある。
俺は結構その手の話が好きなのだが、実際に当事者にならなければ飛ばされたものの気持ちはわかるまい。
今の俺のように……
そう、俺は今……二次元の世界で生活している。
しかも、ある美少女ゲームの主要登場人物の身体に俺の精神が入り込んでしまったというこれまたお約束な展開である。
え?羨ましい?爆発しろ?お前ら後で屋上な。
「おい鉄心、どうしたんだ?さっきからボーっとして」
すぐ近くで俺を呼ぶ声がする。
いかん、少しばかり自分の世界に入り込んでしまった。今はいつもつるむ連中との登校中である。ぼーっとしながら歩くのは危ないよな。
そんな俺の隣を歩き、ボーっとしてた所に声を掛けてきたこの男子生徒こそ、物語の主人公である御剣慎平だ。小学校時代からの幼なじみであるコイツとの付き合いも10年近くなるが、コイツは自分を平凡な人間だと信じて疑わない。
しかし、考えてもみて欲しい。この男、腐ってもギャルゲーの主人公である。自称平凡なこの男は平均の水準を超えた容姿を持ち運動神経だって並以上。成績もそれなりだ。大した努力もしないでだ。
コイツを見ていると平凡とは一体何だったのだろうと思えてくる。
対する俺は……
「なに、この世の残酷さについて考えていただけだ」
隣を歩く幼なじみに言ったはずなのに別のやつが反応しやがった。
「おい、フランケンのくせに黄昏れてんじゃねえぞ」
フランケンとは俺の外見的な特徴を揶揄したアダ名である。しかし俺の詩的な台詞にケチを付けるのは許せん。しかもお前、借りにも女なんだからもっとそれっぽい口調で話せ。
これは少しばかり逆襲の必要があるとみた俺はわざとらしく辺りを見回す。
「なんだ?ピーチクと耳障りな声がしたと思ったんだが、気のせいだったのか?声の主がどこにも居ないじゃないか」
途端、ガツンという衝撃が連続して俺の足に走る。その衝撃に釣られて下を見ると、背の低い少女が顔を真赤にしながら俺の足をゲシゲシと蹴り続けていた。こいつは自分の体型を気にしているので遠回しに小さいといえばいとも容易くキレる。
「あんた、人の気にしてることをよくもズケズケと!」
本人は至ってまじめに蹴っているのだろうが、その小さな体躯から繰り出される蹴りの威力は弱く。痛くないわけでは無いが、回避するほどのものでもなかった。しかし、お前のその言葉はしっかりと言い出しっぺに返っていくな。
先ほどの俺への失礼極まりない暴言を棚上するどころか、その後のウィットに富んだ小粋な切り返しに本気でキレて、蹴りなのかマッサージなのか分からない事をやっている小さな少女は七海小波である。語呂が良いからなどと適当な理由で名付けられただけあって、本人もいろいろと適当な性格をしている。因みにこいつも一応物語のメインヒロインに分類される。
俺ではなく慎平のだ。
「うるせえよ。身体的特徴をからかうからだ。ハムラビ法典って知ってる?目には目をってやつ」
「うるさい、男があれぐらいでごちゃごちゃ抜かすんじゃないわよ」
「女が人のこと口汚く罵ってんじゃねえよ。おまけに蹴りまで入れやがって」
「アンタの言葉はこれくらい痛かったのよ。黙って蹴られてろ」
どんだけ身長の事気にしてんだよこの小娘。確かに身長こそ低いし口も頭も悪いやつだが顔はそこそこ……いや、俺は事実はしっかりと受け入れる男だ。認めるのは非常に癪だが、容姿はかなり整っている。腹立たしいことに男子生徒からの人気も高い。
こんなメチャクチャな奴でもある程度の人気が出るなんて、世の中はやはり顔なのか?
しかし、こいつの蹴りぐらいの痛みとなると……
「お前、マゾか?」
こいつの蹴りは威力がなさすぎて蹴りと言う名のマッサージと化している。断続的に襲ってくる程よい刺激が実は俺には心地よかったりしてしまうものだから口をついてそんな言葉が出てしまった。
「うわ、何こいつ。朝一でセクハラとかマジ気持ち悪いんだけど」
案の定ドン引きしている。先ほどまでゲシゲシと蹴っていた俺から一瞬で間を開けられた。地味に傷つくのは内緒だ。
「いや、勘違いするなよ?お前の(弱い)蹴りだから(力加減もちょうどよくて)気持ちよかったのであって。他の奴の蹴りだったら普通に痛いから。大事なところだからな。絶対勘違いするなよ」
「鉄心、お前凄い勢いでいろいろとカミングアウトしてるぞ」
「え、なにが?」
いや、確かに焦って説明したから色々と端折ったけど意味は通じるだろ。なに、俺なにか間違えました?
「フランケン、私の事が好きだったのか。しかも実はマゾヒストなんです、とか気持ち悪いオプションまでついてきやがった。おいおい、冗談は顔だけにしろよ変態」
「おい、なんでそうなる」
俺のツッコミに慎平の助け舟が入る。
「いや、普通にそうとれるが」
泥船だったがな。
「慎平、そんな変態放っといて早く行こう。遅刻しちゃうよ」
あのアマ、慎平と俺に対する態度があからさまに違うんですけど。グレるぞ。
やさぐれる俺の肩に慎平の手が優しく置かれる。やはりこいつは主人公だけあって困った奴は見捨てない。お前はやはり俺の友達なんだな。
「鉄心、強く生きろ」
いい笑顔でそう言い残した慎平は俺を残し、少し先を歩く七海の元へと小走りに近づいていった。ああ、そうだよお前はそういう奴だったよな。この自称平凡ギャルゲー主人公が。
そうだよ。ギャルゲー世界の登場人物に転生してキャッキャウフフの展開なんて誰もが夢見る展開だよ。だが諸君、覚えておくがいい。
転生先は選べない。そして下手な人物に転生してしまうとヤヴァいのがギャルゲー世界である。
この俺の様に……なんせ俺が転生したのは、主人公たちのグループで終始いじられ続け、理不尽に冷たく当たられ、それでもある意味健気に主人公グループに付き従うような役割のキャラである。
いわゆる三枚目キャラというやつだ。つまり、生まれ落ちた瞬間から俺の人生は積んでいる?
いやいや、諦めてたまるか。ヒロインの攻略とかそんなのはどうでもいい。大事なのはこれからの人生をより良くすることなのだ。いじられ続ける人生なんてまっぴらなんだよバカタレ。
俺は抗うぞ。この理不尽なカルマに。
しかし、どうせギャルゲー世界にほうり込まれるなら、セーブ&ロード機能くらいは付けて欲しかったな。え?なに?時を駆ける少女みたいになるからだめ?
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