第11章 掛け軸 月兎・慈愛の母・渓谷窓 序
今回は複数の作品が出てきますが次回からそれぞれの作品の物語を書いていきます。
相変わらずの投稿スピードですがどうぞよろしくお願いします。
秋が深まって風が冷たくなって冬が間もなく来ることを知らせてきているある日のこと。
俺は太郎の身長を測っていた。
「太郎、動くなよ」
「そ、宗助ぇ…まだかぁ…」
「宗助ちゃん、無茶しちゃだめよ」
といってもこの時代に身長測定の機械や定規なんてあるはずがないので俺は家の柱に筆で書いて太郎の身長を測る方法を取った。一回やりたかったんだ柱で測るやつ。
俺を抱えて柱の前に立つ太郎が足を曲げたり背筋を曲げてないかをおゆきに確認してもらい、おゆきからOKが出ると太郎の頭の先を片手で押さえてにもう片方の手で筆で線を引いた。終わったと告げれば太郎はゆっくりと下ろし安堵の息をついた。
俺の膝だけを抱えて上げていたので落とさないか怖かったみたいだ。
「怖かった…」
「太郎、よく頑張ったわね…」
「普通は俺が怖がるんだがなぁ…しかしやっぱりデカいな」
俺の目線より遥かに高い位置に引かれた墨の線におゆきも頷き、太郎は自分の大きさを知り感慨深そうに見ていた。まぁ自分の身長なんざこの時代じゃあ分かりづらいだろうしなぁ。
「しかし、俺の大きさ測って何をするんだ?」
「お前の槍をつくる」
「へぇ俺の槍を………え?」
太郎は目をキラキラとさせてこちらを見ているので俺は太郎の肩を叩きながら、この前の相撲大会連覇の褒美だと告げると太郎は嬉しそうにしている。
やっぱり男だから武器は好きだし、自分の物ってなるとテンション上がるよな。
「どんな槍がいい?」
「そうだなぁ、狩猟にも使えるのって言いたいが宗助の槍を狩りで使うのもったいないし…」
「いや使えって、そのために槍を作るんだから…おゆき、その顔はやめとけ」
おゆきが何を言ってるのという所謂スペキャ顔とやらをしてるがお前にやった簪と同じだろうと言えば刀と簪は違うとすぐに返された。そういうものなんだろうか。
確か太郎が使ってるのは穂と呼ばれる刃物の部分が普通より長めの槍だったな。
あぁ、そうだ太郎が今使ってる槍はどうも刃が短いと突き刺す時に折りやすいからってどっかの侍が捨てた刀を拾って来たから俺が槍に魔改造した物だったな。ならば大身槍にして刃は分厚く作って、柄も太めするか…。
とりあえず太郎の槍をまた見てからどうするか考えよう。
どうせなら立派なのにしてぇと言うと太郎がやめてくれとすぐさま声を上げたが俺の初めての槍を作るんだぞ立派なのがいいと言えば俺はただの農民なの…!!と泣きそうな顔されたのでド派手にするのはやめておく。
「本当にやめてくれよぉ宗助ぇ…!」
「だから派手なのはやめておくって」
「宗助ちゃん、悪い顔してるわよ………きっと派手にはしないけど立派なのを作る気なのね(小声)」
おゆきがぼそりと俺の考えを読んでくるが無視だ。
しかしこの柱に太郎の背だけ書いてあるってのも寂しいな。よし、俺らのも書くか。
「おゆき、俺らも背測るか?太郎だけってのもこの柱寂しいし」
「あらいいの?」
「いいぜ、っとその前に太郎もう一回抱えてくれ、お前の線だってわかる様に名前を書いておく」
「わかった…いつ見ても宗助の文字は不思議だな」
太郎にもう一回抱えられ太郎の背の線の上に太郎と書くと俺を抱えながら見ていた太郎がじっと下から見ながらそう零すので、なんだ突然と見返せばおゆきもうんうんと頷いてくる。
まぁ戦国時代と現代じゃあ字の書き方違うからな…俺はあんなミミズみたいな字書けねぇし。
「でも宗助ちゃんの字好きよ、くっきりした感じがする」
「俺はあんなに字を崩して書けねぇのよ」
「崩す?」
「何でもない、ほらまずはおゆきな」
おゆきと俺はそこまで違いはないので互いに背を測って線を書くが…俺の方が少し高いか、ちょっとホットした。
太郎同様におゆき、宗助とそれぞれの身長の線に名を書けば太郎との背との差も分かりやすくて中々にいい柱になったと俺は思う。
「随分可愛らしい事してますねぇ」
「なんだ背比べか?」
「義晴様に邦吾さんじゃないですか、いつの間に…」
俺等が柱を見ていたら義晴様と邦吾さんが声を掛けてきた。
突然声を掛けられ驚いたが二人は草履を履いたままで家の外を回ってきたみたいだ。
太郎とおゆきと共に義晴様へ頭を下げるが義晴様がすぐに上げさせて背を測った柱を楽しそうに見ている。
「俺も昔爺に測らせたなぁ…お前やはりおゆきとそう変わらんのか」
「いずれ大きくなります」
「おうおう、頑張れ…よし!丁度いいから俺達も測ってくれ!」
「…俺達もって私も測るんです?」
義晴様は柱の前に背筋良く立ってしまったので太郎に頼むと太郎は恐る恐る身長の線を引いた、義晴様が柱の前から退くとすぐに邦吾さんも苦笑しながら柱の前に立ったので太郎がまた線を引き俺が二人の名前を書く。
…二人とも俺より大きいのは知っていたが意外と180位は二人共ありそうだ。ちなみに義晴様の方が少し高い。
邦吾さんも一見は細見だが腕が少し太いから筋肉あるみたいだし…村の爺さん達も背が高いからこの世界の人は平均身長高いのかもしれないなぁ。
「(…宗助さんは字が書けるのか)」
「邦吾さん意外と高いですよね」
「ん?私は商人ですから色々食べるんですよ、それに荷を運ぶ時に力も使いますから自然と伸びたんです」
ふんっと力こぶを作る邦吾さんに俺は自分の腕を見る、鍛冶場で刀を打つのに筋肉がつかない…いや、あるんだが目に見えた筋肉がないんだ。…重いものもそこそこ運べるのに何でだろうか。
それに俺は細く背もそこまで高くはない…背も大きくなって成長はしてるはずなんだが他の人に比べると遅い?もしかしてこの時代に飛ばされたせいで身体影響が出てるのか?
だが男として…。
「太郎みたいとは言わないけど筋肉欲しい…」
「「そのままでいい」」
「おい、揃っていうのやめろよ」
ぽつりと本音を零すとおゆきと太郎にすぐさま否定された。しかも揃って言ったよ。
義晴様が爆笑してるし邦吾さんも笑い耐えてるのか震えてる…あ!そうだ邦吾さんに用事あったんだ!
「そうだ、俺邦吾さんに見て欲しい物あったんだ」
「私に?もしかして簪の新作ですか!?」
「それもあるけど商品になるか見てほしいのと相談がありまして…絵なんですけど」
是非とワクワクした顔の邦吾さんに俺は早速と居間に案内すれば縁側で日向ぼっこしてた鳥次郎が肩に止まってきた。
翼が治ってきたのか最近はよく肩に止まるようになったんだ。
ちなみに亀太郎はまだ縁側で昼寝してるみたいだ、日が傾いてきたら桶に戻してやろう。
「鳥次郎くんは随分元気になりましたね」
「最近は飛ぶ練習してるみたいです、ここで待っててくださ…いてて鳥次郎もついてくんだな?分かったから爪引っ込めてくれよ」
この頃何か作る時によくついてくるようになり刀を打つ時はよく鍛冶場の入り口から作業を覗いていることが多い、絵を描いてる時も肩の上によくいた。
たまに作ったものをじっと見てる時があるが芸術が趣味の鳥なんだろうか?…それはないか。
俺は居間の隣にあるアトリエ部屋の襖を開けると後ろから小さな声が聞こえ振り返ると全員が目を丸くして此方を見ていた。
アトリエ部屋は紙が散乱してるので結構汚いが…そこまで汚かったか…後で片付けよう。
後は描きかけの絵や布等の素材があるくらいだがそれも整頓しないと…。
俺は棚から巻物にした掛け軸を三本取り出して居間に戻るが未だに全員がアトリエを見ているので汚い部屋をこれ以上見せたくなくて襖を閉めようとするとすぐに義晴様が後ろから手を伸ばして襖を掴み止めた。
俺は抗議しようと振り返るとすぐ後ろに義晴様がいたのに驚くが至近距離でイケメンな顔があったのにも驚く…その目が瞳孔開いてガンギマリな顔をしてなきゃ女子もときめいてただろうな。
そのガンギマリな目はアトリエの中を見ているが何かあっただろうか。
「…汚い部屋をこれ以上見せたくないんですけど」
「絵師の部屋はこんなものであろう、それよりあの白い、狼はなんだ…?」
どうやら部屋が汚いのを見てたわけじゃないらしく部屋の奥にある大きな描きかけの絵を見てたようだ。
一応あれも今日見せたかったやつの一つだ。
白い大きいな狼が岩の上に堂々と此方を見ている構図の絵だ。実は某宮崎氏のあの大きな狼をイメージして作ったやつだ。
この絵で屏風を作りたいのだがこの時代の形式があるかもと思い木の枠を作る前に邦吾さんに相談したかったんだ。
「あぁ…あれは屏風にする絵です、まだ出来てないんですよ」
「これで完成してない、だと…!?」
「あれは中央ので後は左右がまだ…あと邦吾さんに相談したいっていうのはあれを屏風にする際に枠の大きさに決まりがあるのかとか聞きたくて…」
邦吾さんの名を呼ぶと何でか邦吾さんはビクッと体を震わせてこちらに向き直り特に大きさに決まりはないと教えてくれた。ならば少し大きめに作るとしよう、左右にまだ色々細かく描きたいしな。
またこの屏風が出来たら人を呼んで知らせて欲しいとも頼まれた。
…その時は俺が直に店に卸しに行くのもいいかもしれない、一度ちゃんと邦吾さんのいる店に顔出すべきだしずっと邦吾さんに行き来してもらうのも大変だろうしな。
その時は太郎に運ぶのを手伝ってもらい、村長に道を教えてもらって行こうと計画しながら俺は手元に持っていた掛け軸を広げた。
「で、見て欲しいのはこれなんです、もし店に卸せそうならお願いしたいのですが…」
「これは…!!」
一つ目はススキの原っぱにて満月の下で杵を掲げる兎と臼に餅を用意する兎の絵。
二つ目は優しい目をしたお婆さんが座布団に座って此方へ優しく微笑んでいる絵。
三つ目は自然豊かな渓谷の新緑の葉がついた木々と穏やかに流れる川の絵。
この三本の掛け軸は実は墨だけではなく色もついている。
絵具は住んでる山の石を磨り潰して作ったのもあるが一部以前に義晴様や邦吾さんから貰った鉱石から作ったのだ。
ただ白色だけは貝殻を使った。
貝殻をどうやって入手をしたかと言うと実は前に玄三郎さんが絵を描くなら必要だろうとハマグリ等の貝殻を後日にくれたのだ。ちなみに奥さんの提案らしくまた貝殻が白の絵具の材料になるとも教えて貰ったらしい。
玄三郎さん曰く家の者が食べた後の貝で申し訳ないと言っていたが俺からしたらかなり有難いので喜んで頂いた。
色をつけれるとウキウキしながら俺はまず亀太郎と鳥次郎を描き練習した。
これは二匹が気に入ったのかよく見てたので居間に飾った。
その後に満月が綺麗に空に浮かんでいたので月と兎の絵を描き、また別の日におよだの婆さんをモデルに絵を描き、そしてまた別の日に現代で田中にツーリングに連れて行ってもらった時に見た山の渓谷を思い出して描いたのを俺は掛け軸にしたのである。
そんな経緯で描いた絵をもし掛け軸として使えるなら誰かに使って欲しいと思ったのだ。
「月と兎は縁起がいいですし、このお婆さんは優しい顔していていいですね…この渓谷はなんだか吸い込まれそうです………本当にこちらに卸していただけるのですか?」
「はい、この掛け軸が誰かに使ってもらえるなら俺は嬉しい」
「…良き人に必ず売らせてもらいます」
深々と頭を下げる邦吾さんにまだ新しく作った簪を渡してないのを思い出した俺は急ぎ簪を取ってくると部屋を出たのであった。
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宗助が花衣屋の店に卸す簪を取ってくると部屋を出た後、俺と他の三人は緊張の糸が解けたように姿勢を崩した。
というのもあいつの絵を描く部屋にある狼の絵のせいだ。そう、あの屏風にするという狼だ。
「またあいつはとんでもないのを…」
「あの狼の絵まだこちらを見てる気が…すごい圧を感じるわぁ…」
「まだ未完成だってのに宗助を守ろうとしてるんだろうなぁ」
今日は太郎に用がありここに来たのだが来て早々にあいつらが子供みたいに背比べをしていたので思わず偶然宗助の様子を伺いに来たという花衣屋の邦吾と共に背を宗助の屋敷の柱に線を引いてもらう。
宗助は俺より小さいから太郎が代わりに俺の背丈を測るが、その際に太郎の体つきをみてやはりそこらの農民とは思えぬ程に鍛えられており俺は鍛えがいがあると一人ほくそ笑んでいた。
またその後に背丈を測った線に名前を書いている宗助に変わった書き方だが字が書けることを再確認する。
以前から設計図などに少々字を書いていたが測定の数の字が多かったので少々書ける事は認識していたが…俺の名前の字も少し指示すれば迷いなく書けるということは宗助にはやはり学があり、字を学ばせられる程の家の落胤である可能性が高いな…俺は今日は花衣屋がいるために遠くから見ている三九郎に視線と指で指示を出せばあいつはすぐに調べるために部下を置いて消えた。相変わらず優秀な奴だ。
そして件の宗助は花衣屋の背丈と自分の背丈を見比べたり、太郎のように筋肉が欲しいと言っていたが幼馴染二人に否定され拗ねていた。俺はそんな宗助の年相応の発言と表情に思わず笑ったのであった。
笑われた宗助は話を変えるように花衣屋に新しい簪と見せたいものがあると居間に案内していたのでついていき新しく作ったものは何だというと楽しみと今度は何作ったと不安を持ちながら居間に座る。
俺らが居間に座ったことを確認した宗助は隣にあるという絵描きをするための部屋を開けた瞬間。
俺は大きな白い狼が部屋の真ん中に寝そべっているのを見た。
は?と思わず声が出そうになる中で宗助がその狼がいる部屋に入るので慌てて止めようとするが狼にすぐに起き上がり唸られてしまい俺は動きを止めてしまう。動きを止めた俺を確認した後に狼は部屋に入った宗助の動きを見ながら楽しそうに大きな尾を振りながら見守っていた。
そして宗助はそんな狼等見えないようで迷いなく恐らく手製の棚から巻物を取り出すと狼に見向きもせず部屋を出てきた。
俺は未だに目を離せず狼を見ていたが宗助が何を思ったのか部屋を閉めようとするのですぐに駆け寄り閉める襖を止めた。
宗助に近づいたためなのか狼がまたも警戒の目でこちらを見ていたがそれよりもあの狼について聞かないといけない。
「あぁ…あれは屏風にする絵です、まだ出来てないんですよ」
宗助が口にした瞬間に狼は消え、代わりに現れたのはあの狼が岩からこちらを見ている絵だ。
そこで俺はあの狼が絵であると初めて認識をした。
今のは錯覚にしては現実的で明らかに宗助以外の全員があの狼を見ていたことからまたも宗助はとんでもないものを作り出したと口元を引くつかせたが…宗助は毎度の如く俺等が感じる異変等一切感じずあの部屋から持ち出した巻物を広げている。
俺は宗助の隣に座り直し掛け軸を見ていたがあの部屋から感じる狼からの圧に少々居心地が悪かった。
勿論宗助が描いた掛け軸もすごかったが…俺は完成もしていないあの狼の絵に警戒されていたこともありそこまでこの掛け軸に今までのような感動は出来なかった。
が、三人は違うようだ。
狼からの圧は特に俺にのみ向けられているためか、三人は掛け軸に対し様々な感動が出たらしい。
「この兎さんかわいいわ…!なんだか餅をついている姿が見えるの!」
「この婆さん見てるとなんか、懐かしい気持ちになる…なんでだろう?」
「あぁ、本当にすごい絵や…ずっと見てると空気も周りの音も変わる気がしますわ」
ふむ、どうやら俺以外は何かあったみたいだな。
刃龍をちらりと見れば何かおかしいのか口元に爪を当てて人間が笑いを耐える様な仕草になっている。
どうやらこいつにとって今の俺は何か面白い事が起きたらしい。
それに縁側からずっとこちらを見ている亀太郎が目を細めてる気がする。あんな風な表情するってことはあいつ普通の亀じゃないよなぁ、こそっと宗助が作った亀の作品かと思い探したが見つからなかったしあいつはなんなんだろうか。
「すいませんお待たせしました」
「あ、ええんやで宗助さん…お!また沢山作りましたなぁ!」
「今回は冬っぽいのを作ってみたんですが…」
花衣屋に簪の入った箱を見せながら宗助が話すのを見ながら俺は小声で太郎に声を掛ける。
ここに来た目的を忘れて帰るわけにいかねぇからな。
「太郎、後で話ある」
「…え!?俺にですか!?」
「静かに、お前の村についた時に話す」
話が聞こえたのだろうおゆきが不安気に太郎を見ているがその太郎は顔を青ざめて震えている。
…この気が小さいのは治さないといけないが…あの相撲の様子を見るとこいつは普段は気弱だが戦で本領発揮する質の奴だな。だとすると敵に容赦なくいけるかもしれない…宗助の護衛以上の男になるかもしれないな。
俺は宗助と花衣屋が話し合いが終わるまで見届け、終わった時に宗助に冬が近づいているから防寒するように注意して山を太郎達と下りた。花衣屋はすぐに店に帰ると山の麓で別れたが三九郎の部下の一人をすぐにつけさせて見張らせるのは忘れない。
「して太郎に話とはなんでしょうか?」
太郎とおゆきの村についてすぐにあの村長の家に向かい、おゆきには太郎の両親も呼んでもらった。
何故村長の家なのかは村長には村の代表として話の場にいてもらわないといけないためだ。
「本来ならば俺が自ら言う事ではないのだが…宗助のことなのでな」
「宗助の事でなんで俺に…?」
「お前を宗助の護衛につかせたいからだ」
「…はい?」
俺は太郎に宗助の作品の噂がすでに月ヶ原の国外に出ていることを伝え、もしもの時に守ってほしいと正直に話す。
村長は噂が国外に出ていると聞くと思案した顔になり事態を把握したようだが太郎には今一つ分からないみたいで首を傾げている。
「もしかしたら宗助の作品の噂を聞き悪用する奴が狙ってくるかもしれない…お前あの花簪を見てたよな?」
「はい、あの桜や向日葵の綺麗なやつですよね…?」
「その花簪の一つが隣国にて罪を暴くという力を持ち、その力でたった数日で一つの町から罪人を消したなんて信じられるか?」
俺は先日の翡汪国にて起こった宗助の作品が起こしたことを告げれば村長も太郎だけでなく太郎の両親も目を丸くした。
「そんなものを作りだした男が宗助と知られれば他の国は探るだろうな」
「確かにそうですが…」
「それとあいつに武器を作らせればとんでもないの作れると宗助を拐うものがいるかもしれない」
「恐らく宗助が死ぬまで酷使させるかもな」
「なんだって…!?」
三九郎が静かに俺の隣にやってきて太郎に物騒なことを言い始めた。
俺はそこまで言うつもりはなかったが三九郎の言ったことに太郎が食いつく、そんな太郎を見て三九郎は任せろと小声でいうので任せてみることにした。こいつは優秀だからな。
「それに宗助は小柄だからなぁ、顔もそこそこ悪くないからそういう趣味の奴にはあいつはいい玩具にされるかもしれない」
「」
前言撤回。こいつに任せるのはまずい。
見ろ、村長が呆然とした顔になって動かなくなった。
「そうだなぁ、強引に組み敷かれあいつは無理矢理に事をされるのだろう…そしてそうなって行きつくのは精神が壊れ人形のようになった哀れな宗助の」
「三九郎もう黙れ、俺も流石に不快だ」
「それは失礼」
俺が不快なのは確かだが俺が持つ刃龍が三九郎が話す言葉に反応し激しく震え、星海宗助は今まで何もなく大人しくしていたのに鞘と柄の間から光が出て激しく点滅を繰り返している。
三九郎…お前、宗助の息子が慕っている父親の無体な話を聞いて怒らない訳ないだろうが。
話を聞いた村の者の反応はあまりの突然の話に呆然とするが話を理解していくと顔を段々と青ざめていった。これは三九郎の話に対してであり、怒りの感情を露にする二人に対してもだ。
怒りを露わにしている一人は俺の前に座る太郎だ。
顔を少し俯かせよくは見えないが唯一見える目が完全に怒りであの相撲大会の決勝戦以上に鬼の様に獣の様に鋭くなっている。
床に置いている拳が怒りを耐えているのかきつく握られ、かなり力を入れて床に拳を押し付けているのか軋む音がする。
もう一人は…。
太郎の両親を呼んできた際にそのままこの場に参加したおゆきだ。
今まで静かに座って話し合いを聞いていたが今はその静かにしているのが逆に恐ろしい。
今の表情は無であるがその目は太郎同様に激しい怒りに満ちている…がその目は獣のような太郎とは違いまるで極寒の冬の日に起きた吹雪のように冷たく鋭い。…おゆきがいる方向から冷たい空気が来ているのは気のせいにしたい。
全員が二人から距離を取る中で太郎が俺を見た。
その目はやめてくれ、すごく怖い。戦場でもそんな怖い目する奴いなかった。
「義晴様、護衛の件引き受けます」
「そ、そうか!話が早くて助けるぞ!」
「えぇ、絶対にそんな奴に宗助は渡しません…絶対に」
目を細めていう太郎に俺は背筋が寒くなった。
恐らく獣が獲物を見る目ってこういう目をしているのだろうな。
…師になる奴は相当の手練れで度胸ある奴にしよう。そうしないとこいつに精神を食われるかもしれない。
「太郎」
おゆきがこの場にて初めて口を開く…がその目は未だに変わらず冷たい冬の様だ。
こんな目をした女も俺は初めて見るかもしれない。…にしても寒いなここ、こんなにも秋は寒くなるものだっただろうか。
「頑張って強くなるのよ?宗助ちゃんに手を出すやつは…容赦なんてしちゃ駄目だからね?」
「勿論、慈悲はない」
「そうね、慈悲はいらないわ…私も宗助ちゃん守る術を考えなきゃね」
この村の子怖い。
慈悲はないってそんな簡単に出ないからな?隣にいる村長が二人を見て顔を青ざめている…まぁそうだろうな、この村で一番小さかった子供がそんな怖いこと言うんだもんな。
「若、俺はやる気が出るように大げさに煽ってみたものの…鬼を生まれさせたかもしれません、後悔しています」
「お前はもう煽るな…まぁ、太郎が護衛の件を引き受けたのだからよしとしよう…」
俺はその後、無性に宗助に会いたくなり山に戻って宗助の家に泊まって帰ったのだった。
あいつは首を傾げていたが俺をいつものように泊め、何も変わらない顔で俺に酒を用意してくれたので思わず頭をくしゃくしゃになるまで撫でたのであった。
宗助は解せんという顔をしていたが何も聞かず、亀太郎と鳥次郎は目を細めて意味あり気にこちらを見ていた。
やっぱりこいつら普通の動物じゃねぇな。
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一方そのころ花衣屋では…。
店に戻った邦吾は店が閉まった後に宗助から早速新作の簪と掛け軸を楽し気に店に陳列していた。
奥方であるお澪も恩人の一人と言える宗助の作品を目で楽しみながら店に並べていく、その頭にはその宗助が作った桜の簪が髪を彩っていた。
「今回も素敵だわ…雪の形の簪もだけど蜜柑の簪が個性的で可愛いですね!」
「ふふっ、俺もその簪を見た時思わず可愛いというてしまいました…でもきっとその簪も幸せを運びますよ」
「えぇ、私がそうですもの!…それに今や天野殿の簪はこの町で有名ですから」
お澪は頭に咲く桜に触れて、笑いながら蜜柑の簪を少し目立つ所に置くと先に掛けられている掛け軸を見た。
その掛け軸を見て感嘆の息を吐く。
「簪だけでなく絵も描かれるなんて…素敵な絵」
「お澪もそう思うかい?」
「えぇ…特にお婆さんの絵がなんだか温かい気持ちになるの…」
お澪はお婆さんが描かれた掛け軸を気に入ったのかじっと見て、その後祈るように手を合わせた。
突然のお澪の合掌に邦吾は驚いて顔を覗き込むがお澪は穏やかな顔をしていた。
「お澪?」
「あ、ごめんなさい…この掛け軸がいい人の元へ行きますようにって思って…」
「…それは俺も同じだよ」
「えぇ、そうね…」
邦吾もお澪を真似る様に手を合わせると途中だった簪の陳列を再開させた。そんな邦吾に笑みを浮かべながらお澪も作業を再開させる。
そんな光景を花衣屋の大旦那が遠くから見ており仲睦まじい二人に満足そうに見守っていた。
親友の娘が笑っていることに安堵し、やはり無理矢理にでもくっつけて正解だったと思う中で宗助の掛け軸を眺めながら邦吾が言った事を思い浮かべていた。
「こんないい絵を最低価格でなんていいんだろうか、いや、絵師としては新人に近いから適正ではあるんだろうが…」
邦吾が少し不満気に大旦那に伝えたのは宗助が店に出す際はこの店で掛け軸の値段の中での最低価格で品物として出して欲しいと宗助が言ったということだった。
宗助曰く簪はともかく掛け軸に対して、自分は絵師として新人のような者だから最初となるこの掛け軸達の値段は最低価格で始めるのが筋だと告げたのだという。
この店の者は天野宗助という職人が作る物に対しては高く評価しているし、信頼もしている。
それは美しく技術も素晴らしいのはお咲が持つ鏡や人気商品である簪からも理解はしているからだが…絵は職人の技術だけでは評価は出来ない。美的感覚や色遣いの良さ等が必要だからだ。
だからこそ絵師としては新米の宗助も最低価格で始めたいというのは大旦那も邦吾も理解はしているのだが…。
「色使いはいいし、塗料の塗りも出来も素晴らしいのになぁ…本当にいいんだろうか」
絵師は色の絵具も自分で作るものが主流で宗助も自分で作っている。その宗助が作った絵具の出来はきめ細かく美しいと素人目から見ても分かる程に出来がいいのだ。
何より月の優しい色合いや渓谷の新緑の色使いがいいと大旦那は商人として培った目がこの絵は良い物だと告げている。邦吾もそれを分かっている故に最低価格で販売するのを渋っていたのだ。
恐らくこの掛け軸も不思議な縁を結ぶのだろうなぁと思いながらこれから楽しみだと微笑むのだった。
翌日、店の開店と共に店の前にいた呼び子達は声を張り上げて叫ぶ。
「花衣屋の今日の一押し!あの人気簪の天野宗助職人の冬の新作が入荷だよぉ!現品限りだからお早目にぃ!!」
「え!あの天野職人の簪ですって!?」
「福を招く簪が!?」
簪を持っていない若い娘達はすぐに店に入り可愛らしく、美しい簪を吟味する。
持っている娘は店にはいるが自分用ではなく親族や友人にと購入したいと吟味していた。
そして一刻経つ頃には半分は売れたのである。
「流石天野宗助さん…もう売れたな」
「あとの簪も噂を聞きつけた娘さん方が買い、今回も無事完売しそうです…しかし、あの蜜柑も売れましたねぇ」
「あれは柚子通りの旅籠の娘さんのお葉ちゃんだなぁ…すごい笑いながら買っていったが…気に入ったのか」
店の者にも話題にもなっていたびいどろで出来た蜜柑の簪もすぐに売れた。
あらやだ!この蜜柑の簪すごい可愛い!面白い!これください!と気持ちのいい拍子で買っていったお葉ちゃんに邦吾は思わず笑いそうになったが彼女は購入後に蜜柑の簪をすぐにつけて店を出たためかなり気に入ったのだと分かる。
そういえばお葉ちゃんから蜜柑の香がしたような気がすると店の者が言っていたと思い出し、きっと簪も明るいお葉ちゃんをすぐに気に入ったのだろうと邦吾はいい人に巡り合ったみたいだと満足していた。
数日経つと簪は完売しなんと掛け軸も売れた。
邦吾は掛け軸を買った人達が今どうしているのか気になり、購入者が全員この町の者であるため店の挨拶周りのついでに見てみようと歩く。
一つ目の掛け軸が置いてあるのは少し前に店の店主が亡くなり若くして店を継ぐことになったという若者が経営する団子屋だったなと邦吾は足を進めるのであった。
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Wiki 天野宗助 作品
掛け軸 始まりの三作
天野宗助が描いた掛け軸のうちの一種で最も古い掛け軸の作品として作られた三枚の総称。
月と餅をつく兎の≪月兎≫。
優しい老婆が微笑む≪慈愛の母≫。
美しい新緑と清らかな川の渓谷の≪渓谷窓≫。
現在は全て別々に保管されているのだが、何故か稀に絵からいなくなるという現象が起こる。
月兎は兎が杵と臼のみ残され、老婆が「今は出かけています」と書置きを置いていくため何処かに行っているようなのだが渓谷窓にて二匹の兎がいたり、老婆が誰かと歩いている様子が写ることからこの三枚は絵の中で繋がっているのではないかと言われている。要因や周期等は不明だが慈愛の母の持ち主は事前に出かけることを告げられるため焦ることは少ないという。
なぜ刃龍が笑っていたのかというと最初の方から宗助の家にいるお手製の茶器が義晴のことを刃龍や星海宗助、水清酒を持っていったことを未完成の狼に脚色して入れ知恵したことでまた兄弟を持っていく気かと威嚇し、親である宗助に何もさせないと威嚇と警戒もあった睨んでいた狼…にビビる義晴におかしくて笑っていました。
また刃龍はそのことを訂正していないのでずっとこの狼から義晴は警戒され続けられます。