G─1
(これは…川辺で拾った変な球体か。)
十刃がポケットから取り出したのは、川辺で拾ったビー玉ほどの大きさの水晶玉を人工的に作られた機械の膜で包んだなんとも不思議な球体物であった。
(これは使えないな…)
十刃がポケットに球体物を戻した時、餓鬼の群れが一斉にこちらに迫ってきた。同時に字史も地面を蹴り、『字史VS餓軍団』の戦闘の幕が切って落とされた。
戦闘開始から一分足らず、十刃は既に勝者が予想出来てしまった。
「……強い…」
思わず口から漏れてしまうほど、数希晴字史の強さはかなりのものであった。加えて戦闘方法は槍頼みのワンパターン戦法ではなく、データチップから具現化させた銃、爆弾、罠などを巧みに使用し、まるでエンターテイメントの如く餓鬼達を薙ぎ倒していく。某戦国無双ゲームに登場したならば、「天下無双のもののふなりぃぃぃ!」と叫んでも、誰も文句は言えないほどの一騎当千である。
十刃が字史の無双に夢中になっていると、十刃の付近に新たな餓鬼が地面から数匹這い出てきた。
「しまった新手か…!」
十刃は周囲を見渡し、武器になるものを探したが、そう都合良く落ちていることなんて早々ない。どうする、と十刃が脳をフル回転して考えていると、ポケットの中に入れていた不思議な球体物に手が触れた。咄嗟にポケットから取り出してみるが、特に打開策が生まれることはなかった。
(くそ…!これが爆弾だったらまだ使えるのに…!)
十刃は謎の球体物に苛立ちを覚えていると、ふと左手の甲に球体物が触れた。瞬間、なんと不思議な球体物が左手の甲に少しだけ顔を出す形で埋まったのだ。そして水晶玉の中にあった赤い液体が十刃の中に流れ込んだ。それにより左手の甲に痛みが生じたが、代わりに何だか体の底から力が溢れてくるような感覚に襲われた。
「な、何だ!?」
十刃が左手の甲の水晶玉を見ながら戸惑っていると、一匹の餓鬼が鋭い爪で斬りかかってきた。
その時、十刃は不思議な世界を体験した。
(何だ?動きが遅いぞ?)
餓鬼の斬りかかる動作がスローモーションなのだ。
(これなら…俺でも反撃出来る!)
意を決した十刃は、餓鬼の爪の攻撃を回避すると、そのまま餓鬼の顔を蹴り飛ばした。
餓鬼はギギャア!と奇声を上げながら吹き飛び、反撃されたことに驚いたのか、他の餓鬼も含め全員警戒態勢となる。
(いける…!これなら…!)
十刃は今の自分は戦えると判断し、見よう見まねの戦闘態勢となった。
「阿呆が!素人の体術で幻想怪物を倒せるわけないだろ!」
十刃は無双中の字史から突如怒られ、字史の方向に顔を向けた。すると自分に向かって一本の刀が縦回転しながら飛んできていた。十刃は綺麗に受け取ると、そのまま流れるように鞘を抜いて刀を構えた。
「やれ!赤髪!」
字史が短い命令を下すと、十刃もハイ!と短く答える。同時に餓鬼が全匹迫ってきた。十刃は全て攻撃を回避すると、舞うが如く華麗に餓鬼達を斬り、見事討伐を果たせた。
「俺が…幻想怪物を倒した…!」
まさか自分自身が幻想怪物を討伐する日がくるとは思っていなかった十刃。内から込み上げる何とも言えない感情に、ゾクゾクと鳥肌を立たせた。
「ほう…やるではないか。」
百匹以上いた餓鬼を無傷で全て屠った字史が十刃の隣へと移動してきた。
「……すげぇ…」
十刃が先程まで字史が暴れていた方にチラッと視線を向けると、そこには餓鬼達が全滅しており、死屍累々の光景が広がっていた。
「赤髪それ、どこで手に入れた?」
三叉槍をデータチップ化させてから、字史が十刃の左手の甲に埋まる球体物を指差す。
「これは、川辺で拾いました。」
「川辺で?川辺というのはスラム街から少し行ったところを流れるあの川か?」
「はい。」
「あの川は確か中流だったな……成る程、上流で死んだ者の遺品というわけか。」
字史が自己解決したので、今度は十刃が現在抱えている疑問を聞き始めた。
「あの…この球体って何なのですか?」
「『Ultime Force』、俺達は頭文字を取って『UF』と読んでいる。身体能力を究極の域まで強化する機械だ。」
字史は説明しながら軍服の首元のボタンを外し、グッと襟の部分を伸ばして鎖骨を見せた。そこにはUFが埋め込まれていた。
「埋め込む場所は人それぞれだ。狩人は皆、体の何処かしらにUFを埋めている。」
「その、痛くないんですか?俺今、すっごい左手の甲が痛いんですけど…」
現在進行形で、十刃の左手の甲はズキズキと痛みを生じている。
「本当はちゃんとした手術の元埋め込むが、お前は無理矢理埋め込んだのだから痛むに決まっているだろ。」
字史が乱した服を整え直しながら答える。十刃はそうですか…と肩を落とした。
「そう言えば酒の回収を忘れていたな。あと赤髪、その刀を返せ。」
字史は十刃から返してもらった刀をデータチップに戻した後、瓢箪の酒が流れ落ちた場所へ移動する。十刃も字史の後を付いていく。
「あの、どうやって回収するんですか?もう酒は地面に染み込んでいるのでは…」
「世界の希望の技術力を舐めるな。」
そう言って字史が具現化させたのは、一本のスポイトであった。
「これは『ピンポイントスポイト』と言い、どれだけ複数の液体が混ざっていようと、特定の液体を抽出することが出来る。」
字史は説明しながら屈み、酒が流れた場所にスポイトを刺した。すると字史の目の前の空中にディスプレイが投影され、刺した場所に含まれる液体の種類が表示された。
「……よし、これだな。アルコール成分が入っている。」
字史はお目当ての液体を発見し、スポイトに酒のみを抽出した。
「よし、これで完了だ。」
字史は酒が入ったピンポイントスポイトをデータチップ化させると、ポーチの中に収納した。
「赤髪、お前名前を何と言う?」
字史が十刃に問う。
「緋雀十刃です。」
少し落ち込んだまま名前を名乗る十刃。
「緋雀、酒呑童子への復讐心はまだ残っているか?」
「……はい。」
十刃は瞼を揺らぎなき赤い瞳で真っ直ぐ字史を見詰めつつ、ハッキリと答えた。
「ならばその復讐心、世界の希望として使わないか?」
「それは…どういう…?」
「緋雀十刃、世界の希望の狩人になる気はないか?」
字史が幻想怪物討伐組織へ十刃を勧誘した。
「俺が…狩人になって良いんですか?」
「お前の意志次第だ。」
十刃は瞼を閉じ、自分の心に問いかけた。しかし、既に答えはそこにあった。
──酒呑童子を屠る。
瞼をゆっくりと、迷うなく告げた。
「俺…狩人になります!」
「……よく言った。歓迎しよう緋雀十刃。」
字史が右の口角を少し上げて笑った。
〔一話へ続く〕