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第9章 動物像 河童横綱


「亀太郎、今日は天気がいいな」

≪宗助の隣で楽し気に見上げている亀太郎≫


突然だが最近家族一匹増えた。


「翼は痛くないか鳥次郎」

『ちゅん!』

≪亀太郎の甲羅の上にとまり宗助を見上げる鳥次郎≫


赤い小鳥の鳥次郎だ。

庭先で、翼を怪我をして飛べなくなっていたところを俺が保護して応急処置した。

何かに噛まれた痕があり、翼も折れていたので応急処置にギプス代わりを木で翼に添えた、今思っても鳥はかなり重傷だった。


俺は鳥次郎ととりあえず名付け世話をしている。家の中で折りたたんだ布の上を寝床にさせ、ほぼ放し飼いに近い状態にしていたのだが、意外にも鳥次郎は逃げずに亀太郎とすぐに仲良くなり、亀太郎の甲羅の上にいたり等大人しくしていた。

亀太郎も気にしていないのか好きにさせており、最近ではご飯の時になると住処の桶から脱走し鳥次郎を乗せて俺のところまでやってくるようになった。いつもどうやって脱走しているのか謎だが鳥次郎を放し飼いにしているのであまり脱走に気にしなかったのもあるが。




さて、今日はこの二匹を連れて村まで下りてきていた。

雲一つない秋空の下で褌一丁の男達が並び、女子供はその男達の周りで賑わう。

全員の視線の先には村に急遽作られた土俵に注がれた。


「はっけよーい…のこった!!」


近くの神社の神主が行事役として土俵の上で試合開始を宣言すれば逞しい男二人がぶつかりあう。

そう、今日は相撲大会の日。これを見に来たのだ。

この相撲大会は近隣の村の男達が集まり相撲を行い来年の豊作を祈る習わしで古くからあるらしい、俺も昔参加させられそうになったが太郎やおゆきをはじめ女衆やご老人方が俺は体が細いし大怪我しそうだからやめておけと村長達を説得してくれたことで回避された。


本当なら人も多いから山に籠りたいところだが、俺は参加出来ない分会場の準備だけでもと手伝うことにしているし何より選手として出る太郎が会場にいてくれと頼むのでこの相撲大会の時はいつも山をおりてきているのだ、今回は村長からの依頼で木像だが相撲をイメージした物を作ったというのもある。

俺の安易な相撲のイメージの作品だが出来としては良く出来たとは思う。


さて今年も太郎も参加だし、二匹を連れて楽しもうと思っていたのだが…例年とは違うものがあり、そのせいで少々ピリピリとした空気が流れている。

それは…この人がいるせいだ。


「がんばれよ太郎!簡単に負けんなよぉ!」

「ひぃ、は、はいぃぃぃぃ!!」

「うむ!なぁ宗助、太郎は相撲は強いのか?」


そう、この国の領主の息子月ヶ原義晴様である。村が最近この相撲大会の準備をしていることを知り、尚且つ俺の様子を見に来たという…なんでこんなにこの人はフットワークが軽いのだろう・・・しかも、知らないお侍様を連れてきてるし…。ちなみにおゆきはこの後の炊き出しの準備をしているので今は近くにいない。


…国の若様が来てたらこの空気になるだろうな。それはそうだ仕方ない…。

そして太郎がんばれ。


「太郎は村で一番体が大きく力があります、近年の相撲大会でも中々の力士として評判ですよ」

「…君は出ないのか?」


義晴様が連れてきた人…河原(かわはら)玄三郎(げんさぶろう)さんが俺に聞いてきた。

強面で背も体格も太郎より大きい人に最初はビビったが、俺の目線に合わせて腰を屈めたり村の人達を怖がらせないようにとしてくれる気遣いが自然な動きで出来る人だから俺はいい人だと思う。鳥次郎の怪我も気にして、他の人が近づかないように鳥次郎を乗せた亀太郎の傍にいるのもあるが。


「俺は細いので…」

「確かにお前は細いし簡単に持ち上げられるくらい軽いからな…相撲なんてしたら怪我しそうだから俺なら止める」

「…確かに相撲には向きませんな」


納得されてしまった。いや、別に出ないからいいんだが少し複雑な気分になっただけだ。

話を聞き、納得した玄三郎さんは戦っている選手達を見てほうと感嘆の息をはいている。


「農民の相撲と聞いて如何ほどと思っていましたが…なかなかに鍛えられた者が多く白熱した試合ですなぁ、うちの下の子を連れてくればよかった」

「あぁ、あのひょろっと棒みたいな…」

「若様」


玄三郎にじとっとした目で見られ義晴様は口笛を吹いて顔を背けている。

おそらく気にしていることなのだろう。

俺はとりあえず義晴様から気をそらすことに専念しよう。


「ご子息はお体が弱いので?」

「いや、すごく健康…とは言い難いが病弱ではないんだ…その臆病で気が小さくてなぁ」

「…なるほど、しかし太郎も気は小さいほうですが図体は大きいです、なのでよく食べ遊べばああなりますよきっと」


自分でも何をいってるんだという自覚はあるぞ。

しかし玄三郎さんは俺の頭を撫でた。意外にも優しい手付きだ。


「ありがとう」


慰めの言葉にしては変だが太郎を見た玄三郎さんはへにょっとした顔で笑ってくれた。

話を変えてくれようとしているのか義晴様が苦笑しながらある方向を指さす、玄三郎さんと見ればそこには俺が作った木彫りの像があった。


「あの像はお前の作品だな」

「お分かりですか?」

「ふふん、お前の作品ならばすぐにわかるぞ」


何故か胸を張る義晴様をよそに玄三郎さんは像を見ている。その目はキラキラとしていてなんだか子供みたいだ。


「気に入りました?あの河童像」


そう相撲といえば俺の中では河童だ。

横綱がつけるような化粧廻しをつけ立ち合いの姿勢をする河童像。

顔も凛々しい感じにしてみたんだ。


「あぁ、立ち合いの姿勢が美しく、目の鋭さが勝負をする目をよく表していていい…何より筋肉の美しさがすごいな…堂々としてなんて逞しくも凛々しい姿だ」

「あぁ、確かにあの像の筋肉はいいな、細身だが強さを感じる」


…やけに筋肉を褒めるな。でも筋肉の参考は太郎の体でそこまで細身にした覚えはないんだが…まぁ侍からすれば細身なのかもしれんな。


なんて話してるうちにもう太郎の番だ、ちなみに太郎は前年の優勝者だ。だからシードでの参加なので二回戦からの対戦になる。

相手も太郎との対戦に気合が入っているが実は太郎は狩りの時と相撲の時はいつもの臆病な顔が消えて戦闘本能丸出しの顔になるからかっこよくて俺は好きだったりする。


立ち合いに入ったことで戦闘モードへ変わり顔の変わった太郎に義晴様は驚きの声を上げるが驚くのはこれからだ。


「はっけよい…のこった!」


「…は?」

「なんと」



行事が宣言してものの一秒、太郎が相手の廻しを掴み後ろへ投げ飛ばして、相手の体は宙を舞う。

誰もが始まったと思った瞬間には相手の体は土俵の外へと飛んでいた。


「つ、掴み投げ!」


行事はすぐに判定し、太郎は礼をするといつもの頼り気がない顔に戻っていた。

俺がさすが太郎!と客席から叫べば聞こえた太郎は恥ずかしそうに頭をかいて笑っていた。

武士二人が静かなのでどうしたとみれば引き攣った顔の義晴様と顔をこわばらせた玄三郎さんがいた。



「嘘だろ、瞬殺かよ…」

「なんという強さだ、それにあの凄まじい形相…ただ者ではありませぬ」

「太郎は農民ですよ?」

「「あんな農民いるか!」」


二人に突っ込まれるが、俺は首を傾げれば義晴様ははぁ…とため息をついた。

一応俺も太郎がすごく強いのはわかってるし、人並み外れて体が大きいのはわかってるぞ。


まあそんなこんなでこのあとも太郎は勝利し続けついに決勝戦。

会場は最高潮の盛り上がりを見せ、義晴様も玄三郎さんも楽しんで見ている。

これで勝てば二連覇なので是非勝って欲しい。亀太郎達はいつの間にか俺の膝に上り試合をじっと見ていた。

動物も相撲がわかるのか、まぁ現代でもテレビ見る動物がいるっていうし二匹もこういうのが好きなんだろう。


決勝戦の相手は楚那村の宿敵的な村(と向こうの村長は思っている)の若者で前年の決勝にて太郎に敗れたやつだ。

体格もそこらの若者より大きく太郎を見る目が明らかに獲物を見る目だ、リベンジに燃えているのがよくわかる。


太郎に優勝して欲しいなぁ、と膝上の亀太郎と鳥次郎へ撫でながら言えば、二匹はこちらを見上げ返事をするように口と嘴を開いて俺の手に頭を擦り付けた。

可愛いので呑気に二匹を愛でていたら会場が何故かざわつき、決勝戦の始まり知らせる合図が鳴ったので土俵を見れば…太郎が鬼の形相で相手を見ていた。


「え」


何があった。

あの臆病で穏やかな太郎があんなに怒る顔するの初めてみたぞ。

周りの爺さん達に聞いてもわからないらしいが義晴様と玄三郎さんが顔をしかめていたので恐らくだが太郎を怒らせる程の事をいったのだろう。

…事の次第によってはあの対戦相手、鍬持って追い掛け回してやろうかな。


ピリピリとした空気の中で試合の始まりを告げた行司の言葉が聞こえた瞬間、相手は土俵の端までふっ飛んだ。太郎の張り手が初手から繰り出されたのだ。

太郎の張り手の衝撃はかなりのものであったようでふらりとふらつく対戦相手に太郎は追い打ちをかけるように連続で張り手が繰り出される。


「そこよ太郎もっとやりなさい!!そんなやつ顔を変えてやるのよ!!」

「はしたないからおやめなさいおゆき!」


今までにないほど激しい太郎の怒涛の張り手に相手は踏ん張ることしか出来ないようで攻めの技を出さない。

そんな中でお玉を持ったおゆきが遠くから太郎に激を飛ばしている、おゆきの母親が止めるがおゆきはその勢いは止まらないので俺も止めに行くべきかと思い二匹を義晴様に頼み立ち上がろうとしたら義晴様に肩を押さえられて止められ、あいつの試合を見ろと言われてしまった。


太郎は相手が一歩前に出ようとした隙を見逃さずにまるで獣の咆哮の様な声を上げながら力強い突っ張りを相手に叩き込むと相手は嵐で吹き飛ばされたみたいに派手に土俵から落ちた。

シンと一瞬静まり返ると会場は歓声に包まれる、皆が太郎を祝福する中で優勝した太郎本人は顔は怖い顔のままでいつもの顔に戻らず、試合終了を告げられると静かに土俵を下りて真っすぐに俺の元へきた。

見下ろす太郎に俺はおめでとうと口を開こうとするが何故か義晴様が膝上の二匹を回収するように抱き上げ、太郎は俺を肩へ担ぎあげて腕に座らせるように体勢を整えた。


「太郎!?どうしたお前、あいつに何か言われたのか?それなら鍬持って追いかけまわし」

「宗助、お前は俺の親友だ」

「?、あぁそうだな」


普段と違い言葉を遮ぎり静かに語る太郎に慌てる俺に対して太郎はというとそのまま歩きだすので慌てて太郎の頭にしがみつくが太郎は気にもせずあの対戦相手へ向かった。

呆然とする相手に対し、太郎はいつもと違い強気で少々怖い顔で相手を見ていた。


「宗助は村一番の職人で俺の自慢の親友だ…次あんなこと言ってみろ、本気でお前を捻り潰すからな」

「ひぃっ!!」


…どうやら俺の悪口を言われたらしい。

俺の悪口であんな風に怒るのかと驚きながらも、俺の為に怒ってくれた太郎がうれしくて俺は頭をポンポンと撫でるように叩けば太郎はいつものはにかむような笑みではなくニカッと笑った。

珍しい笑みに俺が逆にはにかむように笑ってしまうと走ってくるおゆきが視界の端に見えた。太郎の優勝を祝いに来たと思っていたのだが俺等を素通りし、まだ持っていたお玉を相手の頭に勢い良くたたきつけた。


「この野郎くたばれぇ!!」

「「おゆきぃぃぃぃぃ!!?」」


怒声をあげ、相手の頭をお玉で殴りまくるバーサーカーとなったおゆきを太郎と二人がかりで止め、相手から引きはがす。

その間、義晴様と村長は爆笑してた。あんたは止めてくれよ村長。


その後なんとかおゆきを宥めて優勝の儀式をする。

この儀式は土俵から降りた後にみんなの前で盃から美味い酒を飲むのが昔からの風習だとお留の婆さんから昔聞いた。

前年の太郎は嬉しそうに酒を飲んでいたのだが…何故か今年の太郎は顔をしかめながら飲んでいた。そんな太郎におゆきと首を傾げていれば太郎の様子に気づいた村長が理由を聞くと笑いながら俺を呼んだ。…俺が何かしたかとおゆきと近寄れば心底おかしいというように村長は声を上げて笑い俺の肩を叩いた。


「いてっ、どうした村長」

「くっくっくっ…宗助、俺の家からお前の酒を持ってきてくれ」

「俺の?」


なんだいきなりと目をぱちくりさせていると楚那村の面々は、あぁと納得するような顔をして村の中で足の速い田吾作が俺が村長の家に行ってくると走っていった。おゆきも何か分かったらしくなるほどと頷くように首を振った。

太郎にどうしたのかと聞けば、顔をしかめたまま一言。


「酒がまずい」

「…え?」


俺は目をぱちくりとさせながら聞き返せば太郎は盃に入った酒を睨みながらまたまずいといった。


「酒がまずいんだよ…祝い酒なら宗助の酒がいい…」


むすっとした顔でそういった太郎に周りの村の者はびっくりするが、楚那村の者は大笑い。

俺もだ。そんな理由で顔をしかめていたとは…また俺の酒がそんなに気に入ったのかと嬉しく思いながら笑えば、後ろにいた義晴様もなるほどな!納得した!と笑いながら太郎の背を叩いた。

確かに俺の酒は他の酒よりは美味いと思う、この時代では難しい清酒で口当たりも味もいいからな。


少しして田吾作が俺の作った酒の入った瓢箪を持ってきたので新しい盃に入れれば太郎は今度は笑みを浮かべながら酒を一気に飲みほした。ちなみに太郎はザルで、村一番の酒豪だがこういう祝いの席でしか飲まないので所謂飲めるが好き好んで飲まないタイプの酒豪らしい(一度だけ酒精の強い酒を試しに作って飲ませてみたがいくら飲んでも平気な顔をしていたのでザルを超えてウワバミかもしれない)


機嫌よく酒を飲む太郎を見て俺はあることを思いつく、優勝記念に太郎に槍でもつくろうと。太郎が使うのは狩猟用の槍だから大きさも合わせないとな…明日にでも身長と太郎が今使ってる槍の長さを測るか。



そして夕方、大会が終わったので片付けをし、大会の飾りとしての役目を終えた木像を風呂敷に入れて背負った後に玄三郎さんから亀太郎と鳥次郎を受け取る。ずっと見てくれていたらしくお礼をいえば気にするなと言われた。

その中で玄三郎さんの目線が俺の後ろに行っているので視線を追えば俺の背負ってるものがあった。


「これは飾ってた河童像ですよ」

「…その宗助殿、突然ですまないのだが、その河童像を買いたいのだが…いいだろうか?」

「え、買う?!これをですか?!」


気になるのかと聞けばまさか買いたいと言われるとは思わなかった。昼間気に入っている様子は見ていたが欲しいと言われるほど気に入っていたとは思わなかった。

しかし、これは商品に出来るようなものでもない…。


「商品に出来るようなものではないですよ、今回用に作ったものですし…」

「それでもいい、俺はその河童像の姿をいつでも見たいと思ってしまったのだ…頼む!」

「ちょ、玄三郎さんやめてください!!」


頭まで下げた玄三郎さんに俺は慌てて頭を上げてもらう。周りにいた人達がぎょっとした目で見ており、遠くからいつもの衣に着替えた太郎が走ってくるのが見える…商品ではないがこんなに気に入ってもらえたのならばと俺は一度亀太郎と鳥次郎を地面に下ろすと風呂敷を外し玄三郎さんに差し出した。

早くこの状況をなんとかしたいというのもあったが。


「お買い上げではなく差し上げますよ、元々商品として作ったものではなかったですし」

「な、これを金銭もなく頂くなど…!!いえ、あなたがそういうのならば、今回はお言葉に甘えて頂きます…しかし、この対価としてだが何かご用意はさせてほしい」

「いや、そういうのもいいですので…」


玄三郎さんは首を横に振り、河童像の入った風呂敷をキュッと抱きしめるように持った。

今走ってきた太郎も風呂敷を持つ玄三郎さんを見てか事情を察し静観している。(心なしかお前またやったのかという視線を感じるのはなぜだろうか)


義晴様もいつの間にか来ていたのか玄三郎さんの後ろで太郎同様に静観の姿勢でこちらを見ている。

しかし、なんだか少し顔が怖いのはなぜだろうか。…俺何かまずいことしたのだろうか。


「以前風鈴を若が依頼された時に金銭ではなく物を贈ったそうだな…そうだ!様々な作品を作っているならば紙はいかがだろうか?ここでは手に入りにくいだろう?」

「え、紙?確かに紙はここでは貴重ですけれど…」

「ふふっ、ならば墨と紙を贈ろう、よし決まりだ」


グイグイと話が強引に進んでいき、何故か墨と紙を代金の代わりともらうこととなってしまった。俺は欲しいならばやるくらいの気持ちだったのだがまさかこんなことになろうとは思わなかった。

玄三郎さんは話は終わったとニコニコしているが後ろにいる義晴様は頭を抱えているし、太郎は何故か俺の背中を労わるように撫で、足元にいた二匹が頭や体を俺の足に擦り付けていた。


…なんでこうなった。




数日後。


「宗助殿ーーーー!!お礼の品を持って参ったーーー!」


本当に紙と墨を大量に持って、大きな声で家にきた玄三郎さんに驚きの悲鳴を上げる。

すぐに俺の声を聞いた太郎とおゆき(米の収穫手伝いに来た)が鎌を持って家に飛び込んで来たため今度は恐怖の悲鳴を上げてしまい、その悲鳴を聞いた翼が治りかけの鳥次郎が驚いて玄三郎さんに飛びかかるという連鎖が起こるのであった。ちなみに亀太郎は桶の中から顔を出し口を大きく開けて様子を見ていた。


そしてその惨状をたまたま見ていた三九郎さんが頭を抱えて何があった!!と叫んだ。


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清条国 月ヶ原家に仕える河原 玄三郎は何代も月ヶ原家に仕える名家の出であった。

そんな彼は主人である月ヶ原義晴に連れられある農村 楚那村にやってきていた。

玄三郎はこの村が義晴が目にかけている職人がいるのも勿論知っている。故に若く細身の青年であることに驚いたが義晴が親しく接し、傍にいる生き物に優しく接する様子から義晴への害は少ないとみて彼は警戒を解いた。何より傷ついた鳥を看病するのだから心優しい青年だと思えたのもあった。


義晴が玄三郎この村に連れてきたのは本日相撲大会が行われると聞き、玄三郎が相撲好きなので誘ったのだ。

玄三郎はそれに喜び、その心意気から相撲観戦を楽しむことにしたのだがある場所…いや物に目を奪われた。


主君の義晴が職人 天野宗助の物かと聞いたその像は河童であった。だが玄三郎は河童の像が珍しいからと見ていたわけではない。

力士の様に廻しをつけて堂々とした姿で立ち合いの姿勢をする河童。細身だが逞しい筋肉に勇ましく凛々しい顔つき、何よりもまるで歴戦の武将を思わせる鋭い目に玄三郎はぶるりと震えた。


その目に引き込まれ、目の前に河童がいるような感覚に玄三郎は自分も立ち合いの姿勢をとらねばと腰をかがめた。


「すごいだろう宗助は」

「!」


中腰の状態になった玄三郎は主君である義晴の声に正気を取り戻し、腰を伸ばした。

義晴はそんな様子の玄三郎を気にするどころか理解するように穏やかな目で見ていた。


「っ、若はいつもあのようなことが…?」

「あぁ、恐らくお前みたいなのはないが…あいつの作品にいつも魅入られてるんだ」

「末恐ろしいですな、彼は…俺はまるであの河童が目の前にいて、己も相手として応じなければと思ってしまいました」


相撲大会の土俵を見ながら義晴は玄三郎の話に耳を傾ける。

そして楽し気に河童像に目をやり、また土俵に目線を戻した。


「相手を選んでるのかもな」

「はい?」

「いや、なんでもない…お、次は太郎じゃねぇか!頑張れよぉ!!」


玄三郎は義晴の言葉に首を傾げるが隣にいる宗助が楽し気に太郎の応援をする姿に自分もするべきだなと土俵に目を戻すと…先ほどまで義晴に声を掛けられ情けなく声を上げていた大きな青年が立ち合いの姿勢をとると、その顔つきがまるで獲物を狙う獣のような顔に変わったのを見た。


その変化に驚いているとその試合はすでに終わっていた、それはしばし呆けていたわけではない。

一瞬で終わったからだ。始まったと認識した瞬間太郎の相手は彼に投げ飛ばされ宙を飛んでいたのだ。

会場がシンと静まる中で楚那村の面々だけが太郎の祝うように声を上げる。


「嘘だろ、瞬殺かよ…」

「なんという強さだ、それにあの凄まじい形相…ただ者ではありませぬ」


勿論義晴と玄三郎は驚くが宗助はきょとんとした顔で二人を見た。

そして何もなかったかのようにこういった。


「太郎は農民ですよ?」

「「あんな農民いるか!」」


その後も圧倒的な強さで勝ち進む太郎に宗助だけでなく義晴も玄三郎も応援の声に熱が入る。

玄三郎は高々農民の相撲とそこまで期待していなかったのだがこんなに白熱する試合が見れたため連れてきてくれた義晴に感謝した。


そしてついに決勝、太郎と太郎同様に圧倒的な強さで勝ち進んだ別の村の青年との試合にこれは楽しみだと玄三郎はわくわくしていた中で、太郎の対戦相手は宗助をちらりと見た。

隣にいるため彼に視線が言っていることに気づく玄三郎と義晴は何だと見ていたが、太郎に視線を戻すと鼻で笑い始めた。


「へっ、亀と鳥なんて可愛がってらぁ…お前らあんな気味の悪いのよく村においてるよな」

「…なに?」

「聞いたぜ、変なもの作るって…細くて白いし、あいつ小鬼じゃねぇのかい?殺したほうが世の為じゃねぇか」


なんてことを言うんだ。幸いなことに宗助は膝の上にいる愛玩している亀と鳥を撫でているため聞こえなかったようだが、土俵近くにいるこの村の人間達は怒りの顔で対戦相手を見ている。

隣で聞いていた義晴が歯をぎりりと食いしばる音が聞こえ主君が怒っていることを理解した玄三郎だが、神聖な相撲の場で相手を挑発するためだろうが明らかに度を越しているため彼も顔をしかめた。


「ふざけんなよ、てめぇ」


太郎にとって友人の彼をそのように蔑む事を言えば当然太郎は怒る。

まるで彼こそが鬼のようだと言わんばかりの顔で相手を睨み、その目は明らかな殺意に満ちていた。

近くにいた楚那村の老人の一人があーあと呆れたように、楽しそうに声を出した。


「あいつ終わったなぁ」


行司が試合の開始を告げた瞬間、太郎という名の鬼は対戦相手の心の臓の場所をついた。

その勢いと一切の容赦が無い怪力を受けたことで対戦相手は土俵の端まで飛ばされる。なんとか瀬戸際で耐えるが鬼は隙等与えない。


その後、まるで獣が命を刈らんとするように何度も張り手という技の手の槍が相手の体にささる。

攻撃させず防戦に回ることしかできなくなったことで、この状況に陥ったことでようやく対戦相手は怒らせてはならない相手を怒らせたことを後悔するのだ。


試合のことを考えられなくなった隙をつかれ、土俵の上から獣の咆哮が響き、またも心の臓の場所に強い衝撃が与えられたことで対戦相手は土俵から吹っ飛ばされた。



太郎の勝利。

これを理解した観客は太郎に祝福の声を上げる中で顔を変えぬまま土俵を下り、三人の元へくる太郎の目まだ獣のような鋭さを見た玄三郎は主君を守らねばと立ちふさがろうとするがその主君から宗助の膝上にいた二匹の動物を渡されてしまい動けなくなった。


太郎はそんな玄三郎等見向きもせず宗助を腕に抱えると吹っ飛んだ対戦相手の元へ戻った。

玄三郎は呆気にとられた顔で見ていると義晴は穏やかな顔で彼らを見て笑う。


「太郎にとって宗助は本当に大事なんだな」

「みたいですね、あの気弱そうな青年があんな顔をするのですから」

「おゆきにとっても、みたいだな!!すげぇ、あいつあの相手をタコ殴りにしてるぞ!近くで見てこよ」

「お止めください」



お玉を持ち暴れるおゆきという少女を二人がかりで止める宗助と太郎。

その姿を見て笑う義晴に玄三郎は主君がこの村では月ヶ原義晴としての姿ではなく、ただの義晴として笑っているのだと気づき、この村はいい場所だと顔を緩めた。


腕にいる二匹は騒ぎが落ち着いてから渡してあげようと決めた玄三郎はふとまたあの河童像を見た。

変わらず威風堂々とそこにある河童像に玄三郎は息子の姿を思い浮かべた。

長男は自分に似ているのか剣術を熱心に取り組み、次男は本をよく読むが気が弱く、臆病でよく周りの武家の子達にいじめられていると長男から聞いた。


気弱であるが太郎は先ほど獣のような怖い顔をしていたため息子も太郎程ではないが強くなってほしいと思わず思ってしまったのだ。

そんなことを思っていたら眺めていた河童像が目を細めたような気がして思わず頭を振って再び見たが、河童像には何も変わってはいなかった。


しかし、何故か目が離せず、あの像を家に置きたいと思うようになった。

不思議となんだかいいことが起きるような気がした玄三郎は大会の片付けが終わった宗助に二匹を渡した際に頼み込み河童像を譲ってもらった。


紙と墨と交換で話をしたが玄三郎はいい買い物したような気分で楚那村を出て義晴と帰る。

義晴がじっと見張るような眼を向けてきたことに首を傾げたが今の玄三郎は早く家に河童像を置きたいなぁと考えていた。




家に帰り、居間に河童像を飾れば妻や息子達が不思議そうに像をみて、威風堂々とした姿に感嘆の息をついた。


「まぁ、なんて立派な河童…あなた、今日は若と農村に行っていたのではないのですか?」

「その村に若御用達の職人がいてな、これは相撲大会の飾りとして作ったそうなのだが・・・気に入ったので頼み込んで譲ってもらったんだ」

「素晴らしいお姿の河童です!…しかし、なぜこんな派手な廻しをつけているのでしょうか」

「まるで横綱みたいだね兄上」


次男 海三郎にそう言われ確かに玄三郎はきっとこの河童は横綱なのだと思った。

意外にも家族から好評で屋敷の奉公人達もこの河童像を見て強そうと感想を言うほどであったため玄三郎は少し無茶を言ってでも譲ってもらってよかったと喜ぶ。


しかし玄三郎は紙と墨以上の価値があるものであったと後に気付くのであった。

それは数日経ったある日の夕飯の時から始まった。


その日珍しく海三郎がご飯をおかわりしたのである。

勿論玄三郎が珍しいと告げれば海三郎は今日はいっぱい動いたと笑顔で返した。


その翌日の日もまたその翌日も海三郎はご飯をおかわりして食べる。

それだけでなく顔に擦り傷も出来ていた。これには長男の空三郎も心配になり誰にいじめられたのかと問うが海三郎は首を振って川で鍛えていると返した。確かにおかわりをするようになったあの日から数日の間に海三郎は少しではあるが筋肉がついており、顔つきが少し逞しくなっていたので鍛えているのに嘘はなさそうであった。


突然鍛え始めるなんてどうしたんだと玄三郎が聞くが海三郎はいい師匠に会ったと返すのみであった。


そしてまたある日の晩にて…。

なんと空三郎にも同じように傷が出来ていた。

二人の息子に傷が出来たとあれば親として玄三郎も妻も心配するが二人は口をそろえるように師匠に鍛えてもらっていると返した。


何かを隠すような息子二人に玄三郎は仕事の合間に何をしているのか探ろうとするが何故か二人が見つからない。

主人の忍びである三九郎に相談し部下を一人借りて調査を依頼するがなんと忍びの目をもってしても二人が何をしているのか見つからなかった。


これは明らかに怪しい。

一体何をしているのかと気になり始めたところで三九郎から聞いたのであろう義晴が話を聞きに来た。

玄三郎は最近の出来事を話すと何故か腑に落ちたという顔をして恐らくそんなに心配しなくてもいいと玄三郎に助言した。


玄三郎は逆に腑に落ちない顔をしたが義晴が多分あれは悪いことはしてないと言って去っていった。

恐らく原因はあれだと義晴の反応を見て確信した玄三郎は屋敷に帰ると居間に飾った河童像を見る。


飾った時から何も変わらないが息子達の変化はこの像が原因だと玄三郎の勘が告げていた。


「何をやってるか知らないがあまり息子に怪我をさせないでくれよ」


河童像は何も返さなかった。

遠くから妻の呼ぶ声がしたため居間から出る玄三郎は後ろから、クアッと何かの声が聞こえた気がして振り向くがそこには河童像があるだけであった。




そしてまたある日の晩のこと、何故か妻が丹念に河童像を拭いていた。

息子二人はその姿に誇らしげにその姿を眺めており、玄三郎はすぐに何があったかを理解した。

そして今日は聞いてみた。


「河童が何したんだい?」


妻と二人の息子はバッと玄三郎を見ると少し顔を見合わせてから妻が河童像を掲げた。

その顔はまるで少女のように笑い、父親に今日あった事を報告するようだった。


「この河童殿が私を助けてくれたのです」


話を聞けば婆やと共に買い物をしていたところ悪戯者が荷を運ぶ牛にちょっかいを出してしまい、それが原因で街中を走り回っていたらしい。

そして丁度店から出た瞬間に鉢合わせてしまったのだが、牛は妻の前で転んだことで助かったと。


しかしその時に妻は見たのだという。

牛の前に立ちふさがり、一瞬で牛の角を掴み地面に投げ飛ばした河童の力士の姿を。


きっとこの河童像が守ってくれたのだと信じ、お礼の代わりに綺麗に拭いていたのだという妻に息子達は流石師匠だと喜んだ。

師匠?と妻が聞けば、息子二人はこの河童に鍛えて貰っていたのだと誇らしげに告げた。



海三郎曰くある日いじめられ川に落とされた時に助けられたそうで、それ以来弟子入りして鍛えて貰っていたらしい。空三郎はそんな海三郎を怪しみ数日かけて追いかけて漸く海三郎の修行場に辿り着き、少しずつ強くなる海三郎に負けられぬと自分も弟子にと志願したらしい。


どうしてすぐに弟子入りをしたのかと海三郎に聞くと何故かしないといけない気がしたのだという。

次に玄三郎が何故隠したんだと聞けば流石に河童に弟子入りは信じてくれなさそうだったからだと返され確かにと玄三郎と妻は笑った。


綺麗に磨かれた河童像に玄三郎がお礼を言えば、またクアッという声を聞こえた。

今度は何の声か分かった玄三郎は明日にでも胡瓜を供えようと心に決めたのであった。



それ以来、河原家では不思議なことがよく起こるようになった。

しかしそれはすべていいことであり、皆その不思議なことが何なのかわかっている。


ある日、腰を痛めていた婆やがにわか雨が降ったので急いで布団を取り込もうとした際に廻し姿の河童が布団を濡れない場所へ運ぶの見たという。

婆やはお礼に翌日に居間の河童像に黄色の小さな羽織を拵え、河童像の肩に掛けていた。


ある日、奉公人の若い娘が夜道を歩かねばならない用があり、街中を歩いていると男につけられている気配を感じ逃げていたが少しして突然男の悲鳴と川から水音が聞こえ急いで屋敷に戻ったという。

翌日夜中に川に落ちた男がいたらしく生きていたが河童に川に投げられたと訳の分からないことを言っており怪しいのでお役人に連れていかれたと同僚から聞いた娘は最近河原家にてよく聞く噂と居間にある河童を思い出してお礼に胡瓜を供えていた。


ある日、妻の母が屋敷の入り口で倒れていた。

こちらに来ようとした際に頭に何か当たったらしく気を失ったのだが誰かに運ばれたのを覚えているらしく、背中が固い甲羅みたいで肌がすこし湿っていたという証言に海三郎が河原家にある河童の噂を伝えると妻の母は命の恩人だとすぐに信じ、居間の河童像に手を合わせて礼を言った。数日後、妻の両親から河童殿にと立派な敷物が贈られ居間が少し豪華になった。



他にも様々な事が起きた河原家の人々は数日も経つと河童像を守り神のように扱った。

いや、実際に守り神のように家族や屋敷の者を守る河童を玄三郎は大変気に入っていた。




そんなある日玄三郎は夢を見る、簡素ではあるが土俵がありその上に婆やが作った黄色い羽織を身に纏い座る河童がいた。

玄三郎はすぐに河童の顔つきからあの河童像だと気づくと声をかける。


「前に座ってもいいか?」


河童はすこし驚くような表情を見せるとふっと笑い、頷いた。

玄三郎は河童の前に座り、ゆっくりと頭を下げた。


「いつも言ってるが妻と息子を助けてくれありがとう、それに屋敷の皆のことも見てくれて感謝してる」

『構わねぇよ、俺ぁこの家の人らが好きなだけさ』


突然聞こえた声に頭を上げた玄三郎に河童は口を開けてどうしたと聞いてきた。

河童の楽し気で悪戯が成功したという顔に玄三郎は笑いながら驚いた、うちの守り神様はいい声だったと伝えれば河童はカラカラと笑った。


『守り神って、つうかそんな反応されるとは予想外だったなぁ!クアッ、クアッ、クアッ…!』


クアックアッと特徴的な笑い方の河童に玄三郎はいい声なんだけどなぁとずれたことを思っていた。

玄三郎の耳には低いが耳心地のいい声が聞こえていた。今でいうバリトンボイスである。


『だからあんたが好きなのさ…さてそろそろ本題に入ろうかねぇ』


笑っていた河童は立ち上がると立ち合いの姿勢をとった。

玄三郎は河童が望むことをすぐに理解し、またあの日出会った時のことを思い出していた。あの日も河童は立ち合いの姿勢をしていたと。


『やろうぜ、相撲』

「心得た」



そしてこの河童は自分と戦うためにこの家にまでついてきたのだ。

河原家の守りの像となってまで自分と戦うために。


河童と体をぶつけた玄三郎はとんでもないのに目をつけられたものだと笑うがやはりいい買い物であったとまた思うのであった。





河童と試合した夢の翌日、紙と墨を持ち意気揚々と天野宗助の家に突撃し、鳥に頭をつつかれる玄三郎の姿があった。


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ある日の宗助の屋敷 鍛冶場にて。


丑三つ時の静かな夜。

火が消え灰のみが残る鍛冶場の炉の前で宗助に保護された鳥次郎は立っていた。


灰は火が完全に消えていても高温で手を突っ込めば火傷を負うのは間違いない熱を未だに放っているが鳥次郎は熱さ等感じないように立っている。

じっとその灰を見ていた鳥次郎はゆっくりと高熱の灰の中へ体を沈めた。

鳥次郎は苦しむ声を上げることなくまるで心地のいい風呂や温泉に入ったように感嘆の息をつく、そしてしばらく灰の中に浸かっていると鍛冶場の戸が静かに開く。しかし入ってきたのはこの鍛冶場の主である宗助ではない。


ゆっくりゆっくりと鳥次郎のいる炉へ歩みを進めながら鳥次郎へ声をかけた。


『体の具合はどうだ?』


声をかけてきた者は窓から月明かりが照らされその姿を現す。

その姿は甲羅を持つ小さな亀であった。しかし、開いた口からは人のように話す声が出ていた。

そう声を掛けたのは鳥次郎よりも先に来た住民である亀太郎であった。


『ここは心地いい気で溢れている、何より宗助殿の使う火はお前と相性はいいだろう』

『そうだな、もう翼が癒え始めている』


そうだろう?と首をかしげる亀太郎に鳥次郎は嘴を開き、肯定の声を上げた。


『しかしそれはお前もだろう、あの方の作るもの…特に陶器等の工房は土の気で満ちている、そこで療養したのだろう?』

『心地良すぎて今でも行ってるぞ』

『脱走癖をつけたな…宗助殿が気にしていないからいいものの…』


ひっひっひっと笑う亀太郎に鳥次郎は灰に浸かりながら溜息をつくように言えば亀太郎は笑いを止めて天を仰いだ。


『我らの負うた傷がまさか人の子に癒すことが出来るとは私も驚いたものだ』

『お前は地脈を攻撃され傷を負っていたな…拙は呪いで狂い、人に災厄を齎す獣となっていた…しかしあの水龍によって負傷を負ったことで正気に戻ることが出来た…』

『そして件の水龍の縁を辿り…この家の庭先に落ちたと…』


こくりと頷いた鳥次郎は少し翼を動かす仕草をすると灰から出て体を震わせ灰を落とす。

その翼はもう噛み痕のような傷は無く綺麗に消えていた。その翼に満足そうに目を細めると亀太郎同様に天を仰いだ。


『宗助殿のおかげで傷は癒えたが…力はまだ戻っていない』

『…それに今までの力ではあれには敵わぬ』

『ここで修業をせねばなぁ亀太郎…いや、玄武』


鳥次郎の言葉に亀太郎…玄武は目を細め、亀とは思えぬにやりとした笑みを返した。


『今は亀太郎だ…そう呼んでくれ鳥次郎、いいや朱雀殿?』

『ふんっ、そちらこそ今は鳥次郎と呼べ』


二匹が互いにそう呼び合う中、近くの木々で梟や蝙蝠が慌ただしく一斉に飛び立つ。

それを音で聞いた二匹は軽く首を横に振ると互いに威嚇で出していた神気を抑えた。


『いかんいかん、これでは宗助殿が起きてしまう』

『それはいけない、今日はもう寝床に戻ろうぞ…明日は米の収穫だ、豊作ならば米を少しくれるだろうか、粟でもいい』

『宗助殿ならくれるだろう』


寝床へ戻る二匹。

鍛冶場から屋敷に戻るまでの間に月光に照らされた影は二匹より遥かに大きく、蛇の様な尻尾の影と長い尾羽の影が二匹から出ていた。



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名品 動物像 河童横綱


天野宗助作で河原家に代々伝わる木像の河童像。現在は河原家の子孫である豪流関の相撲部屋 川之部屋が所有、管理をしている。

天野宗助が村の相撲の儀式の際に作り、当時の河原家当主 河原玄三郎が河童横綱を気に入り譲ってもらったことから河原家に来たとされる。

※河原玄三郎の日記によると河童横綱は河原玄三郎と相撲がしたいために持ち帰らせる形でついてきたようだと記載がある。


河原家の居間に代々飾られており、河原家の者だけでなく仕えていた女中や奉公人達の守護をしてくれると言い伝えられている。

河原玄三郎の妻や奉公人達の命を救ったことから玄三郎の時代から守り神として丁重に飾っていた。


また玄三郎の子供の一人を横綱にまで育て上げたという逸話から相撲の神としても後に祀られた。

これは初代川之部屋の横綱 碧流関が己の師匠は河童だと言っていたとされることから河童横綱が彼を守護する際に鍛えたようだと玄三郎の日記により語られている。

また川之部屋の若い力士が夢の中で河童に稽古をしてもらったと多くの声が上がり、育てられたという者が多かったため力士を育てる相撲の神として祀られた経緯もある。


川之部屋の大事な試合には必ず会場に連れていき会場の関係者席の上に置かれ、置かれると必ず他の部屋の力士達が挨拶や拝みにくるという。




横綱という名前が付けられる経緯は別の話にて語る予定となっております。

段々とファンタジー要素が強くなります。

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[良い点] 面白い [気になる点] 酒が強い順番はウワバミ→ザル→ワクなので太郎はザルを超えるならワクだと思います。宗助が現代としている世界と私たちの生きている日本で言葉の定義が違う場合は変なことを書…
[一言] つづきはまだですか?
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