擂鉢の底の国
エリューシンハンナムを出て数日、幸いにも目立った事は無く一行は進んでいく。
ルサン自治区に向かうにつれて、山は近付き森は一層深くなってきた。東に聳えるシェルプス山脈に近付いて行っているので当たり前なのだが、本当にこんな先に人が住んでいるのかとさえ疑ってしまうほどだ。
馬も入れないような山道を、皆が大荷物を持って上がっていく。ここまで来ればもうルサン自治区の中なので、もしここで襲撃などしようものなら返り討ちに遭わせることも容易。人質でも捕らえられればアロンドルフ中央政府に対しての強力な交渉カードにもなる事から、逆にここは安全なのだという。
「着いた。この国に新たに人族を迎え入れるなんて、一体何年ぶりかな」
目を細めるアジリアの後ろで、2人もまた目を細めて空を見上げていた。そこに聳えるのは、一体何百年前からそこにあったのかと思うほどの巨樹。
今立っている場所は窪地のふちで、街はその窪地の底に築かれている。そこそこ降りなければならないほど深いのに、それでなお見上げなければならない樹の何と大きなことか。
「ここがルサン自治区……」
「そうだ。だがそれは外の国が勝手に呼ぶ名前。本来の名前はルサン=セイラム樹国、太古の昔よりあのセイラム大樹の下で暮らす、エルフと少数の獣人の国だ」
見下ろすと、確かに大樹に寄り添うように街が広がっている。ルヴァンのそれよりも遥かに質素に見えるが、それでも風に乗って活気が伝わってくるようだ。
ここまで来ると安心なのか、皆が目深に被っていたフードを取る。見れば大半はエルフなようで、獣人は4名ほどだ。確かにエルフの方が多い国なのだろう。
「あの、アジリアさん。その耳って……」
カイルが気になったのは、アジリアの耳だ。一見すれば人族のそれのようにも見えるが、少し形が歪だ。
「切り落とした。アロンドルフの街に潜入する為に」
「え……」
「獣人では流石に無理だがな。エルフの中にはこうしてまで、潜入しなければならない人もいるんだ」
そこまでするのか、と2人は愕然とする。エルフの尖った耳にしろ獣人の耳にしろ、それは種族としての特徴であり、彼らにとってのプライドでもあるはずなのだ。それを失ってまで、あくまでアロンドルフと渡り合おうという気概。凄まじいものを感じる。
「さぁ行こう。もうすぐそこだからな」
アジリアの声と共に、再び一行は歩き出す。もう街は目前だ。
*
「おう、戻りましたか!」
「おかえりなさい!」
街に入ると、一行は皆に口々に感謝の言葉を貰いながら迎えられる。一方でカイルとサラはと言えば敵対心と言うより、何故ここに人族が? と言った目線で街の皆に見られていた。
「それで、お二人さんは手紙を渡すのが目的なんだろ。誰宛なんだ」
「ルサン自治……じゃなくて、セイラム樹国の首長です」
「やはりか。ならお前たちだけで行ったところで門番にでも突っ返されるのがオチだ。少し待て、話をつけてくる」
アジリアが去り2人残されると、代わりに周りで見ていたギャラリーに取り囲まれた。と言っても子供と女性ばかり、エルフが大半を占める国とあっては見た目も麗しい人たちばかりだ。
「なに鼻の下伸ばしてんのよ」
「いって! 伸ばしてねぇよ……」
腕をつねられるカイルを見て、真っ先に囲んできた子供達が首を傾げていた。
「ね、なんでこの国にきたのー?」
「どうしてー?」
「ぼうけんしゃなんでしょー?」
するとサラは一転、慈母のような笑みで子供達と目線を合わせるように屈んだ。
「アダリス国の人に頼まれてね、この国の偉い人に手紙を届けに来たのよ」
「えらい人って、レフォード様のことー?」
「うーん、名前までは知らないんだけど……この国で一番偉い人がレフォード様って言うの?」
「そう! レフォード様はすごいんだから!」
子供たちが嬉々として語るのは、国王であるレフォード様の偉業だ。沢山ある橋に頑丈な橋を架けたとか、美味しい果物の種をもらってきて育てられるように整えたりとか。
周囲の大人たちがはやる子供を宥めつつ補足してくれたところによると、この国はすり鉢状の地形の底にあり、周囲からは底に向かっていくつもの川が流れているのだという。
それらは大体が小川なのだが、中には合わさって大きくなったものもあり、そこを越えるのために橋が架かっているのだという。だがその橋も古い作りで壊れやすく、大水のたびに流されるようなものだったそうだ。
それをレフォード様が外国の技術を持ってきて、頑丈な橋にしたのだそうだ。
ちなみに流れに従ってセイラム巨樹の元に集まった水は、溜まらずにそのまま地下に吸収されてしまうのだとか。よく出来ていると言うべきか何と言うか。
果物もそうで、目立った産業の無かったこの国においてアダリスから果物の苗木を分けてもらい、それを育てる事で名産としたそうだ。
「果物のことなんてもうずいぶん前のことよ。アロンドルフが邪魔しちゃって、今じゃ輸出もままならなくなっちゃったみたいだし」
「え、その果物の話っていつ頃の話なんですか?」
サラが驚き半分で聞くと、おばさんエルフから帰ってきた言葉はもっとすごかった。
「そうねぇ、アロンドルフに併合される前だから……もう130年ぐらい前かしら」
「130年前!?」
今は聖暦528年、アロンドルフによるルサン自治区の併合は聖暦400年の出来事だそうだ。
「さすがエルフ、時間の感覚が……」
思わず呟いたカイルに、サラも頷くしかなかった。
だがそうなると、気になるのは国王の年齢だ。シルフィが言うに、長耳族の寿命は200〜250歳。その頃から統治してることがあり得ないわけではないが、そろそろ寿命なのではないか?
「いやいや、レフォード様は特別なのよ。王様はハイエルフだからね」
「ハイエルフ?」
「そうそう。あのお方は私たちよりずーっと昔から生きてるのよ?」
旅に出てからまだ1年半しか経ってないとは言え、あちこち旅してきたが聴き慣れない言葉だった。
同じエルフであるシルフィからも聞いたことがない。
「ずっと昔って、今おいくつなんですか?」
「レフォード様は……もう300歳は超えてるって話よね」
「私は400歳以上生きてるって聞いたことあるわよ」
とにかくなんか凄いらしい。とだけ納得して、話題を別の方向に変えた。そうでなくても長耳族は寿命が長いのに、さらに長いなんてもう訳がわからなくなる。
その後一度アジリアが戻ってきて、今日は公務で忙しいから明日になるとだけ連絡を寄越してくれた。
外の人が滅多に来ないという土地柄、宿は1軒しか無いらしい。2人はその宿に泊まることとした。
「いやーしかし、シェルプスの山奥にこんな国があるなんてびっくりだな」
「まったくね。でもなんか、いわゆるエルフの国って感じしない?」
「そうか? よく見てたエルフがシルフィだから、なんか特別どうって感じしないけどな」
そうは言いつつも、カイルもサラの言いたいことがわからないわけではない。
つまりここのエルフはシルフィたち「平原の民」と違い、「森の民」なのだ。
シルフィも言っていたが、エルフと言ってもこの2種類に分かれるのだという。平原の民は街中やその近郊に住み、他の人族や獣人族と同じ暮らしを営んでいる。片や森の民は、こうした森の中に住み狩猟などの原始的な生活を営んでいるそうだ。
「とにかく明日か。もううん百年も生きてるエルフに会うなんて緊張しちゃうな」
「だね。……やっぱり、よぼよぼのおじいちゃんだったりするのかな」
「そういや見た目まで聞いてないな。多分そうじゃないか? 400歳でも普通のエルフの倍なんだし」
そんな事を言って寝た2人だったが、翌日謁見してみて度肝を抜かれることになる。
*
「其方たちが、アダリスからの使者か。よく参った、まぁゆっくりしてくれ」
「は、はい……」
「ありがとうございます……」
謁見の間にて目の前に現れたのは、どう多めに見ても30代の青年だった。だがその風貌とは裏腹に、醸し出す雰囲気はまさに王のそれである。
「どうした、そこまで固くならなくてもいいぞ」
「い、いえ……市井で聞いた王様のイメージとあまりに違かかったので……」
ほう、とレフォードは呟く。どんな風にだと問われたので、あまりに若いと言うと小さく嗤った。
「だろうな。年齢など、500を過ぎたあたりで数えるのをやめてしまった。一体いつまで生きるのか、私が聞きたいぐらいだ」
「500歳……」
「すげぇ……」
2人の呟きにレフォードは苦笑すると、すぐに真面目な顔つきになった。
「さて、君たちが持ってきて先程預かったこの手紙。しかと拝見した。まずは、アダリスからの信書を届けてくれてありがとう」
咄嗟に頭を下げて返礼すると、続きを喋り出す。
「内容は読ませてもらった。私自身はアダリスからの注進通りにするつもりだ。そこで、再びで悪いが君たちに護衛を頼みたい」
「——お言葉ですが国王様。彼らは人族、いつ裏切らないとも限りませぬ」
ずっと黙って聞いていたエルフの家臣が、ここで初めて口を開いた。街の中でもそうだったが、やはり男衆は人族に対して好奇心より不信感の方が強いようだ。
「では訊くが、この者たちはアダリス国首相からの信書を携えてきたのだ。しかもエリューシンハンナムからここまで、アジリア達と共に行動している。万が一裏切ったとして、ここまで来る必要はあっただろうか」
「ですが! 人族は——信用なりませぬ!」
「さらに言えば、カザミでの政変から多数の同胞を救ったのも、彼らだと言うではないか」
その言葉がダメ押しとなったのか、家臣は2人をひと睨みだけして黙ってしまった。レフォードはこれ見よがしに溜息を吐き、再び喋り出した。
「すまぬな。私自身はあまり気にしてないのだが、やはりこういう国だから人族に対して敵愾心を持つ者は多い。この者も君たちをすぐ追い出そうとして言っているわけではないのだ、許せ」
そう言われてしまえば返す言葉も無い。元よりここは人族不可侵の地なのだ、カイルもサラも身を縮めるしか無い土地だ。
「さてこの手紙だが、内容はこの場にいるものは全て把握している。とは言え、恐らく今日明日は会議で潰れ、この国から出るのにも数日時間を要するだろう。君たちは宿に泊まってると聞いた、準備が整い次第使いを出そう」
「わかりました、ありがとうございます」
話は終わりだろうという風に、後ろに控えていた従者が謁見の間の扉を開くと、レフォードがそれを止めた。
「待て。——サラスティア、と言ったな」
「は、はい」
「其方は古文学者だと、アダリスからの信書には書かれていた。これは誠か?」
「はい。第三言語について、勉強しております」
サラの言葉に、国王の顔色が変わった。何かまずい事でも言ったかと省察するより早く、レフォードが口を開く。
「わかった。では、この者達を"隧道"に案内せよ」
「——レフォード様! しかしあそこは貴方自身が、立入を禁止した場所……」
「よい、その私が許す。この2人を隧道へと案内せよ。あぁ、それと……私も行く」
誰も口にこそ出さないものの、驚きをもって迎えられた国王の言葉だったが、意味のわからないカイルとサラはただ呆然とするしかなかった。
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