影
後日、ルーナとナミの二人は騎士団から事情聴取を受けることに。
招かれた中央警備局にて、ルーナたちは尋問室の座席に着いていた。
ちなみに建物の中に入るのが難しいアルスは、外で待機である。
石造りの尋問室に、時計の針の音だけが響いていた。
騎士団長は立派な銀甲冑をきらめかせ、机越しにルーナを見つめている。
「お忙しいところ感謝する。私は王都警備騎士団長バルトだ」
「わたしはルーナ、ダックリバー公爵家の第三公女です。こちらはメイドのナミ」
「メイドのナミでございます」
ルーナの紹介で、ナミは上品にスカートを摘まんで挨拶する。
「思っていたよりも落ち着いているな」
「ええ。だってわたしたち、何も悪いことはしていませんもの。騎士団は正義の組織でしょ?」
「……それは違いない」
鋭い眼光を緩めぬまま、バルトは本題に入った。
「先日の市場騒動を収めたのは、あなた方で間違いないな?」
「ええ。でも、わたし一人の力ではありませんわ。アルス――わたしのシャチが助けてくれましたの」
「シャチ、か……。王国の記録には存在しない名だ。どこで入手を?」
「入手、ですって? 彼はわたしの命を救ってくれた恩人ですわよ」
バルトは一瞬、沈黙した。
「……そうか」
そして机の上に黒い枷を置いた。
「この装具、心当たりは?」
「ええ。グリフォンにも似たものがついていましたわ。ギルドに提出してあります」
「やはり……最近、この型の枷が密売組織の倉庫から押収された。――黒牙、という名を聞いたことは?」
「いいえ。初耳です」
「……分かった。あなた方の潔白は確認した。しかし、念のため記録には残しておく」
そう告げて去る背中を、ルーナは黙って見送った。
「ふーっ、緊張したわ……」
「さすがですお嬢様。堂々としておられました」
「ありがとう、ナミ。でも……あの人の目、何かを探っていた気がする」
「ええ。あの視線、監視のそれでしたね」
「……なら、こっちも探る番ね。アルスを狙う者がいるなら、放っておけない」
「はい。――いかなる闇が潜もうとも、わたくしが照らしましょう」
二人の視線が静かに交わる。
王都の陰謀が、音もなく動き出していた。
尋問を終えた翌夜、ルーナは宿屋の窓辺に立ち、王都の灯火を眺めていた。
通りには明かりが点々と続き、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。
「……黒牙、ね」
バルトの言葉が耳から離れなかった。
王都で起きた暴走事件の裏に、何者かの意図がある。
それを思うたび、胸の奥がざわめく。
そこへ、そっと扉を叩く音。
「お嬢様、まだお休みではないのですね」
ナミが温かい紅茶を盆に載せて部屋へ入ってきた。
「ありがとう、ナミ。少し考えごとをしていたの」
「もしよければ、わたくしの方からもご報告を」
ルーナが視線を向けると、ナミは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
そこには、クローフ商会と書かれた印章入りの文書が貼られている。
「この商会、近頃珍しい魔物の素材を扱うと噂されております。王都の上流商人の間では裏の卸元として知られているようです」
「クローフ商会……。――まさか、黒牙商会と関係が?」
「断定はできませんが、状況証拠としては有力かと」
ルーナはカップを置き、真剣な眼差しを向けた。
「ナミ、調べに行くわ。――危険でも構わない」
「そのお言葉を待っておりました」
ナミも連れて宿を出ると、アルスがすぐに気づいたようにすり寄ってきた。
『ルーナ、どこ行くの? 危ないところ?』
心配そうに見上げる瞳に、ルーナは胸がちくりと痛んだ。
「安心して、アルス。明日の朝にはまた戻ってくるから、約束するわ」
『ほんとに?』
「ええ。……そうだ、帰ってきたら屋敷で保存してあるリーガル鮭を食べさせてあげるわ。――いいわよね、ナミ?」
「もちろんです。お嬢様の許可があるなら、すぐにご用意いたしましょう」
『やった! 約束だよ!』
ぷかぷかと宙を浮かびながら、アルスが胸びれを振って見送る。
ルーナはその姿を振り返り、少しだけ微笑んだ。
「行きましょう、ナミ」
「はい。目的地は市場裏の〈灰かぶりの猫亭〉ですね」
夜風が頬をかすめる。
二人の足取りが闇に消えていった――。
彼女たちが向かったのは、市場の裏手にある古びた酒場――〈灰かぶりの猫亭〉。
そこには、裏社会の情報屋が集うと噂されていた。
中に入ると、酒と煙草の匂いが入り混じる空気の中、一人の男がカウンターでグラスを傾けていた。
ルーナたちが席に着くと、カウンターの男は酒を一口あおり、低くつぶやいた。
「黒牙を探してるって? ……あれはただの噂じゃねぇ」
「やっぱり、実在するのね」
「表向きはクローフ商会。高級な魔物素材を扱う貿易商だが、裏では生きた魔物を取引してる」
ルーナの眉が険しくなる。
「生きた魔物……!? まさか、あの枷と関係が?」
「ああ、間違いねぇ。あの枷は牙印工房の製品だ。黒牙専属の職人が作ってる」
「王都の騎士団は、それを知らないの?」
「知ってるさ。だが上の連中の中にも黒牙と繋がってる奴がいる。――誰も手を出せねぇんだ」
沈黙が落ちた。
ルーナは拳を握りしめ、低く呟いた。
「許せない……。人も魔物も、物じゃないのに……!」
「忠告しとく。今夜の話は忘れな。黒牙に嗅ぎつかれたら、お嬢さんでも無事じゃ済まねぇ」
そう言い残し、男は懐から一枚の紙片を差し出した。
そこには、牙印工房・王都北区・裏港倉庫街とだけ書かれていた。
「……これが、次の手がかりね」
「ええ、お嬢様。どうやら闇の港に踏み込む時が来たようです」




