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とある王子の物語(3)

再三ご注意申し上げますが、なんでも許せる方のみお読み下さいね?

本編読んでイラッとしたり、不快な気分になった方!

それが倍以上になる可能性大なので今すぐバック‼


読後の不快感については、一切苦情受け付けませんm(_ _)m




 王になってすぐに異変に気がついた。


 あれほど兄上が危惧していた湖の消費が、やたらと遅くなっている。何事かと思い調べてみれば、王都から離れた地方の民が、そろって姿を消していた。一人二人ではなく、村人や町人が全員だ。

 もしや奴隷として売られたのではと思い、詳しい調査をしようとした。だが王妃であるシャイニーは、面倒くさそうに一蹴した。


「家財道具すべてきれいに片付けられてたんでしょう? 連れ去られたんじゃなく、自らどこかへいったことは確実なんだから、どうだっていいじゃない。あなたにはもっとやるべき仕事がたっくさんあるんだから」


 そういうシャイニーは、王妃の仕事をまったくといっていいほどしない。結婚当初は、晴れをもたらしてくれればそれでいいと思っていたが、彼女は本当にそれしかしない。王と王妃両方の署名が必要な書類も、ろくに内容も見ずにサインをする。面倒な謁見や会議はすべて僕に押し付けて、自分は部屋にこもったまま出てこない。そのくせ夜会やらお茶会やらは頻繁に開き、そのたびに莫大な税が消えていった。

 彼女は僕と結婚をすることが、晴れをもたらす条件だといった。だけど彼女は、僕を愛しているといったことは一度もない。文字通り彼女は、王子()と結婚することが幸せで、僕自身はどうだってよかったんだろう。

 だけど僕にはシャイニーに、愛してもいない僕と結婚し、僕の願いを叶えてくれたという負い目があった。だからこそ、彼女がどういう行動をとっても強くいうことができなかった。


 兄上と最後に話した日から、僕ははじめて国の歴史を自ら学んだ。小さい頃から歴史の授業が一番苦手だった。アンブレアが雨女だと知った日だって、歴史の授業が嫌で逃げ出していたんだ。

 よくよく歴史書を読んでみれば、「雨使い」や「晴れ使い」と思われる能力者の記述があちこちにある。どちらも強力な力を持ち、一歩間違えれば国が壊滅していたかもしれない脅威を秘めていた。実際、暴走した「雨使い」が一人、村を丸々ひとつ沈めそうになったことがあると書いてあった。


 アンブレアたちは「雨を呼ぶ」と表現することが多かったが、実際には「雲を作り出していた」ということ。力は万能ではなく、強い自然の力には抗えなかったこと。でも中には、雷も嵐もハリケーンも操ることのできる「雨使い」もいたこと。「雨使い」も訓練によっては、雨を払うことができたこと。逆に「晴れ使い」も、雨を降らせることができること。

 歴史書たった一冊で、これだけのことがわかった。僕が知ろうとしなかっただけで、答えはこんな身近すぎるところにあったんだ。


 能力をコントロールできれば、この日照りもどうにかできる。シャイニーは否定したが、彼女にもこの状況を変えることはできる。

 僕はさっそく彼女に掛け合ったが、まったくの無駄だった。むしろ彼女は、「自分にも雨を降らせることができる」といわれたのが屈辱と思ったらしく、顔を真っ赤にして怒鳴った。


「そんなに雨を降らせたければ、あの女を呼べばいいでしょっ! せっかくあんたのために晴れをもたらしてあげているのに、どうして私が雨を降らせなきゃいけないの!? 私は太陽に愛された姫なのにっ! 私は晴れをつくるために生まれてきたのに、どうしてそんな侮辱を受けなきゃならないのよ!!」


 その日以来、シャイニーの部屋に立ち入ることもできなくなった。






 日照りが続き、湖も底を尽きようとするにつれ、人口が減少していく。皮肉にもそれは、レニアスの壊滅をほんの少し伸ばした。

 だがそれも限界に近付いてきた。一人、また一人と姿を消していく民と臣下。残った臣下も口をそろえて「アンブレアさまを呼べ」と強く懇願してくる。


 今更どんな面をさげて彼女を呼び戻せというんだ。彼女は聖女と呼ばれた国で皇太子と結婚し、すでに幸せな家庭を築こうとしているのに。

 彼女に会って、僕はなんといえばいいんだ?


「とにかく心からの謝罪を」


 臣下の一人がいった。


「アンブレアさまは心優しいお方です。陛下とシャイニーさまがが自らお頼み申し上げれば、きっと受け入れてくださいます。あの方にとっても、レニアスは故郷なのですから」


 だがシャイニーは、自分がアンブレアに頭をさげることを真っ向から拒絶した。その日から、陽射しがますますギラギラと照り付けるようになったのは、僕の気のせいだろうか。


 祈る思いでアンブレアに手紙を送り、どうにかレニアスまで来てもらった。その隣には当然のように、彼女の夫であるサンドルーアの皇太子がいる。そのことになぜだか胸が痛んだ。

 アンブレアは月日が経っても色褪せることなく美しく、輝いているように見えた。僕の婚約者であったころよりも、断然幸せそうだった。それなのに僕に向けてくる瞳に温度は感じられない。


 それでも僕は必死に懇願した。雨を降らせてほしい。レニアスを救ってほしいと。彼女は思いのほかあっさりとそれを受け入れ、最後にこういった。


「ライナス。あなたを許します」


 思わず見返した彼女の瞳には、わずかながらに涙が浮かんでいた。幼いあの日、城の庭園でたった一度見た涙。ダークグレーの瞳に浮かぶそれは、たとえようもなく美しい雨のようだった。


 彼女は僕を愛していなかった。僕も彼女を愛せなかった。お互いに距離を取っていた。お互いに心を開けなかった。僕らは互いに非があり、でも自らの非は認めることができなかった。若さゆえの過ちだった。


 アンブレアもきっと、同じように思ってくれていたのだろうか。先ほどの言葉は、身分ゆえに簡単に謝罪を口にできない彼女なりの、精いっぱいの後悔の念なのだろうか。だとしたら僕も、彼女を許さなければならない。そして僕は、僕自身の罪を認めなければならない。






 国民のほとんどすべてがサンドルーアへ移住を決めた。だが、もともと国には多くの民が残っていなかった。ここ数年の旱魃のせいか、半数の民はすでにどこかへ去っていた。


 王として最後まで国を見届ける。そう決心し、僕は国に残った。臣下もほとんどが避難したが、五名が残り、僕に最後までついてくると誓ってくれた。

 一方、シャイニーは部屋に引きこもったままだ。すっかり寂しくなった城を進み、彼女の部屋をノックする。侍女が静かにドアを開け、僕を見ると部屋へ招き入れた。


 シャイニーはベッドに沈んでいた。アンブレアたちが来た時と同じドレスを着たままだ。化粧もまったく落としていないんじゃないだろうか。口紅が剥げ、厚く塗ったファンデーションがあちこちひび割れて、ひどくしわだらけに見える。

 変わり果てた妻に恐々近寄った。シャイニーは僕が来たことに気づいていないのか、なにかブツブツとつぶやいている。僕は咳払いをした。


「シャイニー……。身体は大丈夫なのか?」


 そこで彼女は、ようやく僕に気づいた。だけどその目に生気はなく、はんと笑う声も弱々しかった。


「なによ、ライナス。大事な雨女さんのご機嫌取りにいかなくていいの?」

「アンブレアなら、今頃準備に取り掛かっている。私はきみが心配で……」


 シャイニーは鼻で笑った。


「あんたって本当にお人好し。バカで無能で、自分で考えることもできないお子様」

「シャイニー……?」

「簡単に口車に乗せられて、婚約破棄なんかして。青空を見たいなんて馬鹿げた理由で私と結婚までしてさ」


 シャイニーは徐々に早口になり、その気迫に僕は口を挟めなくなる。


「私はお金持ちになりたかったのよ。男爵なんて名ばかりで、実際は金も権力もない。そんな暮らしが嫌で、どうにかして金のあるバカな男に嫁いでやろうと思ってたのよ。そうしたらあんたが出てきた。あんたは私が晴れ女だって知ったら、簡単に騙されたわ。散々身体で煽っても無駄だったあんたがね。まさかそんなことで簡単にいくなんて、夢にも思ってなかったわ。最初は王子妃でもいいかと思ったけど、あんたの親……前の国王夫妻とくれば口うるさくてやんなっちゃう。口を開けば「王子妃教育」だの「力のコントロール」だのって、意味わかんない。あんたの兄さんは兄さんで、サンドルーアとつるんでなにかやらかそうとしているし、全員死んで当然だったのよ」


 思わぬ言葉に息を飲んだ。今のシャイニーの口ぶりでは、まるで……。

 シャイニーは満足げに笑った。


「国王夫妻はねぇ、退位をされてからずぅっとサンドルーアに連絡を取っていたのよ。国境周辺の村からだんだん人口が減少していくの、あんた気にしてたでしょう? 国王夫妻がひそかにサンドルーアや同盟国に、民を逃がしてたのよ? ライナスの国民を、勝手にね。あんたの兄さんも一枚噛んでたわ」

「それで、突然水の消費が……」


 シャイニーは僕の声なんて聞こえなかったかのように続けた。


「おとなしく隠居してればよかったのに。そうすれば私だって、別に殺すことはしなかったわ。でもあんまり出しゃばるから、しょうがないから殺してあげたのよ。あんたの兄さんは身体が弱いって聞いてたから、毎日の食事にすこーしずつ毒を盛って差し上げたわ。なかなか死なないから困っちゃって、最後はちょっと多くしすぎちゃったみたいだけど。ふふふふふ」


 愉快そうにいうシャイニーを、僕は信じられない思いで見つめた。


「シャイニー、きみは……僕の家族を殺したのか?」

「ふふ、ええ、そうよぅ。だぁって、おかしいじゃない? 国王はライナスなのに、国民がいなくなるだなんて。支配する国民がいないんじゃ、国王なんて意味がなくなっちゃうじゃないの。ああ、おかしい。笑っちゃうわぁ。ほ、ほほ、ほ、おほほほ、ほほほほほ、おほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」


 満足そうな高笑いが、徐々に狂った悲鳴のような声へ変化していく。侍女が顔を引きつらせ、慌てたように逃げていくのを視界の隅にとらえた。それを止める気力も沸いてこなかった。

 兄上が急に体調を崩されたのはそういうわけだったんだ。両親とは旅立って以来、ずっと連絡が取れないまま。すべては彼女がしでかしたことだった。


 なおも狂ったように笑い続ける妻。それを見ながら僕は、ひとつ決意した。この国とともに最期を迎えることが、王としての使命だと思っていた。だがそれは僕一人ではダメだ。彼女も、王妃として僕の妻として、そして史上最強の晴れ女として、ともに逝かなければならない。


 とっさに部屋の隅にあったチェストから、小型のナイフを取りだした。もしもの時のために侍女がそこに隠していたことを、僕は知っていた。


「シャイニー」

「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっはあっはあっはあっ」


 笑い声がきれ、息を荒げ彼女は僕をにらみつける。そんな彼女に僕は、ナイフを向けた。

 すべては一瞬の出来事だった。僕が持つナイフが、彼女の分厚いドレスを貫き、肉を切る。耳元でシャイニーが、ひゅっと息を吸ったのが聞こえた。


「あ……」

「これが私にできる、最後の償いだ」


 そうしてもう一度、ずぶりと彼女を刺した。心臓の真上だった。シャイニーは大きく一度けいれんし、それからがっくり力が抜け、動かなくなった。

 できれば一度で逝かせてあげたかった。だけど僕にももう、ほとんど力が残っていなかった。妻の返り血を浴びた手を見つめ、僕はその場に膝をついた。


「シャイニー。僕もきっと、すぐに逝くよ」




 

 干からびた宮殿に、もはや自分以外に人の気配はない。最後までついてきてくれた臣下たちも、一人、また一人と倒れていった。僕で最後だ。僕が終わることによって、この国も終わる。

 王座にもたれかかるようにして座り、ぼんやりと窓の外を眺める。シャイニーが死んでからも、国は相変わらず雨は降らない。それでも多少の変化として、雲が現れるようになった。あれほど煩わしかった雲や雨を、今になって渇望することになるとは。我ながら自分勝手で都合のいいやつだ。


 身体中の力が抜けていく。アンブレアとアーロンが送ってくれていた支援物資には手を付けていなかった。まもなく僕の力も尽きる。数日間水を口にしていなかった喉は渇きに渇き、呼吸するのも困難だった。

 ふと窓から空を見上げれば、懐かしい雨雲が広がっていた。昔はあれだけ嫌悪していたというのに、今見ると懐かしさにホッとする。ギラギラと地を照り付けていた太陽が覆われると、不思議と心が安らいだ。

 目を閉じれば、耳にさぁさぁと不思議な音が流れてくる。アンブレアの降らせる雨の音だろうか。なんて心地のいい音だろう。まるで子守歌のようだ。その音に身を任せ、僕は最後に大きく息をついた。


 ああ、アン。きみの降らせる雨は、いつでも優しい雨だった。





ライナス視点での話もこれにて終了です。

最後までお読みくださりまして、ありがとうございました<(_ _)>



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