第21話「文殊菩薩」
結局祐一は、由実と一緒に駅に向かったあと、そのまま戻らず翌日に朝帰りした。
帰ると本堂の前で、二日酔いでうなだれていたテツヤとジャコさんに出迎えられた。
のちに聞かされるが、テツヤとジャコさんは祐一と由実を見送ったあと、深夜までしこたま飲み、盛り上がりに盛り上がりを見せて、二人で盆踊りまでしていたという。
「えっ…。祐一く…ん…!?」
テツヤが口をパクパクとさせ、祐一を指差した。
「二人ともゴメン。遅くなって…。片づけも手伝えなくて」
祐一は言うと、
「いや、そんなどころではなくて…。祐一くん…、その頭?」
テツヤは祐一の頭部を指さして言った。
「あぁ、これ」
祐一はスキンヘッドにした頭を撫でた。
「おれ、出家することにした」
「えぇーっ!!!」
二人は大声をあげた。
テツヤはむせてから息を整えると、祐一に尋ねた。
「由実ちゃんと、なにかあったの…?」
「なにかって…」
「だって、祐一くんが…」
「由実は帰ったよ。東京に」
「そう…」
テツヤは悲しそうな顔をした。
すると、ジャコさんがしくしくと泣きだした。
「祐一さん、いえ、祐一上人。よくご決断をなされました。小生は一生祐一上人についていきます」
「あ、ありがとう…」
祐一が近づき、三人で肩を組むようにして抱き合った。
まるで傍から見れば、寂しい大人の哀れな敗北の姿に見えたであろう。
しかし、実はその頃インターネット上とテレビでは金玉寺の話題で持ちきりになっており、三人は知る由もなかったが、特に祐一は世界的レベルで時の人となろうとしていたのであった。
どのような話題のなり方だったのか。まず観客がスマホで撮った映像がネットで拡散された。テクノ風アレンジの般若心経、アメリカ大統領の来訪、仏像が動く瞬間こその映像はなかったが、鹿も参拝する奇跡の仏像として紹介されていった。特にアメリカ大統領のインパクトが強かったが、仏像に群がる人と鹿の姿もなかなかのものだった。
尾尚文はそれを昼飯を食べながらテレビのワイドショーで見たという。看護師曰く、みそ汁を「漫☆画太郎」の漫画ばりに吹きだしたそうだ。
祐一は酒くさい二人を離すと、境内を見渡して言った。
「あれ。狂気さんは?」
「朝起きたら、もういなかったんだよ。あっ、そうだ。祐一くんこれを見て」
テツヤが祐一を本堂に案内した。
三人で本堂に入り、厨子の前に断つとテツヤが厨子の扉をあけた。
ぎぎぎぎっと音を立てて扉があく。
そこには見事に文殊菩薩立像が立っていた。
「あれ!?もしかしてまだ狂気さんが中に?」
祐一が訊くと、テツヤが頭を振り、
「どうやら夜のうちに狂気さんが直したみたいなんだよ」
「どうやって…」
ふと足元を見ると、アロンアルファのキャップが落ちているのを見つけた。そんなまるで工作のように…と思ったが、まったく継ぎ目もわからない見事な仕事ぶりだった。これもバイトの経験が活きているのであろうか…。
テツヤとジャコさんは文殊菩薩立像に向かって手を合わせた。
祐一はそんな二人を横目で見つつ、文殊菩薩立像を見上げた。
頭部から下半身にかけて視線を動かしていく。
差し込む日差しでにぶく金色に輝く文殊菩薩立像。
そのとき、不思議な感覚に襲われた。
そう、これは、デジャヴだ…。
文殊菩薩立像の、特にその艶めかしい下半身のライン…。
脳内に再生されたのは、昨晩見た”由実の裸体”だった。
「………」
由実は別れ際に「またくるね」と言った。
祐一もまた会いたいと思った。だけど、もう会えないような気がした。
いや…、別に死に別れるわけでもないんだから、またいつか会えるであろう。
祐一はなにも言わず、本堂から表に出た。
テツヤとジャコさんも後を追って出てきた。
「祐一くん。僕たち明日から仕事だからもう帰らないといけないけど…。今回は声をかけてくれて本当にありがとう。久しぶりに一緒に演奏できて楽しかったよ」
「こちらこそ」
祐一はテツヤの手を握った。
「また困ったことがあったらなんでも言ってよ。また来るからさ」
「うん。また連絡するよ」
ジャコさんも手を差し出し、
「小生はたまにお参りにこさせてもらいます」
と、頭を下げた。
「うん。いつでも待ってるよ」
祐一もジャコさんの手を握り頭を下げた。
それから三人で母屋に戻り支度を済ませると、テツヤはインテグラタイプRに機材類を詰め込み、運転席に座るとエンジンをふかした。
「ジャコさん送っていこうか?」
「えっ、いいんですか」
「あたりまえじゃん」
「助かります」
ジャコさんは助手席に乗り込んだ。
「じゃあ、祐一くん。またね!」
テツヤが爽やかにそう言って手を振ると、颯爽とインテグラタイプRで走り去っていった。
祐一は車が完全に見えなくなるまで手を振り見送った。
そのまましばらく、祐一は名残惜しそうに道路の先を眺めていたが、次第に諦めたかのように階段を上がった。
階段を登り切り、境内に入る。
その時だった、ジリリリリリリン!ジリリリリリリン!と母屋の電話が鳴る音が聞こえてきた。祐一は急ぐわけでもなく、とぼとぼと境内を歩き母屋へ向かった。
玄関をあけ、中に入る。
まだ電話は鳴り続けていた。
「はいはいはい」
祐一は、それがまさに自分の人生を変える運命のベルだとは知らずに、のんびりと玄関を上がり電話機の前まで歩いた。
途中、まだちらかったままだった居間を片目で見て、急に寂しさが込み上げたが、気を取り直すようにため息をつくと、すぐに受話器を取った。
「はい。金玉寺です」




