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森の中で

 アルスの背に揺られながら、ルーナとナミは高台を下り、ダックリバー湾岸領の港町を後にした。


「それにしても……すごい人目ね」

「それはそうでしょう。お嬢様が、こんな巨大な生き物にまたがっているのですから」


 ナミが呆れ気味に言うとおり、町を行き交う人々はみな立ち止まり、息を呑むように見送っていた。

 だが、その眼差しは恐怖ではなく、温かな敬意と羨望の色に満ちていた。


「ルーナ様、どうかご無事で!」

「必ずまた、この町にお戻りください!」

「ルーナ様!」


 あちこちから飛んでくる声援に、ルーナは胸の奥が熱くなる。


「……町の人たちの言葉がこんなに温かいなんて。みんな、わたしとこの町を愛してくれてるのね……」


 拳を握るルーナに、アルスがちらりと目を向ける。


『ルーナが愛されてるの、ぼくもうれしいな!』

「ありがとう、アルス」


 軽く頭を撫でると、アルスは嬉しげに鳴き声を上げた。





 やがて一行は、鬱蒼と木々が生い茂る森の入口に差しかかった。


「この森を抜けなければ、次の町には辿り着けません」

「……アルス、この森の上を飛んで越えられないかしら?」

『やってみる! しっかり掴まって!』


 アルスは勢いよく助走をつけ宙を泳ぎ上がる。

 だが、森を覆う樹冠の高さに阻まれ、どうしても高度が足りず失速してしまった。


『むぅ……これが限界』

「よく頑張ったわ、アルス。――しまった! 魚を忘れた!」


 青ざめるルーナの隣で、ナミが豊満な胸に手を添えて微笑む。


「ご安心くださいませ。備えは万全に整えてございます」


 彼女が虚空に手をかざすと、手には新鮮な鰯の束が握られていた。


「えっ!? 今何をしたの!?」

「お屋敷の貯蔵庫と繋げる魔法です。……ただし魚が尽きれば、現地調達せねばなりませんが」

「さすがナミ! 本当に頼りになるわ!」


 アルスは嬉々として鰯を一呑みにすると、再び前を向いた。





 一見鬱蒼とした森の中だが、木々の間を涼しい風が通り抜けて、思いの外心地のいい空気となっている。


 そんな森の中で時折小鳥の声が響く。


「きれいな鳥の声……まるで歓迎されているみたい」

「油断は禁物です。森には猛獣や魔物も棲んでいますから」

「大丈夫よ。アルスがいれば心強いもの!」


 そう言った直後、アルスの動きが止まった。


『……聞こえる! だれか助けを呼んでる!』


 尾びれを振り下ろすや、アルスは風を切って急発進。


「ちょっと、アルス!?」


 森の木々が一気に後方へ流れ、ルーナとナミは必死で背にしがみつく。


 すると前方から二人の少女が必死の形相で駆けてきた。


「「助けてーっ!!」」


 その背後には、枝を折りながら迫る巨大な影――枝分かれした巨大な角を掲げる鹿だった。


「あれは……!」

「発情期で気が立っているエルク鹿です!」


 エルク鹿と呼ばれたそれは、ルーナの前世でいうヘラジカを思わせる姿をしていた。


「ズモオオオオオ!!」


 荒い鼻息と共に、大木もなぎ倒す勢いで突進してくる。


「二人とも、伏せて!」


「「えっ!?」」


 ルーナの声に少女たちが地面に伏せると同時に――


『それぇっ!』


 アルスが突撃。

 四トンの巨体と時速六十キロの推進が合わさり、エルク鹿は轟音と共に吹き飛び、地面を転がった。


「ズモオオオオオ!?」


 土煙が舞い、地響きが森に響き渡る。

 唖然とする少女たちの前で、ルーナはアルスから降りて毅然と立ち上がった。


「アルス、そいつを仕留めなさい!」

『うん! ぼくにまかせて!』


 立ち上がったエルク鹿が角を振り下ろす。

 鋭い角先が空気を裂いた瞬間――アルスは巨体を翻し、尻尾を一閃。


 ズガンッ!


 衝撃波のような音と共に、全推進力を担う尻尾が首を打ち据え、嫌な音を立てて骨が折れた。


「ズモ……オオオ……!」


 エルク鹿は崩れ落ち、森に静寂が戻った。


「「あ……っ!」」


 間一髪で救われた少女二人は、荒い息をつきながら目を白黒させていた。

 顔は汗と涙で濡れ、恐怖と安堵が入り混じっている。


「大丈夫? 怪我はないかしら」

「は、はいっ! おかげさまで、ウチら無事です! 本当にありがとうございます!」


 勢いよく頭を下げたのは、水色の髪をツインテールに結んだ、元気いっぱいの少女。

 動きやすい軽装をしており、冒険者見習いのようだ。


「た、助かったぁ~! ほんとに死ぬかと思ったよ~!」

「ほんと、ウチら運が良かったですね、ベルさん!」

「う、うん……!」


 ベルと呼ばれた少女は短めな桃色のウェーブ髪をお嬢様結びにし、白いローブをまとっている。

 魔術師風のその姿は、仲間の支え役に見えた。


「はっ! 自己紹介が遅れました! ウチ、ニッケといいます! こっちはベルさんです!」


「ニッケにベルね。わたしはルーナ。こちらはナミと、シャチのアルスよ」

「メイドのナミです。お見知りおきを」

「キュイ!」


 ナミが優雅にメイド服のスカートを摘まんで礼をすると、アルスは胸びれを振って愛嬌を振りまいた。


「はわわっ……! アルスくん、って呼んでいいかな!? すっごく可愛いよぉ~!」


 ベルが思わず抱きつかんばかりに手を伸ばし、アルスも誇らしげに鳴いた。


 その一方でニッケは、はっと気付いたように手を挙げる。


「あの……メイドさんが付き従ってるってことは、ルーナさんって……!」

「はい。ルーナお嬢様は、ダックリバー公爵の第三公女でございます」


 ナミの説明に、二人は同時に真っ青になった。


「あわわ、公女様とも知らずに無礼を……!」

「ご、ごめんなさい~!」


 慌てて地面に頭を擦りつける二人を、ルーナはしゃがんで制した。


「気にしなくていいわ。年もそう変わらないし、わたしのことも気軽に呼んでほしいの」

「でも……」

「お願い。そうしてくれた方が、わたしも嬉しいの」


 ルーナの微笑みに、二人はようやく顔を上げた。


 そしてもじもじとしながら、ニッケが言い出す。


「あの……厚かましいんですけど、森を抜けるまでご一緒させてもらえませんか? ウチらだけじゃ、正直もう怖くて……」

「う、うん! ルーナちゃんたちと一緒なら、安心できるし……!」


 頭を下げて頼む二人に、ルーナは即座に笑みを返した。


「もちろん。お安いご用だわ。ね、アルス?」

『うん! 仲間が増えるの、うれしい!』

「お嬢様がそうおっしゃるなら……お二人とも、感謝なさい」


「はい!」

「ありがとう~!」


 こうして新たにニッケとベルを仲間に加え、ルーナたちは再び森の奥へと歩みを進めることにした。

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― 新着の感想 ―
Xから来ました! 最新話まで読ませていただきました! 読み進めるほど世界観に引き込まれ、不思議で心地よい気持ちになる作品でした。アルスの可愛らしさと頼もしさのギャップが魅力的で、ルーナやナミとの掛け…
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