海の申し子
翌日。ルーナたちはティノを連れて三度造船所を訪れた。
「仲間っていうから期待したが……子供じゃねえか。海をなめてんのか?」
紹介した途端、職人は渋い顔をした。
「ただの子供じゃないわ! ティノくんはカワウソ獣人、水中行動に長けてるの!」
「そうなのさ! だからお願い、船を造ってほしいのさ!」
しかし職人は首を横に振る。
「海は甘い場所じゃねえ。嵐、海獣、海賊、船酔い……死ぬ要素だらけだ。分かるだろう?」
現実を突きつけられ、ティノの小さな獣耳はしゅんと下がった。
「……やっぱり、ダメだよな。オレなんか……」
拳を震わせるティノ。
その肩に、アルスが口先を押しつけた。
「キュウッ」
「え……?」
「それくらいで海を諦めるな――アルスはそう言ってるのよ」
「アルス……!」
ルーナの通訳に、ティノはアルスの額へ自分の額をそっと触れ合わせた。
「キュッ」
今度はアルスがそっぽを向く。
「……今度は何て?」
「別にティノのためじゃない。ぼくが早く海に出たいだけ――だそうよ。アルスってば素直じゃないわ、らしくないっ」
「キュッ(ふんっ、だ)」
素直じゃないけれど、確かに心は寄り添っていた。
その時だった。波打ち際からさざ波の音が立った。
「……妙だな。こんな時間に波が立つなんて」
「アルスの気持ちに……反応してる?」
「そういや嬢ちゃんの連れ、王都で守護獣の称号もらったって話だったな……」
職人たちがざわつき始める。
ティノは一歩前に進み、深々と頭を下げた。
「頼む……オレも船に乗せてくれ! この人たちと一緒に、セレーネブルーへ行きたいんだ!」
「ティノくん……。――わたしからもお願い。船を造って!」
ルーナの頭が下がるのを見て、職人は顔をしかめた。
「名誉騎士の嬢ちゃんに頼まれちゃ無視できねえが……腕のねぇ子供は危険すぎるんだ……!」
「――ごもっともでございます」
ナミが静かに言うと、エルザが跳ねた。
「ナミはどっちの味方なのさ!?」
だがティノが小さく息を吸い、震える声で言葉を継いだ。
「腕ならある。オレ……父さんたちと一緒に船に乗ってたことがあるんだ」
「なんだと……?」
「信じられないなら試してくれよ。オレが――海にふさわしいかどうか」
獣のような丸い瞳に、はっきりとした光が宿っていた。
職人たちは視線を交わし合い、そして造船所のリーダーが前へ出た。
「――そこまで言うなら、試してやろうじゃねえか」
「本当!?」
「ああ。ティノ、お前が本物なら……俺たちがとっておきの船を作ってやる」
白い歯を見せて笑うリーダーに、ティノは勢いよく頭を下げた。
「お願いします!」
造船所の裏手、海に面した桟橋。
潮風は冷たいが、波は確かな力で動いている。
「潮が読めねえ奴は海に出すわけにはいかん」
リーダーが腕を組み、海原を顎でしゃくった。
「今日は潮が変わる。安全な航路はひとつだけだ。それを指し示してみろ」
ティノはごくりとつばを飲んだ。
その瞬間、頬の左右に生えた目に見えない細かな感覚毛がピンと立った。
潮の匂い、湿気、温度。
波が返る角度、風の切れ方、遠くでうねる海底の起伏。
すべてが感覚毛を通して一気に頭の中へ流れ込んでくる。
(……怖い。あの時の海と同じ冷たさだ)
家族と航海した記憶の残滓が心をよぎった。
だがティノは拳を握りしめる。
(それでも――逃げない。みんなと行くって決めたんだ)
感覚毛がさらに震え、ひときわ大きな風が襟元を揺らした。
「……見えた」
ティノは桟橋の端に駆け寄り、迷いなく指を伸ばす。
「安全な航路は……こっち! あそこから行けば潮の流れが変わって、船は沖へ押し出される!」
リーダーが眉をひそめる。
波は一見、別方向へ流れているようにしか見えなかった。
だが――十秒後。
潮がまさにティノの言う方向へと切り替わった。
「……っ!」
職人たちがざわめく。
「こいつ、ただの勘じゃねえ」
「潮が変わる前に見抜いた……!」
「獣人の感覚毛で風を読んでやがったのか!」
ティノは息をつき、膝に手を当てた。
するとルーナが駆け寄って抱きしめる。
「すごい……ティノくん、本当にすごい!」
「ルーナさん……!」
ルーナに抱き締められてティノは年頃の男子みたいに照れるも、その心は達成感で満たされていた。
『ティノ! すごかった! ぼくも風感じてたのに、ティノのほうが先にわかった!』
アルスが巨体を震わせて喜び、エルザが飛び跳ねる。
「やっぱり仲間にふさわしいってことなのさ!」
リーダーはゆっくりとため息をつき、無骨な笑みを浮かべた。
「参ったよ……お前は立派な海の子だ。ティノ、お前を乗せることに文句はねぇ。船も――作ってやる」
ティノの瞳が、水面の反射みたいにきらりと揺れる。
「……ありがとう。必ず役に立つから!」




