第27章 笹の腰籠
桜が咲いて、散り始めた今日この頃。
刀の彫刻の修行が今日はお休みな俺はある物を作っていた。
というのも最近、楚那村に新しい住人が増えたのだがその子がサイズに合わない物を使っているので、俺が見繕ってやろうと思ったのだ。
「宗助兄ちゃん、顔を見に来たよー」
「喜井太、丁度いい所にきたな」
そう、この喜井太と母親のお乃子さんが楚那村に住み始めた。新しい住民と言ってもお乃子さんは元々この村に住んでいたので戻ってきたが正しいけどな。
お乃子さんと喜井太の二人は京の都の近くに住んでいたそうだが…何でもお乃子さんにつきまとっていた厄介なストーカーがついに、喜井太にまで手を出したとかで危ないから逃げてきたそうだ。
そのストーカーは悪質な事をしていたことからその男は捕らえられたそうだが、いつ現れるか分からないため、この村へ避難してきたという。。…子供の喜井太にまで手を出してまでお乃子さんを狙って来たそうなので、ここに逃げたのは正解だと思うな。
村長から事の経緯を聞いて、俺も出来ることがあれば言って欲しいと。また、そのストーカーが村まで来た時はうちに避難しに来いとも伝えておいた。二人はそんな俺の言葉に顔を一度見合わせると、満面の笑みで頷いていた。
そういえば何故かお乃子さんもだが、喜井太が俺なら信頼できると頷いてたな…。まぁ、あまり気にはしないのだが…何故か俺への信頼がやけに厚いんだ。
そうして、楚那村の両親と共に暮らし始めたお乃子さんはこの村にいる薬師の爺さんの所で見習いとして働いている。
京の薬売りの店で薬の販売や薬草採取の仕事をしていたそうだが、薬師の爺さん曰く調合や薬を煎じる手付きがかなりいいので、恐らく調合は出来なくとも仕込みの手伝いとして腕は鍛えられているということだ。
しかも、お乃子さんが京を出る前に煎じ方の修行の手順書や薬のレシピまで渡しているのだからかなり可愛がられていたのだろうとのこと。
そんな薬師見習いなお乃子さんを薬師の爺さんが鍛え上げると張り切っている。その修行のため、お乃子さんに代わって、喜井太が手伝いとして山で薬草を採取している。そのため、俺の家についで寄っていくのだ。
で、その喜井太が今使っているのは薬師の爺さんのお古の腰籠で大きすぎるからか走りづらそうな姿や腰籠の位置を直している姿をよく見かけていたので、俺は喜井太用に腰籠を作ってやっていたという訳である。
俺は喜井太に傍に来させると腰籠を見せる。
喜井太は見せた腰籠に目をぱちくりとさせたが、俺が喜井太のだと言えば、自分の道具だと分かって笑顔になる。
「それ、俺のやつ!?」
「爺さんのお古だと使いづらいんだろう?紐の調節するからそこに立ってくれ」
「うん!」
ピシッと気をつけの姿勢で立つ喜井太の腕を少し上げさせて、腰の位置の確認と紐を調節する。
この籠も物が入るように大きめであるが、喜井太が使うためには走る時に籠が動かないようにさせないといけない。
腰の紐一本だけでなく、二本の紐にするのだ。ミリタリーポーチのように腰だけでなく片足に通すように紐を結べば、足に固定される。密着しすぎると逆に籠が足の動きを邪魔するから少し緩めにしつつも、籠が激しく動かないように調整をする。
子供のうちはこうして二本の紐で固定して、大人になったときは腰だけの一本にすればいいからな。
「わぁ、綺麗な籠だ!」
「いつも大量に薬草とか木の実を持ってくるらしいから大きめにしといたぞ、それと蓋を巾着みたいにした。普段は外に折り込んで、いっぱい中に入れたら上の紐を縛れば中が出ないぞ」
「わぁ!すごく便利だ!ありがとう、宗助兄ちゃん!!」
腰籠をつけてやると、喜井太は駆け回り、腰籠がずれないと喜んでいる。
前はがくんがくんと腰の辺りで籠が大きく揺れていたが、走れば揺れはするものの動きが阻害されるような揺れはなくて足の動きにも邪魔にならない。
喜井太が走る姿を見つつも、これなら大丈夫だろうと確認して、俺はこれで一安心だ。
「大事に使う!」
「そうか…と、俺もそろそろ仕事に戻らんとなぁ」
「今度は何をつくるの?」
「んー、今作りたいのは練習中だけどもそろそろ取り掛かりはしたいが、やっぱり簪とかかな、…………あ」
俺はそういえば…と、ふと考える。
喜井太は首を傾げているのだが、あの人に会った事は無いから分からないだろうなぁ。
「どうしたの?」
「あー…いつもお世話になってる人にそういえば、俺が作った物をあげたことないなぁって」
「じゃあ、作ればいいじゃん!宗助兄ちゃんが作った物なら絶対喜ぶよ!」
俺がそうだもん!と腰籠を指差して、嬉しいことを言ってくれる喜井太。そうか、喜んでくれるか…。
で、俺が先ほどから言う人物は義晴様と同じくらい長い付き合いである…そう、三九郎さんだ。
あの人は忍びという立場上、今まで俺が作った物は少々華美な物ばかりだったのもあったので渡す機会がなかったのだ。
沢野木伝六さんの風鈴や陸奥川鼓太郎さんの箪笥みたいに依頼を受けたこともなかったしな…。
今思うと本当に渡す機会がなかったのだ。
喜井太は「絶対に喜ぶよ!」と笑い、そろそろ仕事に戻ると出ていくので見送る。
「宗助兄ちゃん!腰籠ありがとう!」
「使いにくいところあったらすぐに言うんだぞー」
「多分大丈夫だよー!」
そう言って笑いながら立ち去る喜井太の背を見送りながら作業部屋に戻ると俺はもう一度、何を贈ろうかと考える。
あの人は忍びだが、宴の席では御召を着ていた。ってことは…宴に招かれるほどの忍であるか月ヶ原家に仕えてきた家のお生まれなのかな…。聞いてもいいことなんだろうか。
「うーむ…」
「そんなに考え込むなら、その人に聞いてみるのもいいんじゃないか?」
「そうなんだが…三九郎さんのことだしな」
「…俺のことなのか?」
「そう、おれ………え?」
隣から声が聞こえて見れば、三九郎さんがきょとんとした顔で俺の隣に座っていた。
俺は驚いてひっくり返るが床に頭が当たる前に狸蔵が俺の頭と床に滑り込んでふわふわの体で受け止めてくれた。
また俺を驚かした三九郎さんに鳥次郎と狐月が飛びかかった。
「うわっ、こいつら…!」
「た、狸蔵……ありがとうなぁ」
『きゅーん!』
狸蔵は俺の言葉に尻尾をふりふりとして気にするなと言わんばかりに顔に頭をこすりつけてきた。
対して鳥次郎と狐月はよくもやったな!と言わんばかりに三九郎さんにな何度も飛び掛かるも三九郎さんはあしらっている。
「鳥次郎、狐月、もうやめておくれよ」
『きゃん!!』
『ぴー!!』
二匹はどうして!とばかりに俺に吠えつつも三九郎さんを引っ搔こうとしているので、俺がなんとか宥めると三九郎さんに「今日の所はこれで許してやる!!」と言わんばかりにふんっ!!と鼻息を荒くして俺の近くにきていた。
「相変わらず守られてるな」
「優しくしてくれます…あの、本日はどうされて…」
「なんで敬語…まぁ、いい。最近の調子はどうだ?よく出かけてるみたいだが、変な所には行ってないだろうな?」
「変な所って…違いますよ、実は刀でちょっとやりたいことがありまして…」
俺はこの村の一里ほど離れた所にある山に刀鍛冶の先生がいることやその先生に今刀の彫刻の修行を見て貰っているのだと話す。
三九郎さんは先生がいたのかと驚いたが、ここの鍛冶場を作る際に助言を貰ったことも言えば、なるほどと納得はした。
「刀に彫刻をしたいと言ったが何を掘るんだ?」
「薙刀をつくり、刃に百合の花を刻んでみたいのです。薙刀は多くの女性が使う武器、その薙刀の刃身に白百合を刻むことで持ち主が清く美しく、強くなれますようにと願いをかけてみようかと」
三九郎さんは俺の考えを聞いて、ふむ…と何やら考え込んだ。
ただの願掛けなのだが、そこまで考えるものなのか…もしくは作法の問題だろうか。
「あの、何か駄目でした?」
「いや、そうではないが…刀身へ花を刻むのは聞いたことがないからどんな薙刀になるのかと、思ってな」
三九郎さんは出来たら是非見たいと言ってくれた。
俺が「頑張ります」と答えると次は三九郎が俺に質問した。
「で、俺のことを聞きたいと言っていたがどうした?」
「あー…その、義晴様はともかく、黄十郎さんとか小春姫様とか俺と出会った人は皆、何かしらで俺の作った物を持ったり、贈ったりしてるけど…その長い付き合いになる三九郎さんにはそういった機会がなかったなとふと思いまして」
「…確かにまぁ、機会はなかったな」
「はい、それで日頃お世話になってますから何か贈りたいと考えたのですが…三九郎さんは忍者ですから華美な物はお持ちにならないでしょうし、その…前に宴の時に御召を着られていたので、何を贈るのがいいのかとわからなくなりまして」
「なるほど、それで俺のことで悩んでいた…というわけか」
三九郎さんは少し考え込むと「そういえば言ってなかったな」と零した。
「俺は確かに忍びだが少し経緯が特殊だぞ」
「特殊、ですか?」
「まず俺は月ヶ原家に代々仕えてる武家の三男だ」
「…えっ、三九郎さんって武家のお人なんですか!?」
「此枝家の三男だな」
「此枝という苗字なのですね…」
三九郎さんは「そうだぞ」と頷く。
だが、そんな人がどうして忍者に…と顔に出ていたのだろう俺に三九郎さんは「俺は忍びの才能があった」とさらりと言った。
「俺の家は少し変な家で、昔から『秀でたものがあるのならば、そちらの道へ進むべし』というしきたりがあってな」
三九郎さんの話では、
此枝家は昔から特出して何かしらの才能に目覚める人が多い家だそうで、その才能にあった道を選ぶ方が幸せになるからとしきたりとして定めたのだとか。
そのため、三九郎さんは昔から身体能力が高くて気配を薄くさせる特技があったことから城の忍者にスカウトされて忍者になったという。
「少し修行すれば技を修得する俺に師匠が面白半分に色んな事を覚えさせられた俺は幼くして忍者として一人前となり、丁度義晴様に同年代の子供を傍仕えにと探していたのもあって抜擢され、今の俺に至るってやつだ」
「…三九郎さんって意外にも化けも…人並外れた才能を持つ人だったんですね」
「おい、化け物みたいって言おうとしたな?」
人を化け物と呼ぶ口はこれか?と頬を抓られた。
素直に謝れば三九郎さんは頬を離してくれた。
曰く、三九郎さんは六人兄弟だとか。
一番上の長男が家督を継いでいるが、書道の達人でよく商店から看板の字を書いてくれと依頼を受けているとか。
次男は説法が上手いからと僧侶になった。お顔がいいそうで、おば様達が毎日詰めかけているそうな。
三男が三九郎さん。あまり家に帰らないのでお母さんにいつも小言を言われているのだそうな。
四男である弟は多くの猿と仲良くなり、芸を仕込んで猿達と大道芸人として堺で売れっ子。
長女は裁縫が得意で衣服店に嫁いで好きに布を縫って暮らしている。
次女の方は力が強く武芸にも長けているから姫様の護衛役だそうな。後は親戚も含めると此枝家の者は十数人はいるらしい。
…三九郎さんって本当に大家族なんだな。
話を聞いていると三九郎さんの家のしきたりはかなり自由だからこそ、三九郎さんもだが他のご兄弟も自分の道を探すのに抵抗はないという感じなのだろうか。
それでも忍者の適正が高いというのもすごいのだが。
「で、俺が何が欲しいか、だったな」
「そうです、邪魔にならないものがいいと思っています」
「邪魔にならない、ねぇ…」
三九郎さんは少し唸って考えると自分の腰を指差した。
腰を見ても何もない、…鍛えておられるから俺よりも一回りほど筋肉的な意味で胴は太いな、とは思ったが。
「じゃあ、根付がいい」
「根付ですか?」
「あぁ、俺も祝い事には着物を着るし、実家に帰る時はこの忍装束だとおふくろがうるさいから着替えるんだ」
なるほど。
確かにあの宴の席では御召を着られていたし、着替える時につけるやつか。
そういうことなら早速作ろう。
「どんな根付がいいですか?」
「あー、そうだなぁ………じゃあ、蜘蛛にしてくれ」
「蜘蛛!?」
まさかの蜘蛛だった。
いや、作るのはいいんだが、まさかの蜘蛛のチョイスに驚いてしまう。
「昔から縁があってな、修行中の遊び相手も蜘蛛だった」
「蜘蛛と遊んでいたんですか?」
「あぁ、俺は縄鏢が得意でな、蜘蛛のように縄を動かすにはと観察をしたり、餌をやっていたら顔を覚えられたのか遊び相手になってた」
「じょうひょう?」
三九郎さんは懐から縄の先に刃物がついた武器を見せてくれた。
…これゲームで見た事あるな。そういえば、暗殺者とか忍者のキャラが持っていた気がする。
「こいつは暗器でな、攻撃にも防御にも使えて便利だぞ」
「へぇ!すごいですね!」
「ただ使うのはかなり難しいぞ」
突然、義晴様が声をかけてきた。俺の隣に座った義晴様は三九郎さんを見つつも、俺の考えを読んだのか、今日は三九郎さんだけかと思っていたら、先ほどまで村にいたのだと教えてくれた。
「今日は村長殿に話があってな、先に用は済ませたから顔を見に来た」
「俺は義晴様の命で先に来たんだ」
「そうだったんですね」
「で、お前、なんで三九郎の武器なんざ見てるんだ?」
義晴様に先ほどまでの会話の経緯を伝えれば、三九郎さんに何か言いたそうな顔をしていた。
「なんですか」
「お前、根付はいいとして蜘蛛って…」
「人の注文にケチをつけないでくださいよ」
「いや、でもなぁ…相変わらず人とずれたやつだなぁ」
「でも、昔から蜘蛛と縁があったみたいですから…蜘蛛は初めてつくりますけど」
義晴様は「確かにこいつは蜘蛛みたいに縄鏢を使えるやつだが…」と零した。
蜘蛛のように扱えるということか。手足みたいに使うってことかな、何かかっこいいなぁ。
「いいか宗助、縄鏢ってのはそんじょそこらの奴が使えるもんじゃあない…なのに、こいつは変態的な技術で攻撃にも防御にも使う」
「変態的って…」
「縛られたいんですか?」
びしっと音をさせたて縄鏢の縄を引っ張る三九郎さん。
でも背中の刀を見ていると、刀も得意ではあるがこれは相手に縄鏢を不意打ちで使うためのカモフラージュらしい。
「こいつは戦う以外にも敵の捕縛や移動の時もこれを使ってるからな、蜘蛛が糸を伸ばして移動するみたいに木々の間を移動するなんてこいつしか出来んわ」
それってスパイ〇ーマンみたいな感じかな。
だとしたら本当に蜘蛛みたいだ。
「でも、それなら尚更蜘蛛の根付が似合いますね」
「ありがとう、宗助」
「こいつは蜘蛛忍者だな」
「若は後で木に吊るします、城に戻ったら必ずやるんで覚悟してください」
…もしかして、まだ二人が無理矢理にギスギスして喧嘩しあう期間ってのが続いているのか?
俺を挟んで煽り合う二人にひえっとなっていると、どこからともなく猿吉が義晴の頭を蹴っ飛ばした。
「いだっ!?こいつ、またかよ!!」
「猿吉、乱暴は駄目だぞ」
「…狸に狐の次は猿か、宗助は本当に山の動物に好かれてるな」
そういえば、三九郎さんは猿吉とは初対面か。…三九郎さんも山に認めて貰えたんだ。
痛そうに頭を押さえる義晴様を横目に猿吉に注意をしていれば、猿吉が俺に何か差し出した。
『ききっ』
受け取れと俺に差し出す猿吉の手には泥だらけの毛玉。
なんだこれはと見ていれば、それは呼吸をしており…血の匂いがする。
「…え?」
猿吉が差し出したのは全身が傷と泥だらけの猫だった。
亀太郎、鳥次郎、蜥三郎よりも重症で、明らかに自然の中では負わないような傷だった。
「離れろ宗助!」
「おい、何を持って来たんだ!!」
義晴様と三九郎さんが何か叫んでる。
でも、それよりも先にこの子を何とかしないと…。
俺が受け取ると小猫の重さは軽く、そしてゆっくりと呼吸をする揺れだけが手の中に感じた。
血と泥を落としてからすべきか、それとも先に傷を塞がねばと慌てていると、三九郎さんが「綺麗な水と手拭いを持って来てくれ、汚れを落としながら血を止める処置をする」と指示をくれたので俺はすぐに水を裏の泉から汲んでくる。
宗助が屋敷の裏の泉まで水を汲みに行くのを見送った義晴と三九郎は警戒するように座布団の上に寝かされた、怪我をした小猫を見ていた。
「三九郎、お前は見ていたな」
「はい」
「この猫、明らかに良くないものを纏っていたぞ」
「えぇ、ですが、宗助が触ったら消えました」
二人の目には猿吉が持ってきた猫はどす黒い靄のようなものを纏わせていた。
誰の目から見ても良くないものであると、分かるものだった。
しかし、宗助が触れると黒い靄は払われて、傷だらけの猫がはっきりと見えた。
「あいつ、黒い靄は見えていなかったみたいだな」
「そうですね、流石に宗助も危ないものは触らないでしょうから…今のは見えていないかと…」
「三九郎、虹目について調べてくれ、…過去の虹目の持ち主も黒い靄、恐らく邪気のようなものだろうが、それを払う力があったのかをな」
「かしこまりました」
ゆっくりと呼吸をする猫は目は義晴と三九郎を睨んでおり、警戒をしていると分かる。
そんな猫を猿吉は指で額を押して、咎めるように小さく鳴くと、猫はびくっと大きく体を震わせて目を閉じた。
また、猫だけではない。部屋の中で伺うように亀太郎や鳥次郎、蜥三郎だけではなく孤月や狸蔵も様子を伺っていた。
まるで、猿吉の機嫌を伺うように見ていたのだ。
「…お前、もしかしてとんでもない猿だったりしないよな?」
『きききっ』
猿吉は「はて?なんのことやら?」と笑うように鳴いた。
人間臭い仕草の猿吉に、三九郎はもしやあの京から来た二人が怖がっていたのはこの猿なのでは?と考えたが、猿吉はそんな三九郎の考えを見透かしたかのように目を向けて、三九郎を見つめる。
じっと見つめられているだけなのにとてつもない圧とまるで首を掴まれているような気を感じて、三九郎はぶわりと汗が出てくる。
まるで、余計な事を気づくなと言わんばかりの圧に三九郎は思わず尻もちをついた。
「三九郎?どうした?」
「いや、あの………いえ、なんでもないです」
三九郎は己にのみ圧を与えてきた猿吉から義晴を守らねばと口をつぐんだ。義晴は怪訝な顔をするが、三九郎の様子にただ事ではないと追及をしなかった。
そんな二人に猿吉はにこりと笑うように目を細め、戻ってきた宗助の手を引いて、猫の手当をさせたのだった。
「亀太郎達の時といい、なんでこの山に動物を傷つけて置いていくんだよ…」
『ききっ』
「運んでくれてありがとう猿吉、そうだ、干し柿があるけど食べるか?」
猿吉はそれでいいと手を出した。
宗助は去年の秋に保存食として作っておいた干し柿を渡すと猿吉は去っていった。
「とりあえず応急処置はしました…あとは、経過を見ましょうか」
「だな、しかし…これで四度目か」
「あの猿が運んで来たとなると、人が通らない場所で見つけたのでしょうかね」
「それはあの猿しかわからないな」
義晴はついに猫…恐らく白地に見える縞模様の柄からこれは猫ではなく、虎ではないかと見ていた。
亀、鳥、蜥蜴ときて、ここで虎が来たのだ。義晴はこの組み合わせから四匹の動物達が京の守護をしているあの獣ではないかと見ている。
だが、何故怪我をして、宗助の元へ来たのかは不明なのでそれが分からない限りこの四匹の正体を明かしてしまえば、何かよろしくないことが起きる気がしたので口に出さない。
口に出してしまえば、宗助が巻き込まれる可能性が高いからだ。
「…四匹が揃うことで何も起きねばいいがな」
義晴は猫を見る宗助を見ながらそう零す。
その日は心配なので義晴はその夜、宗助の家へ泊まり、翌日…宗助は猫を座布団へ運ぼうとして引っかかれたのを見た。
猫が引っ掻いた瞬間に猫に飛び掛かる亀太郎、鳥次郎、蜥三郎の姿を見ながら、宗助の手を手当したのだった。
三日後。
「宗助兄ちゃん、怪我した猫を拾ったんだって?傷に効く薬を持ってきたから使っておくれよ!」
と、宗助に塗り薬を見せる喜井太。
しかし、その薬は緑色の薬草を使ったものと分かるのだが…とても臭うものだった。
「…す、すごい匂いだな」
「臭いのと苦いのとしみるのはよく効くんだぜ!」
ほら!と満面の笑みを浮かべて渡す喜井太に負けて受け取る宗助。
喜井太が持ってきた猫用の薬に亀太郎達は「くさーい!」と揃って部屋の奥へ逃げていき、座布団の上から動けない猫は「それを塗るとは正気か?」と言わんばかりに宗助を凝視していた。
…これを塗るのは一苦労しそうだな。と宗助は抵抗を覚悟して薬を塗ると猫は《に゛ゃあ゛ぁぁぁぁぁぁ!!!》と臭さと沁みる痛みから絶叫をするのであったが、暴れはしても何故か宗助の手を傷つけることはなかった。
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喜井太は母の生まれ育った村である楚那村に来た。
京を出る時は少々不安もあったが、母の根付である鹿達も共にいたことから恐怖は無く旅をしてこれたのも大きかった。
しかし、本来ならば年を越したあたりで着くはずだったのだが、道中で様々な事件に巻き込まれて鹿と共に解決をしたりしていたらかなりの時間がかかってしまっていたのだ。
漸く楚那村に着いた時は春にまで季節は変わっており、長旅を終えられたことに母と共に喜井太は安堵した。
楚那村には若者が太郎とお雪、それに鹿達を作った職人である天野宗助しかいないと説明された時に喜井太はついに会えると心を躍らせた。
何故なら宗助は喜井太と彼の母にとって大恩人なのだ。
ずっとお礼を言いたいと思っているのだが、鹿達に宗助は自分の特異な力の事は自覚はないと言われ、お礼を言ってもわからないだろうと伝えられる。
喜井太はそれを聞いて少し残念に思った。こんなに凄い鹿を生み出したのにと。
また鹿達から兄弟の作品達の事も聞いていたので、それもあって残念だと思ったのだった。
しかし、残念だと思う気持ちはすぐに消える。
それは楚那村に暮らし始めて少しすると宗助の人柄が穏やかで喜井太はすぐに懐いた。
なにより宗助が恩人であることが喜井太にとっては大きく、太郎やおゆきと共に宗助を支えようと幼いながらに心に決める。
喜井太の母であるお乃子は前に働いていた薬屋にて町を出る前に店主のご厚意により薬の処方箋の作り方などを教えられていたので、その経験を活かして村の薬師の元に正式に弟子入りをして日々、薬師としての修行をしている。
そんな母を支えるために喜井太は以前は母がしていた仕事の一つである薬草探しをしていた。
その手伝いの途中で宗助の家へ立ち寄り、様子を見に行ったり話をしたりとするのが喜井太にとっては小さな楽しみだった。
山に入る時は鹿の根付の部下な鹿も一緒なので、お乃子も不安なく山に行くのを見送っていることもあって喜井太は鹿と山を駆けまわっている。
そんな毎日を送っていたある日。
喜井太にとっては大きな運命を変えた日だった。
《坊ちゃん、よかったですねぇ》
「うん!嬉しい!」
《えぇ、顔を見なくても嬉しそうなのがわかりますぜ》
宗助が喜井太のためにと腰籠を作ったのだ。
毎日山を駆け回る喜井太が身に着ける腰籠は薬師のお爺さんの物で、喜井太には大きな籠であった。
そんな腰籠を気にして体を動かす喜井太の姿を宗助は見ており、喜井太のためにと作られたのである。
喜井太にとって宗助が作ってくれた腰籠は心から嬉しいものだった。
自分のために調整された腰の紐と片足の紐で結ばれた腰籠はどんなに走っても籠の揺れが邪魔にならないだけでなく、籠の中も工夫されており、よく入るようにと巾着のように上を結んで蓋を出来るのはとても使いやすいものだった。
「えへへ、俺の腰籠…母ちゃんの鹿の根付みたいに何か起きるのかな」
《…そうですねぇ、どんな弟なのかは気になります》
「楽しみだなぁ~」
嬉しい嬉しいと顔に出ている喜井太にお供の鹿は楽しそうでなによりだと微笑みつつも、今この時も様子を伺っている弟は何をするのだろうかと考えつつも頭の鹿に報告をしないとなと考えた。
その翌日。
今日も喜井太は薬草を探しに山の中にいた。
母に頼まれた薬草の絵と見比べながら探していた喜井太は「みっけ!」と手を伸ばすと、その手は黒い毛に覆われた大きな手に掴まれた。
《おっと、そいつは駄目だよ》
「え?」
《そいつは薬草に似てるけど毒草だ、触ったらいけない…少しでも触ったら手が腫れて激痛が走ってしまうからね》
優しい声で喜井太に語りかけたのは服を着た熊…ではあるのだが、体の毛が白と黒に分かれた見た事のない熊だった。
何処か愛嬌のあるその白黒の熊は喜井太の鼻をちょんっと爪先で触れると目を細めて笑うような仕草をした。
「だ、誰…もしかして、宗助兄ちゃんの腰籠の…!」
《ふふっ、話が早くて助かるよ。正解だ、私は喜井太の腰籠さ》
白黒熊は朗らかな笑い声を出すと毒草から少し離れた木の下に移動して、下を指差した。
そこには喜井太が探していた薬草があった。
「こっちが薬草なの?」
《そうだよ、これは十薬という薬草だ》
「どくだみ…」
《こいつの葉をすりつぶすといい傷薬になる、解毒にも使えるよ》
「そうなんだ…!」
《あぁ、それとあの毒草は十薬によく似ていてね…葉の茂みの中に赤い葉があるのが毒草だよ》
白黒熊の解説に喜井太は素直に感動した。
いつも集める薬草はなんとなく効能は聞いていたが、そんな凄い草なのかと素直に感動したのだ。
また毒草のことも知ったことで、気をつけなければと感じた。
「物知りなんだ」
《知識はあるのさ、さぁ、これだけだと少ないからもう少し探そうか》
「うん!…ねぇ、名前はあるの?」
《私は白庵と名前があるよ、籠の熊でもいいけどね》
「嫌だ!白庵がいい!」
《なら、白庵だよ》
白庵…白庵…と繰り返し呼ぶ喜井太に白庵は機嫌が良さそうに「なんだい?」と聞き返す。
喜井太が笑顔を返せば、白庵はふふふっと優しく笑いながら歩いて行った。
喜井太は自分の唯一といえる相棒を得たのだと確信し、この白庵とどんなことをしようかと考えると楽しくなった。何故なら、母のお乃子が鹿と楽しく暮らしているのを見てきたからだ。
鹿のお陰でお乃子はあの日から笑顔が増えて楽しくしている。旅の中でもそうだった。
だから喜井太は心からこの白庵との出会いは何よりも得難いものになるのだと確信していた。
その日、白庵を連れて村に帰れば村人達に大層驚かれるも喜井太が腰籠を指させば、宗助の作った作品であるとすぐに分かり、喜井太にも相棒が出来たかと温かい目を向けられた。
母にも薬草を届ける際に紹介すれば、大きな熊の白庵に驚くも穏やかな白庵に鹿とは違う頼もしさを感じて、お乃子は白庵に喜井太をよろしく頼むと頭を下げた。
白庵はにこやかに「任せてほしい」と頷くとお乃子の手元にあった調合中の薬卸を覗く。
軽く爪ですり潰している葛根を手に取るとふむ…と鼻に皺が寄った。
《これは細かくし過ぎだなぁ》
「え?」
《こいつを細かくするとすぐに湯に溶けちまう、だから粒が残るくらいが体によく効くぞ》
白庵がそういって、ぽんと手を叩くと白庵の顔が描かれた薬卸が出てきて、見本を見せるように葛根を潰す。
軽く薬卸を何度か動かして、小さな粒が残った程度に潰した葛根をお乃子に見せた。
「儂らは細かく潰しておったがのう」
《そう広まってはいるが、こいつは粉にしちまうとお湯に入れて飲むときにすぐに解けて糊みたいにどろっとなってしまう。そうなるとこいつの薬効が糊状になったことで効きが悪くなる、だから程よく粒を残して溶けにくくしてやらないといけないのさ》
白庵に言われた解説に薬師の爺は目を見開いた。
宗助の作ったものだから変な事は言わないと理解はしていたが、まさか薬の事も精通している物がいるとは思わなかった。
「驚いたな、宗助は薬の知恵もあったのか」
《父はそこまで薬草に関しては詳しくはないよ、貴方から教えられたものを作れるくらいだ》
「ほう、あいつはちゃんと儂が教えた事を覚えていたのか」
感慨深いと目をほころばせる薬師の爺は白庵が薬の棚を見ているのに気づき、「他にはどんなのが作れる?」と聞けば、白庵は「いっぱい作れる」と返したのだった。
白庵は器用に爪でぱちんと指を鳴らすと薬を調合する道具をいくつか出した。
変わった物が多く、喜井太だけでなくお乃子や見守っていた鹿達もなんだこれはと見て回る。
白庵は薬卸と思われる円形の道具の前にあぐらをかいて座ると棚の中の薬草を拝借して擦り始める。
ぐるぐると回して薬卸を動かす白庵に喜井太は興味津々で近くで見ていると白庵はポンポンと足を叩いた。
「おいで」と言われて、喜井太は嬉々として白庵の足の上に座ると喜井太の手を道具の取っ手を握らせ、上から白庵は手をかぶせて一緒に作業をする。
喜井太は白庵の足の上から薬が出来上がっていく光景に心が奪われた。
薬の材料を綺麗な天秤で量っては爪で器用に調整したり、すり鉢に薬と蜂蜜を入れて練ったり、ギザギザの板を合わせた道具を動かして丸薬を作ったりと慣れた手つきで薬を作っていく。
綺麗な丸薬が出来た際は薬師の爺は思わず感嘆の息を吐いた。
それとともにこの道具は東の大陸の道具ばかりだと気づいた。
「お前、東の大陸の薬師なのか」
《んー、それは少し違うなぁ……我が父の竹への連想が私だからだろうね》
「竹の連想が…白庵なの?」
《東の大陸では古くから薬学が栄えているという父の印象も重なり、薬師の熊猫である私が生まれた…ということだ》
白庵はそうだと頷くと薬を小さな麻の袋に入れながら、宗助の”竹”への連想を語る。
宗助が竹から連想したのは熊猫と呼ばれる白黒の熊であること、その熊猫が食べる竹から竹林を東の大陸の国の連想があり、東の大陸の国には古くから薬学が発達しているということ。
このことから薬師の熊猫である白庵が生まれたのだと。
「じゃあ宗助は東の大陸には優秀な薬師が多いと思って居るわけか」
《そうみたいだね、でも私は手に職がついたからいいものを貰ったと思っているよ》
「あ、よく見たらこの道具達に白庵の顔が掘られてる」
「あら、本当だわ」
喜井太は丸薬を作る道具の取っ手の上に小さく白庵の顔が掘られているのを見つけ、他の道具にも同じ彫刻がされていると気づくと白庵はにっこりと笑って「誰のかわかりやすいだろう?」と今使っている道具を持ち上げた。
確かにと喜井太とお乃子が頷くと、白庵は出来た薬を背負っていた小さな棚に仕舞っていく。
喜井太が「これはなに?」と聞けば、薬櫃という薬を入れる棚だと教えた。
白庵は興味が出たのか目を輝かせる喜井太を見て、薬師の爺に乾燥した紫蘇はあるかと聞いた。
「乾燥した紫蘇はあるが、何をするんだ?」
《我が主人が興味を抱かれた、ならば簡単に出来るものを作ってみようと思ってね》
「俺でも出来るの?」
《勿論、私が教えよう》
すぐに喜井太はやりたい!と声に出せば、白庵は喜井太を足から下ろすと前に座らせて、小さなすり鉢を喜井太の足の間に置いた。お乃子は傍で見学をしており、薬師の爺は白庵に頼まれて紫蘇の葉を棚から出して白庵に渡す。
白庵はその紫蘇の葉を喜井太の足の間にあるすり鉢に入れた。
《まずはすり潰すんだ、でも細かくしたら駄目だよ》
「粗目…ってこと?」
《そうだ》
白庵は喜井太の後ろから手を添えて、すりつぶし方を教える。
柔らかくて大きな肉球に包まれながら、喜井太はすり潰す動きを真似した。
《紫蘇の薬はお腹の風邪や冷えた時にいい、お腹を温めてくれるんだ》
「そうなんだぁ」
《次に蜂蜜を煮詰める…は、もうしてくれてるな》
煮詰める作業をしようとしたが、喜井太がすり潰している間に薬師の爺は準備をしており、こちらに用意してあると横に置かれている。
流石に火を使わせるのは早いと薬師の爺は先に用意をしていたのだ。
喜井太は白庵の指示に従い、慎重に蜂蜜を入れて、すり鉢の中で練る。
後は練った薬の生地をちぎって、丸い薬にしていくと…喜井太の掌の上に初めて作った丸薬が出来た。
喜井太が初めて作ったため、少々歪な丸薬は紫蘇と蜂蜜の良い匂いがしていた。
「出来た!」
《どれどれ》
「あっ」
白庵は喜井太の掌の上にあった薬を爪で摘まんで、ひょいっと口の中にいれる。
口をもにょもにょと動かすとうんうんと頷いた。
《完璧だね、これならお店におろせるよ》
「本当!?」
《人にあげてもいいさ》
「わぁ、じゃあ友達にあげようかな」
「馬脚のあの子?」
「うん、明日遊びに来るんだ!あ、白庵も紹介しないと!」
白庵は自分を紹介すると聞いて、「もしやその友達のもとには兄姉がいるのかな?」と考えた。
《そのお友達のもとには私の兄姉がいるのかな?》
「うん!利助の相棒は馬の根付だよ!すっごく可愛いのにかっこいいんだ!」
《可愛くて、かっこいい?》
なんだか逆な評価の言葉だと白庵は首を傾げると、お乃子は理由は会えば分かりますよと笑った。
喜井太は利助は別の国に住む友人であると白庵に教えた。
「利助とは旅の中で仲良くなったんだ!母ちゃんが鹿の根付を持ってて、利助は馬の根付を持ってるからすぐに分かったんだ」
喜井太曰く、馬の根付の持ち主である利助とは京から楚那村へ移動する旅の道中で出会った。
偶然にも休憩に入った茶屋にて互いの根付達が「あれは兄弟の持ち主である」と教え合ったことで交流が始まり、年の近かった喜井太と利助はすぐに仲良くなった。
喜井太とお乃子が楚那村へ向かうのだと告げると、すぐに「天野宗助殿のおられる村か!」と場所を知っているからと途中まで送ってもくれた。
「利助のお馬は疾風のようで、そこらの馬どころか忍者の足でも追いつけないほどに速いんだよ!」
利助は馬の根付の馬脚として活動しており、幼いながらも清条にて活躍する馬脚として名を馳せている。
利助は楚那村へ宗助宛てのお礼の品や感謝の文などを届けに来ており、さらに交流は進んで友人として非番の日には遊びにくることもあった。
この届いた物は村長やおゆき、時々義晴と三九郎が検閲しており、問題ない物のみ宗助の手に渡っている。
その利助が明日遊びに来るのだと聞いて、白庵は子供が一人で楚那村へ遊びに来てもいいのかと思うものだが、そこは馬の根付がいるから問題はないと言われた白庵は翌日に会って理解する。
何故なら…。
《おぉ、これは見事な馬の兄だ》
利助の相棒は大変立派な黒馬であったからだ。丸太のように太い脚に美しい黒い毛並みの威厳のある馬。
大人でもびびりそうなほどに大きな立派な馬の上に少年が跨っていたのである。
少年こと利助は喜井太の隣に立つ白庵に目を見開くと喜井太にもしかして…!?と見れば、喜井太は自慢気に自身の腰の籠を指差した。
「喜井太もあの人の作った物を持ったのか!」
「宗助兄ちゃんが俺が山に入る時に使いづらそうだからって作ってくれたんだ!こいつはその腰籠の白庵だ!」
「よろしく白庵!俺は利助だ、こいつは俺の相棒の黒曜だ」
ヒヒン!と勇ましく嘶く黒い馬の黒曜は白庵に優しい目を向けるとしゅるしゅると小さくなった。
瞬く間に小さくなった黒曜はつぶらな瞳の可愛らしい仔馬になり、白庵の柔らかい腹にふすふすと鼻を押し付けて挨拶した。
《はじめまして、兄弟》
《ひひん!》
”可愛いくてかっこいい”とはこういうことかと理解もした白庵は兄の仔馬の首の横を触れると黒曜は遠慮するなと頭を押し付けた。
「白庵は話せるのか」
「うん、しかも薬の先生だ!あ、そうそう…これあげる!」
「ん?これは……薬?」
「俺が作ったんだ!紫蘇の薬で、お腹が冷えた時に飲むといいぞ!」
「え、喜井太が作ったのか!?」
びっくりという顔をする利助と黒曜がくんくんと薬の入った小袋の匂いを嗅ぐので、白庵がよく効くと言えば、利助は懐に袋を入れた。
「ありがたく頂くよ」
「へへっ、白庵が教えてくれたものだからいい薬だぞ!」
「ははっ、もう喜井太も俺らと同じだな」
利助のいう『俺らと同じ』とは宗助の作品を持つ者の特徴がある人、ということである。
宗助の作品を持ったものは皆が自身の相棒として心からの信頼を寄せるのだ。利助も馬脚の仕事をしていると宗助の作品を持つ者に会うことはあり、話をすれば皆が同じように自身の相棒を自慢し、信頼をしている姿を見てきたからだった。
そんな利助と共に見てきた黒曜も弟を早くも信頼している喜井太に嬉しく思い、耳をピコピコと震わせ、白庵にいい主人だねと鳴けば、白庵はにっこりと笑みを返した。
《ひひん》
《ありがとう、俺もそう思うよ》
「え、黒曜の言葉が分かるのか!?」
《兄弟だからねぇ》
「いいなぁ!俺も黒曜と話したい!」
《…話が出来なくとも十分通じていると思うよ》
「それでも話したい!」
「俺も黒曜とお話したい!」と頬を膨らませる利助に落ち着けと黒曜は利助のお腹にふすふすと鼻を押し付ける。
そんな黒曜に「だってぇ…」と黒曜の頭を覆いかぶさるように抱きしめた利助に黒曜の尻尾は揺れている。
「仲良しだね」
《そうだね、心は通じている》
「白庵はどうして話せるの?」
《さぁ、どうしてだろうね》
白庵も物によって話せないものはいるというと喜井太は村長の黒鬼もそうだと思い出して、そういうものなのかと納得した。
喜井太はその後、利助と沢山話をして遊ぶ。
そんな二人を見守る白庵と黒曜を見て、喜井太は昨日から考えていたことを利助に話した。
「なぁ、利助」
「どうした?」
「利助は黒曜と馬脚をしてるだろ」
「うん」
「俺は…白庵に弟子入りして、薬師になりたい」
喜井太は先日の白庵の薬を作るのを目の前で見たことで薬師に関心が出てきていた。
元々薬屋にいた母の仕事を手伝っていたので薬草を見つけるなどはしていたが、どのように薬になるのか、どういう効果があるのかを詳しく知らなかった。が、白庵が自身の元へ来たのは何か意味があるのだと考えていた。
白庵の指示を受けながら薬を作った時の感覚と知恵が蓄えられたという感覚が喜井太の中でどこか朧気だった未来に大きな道を作りだされたような気がしたのだ。
「喜井太がそうしたいのであればいいんじゃないか?俺は元々馬が好きで、それが理由でこの村にいる祖父ちゃんが馬の根付を送ってくれたのが、黒曜と会う切っ掛けだ。その後に黒曜が俺に力を貸してくれて…そして、今の俺がいる」
利助はだから白庵との出会いに何か感じるのならば進めばいいと背を押した。
「じゃあさ、俺が店を持つくらいの腕になったら配達をお願いしようかな」
「その時には独立して黒曜と馬脚として有名になってるから高くつくぞ」
「そこはまけておくれよ」
「商売はしっかりするべしって先輩の人らに教えて貰ったからな」
「ちぇー、しっかりしてるよなぁ」
楽しそうに笑う二人の主に白庵と黒曜は主人が楽しそうで何よりだと笑みを浮かべていた。
そんな二匹の傍に一頭の鹿がやってくる。
《よう兄弟、相変わらずだな》
《ひひん》
《ははっ、俺もだって?まぁ、こちらは旅を終えて、漸く落ち着いたってところだな》
その鹿は立派な角と目に傷跡があるお頭鹿。
根付の兄弟が来ていると聞いてやってきたのだ。
《俺は根付の熊と兎の兄姉に聞いたけども、鹿の兄さんも大活躍をしたんだってね》
《あぁ、太郎の兄さんとおゆきの姉さんの所にいる姉弟か…あれはうちの姐さんを襲おうとしてたからな、坊ちゃんにも手をだしたからお仕置きしただけだ》
《ひひん》
《京に鹿が暴れてたって騒ぎになった、だって?ちょいとうちの組のもんと走っただけだなんだがなぁ》
悪びれもなく笑う鹿に、黒曜はやれやれと首を振り、白庵は兄鹿らしいと笑う。
《喜井太の坊ちゃんにも相棒が出来て良かったぜ》
《これからよろしく頼むよ、兄弟》
鹿はにっこりと笑うと主を見守る二匹の横に座る。
わいわいと話す二人は将来の事を話しているのを聞きながら、「そういえば…」と先ほどお乃子と薬師の爺から聞いたことを伝える。
《今、親父の所にまた怪我をした動物が来たんだってよ》
《あぁ、話しは聞いているよ。最初は亀で次は鳥、で蜥蜴が来て……今は確か猫の姿をしたものが治療中なんだってねぇ》
《そいつ、親父の手を引っ掻いて傷つけたらしい》
黒曜はぎょっと顔を鹿に向け、白庵は「へぇ…」と呟くと目を細めた。鹿は穏やかに語りつつもこめかみがひくひくとしており彼も怒っているのがよく分かる。
白庵はそれはどういう状況であったか、と聞く。怪我した猫に無碍なことはしないと分かっているので、何故引っ掻いたかが大事なのだ。
《手当をしようとしたのをばりっと引っ掻いたんだと…人間嫌いらしいけどかなり強く引っ掻いたそうでなぁ、手の甲に傷が出来たそうだ》
《へぇ、それはそれは…》
《すぐに亀やら鳥の方達が取り押さえたみたいで、少し引っ掻くだけに終わったそうだ》
《ふうん…》
《何を考えてるんだ?》
どこか黒い笑みを浮かべる白庵に何処か期待するように見る鹿。
白庵はにっこりと笑みを浮かべると背負っている薬櫃から巻物を取り出す。
《悪い子には沁みる薬と、苦い薬を出すだけさ》
《くははっ!!そりゃあいい!》
《ひひん…》
ふひひ…と悪い笑みを浮かべる鹿と白庵に、「やりすぎないでね」と黒曜は苦笑いしつつも父の手を引っ掻いた少々手癖の悪い猫にお仕置きをするのには反対をしないのであった。
その翌日、喜井太と臭くて沁みるが傷によく効く塗り薬を共に作り、宗助に届けた。
件の猫がその薬を塗られて《に゛ゃあ゛ぁぁぁぁぁぁ!!!》と山どころか村にまで響く悲鳴をあげるのを白庵は微笑んで眺めていたのを亀太郎達は見て、「この白黒熊、怖いっ!!」と恐れられるのであった。
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夜の宗助の屋敷にて。
眠る宗助の枕元に小さな爪の音を立てて近づく小さな猫。
すやすやと寝息を立てる宗助の顔に前足を上げて、振り下ろした。が、寸前で横から現れた蜥三郎が体を体当たりしながらも自身の長い体と尾をぐるりと巻き付けて拘束し、猫を宗助から離させる。
蜥三郎に体を拘束されてどたばたを暴れる猫に、さらに追撃するように部屋の外へ上から鳥次郎が蹴り、宗助の眠る部屋から猫は追い出されて屋敷の外まで転がる。
《貴様ら!何をするか!》
《それはこちらの言葉!宗助殿に何をしている!!》
《恩人に対して、失礼にも程があるぞ白虎!!》
白虎と呼ばれた小さな猫は体に巻き付いていた蜥蜴を蹴り飛ばす。蜥三郎はぐるりと軽やかに回転しながら着地すると、隣に降り立つ鳥次郎と共に白虎を威嚇するように吠えた。
手当された傷が少し開き、血が出る体に白虎は舌打ちしながらも、蜥三郎と部屋から追い出した鳥に怒りの咆哮をする。
《何故あの人間を守る、邪魔をするな!!》
《宗助殿は我らの恩人!貴様の無礼な行いを見過ごせぬわ!》
《そうだ!昼間も手当をしてくれた宗助殿の手を傷つける狼藉を働いて、今宵も襲おうなど…!!》
昼間、宗助は手当をして寝れるようにと座布団に運ぼうとした際に白虎に引っかかれた。
ひっかいた瞬間に鳥次郎達はすぐさま白虎を取り押さえて、「恩人になんてことをするか!!」とこっぴどく叱ったのだ。
《あの奇妙な人間に絆されたか!!我らを傷つけ、穢したのは人間ぞ!!》
《宗助殿はその穢れから助けてくれたのだ!それが分からぬのか!!》
《我は頼んでいない!!》
《うるさいぞ、お前達》
のしのしと宗助の部屋の中から出てきた亀太郎は、宗助の眠る部屋に一瞬で橙色の結界を張ると白虎を睨む。
《宗助殿が起きてしまう、騒ぐなら遠くへ行け》
《玄武!!貴様も随分と耄碌したな!!》
《今は亀太郎と呼んでもらおうか、儂はこの名を気に入っておるからな》
《ふざけたことを!!》
亀太郎はふんっと鼻を鳴らすと目を大地の色にも見える橙色に光らせた。
それに合わせて、鳥次郎も赤に、蜥三郎は青に目を光らせる。しかし、蜥三郎の目は亀太郎と鳥次郎に比べると何処か弱い光だった。
《これでも分からぬか、白虎よ》
《っ、お前達力が戻っているのか…、いや強くなっている!?》
《これも宗助殿のお陰よ》
亀太郎は宗助が少しずつと自分達の木像を作っており、その像によって力が増したのだと語る。
蜥三郎はまだ青龍が完成していない、しかし二匹ほどではないが力が増していると感じていた。
《拙らの依り代は無残に穢された……しかし、宗助殿の手で作られた新たな依り代とした拙らの像は宗助殿のお力と純粋な信仰が彫り込まれている》
《あぁ、清らかで、暖かで…ふふっ、どこか幼子のような純心な信仰だ》
蜥三郎はまばゆい物をみるような、くすぐったそうな笑みを浮かべて宗助の像に込められた信仰を話せば、亀太郎もどうような笑みを浮かべ、鳥次郎は慈しむような優しい目で宗助の眠る部屋を見た。
《…純心、とは?》
《みんながお腹いっぱい食べられる世が来ますように》
《自分の大事な人達が幸せでありますように》
《子供達がお天道様の下で元気いっぱいに遊べますように、だそうだ》
《…………》
白虎は目を見開いた。
三匹はそんな白虎にその気持ちは分かると頷いた。
《そんな願いを込められてはなぁ、叶えたくなるものよ》
《あぁ、子供達が願うような可愛らしい祈りだ》
三匹は思わず笑みを浮かべる。
蜥三郎はただ…と言いながら首を傾げていた。
《我らに個別の祈りもしているのだが……宗助殿は我に何故か水の印象があるようだ》
《水?お前は木を司るではないか》
《うむ、だが…我にみんなが水害に苦しまず、水が枯れるなどの水に関する災い除けの祈りを込められておる》
青龍は”木”を司る聖なる獣である。
だが、宗助は青龍に水のイメージがあり、水に関する祈りを込めて作ったのだ。
《儂にも大地の災害除けや豊穣に関する祈りを込めておるんじゃ…宗助殿は儂らに関しての知識に違いがあるようでのう》
《はぁ?あの者は我らを知らんだけではないのか?》
《いや、拙は火に関するもので合っていたのだ…お生まれの地での青龍は水を、玄武は木を司っていたのではと思うのだが…そこはわからない》
亀太郎は自分が”水”であると首を傾げ、鳥次郎は自分は合っていたのだと同じく首を傾げる。
彼等には分からないのも無理はない。
何故なら宗助は生きていた現代でのアニメやゲームによる四神のイメージで作ったからである。
故に本来ならば青龍は木を、玄武は水を司るというものが、宗助の中では青龍は水、玄武は土という属性のイメージが頭にしみ込んでいたのだ。
奇しくも朱雀は現代でも属性が火のままであったので朱雀の像には火に関する祈りが込められていた。
《まぁ、それでも儂らの力は著しく強くなった…それに儂は大地の力が得たお陰で結界が強くなり、青龍は水の力を得たお陰で雨を降らせられるようにもなったから本来の役目に使えるしのう》
《あぁ、水も悪くない》
《そう思うと拙も別の力が欲しいものだな…まぁ、炎の力が増したのだから》
《貴様ら適当すぎやしないか…》
こいつらは本当に…!と白虎はこの四匹の中で頑固ではあるが真面目な性格であったが、長年共にいるので三匹は気にしていない姿に頭を振るだけにした。
《お前もいずれ同じよ》
《蜥三郎も最初はそうだったが、今は宗助殿の背中に張り付く姿をよく見るな》
《鳥次郎、お前もだろう!いつも宗助殿の肩に乗っているだろうが!》
《喧嘩するでないわい……それに見られておるようじゃしなぁ》
誰にと聞く前に白虎は後ろに降り立った気配にぞわりと毛が逆立つ。
とてつもない威圧感。じとりと絡みつくそのものの視線に白虎は誰が来たのか理解した。
《あ、貴方も何故あんな人間を……》
《あんな、ネェ……あの子は、私が守ってる子なんだ》
《守っている……それは虹目だからですか》
《そうだネ、それでいいヨォ》
くすくすと笑う背後のもの…猿吉と宗助に呼ばれていた猿は少々不慣れな日本語で話し、笑みを浮かべているが目は笑っていない。
《デ、あの子を引っ掻いたって?》
《あ、その…》
《孩子を、引っ掻いた?》
白虎は身を縮こませる。この目の前で威圧感を放つ存在がどうしてこの国にいるのか、どうして宗助という人間に肩入れするのかは分からない。
が、自分よりも遥かに強い存在を怒らせたことだけは理解出来た。
《も、申し訳ありません…その、人間が信じられなくて…》
《我らからもお頼み申す、こやつは人間に不信を抱いております、我らでしっかりと教育をいたしますので何卒…!》
《……マァ、お前達がされたことを考えると人間の不信は仕方ないネェ。でも、次は駄目ヨ》
念を押した猿吉は威圧感を引っ込めると宗助のいる部屋をちらりと見て立ち去った。
白虎はへたりと地面に座り込むと、蜥三郎は傍に歩み寄りつつも頭を前脚で叩いた。
あそこをみろと鳥次郎は少し離れた木々の間を首を向いて示した。
グルルルル…と唸る声とギラリと光る眼が複数あり、白虎を睨みつけている。
中でも狐と狸の目は鋭く、食い殺してやるとばかりに歯をむき出しにしていた。
《あの方が声をかけんかったらお前さん、あの狐と狸にやられていたかもしれぬのう》
《今は手負いの体だ、万全な状態の彼女に相手をするのは厳しいか》
《他も加勢するであろうな、皆は宗助殿の前では大人しいが本性は過激なようだぞ》
《お、お主ら、我を脅しているのか…!》
《《《我らが恩人の手を引っ掻いたことは許さぬ》》》
怯える白虎を亀太郎達の手で座布団の上に運ばれる。
外から見られる視線に白虎は震えながら眠るのだった。
翌日。
昨日は警戒して、毛を逆立てて威嚇していたのに今日は大人しくしているどころか、プルプルと震えている白虎に宗助は首を傾げつつも、優しく介抱をする。
理由を知る三匹は白虎がまた引っ掻くかもしれないので見張りつつも、縁側から見張る狐と狸が飛び込んでこない事を祈るのだった。
この後、喜井太により届けられた塗り薬を宗助の子と言える白黒の熊が圧のある笑みを浮かべながら見ている中で白虎は塗られ、亀太郎達はあの熊怖い!と慄き、狐と狸はすぐさま匂いのきつさに逃げて、白虎は沁みる痛みと青臭い匂いに苦しんだのだった。
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笹の腰籠 白庵
天野宗助が作った腰籠。
二本の紐と巾着型の蓋が付いた竹で出来た腰籠。
竹の薬師として有名な楚那野竹庵(幼名 喜井太)の持ち物として有名。
幼い竹庵は母の手伝いで山に薬草を採取に行く際に母の師である薬師のお古であった腰籠を使用していた。が、大きさが合わずに使いづらそうだと天野宗助が竹庵の体に合うようにと調整して作った物。
笹の腰籠には白庵という名のパンダが憑いており、漢方・薬方に精通していた。※1
竹庵はこの白庵を師として薬学の道へと進む、当時珍しい東の大陸(中国)の道具を使い、薬を作成していたとされている。
一人前になった喜井太は楚那の村に竹熊庵という名の薬屋を開き、多くの弟子を取るようになり、竹庵と白庵に学んだ弟子たちは日本各地へ散り、それぞれ薬舗を開いた。
白庵は穏やかで大らかな性格であると多くの記録が残るが、怒らせると効能はいいが苦い、または臭い薬を渡してくるという記録もある。※2
そのため、現在でも楚那村近辺では苦い薬や臭い薬を呑む人がいると白庵を怒らせたのかと言われる。
現在、笹の腰籠は竹熊庵本店にて保管されており、年に一度のみ一般公開される。
※1 当時、パンダを知る人はわずかであり、そのため白庵は白黒熊と認識されていた。が、天野宗助を訪ねてきた漢の商人が白庵はパンダ(熊猫)であると伝えた事で、白庵はパンダという動物だったのかと知られることになったという。
※2 白庵を怒らせた者は歴史でも多くの偉人がおり、月ヶ原義晴、小春姫の倅など清条に関する者から、嶋野家や黄奈姫の孫などの他国にもおり、皆が揃って苦い薬を渡されて苦しんだと記録を残している。




