↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/6

プロローグ ―― 約束の子

神城山が燃えていた。


夜空を染める紅蓮。

大地を揺るがす咆哮。

妖魔たちが山を埋め尽くし、森を喰らい、命を奪う。


鬼妖。

狼妖。

蛇妖。

異形の群れ。


その最前線に、一人の老人が立っていた。


神城玄真。


神城流当主。

かつて剣聖と謳われた男。


老いた身体。

だが、その背中はなお山のように大きかった。


玄真の手には一振りの太刀。


赤銅の太刀。


かつて息子・鋼真が育てていた太刀だった。


未だ御神刀には届かぬ。

それでも神城家三代の想いを宿した刀。


その後方。


神城山最後の砦。


黄金の結界が張られていた。


結界を維持するのは白玄。

神代より生きる八尾の神獣。


そしてその背後には二人の子供。


十歳の蒼牙。

五歳の桜。


蒼牙は桜を庇うように前へ立ち、必死に結界の外を見つめていた。


妖魔たちは結界へ襲い掛かる。


爪。

牙。

妖術。

結界が激しく揺れる。


白玄は歯を食いしばった。


本当なら。

今すぐ玄真の隣へ行きたかった。


共に戦いたかった。


初代剣聖の時代から、幾度となくそうしてきたように。


だが出来ない。


自分が結界を解けば。

蒼牙と桜が死ぬ。


だから白玄は動けなかった。


その時だった。


空が裂けた。

黒い雷が夜空を走る。

妖魔たちが一斉にひれ伏した。

王の来訪。


闇の中心から、一人の男が現れる。


人の姿。


だが人ではない。


白玄の瞳がわずかに揺れた。


「……終焉の妖魔」


玄真は静かに太刀を構える。


「また現れおったか」


滅神鬼はゆっくりと笑った。


その存在だけで森が枯れる。

空が濁る。

大地が軋む。

まるで世界そのものが拒絶しているかのようだった。


滅神鬼は静かに玄真を見た。

そして笑う。


「まだ守るのか」

「神も人も」

「結局は奪い合うだけだ」

「守れもしないくせに」


その声には怒りがあった。

憎しみがあった。

そしてどこか、深い悲しみがあった。


玄真は静かに太刀を構える。


「違う」


「人は生きる」


「生み」


「育て」


「想いを繋いでいく」


「だから守るんじゃ」


「未来のためにな」


滅神鬼の瞳が僅かに揺れた。


「未来、か」


「そんなものは……」


その言葉を最後まで言わせず。

滅神鬼は腕を振り上げた。


妖魔奥義

『冥獄天葬』


黒炎が夜空を埋め尽くす。

無数の炎が流星のように降り注ぐ。

山が焼ける。

岩が砕ける。

世界が終わるかのようだった。


白玄が叫ぶ。


神術

『白天結界』


黄金の光が神城山を包む。

黒炎と黄金が激突する。

轟音。

衝撃。

山が悲鳴を上げる。


だが。

押されていた。


白玄の口元から血が流れる。

八尾が激しく揺れる。


滅神鬼は嗤った。


「あの神獣は来られぬ」


「守るものがあるからな」


玄真の視線が後ろへ向く。

結界の中。

蒼牙。

桜。

白玄。


守るべきものがある。

それで十分だった。


玄真は駆ける。

神城流奥義。

神城流秘奥。

持てる全てを叩き込む。


しかし。

届かない。


老いた身体。

削られた命。

そして神代の災厄。


滅神鬼が玄真を弾き飛ばした。


大地が砕ける。

血が舞う。


蒼牙が叫ぶ。


「じいちゃん!!」


桜が泣き出す。


白玄は目を閉じた。

そして。

小さく息を吐いた。


「まったく」

「最後まで無茶をする」


八本の尾が夜風に揺れる。


そのうち一本が。

黄金の炎へと変わり始めた。


蒼牙が息を呑む。


白玄の尾が。

少しずつ崩れていく。

光となって。

夜空へ溶けていく。


桜が震える声で呟く。


「お母様……」


白玄は優しく笑った。


「大丈夫よ」

「尾はまた生えるわ」


そう言った。


だが。

それが嘘だと。

玄真だけは知っていた。


蒼牙が目を見開く。


「母さん……?」


白玄は振り返らない。


「蒼牙」


「よく見ておきなさい」


「これが、守るということだよ」


八尾目が燃える。

神気が溢れる。

命そのものが光へ変わる。


神獣秘術

『命脈共鳴』


黄金の奔流。

光は夜空を駆ける。


そして。


赤銅の太刀へ流れ込んだ。


刀が鳴く。


赤銅色だった刀身が黄金と紅蓮に染まる。

神炎が吹き上がる。


御神刀には届かない。

だが。

一瞬だけ。

神代の神威に迫る輝きを宿した。


玄真は静かに立ち上がる。


「白玄……」


白玄は涙を流しながら微笑んだ。


「約束でしょう」


「天玄と」


「あなたと」


「私の」


「神城家を守るという約束」


玄真は苦笑した。


「まったく」


「お互い様じゃな」


そして。

蒼牙を見る。

桜を見る。

白玄を見る。


守るべきものは全てそこにあった。


滅神鬼が嗤う。


「受け切れるか、人間」


玄真は静かに刀を立てた。


「……受けぬ」


滅神鬼の口元に黒き妖力が集束する。


次の瞬間――


ゴォォォォォッ!!

天地を裂く漆黒の奔流が神城山を呑み込まんと奔る。


「じいちゃん!!」


蒼牙の叫びが夜に響く。


しかし玄真は一歩も退かない。


ゆっくりと刀を斜めに傾け、静かに息を吐く。


「神城流──流水」


刹那。

漆黒の奔流は玄真を呑み込むことなく、刀身に触れた瞬間、水が岩を避けるようにその軌道を変えた。


轟く妖力は一本の濁流となって夜空へと駆け上がり、

雲を裂き、

星空を割り、

遥か彼方へ――


ズォォォォォォン!!


天が震え、大地が鳴動する。


蒼牙は息を呑む。


白玄でさえ、その黄金の瞳を見開いた。


滅神鬼の笑みが初めて消える。


「……流した、だと」


玄真は静かに刀を下ろす。


「力は、受けるものではない」

「巡らせるものだ」


玄真は深く息を吸う。


鋼真。

お前の想いは届いておる。

そして。

未来へ。


「後は頼んだぞ」


玄真は微笑んだ。


神城流

終ノ型――

継芯抜刀


世界が静止した。


風が止む。

炎が止む。

音が消える。


ただ一歩。

踏み込む。

一閃。


夜を裂く光。


その剣には。

玄真の人生があった。

鋼真の願いがあった。

白玄の祈りがあった。

蒼牙の未来があった。


滅神鬼の瞳が見開かれる。


そして。

災厄は再び封じられた。


同時に。

玄真の胸もまた深く裂かれていた。


勝負は決した。

玄真は膝をつく。


「玄真!!」


白玄が叫ぶ。


それでも結界は解けない。

蒼牙と桜を守るために。


玄真は微笑んだ。


「お互い様じゃ」


そして。

蒼牙を見る。


涙を流しながらも。

目を逸らさない少年を。


「蒼牙」


「剣は人を斬るためにあるのではない」


「守るためにある」


「お前自身の剣を見つけろ」


「未来を守れ」


刀が地に落ちる。


カラン――

黄金の光が夜空へ昇る。

そして消えた。

静寂。


白玄は蒼牙と桜を抱き寄せた。


「玄真との約束も」


「鋼真との約束も」


「蒼牙も」


「桜も」


「私が守る」


「だから泣いていいんだよ」


蒼牙は初めて声を上げて泣いた。

桜も泣いた。

白玄も泣いた。


その夜。

神城山は泣いていた。

だが。

その涙の先で。

新たな約束が受け継がれていた。

そして――

一人の少年の物語が始まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。