BULLET1:初戦闘
アイゼンヴァルト中央広場。
巨大な時計塔の下は、プレイヤーたちで溢れていた。
サービス開始からまだ間もない。
武器を見せ合う者。
露店を開く者。
パーティ募集を叫ぶ者。
広場全体が騒がしい。
それなのに、不思議と不快ではなかった。
誰もが、この世界を探っている。
どの武器が強いのか。
どのモンスターが危険なのか。
どこに何があるのか。
まだ、何も分からない。
現実のゲーム開始直後と同じだった。
ジョンはその中を歩いていた。
視線の先には、クエスト掲示板。
木製の大きな掲示板には、初心者向けと思われる依頼がいくつも貼り出されている。
---
【西区外縁の安全確保】
推奨Lv:1
ホーンラビット討伐 5体
報酬:経験値・銅貨
---
【素材収集】
推奨Lv:1
薬草採取 10本
報酬:経験値・銅貨
---
【工房資材運搬】
推奨Lv:1
木材運搬
報酬:経験値・銅貨
---
いかにも初心者向けだった。
ジョンは迷わず、一枚目へ手を伸ばす。
ホーンラビット討伐。
理由は単純だった。
戦闘がしたい。
それだけだ。
依頼を選択する。
視界の端にウィンドウが開いた。
---
【クエスト受注完了】
西区外縁にてホーンラビットを5体討伐せよ。
---
「よし」
ジョンは掲示板を離れた。
中央広場を抜ける。
蒸気配管の下を通り、石畳の大通りを進む。
武器工房からは金属を叩く音が響き、露店からはプレイヤーたちの声が聞こえてくる。
その喧騒を背中に、ジョンは西へ向かった。
やがて、巨大な城壁が見えてくる。
西門。
門の前には、同じ目的らしいプレイヤーが集まっていた。
まだ装備もバラバラだ。
初期装備のままの者。
剣を握っている者。
ハンドガンを腰に差している者。
中には、武器を抜くことすらまだ不慣れそうなプレイヤーもいる。
そんな彼らの会話が聞こえてきた。
「初クエ?」
「たぶん」
「死んだら経験値減るのかな」
「知らん」
ジョンは少し笑った。
こういう空気は嫌いじゃない。
誰も答えを知らない。
だから面白い。
攻略情報が存在しないゲームを、プレイヤー全員で手探りしている。
それだけで少しワクワクする。
ジョンは門へ向かった。
門番NPCの横を通り過ぎる。
城壁の影から出た瞬間、視界が一気に開けた。
目の前に広がっていたのは――緑だった。
街の外だ。
---
アイゼンヴァルト西区。
都市外縁の森。
石畳の道が途切れ、土と草の匂いが強くなる。
遠くでは、まだ蒸気機関の音が微かに聞こえていた。
風が吹く。
草が揺れる。
街とは、まるで別世界だった。
ジョンは足を止める。
周囲を見回した。
初心者プレイヤーの姿が多い。
剣を構える者。
ライフルを抱える者。
周囲を警戒しながら歩く者。
その誰もが、どこか緊張している。
「この辺りか」
ジョンは腰へ手を添えた。
M1911A1。
まだ手に入れたばかりの銃だ。
その重みを確認するように、一度だけ握る。
その時だった。
ガサッ。
前方の茂みが揺れた。
ジョンが視線を向ける。
灰色の獣が飛び出してきた。
小柄な身体。
短い四肢。
そして、額から伸びた一本の角。
《ホーンラビット》。
初心者向けモンスターだ。
「来た!」
近くのプレイヤーが叫ぶ。
ダン!
ダン!
ダン!
焦ったような連射。
だが、弾はホーンラビットの横を通り過ぎた。
一発……二発……三発。
その間にも、ホーンラビットは距離を詰めてくる。
「速っ!」
別のプレイヤーが剣を構えた。
ホーンラビットが跳ぶ。
剣が振り下ろされる。
空振り。
「うおっ!?」
ホーンラビットが、その横をすり抜ける。
そして――
ドンッ!
プレイヤーの身体へ体当たりした。
「ぐっ!」
その場に尻もちをつく。
「おい、こっち来たぞ!」
「待って、リロード!」
カチッ。
銃から乾いた音がした。
弾切れ。
「嘘だろ!?」
さらに茂みが揺れる。
ガサッ。
一体。
二体。
いや――三体。
「群れるのかよ!」
「そっち行った!」
「リロード、待っ――!」
別のプレイヤーが慌てて射線から身を引く。
その直後。
ダンッ!
弾丸が地面へ突き刺さった。
「危なっ!」
「フレンドリーファイアもあるんだから気をつけろ!」
声が飛び交う。
混乱している。
誰も敵の動きを把握できていない。
ジョンは少し離れた場所から、その様子を眺めていた。
一見すると、ただの初心者狩場。
だが――
「……なるほど」
小さく呟く。
ホーンラビットは速い。
身体も小さい。
そして、直線的に突っ込んでくるだけではない。
プレイヤーの攻撃を避けるように、細かく方向を変えている。
そして――
初心者たちは、それに対応できていない。
銃を持っていても、撃てば当たるわけではない。
剣を持っていても、振れば当たるわけではない。
距離。
立ち位置。
敵の動き。
そして、残弾。
考えることは意外と多い。
ジョンは周囲を見渡す。
戦闘そのものよりも、プレイヤーたちの位置取りのほうが気になった。
近すぎる。
射線も重なっている。
逃げる方向も決まっていない。
これでは、敵一体に対して人数が多くても意味がない。
「……ゲームとしては、ちゃんとしてるな」
少しだけ口元が緩む。
ただステータスの数字をぶつけ合うだけではない。
プレイヤー自身が考えなければならない。
それが面白かった。
その時――1体のホーンラビットが、こちらを向いた。
赤い瞳。
ジョンと目が合う。
次の瞬間。
地面を蹴った。
一直線。
こちらへ向かってくる。
「じゃあ、やるか」
ジョンは腰のホルスターへ手を伸ばした。
カチリ――M1911A1を抜く。
手の中へ伝わる金属の重み。
自然と身体が動いた。
銃口を向ける。
ホーンラビットが迫る。
距離はまだある。
狙うのは――胴体ではない。
脚。
ダンッ!
一発。
ホーンラビットの前脚へ命中した。
身体がわずかに傾く。
だが、止まらない。
ジョンは横へ移動する。
距離をずらす。
ホーンラビットが方向を変えた。
ジョンも動く。
追いかけるのではない。
相手が来る場所へ、先に身体を置く。
ダンッ!
二発目。
今度は後ろ脚。
ホーンラビットの動きが鈍る。
「……よし」
ジョンは一歩だけ下がった。
焦って追わない。
敵の動きを見る。
ホーンラビットが身体を低くする。
跳ぶ。
ジョンは半歩だけ横へずれる。
目の前を灰色の身体が通過した。
その瞬間。
ダンッ!
頭部へ一発。
ホーンラビットが空中で体勢を崩した。
地面へ落ちる。
まだ動く。
ジョンは銃口を向け直す。
ダンッ!
最後の一発。
ホーンラビットの身体が地面へ転がった。
静かになる。
「……おお」
誰かが声を漏らした。
ジョンはそちらを見なかった。
すでに視線は周囲へ向いている。
茂み……足音……草の揺れ。
他のプレイヤーの位置。
敵の気配。
戦闘が終わっても、すぐに気を抜かない。
その一連の動作が、すでに自然になっていた。
M1911を下ろす。
硝煙のような薄い煙が銃口から漂う。
発砲時の反動。
手へ残る振動。
金属の感触。
どれも妙に生々しい。
ジョンは自分の手を一度だけ見た。
現実の手と変わらない。
それなのに、今撃った感覚だけは妙に鮮明だった。
「……面白いな、これ」
思わず笑う。
その直後、視界にウィンドウが表示された。
---
【ホーンラビット討伐】
討伐数:1/5
---
「ん?」
さらに別のウィンドウが開く。
---
【ルート権】
ホーンラビットの核 ×1
ホーンラビットの角 ×1
獣肉 ×1
残り時間:30秒
---
「ルート権……?」
どうやら、討伐したモンスターから素材を回収できるらしい。
ジョンは取得を選択した。
---
【取得しました】
ホーンラビットの核 ×1
ホーンラビットの角 ×1
獣肉 ×1
---
さらに小さなウィンドウが表示される。
---
【ストレージ】
重量:20/100
---
「重量制か」
思わず呟く。
何でも無制限に持ち歩けるわけではないらしい。
素材。弾薬。回復アイテム。装備。
そういったものを管理する必要がある。
ジョンは表示された数字を眺めた。
「……なるほど」
ゲーム内の制限。
それは面倒にも思える。
だが――嫌いではなかった。
何を持っていくのか。
何を捨てるのか。
どこで補給するのか。
戦闘以外にも考えることがある。
それもまた、ゲームの一部なのだろう。
ジョンはウィンドウを閉じた。
その直後。
ガサッ。
再び茂みが揺れる。
ジョンは反射的にそちらへ視線を向けた。
灰色の影。
二体目のホーンラビットが飛び出してくる。
今度は迷わなかった。
M1911A1を構える。
狙いを定める。
引き金へ指を掛ける。
ダンッ!
銃声が、西区の森へ響いた。
クエストは、まだ始まったばかりだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
本作が初めての作品となります。
まだまだ拙い部分も多いかと思いますが、楽しんでいただけましたら嬉しいです。
ご感想や応援の★をいただけると、とても励みになります。
これからも少しずつ更新していきますので、ぜひお付き合いいただければ幸いです。
次は8/27 00:00更新予定です。




