BULLET2:触覚設定
アイゼンヴァルト西区。
外縁森から戻ったジョンは、石畳の脇に設置されたガス灯へ背を預け、小さく息を吐いた。
昼間だというのに、街はどこか薄暗い。
赤レンガの建物。
頭上を走る蒸気配管。
そこから漏れ出す白煙。
工房街からは、金属を叩く乾いた音が響いている。
遠くでは列車の警笛。
鉄と火と蒸気。
そんな音が絶えず街を満たしていた。
ジョンはしばらく、その音を聞いていた。
外縁森とはまるで違う。
森では風の音と草の擦れる音が中心だった。
街へ戻れば、機械が動く音がある。
誰かが武器を使う音がある。
プレイヤーたちの話し声がある。
そして、それらすべてが妙にリアルだった。
「…………」
ジョンは腰へ手を伸ばす。
ホルスターからM1911A1を抜いた。
黒鉄色のフレーム。
使い慣れているわけではない。
まだ手に入れてから、それほど時間も経っていない。
それでも、すでに感覚は残っていた。
重量。
グリップの形。
スライドの位置。
そして――ホーンラビットを撃った時の感覚。
ジョンは銃を眺めながら、先ほどの戦闘を思い返した。
走る小さな身体。
草むらから飛び出す瞬間。
サイトへ敵を捉える。
引き金を引く。
――バァンッ。
反動。
弾着。
さらに一発。
そのたびに銃が僅かに跳ねる。
ホーンラビットが倒れる。
ただそれだけの戦闘だった。
初心者向けのモンスター。
難しい敵ではない。
それでも――
「……やっぱり変だな」
ジョンは呟いた。
今までにもVRゲームは何本も遊んできた。
剣を振ったこともある。
銃を撃ったこともある。
大型モンスターと戦ったこともある。
だが、アイゼンヴァルトは何かが違う。
銃を撃った感覚が、頭から離れなかった。
発砲。反動。スライドの後退。
グリップから掌へ返ってくる衝撃。
それらが単純な振動として伝わっているわけではない。
もっと細かい。
もっと複雑だった。
まるで、本当に金属の塊を手に持っているような感覚。
ジョンはM1911を軽く持ち上げる。
手首へ掛かる重量を確かめる。
「……これか」
ジョンはメニューを開いた。
視界の端へ、半透明のウィンドウが浮かび上がる。
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【SYSTEM】
【触覚同期設定】
現在:70%
・反動再現
・重量感再現
・衝撃緩和
・痛覚制限:ON
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「70か」
ジョンは表示を眺める。
アイゼンヴァルトでは、全プレイヤーが最初から70%に設定されている。
リアルさを売りにしたゲーム。
そのため、初期設定から触覚同期率は高めだ。
サービス開始直後から、掲示板でも話題になっていた。
ジョンは掲示板を開く。
大量の書き込みが流れていく。
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『反動強すぎる』
『最初の銃で腕持ってかれた』
『50くらいまで下げたほうがいいぞ』
『60にしたらだいぶ楽』
『銃撃つと手が変な感じする』
『これ本当にゲームか?』
『触覚オフにできねぇの?』
---
ジョンは思わず笑った。
気持ちは分かる。
確かに疲れる。
剣を持てば重量を感じる。
銃を撃てば反動が返ってくる。
攻撃を受ければ衝撃まで再現される。
普通のゲームなら、そこまで必要ない。
むしろ邪魔になることだってある。
だが――
「……だから面白いんだろ」
小さく呟く。
ジョンは掲示板を閉じた。
もし、ボタンを押すだけで銃が勝手に敵へ向かうなら。
もし、武器の重量を感じないなら。
もし、反動も衝撃もただの画面効果なら。
それは、今まで遊んできたゲームと大きく変わらない。
アイゼンヴァルトは違う。
自分で構える。
自分で狙う。
自分で撃つ。
その結果が、身体へ返ってくる。
そこに意味がある。
ジョンは設定画面へ戻った。
反動再現。
重量感再現。
二つのスライダーへ視線を向ける。
少し考えた。
先ほどの戦闘を思い出す。
ホーンラビットの動き。
自分の照準。
弾着。
反動。
もっと細かく感じ取れれば。
銃を撃った瞬間に、どれくらい銃口が跳ねたのか。
どの程度、照準がズレたのか。
それを感覚として把握できる。
戦闘中に得られる情報が増える。
なら――
「もう少し上げてみるか」
数値を変更する。
78。
80。
82。
85。
その瞬間、警告ウィンドウが表示された。
---
【注意】
触覚同期率を上げることで、疲労感および身体的負荷の再現度が上昇します。
長時間プレイ時の負荷に注意してください。
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ジョンは一度だけ、その文章を読む。
そして。
「問題ない」
決定を押した。
---
【設定変更完了】
【触覚同期:85%】
---
「…………」
身体に大きな変化はない。
当然だ。
設定を変更しただけ。
だが――
ジョンはM1911に視線を落とした。
次に撃つ時。
先ほどとは違う。
どれほど違うのか。
それを確かめたくなった。
「……試してみるか」
ジョンはガス灯から背を離した。
向かったのは演習場だった。
西区の片隅。
赤レンガの壁に囲まれた簡易射撃場。
入口を抜けると、すでに何人ものプレイヤーが武器を試していた。
ライフル。
リボルバー。
ショットガン。
ハンドガン。
銃声が絶え間なく響いている。
――バァン!
――ダンッ!
――ドンッ!
そのたびにプレイヤーたちが反応する。
「反動やばっ!」
「ちょ、跳ねすぎだろ!」
「当たんねぇ!」
「サイト見えないんだけど!」
「誰かこれ上手く撃つ方法知らない?」
初心者らしい声が飛び交っていた。
ジョンは少し笑う。
自分も最初は同じだった。
銃を構える。
狙う。
撃つ。
それだけだと思っていた。
だが、実際には違う。
武器には重量がある。
反動がある。
装弾数がある。
敵は動く。
そして、自分も動かなければならない。
それらすべてを同時に処理する必要がある。
「……面白い」
ジョンは空いている射撃レーンへ向かった。
標的は10メートルほど先。
人型の簡易ターゲット。
胸部と頭部に円形のマーカーが描かれている。
ジョンはレーンへ立った。
腰へ手を伸ばす。
ホルスターからM1911A1を抜く。
カチリ。
手に収まる。
重量を確かめる。
少しだけ深く息を吸った。
右手で握る。
左手を添える。
視線を上げる。
標的を見る。
照準を合わせる。
そして――引き金を引いた。
――バァンッ!!
銃声。
同時に、手首へ重い衝撃が突き抜けた。
「っ……!」
銃口が跳ね上がる。
先ほどより明らかに強い。
ただし、痛いわけではない。
痛覚制限はON。
それでも衝撃は分かる。
手首が押し上げられる感覚。
グリップが掌へ食い込む感覚。
スライドが後退する感覚。
そして銃身が戻る。
ジョンは目を見開いた。
「……なるほど」
銃が跳ねた。
ただ、それだけではない。
どの方向へ跳ねたのか。
どれくらい遅れて戻ったのか。
それが感覚として残っている。
ジョンはサイトを再び合わせる。
もう一度。
――バァンッ!
今度は反動を予測していた。
銃口が跳ねる。
それを身体で受け止める。
サイトが戻る。
撃つ。
――バァンッ!
「……これか」
面白い。
ジョンは自然と笑っていた。
ただ反動が強くなっただけではない。
情報が増えている。
撃った瞬間の銃の挙動。
手首へ掛かる力。
照準がズレる方向。
それらを覚えれば、次の射撃へ繋げられる。
三発目。
――バァンッ!
四発目。
――バァンッ!
同じ銃でも、先ほどとは違う。
ジョンは撃つたびに、自分の感覚を確認していく。
反動……照準……呼吸……トリガー。
そして再照準。
「……面白いな」
五発目。
――バァンッ!
標的の胸部へ命中。
六発目。
――バァンッ!
同じ場所。
七発目。
――バァンッ!
頭部へ。
最後の一発を撃ち終えたところで、ジョンは止まった。
静寂。
ほんの数秒。
その後、周囲の銃声が戻ってくる。
ジョンは銃を下ろした。
「…………」
自分の手を見る。
何も変わっていない。
傷もない。
痺れも残っていない。
それなのに、さっきまで撃っていた感覚だけがはっきり残っている。
ジョンは足元へ視線を落とした。
そこには薬莢が転がっている。
一つ……二つ……三つ。
金属の光を反射しながら、石畳の上を転がっていた。
ジョンは一つ拾い上げる。
「……熱い」
指先へ伝わる僅かな熱。
本物の銃弾ではない。
ゲーム内のアイテムだ。
それでも、そこまで再現されている。
ジョンは薬莢を指先で転がした。
「そこまでやるか」
感心半分。
呆れ半分。
普通のゲームなら、ここまで必要ない。
薬莢の温度など、プレイヤーの大半は気にしないだろう。
そもそも、拾う必要すらない。
それでも存在する。
細部まで作り込まれている。
「……開発者、相当好きだな」
何を、とは言わない。
銃なのか。
機械なのか。
それとも、リアルなゲームそのものなのか。
だが、こういう部分は嫌いじゃない。
むしろ好きだった。
ジョンは薬莢を元の場所へ落とした。
カラン――小さな音が響く。
次にマガジンを確認する。
残弾……空。
カチリ。
ジョンは空のマガジンを抜いた。
そして、新しいマガジンを手に取り、差し込む。
カチッ。
固定。
ガシャッ。
スライドを操作し、薬室へ一発が送る。
その動作も、妙に気持ちがいい。
「……これも情報になるな」
ジョンは呟く。
銃を撃つ。
反動を感じる。
弾が減る。
リロードする。
武器の重量を感じる。
それらがすべて、身体へ返ってくる。
数字だけでは分からない。
だから、覚えられる。
だから、慣れられる。
そして――だから、上手くなれる。
ジョンはそう考えた。
ポォォォ――。
遠くで汽笛が鳴る。
シュー……。
直後、頭上の配管から蒸気が吹き出し、白い蒸気が空へ流れていく。
カン……カン……カン。
工房街では、今日も金属を叩く音が鳴っている。
街全体が巨大な機械のようだった。
歯車が回る。
蒸気が流れる。
列車が走る。
武器が作られる。
そして、プレイヤーたちがその中を歩いている。
ジョンはM1911A1をホルスターへ戻した。
カチリ。
いつもの音。
その音を聞いて、小さく笑う。
まだ始まったばかりだ。
アイゼンヴァルトについて知っていることは少ない。
街の構造も。
モンスターの種類も。
武器の性能も。
スキルの詳細も。
まだ何も分かっていない。
だが、一つだけ分かった。
このゲームは、思っていた以上に自分に合っている。
敵を倒す。
それだけじゃない。
どう撃つか。
どう動くか。
どの武器を選ぶか。
どの設定で戦うか。
何を覚えるか。
それらすべてが、自分の選択になる。
ジョンは射撃場を見渡した。
さっきまで騒いでいたプレイヤーたちも、少しずつ射撃に慣れ始めている。
最初は大きく跳ねていた銃口が、少しずつ抑えられている。
撃つ。
確認する。
修正する。
また撃つ。
誰もが手探りで、この世界を理解しようとしている。
ジョンはその光景を見て、少しだけ笑った。
「……いいな」
誰に聞かせるでもなく呟く。
攻略情報はまだ少ない。
最適解も存在しない。
だからこそ、自分で試す意味がある。
ジョンは射撃場を出た。
西区の通りへ戻る。
赤レンガの建物。
蒸気配管。
ガス灯。
その間を、プレイヤーたちが行き交っている。
次はどこへ行こうか。
まだ決めていない。
新しいクエストを探すか。
武器を見るか。
スキルを確認するか。
もう一度、外縁森へ行ってもいい。
そんなことを考えながら、ジョンは歩く。
ふと、腰のM1911へ手を添えた。
そこには、先ほど撃った時の感覚がまだ残っている。
重さ。
反動。
金属の感触。
「……85%か」
少しだけ笑う。
上げて正解だった。
これなら、もっと分かる。
もっと試せる。
もっと上手くなれる。
ジョンは前を向いた。
アイゼンヴァルトの街は、今日も動いている。
そして、その世界を理解するための時間は、まだ始まったばかりだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
本作が初めての作品となります。
まだまだ拙い部分も多いかと思いますが、楽しんでいただけましたら嬉しいです。
ご感想や応援の★をいただけると、とても励みになります。
これからも少しずつ更新していきますので、ぜひお付き合いいただければ幸いです。
次は8/30 00:00 投稿予定です。




