4.『旧約聖書改訂物語』第4話タイトル:楽園からの旅立ちと、創造神の隠された親心
「ハジメ、いよいよ第1章のクライマックスね! アダムとエヴァが知恵の実を食べて、皮の衣を装備したわ。次はいよいよ……『楽園追放』のシーンよ!」 神界の作業部屋で、創造神エレナが黄金の羊皮紙を広げて身を乗り出してきた。 僕、神代創はキーボードの上に指を置き、冷静に画面のプロットを確認する。「ええ、聖書における最初の大きな転換点です。しかしエレナ様、元の記述では、あなたが激怒して人間に呪いをかけ、エデンの園から力ずくで追い出すことになっていますよね」「そうなのよね……。当時は『せっかく作った楽園のルールを破られた!』ってカッとなっちゃって。男には『一生、額に汗して労働し続けろ』、女には『激しい出産の苦しみをお前に与える』って、かなりキツい呪いの言葉を投げつけちゃったの。今思うと、ちょっとパワハラが酷すぎたわ……」 エレナはシュンと白髪の頭を垂れて反省している。 画面の下界アナリティクスを見ると、この「神の怒り」の予兆を察知した地上の人間たちの間で、恐怖と絶望が広がり始めていた。「このままだと、人間たちは『神様は気分屋で残酷だ』と解釈し、信仰を捨ててしまいます。労働や出産を『神からの呪い』にしてはいけません。それは人間が地上で命を繋ぎ、文明を開拓するための『誇り高き営み』へと昇華させるべきです。この退去イベントの文脈を、美しい『旅立ち』へリライトします」「旅立ち……! 追い出すんじゃなくて、送り出すのね!?」「その通りです。神の愛を、正しい言葉でプロットに上書きしましょう」 僕は静かに、テキストエディタへ新しい歴史の記述を打ち込み始めた。 ――知恵の果実を食べ、自立の意志を示したアダムとエヴァの前に、大いなる光の奔流とともに神エロヒムが姿を現した。 二人は神の威光に身を震わせながらも、自らの選択の責任を受け入れるべく、真っ直ぐに神を見上げた。 神は怒りの表情を浮かべてはいなかった。その黄金の瞳にあったのは、我が子の成長を寂しくも誇らしく思う、親のような慈愛であった。『――アダム、エヴァよ。お前たちは自らの意志で、知恵という名の茨の道を選んだ。これより先、この守られた楽園の揺りかごは終わりを告げる』 神の厳かな声が、エデンの園に響き渡る。『地上は広く、過酷だ。アダムよ、お前は大地を耕し、額に汗して食物を得ることになるだろう。しかしそれは呪いではない。自らの手で糧を掴み取り、自然を切り拓くという、創造の喜びをお前に与えたのだ』 アダムの目に、強い決意の光が宿る。『エヴァよ、お前は新しい命を宿し、苦痛を伴って子を産むことになるだろう。しかしそれも呪いではない。神である私と同じように、無から新しい命を創造し、愛を育むという、最も尊い特権をお前に託したのだ』 エヴァは胸の皮の衣をぎゅっと握りしめ、深く頭を垂れた。『お前たちの命には、これより限り(寿命)が生まれる。それは、限られた時間の中で互いを愛し、次の世代へ知恵と絆を繋いでいくための、命の尊さの証明である。さあ、行きなさい。私の愛した子供たちよ。世界の果てまで満ち、この地を統治するのだ』「うわああああん! ハジメ、自分で自分が言った言葉なのに、めちゃくちゃ感動しちゃうよー!」 エレナがハンカチを握りしめて号泣し始めた。 僕の書き換えたリライトは、即座に地上の正史へと反映されていく。 エデンの園の東のゲートが開く。 アダムとエヴァは、神の呪いに怯えて逃げ出すのではなく、祝福された開拓者として、堂々と胸を張って過酷な地上へと最初の一歩を踏み出した。 しかし、ここで僕は手を止めず、最後の「仕上げ」の記述を入力する。「エレナ様、泣いているところを恐縮ですが、最後の防衛線の記述を処理します。聖書通り、楽園の入り口に『ケルビム(智天使)』と『回転する炎の剣』を配置し、封鎖してください」「えっ!? せっかく感動的な別れにしたのに、やっぱり武器で通せんぼしちゃうの!?」「これは必要な隔離処置です。知恵を得た人間が、もしそのまま楽園の奥にある『命の樹の果実』まで食べてしまったら、彼らは不老不死になってしまいます。世代交代をしない有限の命だからこそ、人間は必死に学び、絆を繋ぐのです。もし永遠の命を持てば、人類は進化を止め、世界は停滞して崩壊します。この封鎖は、彼らの『世代の循環』を守るための、神の最後の配慮です」「なるほど……! 意地悪で通せんぼしたんじゃなくて、人間の未来を守るためのセキュリティロックだったのね!」 ――神はエデンの東にケルビムと、回る炎の剣を配して、命の樹の道を守られた。それは、人類が地上で命のバトンを繋ぎ、真の進化を遂げるその日まで、聖域の調和を保つための大いなる封印であった。 カタ、と僕が最後のエンターキーを押した瞬間。 頭上で、これまでで最も高らかな鐘の音が響き渡った。 画面の『信仰度メーター』が、一気に押し上げられていく。【現在の信仰度:52%】「やったわ、ハジメ! ついに大台の50%を突破したわよ! 人間界の教会や学問所で『神の真意は、人類の自立と繁栄にあったのだ!』って、大お祭り騒ぎになってる!」「ふう、ひとまず世界消滅の危機は遠ざかりましたね。これで第1章『創世記・エデン編』は無事にマスターアップ(脱稿)です」 僕は椅子の背もたれに体を預け、大きく息を吐き出した。 エレナはジュースを手渡してくれながら、嬉しそうに微笑む。「ありがとう、ハジメ。あなたのおかげで、最初のガバガバ設定が最高のスタートダッシュに変わったわ。……でも、休む暇なんてないわよね?」「ええ」と、僕は不敵に笑って新しいテキストファイルを開いた。「次は第2章。人類の世代が進み、いよいよあの大惨事……『ノアの方舟』のプロット修正に入ります。物理法則を無視した巨大戦艦のバグを、どうロジカルに埋めるか、腕が鳴りますね」(第4話・了)




