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報告案件

 王女自らが片付けをすることに難色を示されたものの、必死に頼みこんで手伝わせてもらった。

 普通王族はそんなことをしないのだと言われ、青くなって謝りまくったメラニーに、マルタとフィデリアが折れたともいう。


「陛下に報告する案件が増えましたね」

「え?」

「こちらの話です。お気になさらず」


 溜め息のように、フィデリアが小さく吐き出した。上手く聞き取れずに聞き返すも、片手を上げてさらりと流される。聞き返すと余計な手間を掛けさせてしまうだろうと、メラニーは追求をやめた。


(きっと王族らしくない私に呆れているんだ)


 なにせメラニーは無知だ。

 覚えること、身に着けることは山ほどあって、毎日必死に吸収している。


 無知に関しては心底驚かれてしまい、メラニーは恐縮して体を小さくした。そんなメラニーに、フィデリアもマルタも、タラッタ国とベスティア国では習慣も作法も違うのだから、どうせ覚え直すことになっていた、無知は気にしなくていいと言ってくれた。

 むしろ物覚えの良さを褒めてくれて、褒められ慣れていないメラニーは困ってしまったくらいだ。


(きっと私があまりに出来ないから、気を遣ってくれている)


 メラニーに姉のような教養があれば、教育の手間をかけさせることがなかったのに。

 王であるレイナルドが優しいからか、この国の人たちは皆優しい。褒めてくれるのも、メラニーのやる気を削がないための気遣いだろう。


(もっと頑張らないと)


 優しさに甘えていては迷惑をかけてしまう。メラニーは一層に気持ちをひきしめて、勉強に没頭した。


 知っていく作業は楽しかった。そして、知れば知るほどベスティアという国が身近になっていき、好きになっていった。

 そうして朝から晩まで勉強していると、寝食を忘れているとマルタに怒られ、フィデリアから報告を受けたレイナルドがやってきた。


「放っておくと貴女は、倒れるまで勉強をしかねないようです」


 そう言って、神秘的な灰黄色の瞳を細めた。


「申し訳ありません」


(私なんかにお忙しい陛下の時間を使わせて、心配をかけてしまった)


 義母や姉のように怒ることも、気分を害した様子もなく、心配されたことが申し訳なかった。


「いえ、王女が謝ることでは……いや、王女に謝らせているのは私ですね」

「そんな!」


 レイナルドが長い尻尾と丸い耳がぺたんと垂らす。見るからにしょんぼりとした姿にメラニーは慌てた。

 メラニーが謝るのはメラニーが悪いからで、決してレイナルドのせいではない。


 勉強は好きだ。けれど祖国では勉強をしている暇があったら仕事をしろと叱られた。それでもこっそりと夜中に本を読んでいた。もちろん本など誰にお願いしても与えてくれなかったので、見えない友達がいつも助けてくれていた。


 ここでは好きなだけ本が与えられて、好きなだけ勉強ができる。それが嬉しくてつい、のめり込んでしまった。それで迷惑をかけてしまったのだから、メラニーが悪い。それなのにメラニーが謝ることで、レイナルドにさらに気を遣わせてしまった。


(どうしよう。どうしたらいいの)


 気を遣わせてしまったことが申し訳なくて謝りたいが、メラニーが謝るとさらに気を遣わせてしまう。

 謝ってはいけないが、謝る以外の方法をメラニーは知らない。レイナルドに気を遣わせることなくこの場を丸く収めたいのに、こんなことははじめてで、どうすればいいのかわからない。


(ベラドンナお姉さまだったら、もっと上手くやれていたのに)


 いつも自信に満ち溢れ、美しいベラドンナ。ベラドンナであれば、安易に謝ってレイナルドを困らせることなどなかっただろう。


 自分が情けなくて、涙が出そうになってうつむく。でも。


(泣いている場合じゃない。泣いたら余計に困らせてしまう。そんなの何の解決にもならない)


 優しさに報いたい。そのためには謝ってばかりではいけない。だったらどうすれば。


(考えて。考えて。私が陛下だったら、どうしてほしい?)


 どうすればいいのか分からないのなら、相手を自分に置き換えてみればいい。

 もしメラニーがレイナルドを心配したことで、当のレイナルドに謝らせてしまったら。余計なことをしてしまったと、きっと申し訳なく思う。後悔する。


「……あ」


 そこまで考えて気づいた。今、メラニーはレイナルドにそんな思いをさせている。申し訳なく思わせ、後悔させている。


(違う。陛下をそんな気持ちにさせたくない。心配ないと、安心させたい)


 ふわふわと、メラニー以外には見えない光がメラニーの周りを飛ぶ。元気づけるように、時折メラニーの手足を撫でた。

 誰かが危害を加えたり、メラニーの感情が昂るとつむじ風や突風を起こすものたち。羽を持った小人のような彼らを、メラニーは見えない友達と呼んでいる。


(ありがとう)


 見えない友達に感謝すると、彼らは嬉しそうに飛び回った。


(そうだ。これなんだ)


 メラニーは顔を上げた。


(心配した相手が、体を壊さないように素直に休んでくれたらほっとする。ありがとうって言ってくれたら、嬉しい)


「あ、あの!」


 この場にいる全員の視線がメラニーに向いて、すくみそうになる心を奮い立たせる。


「ちゃんと休みます。食事も、休憩もとります。心配して下さってありがとうございます」


 お腹に力を入れて宣言したメラニーは、頭を下げた。

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