表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空の支配者と七人の英雄たち  作者: あまつか飛燕
《絡み合う運命編》長耳族脱出行
89/103

歴史の眠る隧道

 街を出て半刻ほど歩くと、獣道すら途絶えてしまった。なのにレフォードには何が見えているのか、迷いもなく森の中を進んでいく。

 付き人も護衛の兵もカイルとサラも、その歩みについて行くのがやっとだ。


 そうして馬も入れない森の中を歩き続けると、しばらくしてぽっかりと開いた()が現れた。鬱蒼とした森の中であまりに異質で、しかもよく知っている馬車が通れる程度の隧道(トンネル)より遥かに大きいそれを見て、サラは思わず身震いした。


「ここだ。この不必要に大きな隧道の中に、セイラム樹国の歴史が眠っている。其方たちの言う、古文に記されてな。これまで長い間解読してこなかったその古文書を、其方に解読してほしいのだ」


「あの、失礼ですが……これまで何故解読しないのでしょうか」


 サラがおずおずと訊ねると、レフォードはまた薄く嗤った。


「解読してどうなるというのだ。私など古文の読み方はすっかり忘れてしまったが、覚えているのは、あれ(古文書)に書かれているのはこの国の成り立ち。それも気分の良いものではない、セイラム樹国の恥部と言ってもいいものだ。

 もしこれを解読し、その上で外部にでも漏れたら、再びこの国は欲望に(・・・)蹂躙されかねない。そうしたリスクがあったからこそ、今までこの場所そのものを秘してきたのだ」


「でしたら……でしたら何故、今私たちをここに招き、解読させようと言うのでしょうか」


 サラの言う事は尤もだ。恥部であろうと何であろうと、古文書には有用な情報が眠っている可能性を秘めている。長い間と言うのなら、信頼に足る者に古文を学ばせ解読させる事も可能だったはずだ。

 カイルだけではなく付き人達もそう思っているようで、一様に不思議そうな顔をしていた。


「一つは、君たちが来た事。信頼に足ると私は思っているし、特に……カイルと言ったな。君は面白い方法で、アジリア達の信頼を勝ち取ったというではないか。もしかしたらその力が必要になるかもしれん」


 不敵に笑う国王様に、カイルは頭を下げる。なんかもう色々と、敵いそうにないなと思いながら。


「次に、アダリスからの信書だ。こちらがまた、非常に厄介な問題でな」


 アダリスからもたらされた情報はアロンドルフ政府内部に忍ばせた間諜からのもので、古文書に記されている技術を用いた新型爆弾の実験が行われる事。それをどうも、ルサン自治区の近くで行うらしい事。爆弾の威力等は全くの不明、よって念の為、一時的に国から避難することを薦める。と言った内容だったようだ。


 カイルと付き人達はいまいち飲み込めないと言った表情だったが、サラだけは顔を青くしていた。


「古文書の技術って……つまり禁書の技術ですよね? 本来なら聖輝教が躍起になって集めるもののはずなのに、それをなんでアロンドルフが……」


「理由はわからぬ。だが古文を研究する其方には、あの国が古代技術を利用する事の危険性はわかるだろう」


 禁書の技術と聞いて、ようやくカイルも思い出した。カザミから脱出する際に、自分も狙われたあの妙な兵器だ。結局サラが破壊したらしいが、あれは禁書に載っていた武器だと興奮気味に言っていた。


 隧道の中は外よりさらに寒々しく、入り口からの光と松明を頼りに奥へと進む。

 すると少し行ったところに、少数の木箱が積んであった。


「これが、全て古文書だ。中でも……」


 レフォードは木箱に歩み寄ると、一つの箱を指し示した。


「この箱に収められているものは、特に貴重なものだ。サラスティアよ、読めるものであれば、開けて読んでみるといい」


 言われるがまま木箱を開けて、数冊の本を手に取る。やがて一冊の本を取ると、パラパラと捲り始めた。


「"セイラム樹国の成り立ち"……レフォード様が恥部と言うのは、ここの事でしょうか」


「そうだ——話してくれ。私はそれを知りながら、数百年間隠してきた責がある。今この場にいるのは、全員信頼のおける者だ。いい加減、恥は恥として受け入れなければならぬ。そうでなければ——アロンドルフの思うままだ」


 その昏い声音を聞きながら、サラはゆっくりと喋りだした。


「宇宙暦137年……宇宙暦?」


「聖暦元年よりさらに……224年前だ」


「——っ!」


 レフォードの言葉を聞いて、サラは急いで宇宙暦137年=紀元前224年とメモする。その言葉一つとっても、古文学者界隈には重大な発見だ。


「続きを」


「はい——。えっと、"宇宙暦137年、遊郭、都市、建設開始……名前を、セイラムと名付ける。エルフと、呼ばれる、愛玩、奴隷を、ここに集め、かつての、物語で書かれたような、エルフの街を、模しつつ、広大な、遊郭とする"」


 誰もが驚きの目でレフォードを見るが、当人は目で続きを促すばかりだ。


「"宇宙暦138年、遊郭都市、セイラム、完成。実験体16号に、元の名である、レフォード、という、名を与え、この街の、管理者と、する。"これって……」


「その通りだ。私が生まれたのは宇宙暦75年、だから今年で……813歳になるのだな。もうそんなに生きたか。宇宙暦103年、28歳の時に、私はエルフにされた(・・・・・・・・・)のだ」


「エルフに……された?」


「その通りだ。その事は後で話すとして、続きを読んでくれ。次は、そうだな……宇宙暦345年辺りを頼む」


 そう言われて再びサラは古文書に向き合うと、続きを読み出す。


「"宇宙暦345年、とうとう、外部から、避難の、要請あり。だが、これを、断り、避難民を、一切、中には、入れなかった。また、ルヴィノグ……? も、一切、セイラムには、関与しなかった"」


「次は……348年と355年を頼む」


「"宇宙暦348年、戦争、終結。既に、当初の、目的を、失っていた、セイラムは、これを機に、国として、独立する。"

 "宇宙暦355年、ルヴィノグが、聖輝教と、名を、改め、アイザ・リーウェルが、現人神、として、信仰の、対象と、なる……"」


 誰もが驚きの表情でレフォードを見つめる中、変わらない昏い声で滔々と語りだした。


「ありがとう。では、一つずつ説明しようか。


 ——20歳の時だったか、私は罪を犯した。殺人未遂だ。捕まって刑務所に入れられた私は、ある人体実験を行う代わりに刑期を短くしてやろうと提案された。

 喜んで引き受けたさ、早く外に出たかったから。だが実験に耐えてついでに耳まで整形されて、以降35年も刑務所に入れられた。


 ようやく釈放されたと思ったら、今度は風俗街のお守りをしろと言われた。命ある限り、お前の居場所はここだ。なんて言われてな。これが宇宙暦138年の話だ。

 それからおよそ200年弱、セイラムは巨大な遊園地を模した遊郭として、夜な夜な訪れる男たちの欲望を受け止め続けてきた」


 レフォードはふうと一息つくと、続きを語りだす。


「変わったのは宇宙暦332年、どこの国の小競り合いからだったか、戦争が始まった。最初は小さな領土紛争だったものがやがて大国同士の衝突になり、世界はあっという間に戦禍に呑まれていったのだ。


 だがセイラムは、その時点でどの国にも属さない場所だった。世界のありとあらゆる場所から金持ちが、役人が、官僚から軍人から果ては政府中枢の人間まで。世界中の街という街が灼かれていく中で、そういう連中だけはこの隧道を通って女遊びに興じたのさ。


 宇宙暦348年、唐突に戦争は終わった。どこかの国の強力な兵器が使われたとかで、突然世界中の戦争の為の機械が全て壊れたのだ。


 ここはそういう場所だったから、世界のあらゆる国の弱みも裏情報にも精通していた。ハニートラップ、とか言うやつだ。

 だからそれを盾に独立を宣言した。反対する連中は多かったが、握った情報をチラつかせればすぐに黙った。


 こうして建国されたのが、セイラム樹国だ。

 罪人が元首として立ち、今でこそ誰もが恥と考えるような、愛玩奴隷とされた女性のエルフによる風俗街がこの国の始まりだ」


 寒気がしたのは、11月の寒風のせいだけではあるまい。

 レフォードの付き人やセイラムの兵士たちは、自分たちの国の異常極まる生い立ちに震えていた。


 だがカイルとサラの聞きたい事は、まだ語られていない。


「レフォード様。その、聖輝教についてはどうなのでしょうか」


「そうだったな。まず、リーウェルという名前に聞き覚えはあるか」


 それは、2人の師であるファーランから聞いた名前だ。聖輝教の最高神の名前だという。


「聖輝教の最高神……ですよね。元の名はルヴィノグ(Rvinog)、終末戦争の後に復興をわざと止めてるという文書なら読んだ事があります」


 これもファーランの元を出る直前に、森の中の廃墟で見つけた文書だ。今はまとめてサラの母(ミューゼ)の元に送ってあるが、もう読んだだろうか。


「そこまで知っているなら話は早い。あの頃はそう、混沌としていた。宇宙暦348年に終わった戦争——それが終末戦争と呼ばれているのだが——あれが終わった後、世界はすぐに復興へと進めなかった。戦争の為の機械が全て壊れたと言ったが、実際には人々が頼り切っていた生活のありとあらゆる基盤が破壊されたのだ」


「どういうことですか……? 水が枯れたとかならわかりますけど……」


「いや、多分言っても分からないとは思うが……電磁パルス攻撃が行われ、世界中の全ての電子機器が停止したのだ。要は、攻撃や防御はおろか、人々は火を点けることもお湯を沸かすことも調理も、水を手に入れる事すら難しくなってしまったのだ」


 俄かには信じられない話だ。水なんて川から汲むなり井戸を掘ればいいし、火なら火打ち石で事足りる。それが全て駄目になったのが、最初の"でんじぱるす"とやらなのだろうが、誰もその意味を知る者はいない。


「その後、復興を進める国や民衆を言葉巧みに抑え込んだのがルヴィノグ。今の聖輝教だ。

 そもそもRvinogという名前そのものが、"|文明を拒絶し、神に従え《Reject civilization and obey God》"という、古文学者の言うところの第一言語から取ったものだ。


 だがこんなものは言い方一つ。彼らはあえて文明レベルを抑え込み、それまでの高度な文明の力を独占する事で、世界の支配を企んだ。その先鋒が、アイザ・リーウェルというわけだ」


 さらに言えば、とレフォードは続ける。もうお腹いっぱいに聞いた気がするが、まだあるらしい。


「そのアイザ・リーウェルだが、恐らくまだ生きているはずだ」


「えっ!?」


「だって、宇宙暦355年……だから、紀元前6年にいた人ですよね?」


「だからなんだ。ここにも、その時代から生きている人がいるではないか」


 そう言われてはぐうの音も出ない。だが人族至上主義を掲げる聖輝教の神なのだ、当然人族であるはずだ。エルフならわかるが、人族でそんな長命があり得るのだろうか。


「さっきも言ったが、私は人体実験の末に生み出されたエルフだ。いや、元は人族だったものを後天的にエルフにされたと言っていい。この尖った耳も、その方がエルフらしい(・・・・・・・・・・)からそうしたのだそうだ」


「そんな事が……可能なんですか?」


「勿論、今の技術では無理だ。だが当時は、こういう事が可能だった。私は実験だったが、その後に創られたエルフは寿命を抑えられたらしく、その代わりに繁殖に成功したそうだ。

 ——詳しい原理は知らぬが、当時はヒトの身体を弄って寿命を伸ばしたり、獣と掛け合わせて獣人を作る事もできた。尤も、全て愛玩用、ないし労働用の奴隷としてだがな」


 レフォードが一旦言葉を切ると、これまで黙って聞いていた獣人である護衛の兵士が声をあげた。


「ちょ、ちょっと待ってください! なら獣人も、創られた存在だというのですか!?」


「そうだ。主に労働用だったようだがな」


「そんな……」


 当たり前だろうとカイルは思った。自分のルーツが奴隷で、しかも創られた存在だなんて信じられないし信じたくもない。ましてそれが、怨み重なる人族であれば尚更だろう。


「とにかくアイザ・リーウェルという人間は今でも生きていて、聖輝教を操っている。と、私は考えている。私と同じく、旧文明の知識を持ちその活かし方もよく分かっている筈だ。そしてその危険性も。


 ここで本題に戻るが、アロンドルフは違うのだ。彼らは旧文明の遺したモノの危険性を分かっていない。もし新型爆弾が過去の文明を滅ぼすに至ったような強力なモノなら、本当にセイラム樹国は、文字通り吹き飛びかねない」


「そ、そんな強力な武器があるのですか……」


「何度も言うが、今の技術では不可能だ。だが旧文明の技術なら可能だ。これまで長々と語ってきたが、私がアダリスからの信書を元にすぐに避難を決意したのはこれにある」


 レフォードが言い終わると、図ったように切羽詰まった声が聞こえてきた。


「レフォード様ー! 一大事でございます!」


「何事だ」


 身一つで走ってきた伝令は息を整えると、レフォードの前に跪く。


「昨日ハンナムに向けて出発した隊が、森を出る前に襲撃を受けた模様!」


「なんだと?」


 一同が驚きの声をもって報告を聞いた頃、すでにアロンドルフの野望はセイラム樹国に迫っていた。

良ければ評価・感想等よろしくお願いします!

作者の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ