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空の支配者と七人の英雄たち  作者: あまつか飛燕
《絡み合う運命編》島国、カザミ
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刀傷のある少女

 時は少し遡り、聖暦五百二十八年一月。

 ようやく早潮の落ち着いたジュイル水道を、カイルとサラを乗せた船は順調にカザミ国へと向かっていた。


「川船は乗った事はあるけど、海の船は初めてだなぁ。で、大丈夫かサラ?」


「だ、大丈夫……うっぷ。ちょっと座ってくるわね」


「お、おう。トイレの近くの方が良いと思うぞ」


 余計な一言に反撃する手は弱々しく、軽くはたくとサラは逃げるように客室の方へと駆けて行った。


「いや、ドラゴン(アイル)俺のハルピア(トゥーリエ)であんな激しい挙動が出来るのに、船酔いねぇ」


 お互いがお互いのパートナーにも乗りこなせるようにと、サラもトゥーリエに乗って訓練したり魔獣と戦う時もある。あの時の大空を自由自在に飛び回る感覚は、こんな船の揺れよりよっぽどキツイと思うのだが……


 一人残されたデッキで呟くと、冬の風がカイルを包む。ぶるっと身震いして最後にこれから向かうカザミの方を見やると、サラの元へと歩き出した。

 が、ふと声がして呼び止められる。


「あ、あの! すみません。さっき、ハルピアがどうとかって言ってませんでしたか?」


 声の主は女性だ。自分より一回り年下に見えるので、どちらかと言えば女の子だろうか。フードで頭を深く隠し、顔も半分隠れている。


 こんな寒風吹きすさぶデッキじゃ誰もいないと思って独り言を呟いたのはまずかったが、知らない人にハルピアの話は一切しないと決めている。ここでも「何かの聞き間違いじゃないですか?」と笑みを浮かべてその場を立ち去ろうとしたが、すぐに腕を掴まれて引き留められてしまった。


「ちょっと、放して――」


「お願いです! 協力してほしいんです!」


 刹那、ひときわ強い風が吹き、女性のフードをめくった。ハッと息をのむ。シルフィで慣れていると思ったが、そこには美しいエルフの少女がいたのだ。

 そしてその美しい顔には、比例してあまりに異質な大きな刀傷があった。


 *


 カザミ王国の港町、ジュイル-サースで船を降りる。見るからに、カイル達が住む大陸とは異なる文化が育まれた町だ。

 女の子を含めて三人で、取るものもとりあえず近くのベンチに腰掛ける。


「で、私が船上で死にそうになってた時に、カイルはこの子と何話してたのよ」


 そういうサラの顔は緩み切っていた。何故か。先程からずっとカイルが頭を撫でているからだ。


 船でカイルが女の子を連れてサラの前に現れた時は、船酔いも忘れてもうすごい剣幕だった。要は嫉妬なのだがカイルもどうしていいかわからず、腕を掴んでデッキに走り、思いっきり抱きしめて一言二言耳元で愛を囁く。


 見返りに「なでて」と言われたので、言葉通りにしてあげれば万事解決だ。エルフの女の子に一部始終を見られていた事を除けば。


「助けてほしいんだって。ただこういう話はサラも交えてと思ったから、詳しい話はまだだけど」


「なるほどね。で、お名前は? 私たちは何をすればいいの?」


 サラが尋ねると、女の子は再び深くかぶっていたフードを脱ぐ。思わずサラは息を飲んだ。


「リリアンと申します。あの、私の話を真剣に聞いてくれてありがとうございます」


 女の子——リリアンは深々とお辞儀をすると、訥々と話を始めた。


 年齢は二つ下で、年が変わったので昨年の春にミリウス王国にあるサンクトゥスという街の王立学園を卒業したばかりなのだという。

 故郷はカザミ国の首都であるシハムという街で、両親はそこで小さな商店をやっているそうだ。その店を継ぐも良し、一人新たな道を切り開いていくも良しという事でわざわざガレウスを挟んだミリウス王国の学園に通う事にしたのだという。


「サンクトゥスって、聖輝教の総本山でしょ?」


「だな。学園があるのは知ってたけど、人族以外も受け入れてたのが意外だ」


 聖輝教に対して信頼の無い二人だからこそ出る言葉なのだが、リリアンにとってはまさに福音だった。


「そこなんです! 学園にはエルフや獣人も少しはいたのにみんな……」


 憂いに満ちた言葉に、思わず二人は背筋を伸ばした。そうでなくても顔に刻まれた刀傷、サンクトゥスという場所。想像はできるが、あまり想像したくない。だが助けの手を差し伸べてしまった以上、最後まで付き合うつもりでいた。


 リリアンは学園を卒業した後、店を継ぐための修行として街の雑貨店で働いていた。元より長耳族は長命種、当然両親もまだ何十年も現役なのであまり急いで継ぐ必要は無い。だが立派になって育ててくれた両親に恩返ししようと、必死に勉強してから帰ろうと決めていたのだという。


「ですがある日、街中にある教会の前を通った時に厭な事を聞いてしまって」


 ある日、街中に点在する教会の中でもひときわ大きい場所で、押し合いへし合いの民衆のを前にして、急ごしらえの演台の上で聖職者らしき男が演説していたのだという。


 男曰く、もうすぐ大いなる災いが世界を襲う。世界は再び闇に閉ざされ、魔獣の住む呪われた地のような毒が世界を覆うだろう。聖輝教を信じ、神を信じる者だけがこの禍から逃れられる。だがしかし、異なる神がこれを邪魔してくるかもしれない。まずは異なる神、そしてそれを信じる者らを討たなければならない。今こそ神の(しもべ)たる我々は、神の御意思に従い行動を起こさなければならない――。


「その聖職者、多分司教なんだろうけど、とにかくそういう事を言ったんだね?」


 カイルの言葉にリリアンはこくりと頷いた。


「つまり、リリアンのようなエルフや獣人を狙い撃ちってわけね」


 サラの言う通り、事実上、エルフや獣人達が信じるイラスベイ教を狙い撃ちにしていると言ってもいい。何故ならその他の宗教と呼べるものは土着信仰がほとんどで、ほとんどあって無いものと言ってもいいからだ。


「神の名の下にか、便利だな宗教って」


「まったくね。反吐が出る思いだわ」


「あ、あの。二人は人族に見えますけど、聖輝教のことは……」


 人族は皆、聖輝教を大なり小なり信じている。これが獣人やエルフにとっての価値観であり、おおよそ間違ってはいない。

 だがカイルもサラも、リリアンにとっては衝撃の言葉を言い放つ。


「一応生まれてすぐの洗礼とかその辺全部聖輝教式でやったし、多分俺もサラも信者って事になるんだろうけどな。でも今この時点を持ってやめた」


「カイルに同じく。元々最近じゃ不信感しかなかったけど、もうこれは決定的ね」


 二人して頷くその目は、リリアンには想像できない何かを見てきたような色を湛えていた。


 *


 カザミは小さな島国だ。ジュイル-ノースや首都シハムを含めて、街は全部で十ほど。その他に村が二十ほど。馬で早駆けすれば一日で島を一周できてしまうという。

 そして三人は、島を一周する街道を歩いてシハムまで向かっていた。


「すごいね。ホントに聖輝教の剣十字が一つも無いなんて……」


「逆に変な感じだな。これまで行ったどの街にも村にも必ず教会の一つはあったのに」


 世界唯一ともいわれる、聖輝教を国教としない国がカザミなのだ。では人族にとっては何が神なのかと尋ねると、わからないとの答えが返ってきた。


「もう――見たくもありません。あんなシンボル(剣十字)なんて」


 聞けば、リリアンは演説を聞いてすぐにサンクトゥスから逃げようとしたのだという。

 だが各地で同時に行われたらしいその演説は素早く民衆——熱心な信者たるサンクトゥスの住民に伝わり、既に獣人やエルフの排斥運動は始まっていた。


「穢れた亜人め」


「聖輝教を信じぬ不徳者」


「汚らわしい」


「早くこの街から出て言って」


 罵詈雑言を浴びせかけられながら働いていた店に戻る。切り盛りしていたのは獣人の夫婦だ、よく懐いてくれた小さい子供もいる。


「リリアンちゃん! 早く、早く逃げて!」


 お世話になったおばさんが血相を変えて身支度をしている。自分もあてがわれている部屋に駆け込み、とりあえずお金と外套だけ引っ手繰った。


 再び玄関に戻ってみると、主人が腕組みをして店の前に立っていた。そして外には武器になりそうなものを片っ端から持った人族、また人族。


「何の用事だ! ここは私の店だぞ!」


「司教様より直々に出たお触れである! 神を信じぬものは、速やかにこの街から立ち去れ!」


 演説で聞いた言葉は、いつしか"(わざわい)が起きても、神に近いこのサンクトゥスは逃れられる。しかしその為には、異教徒を残してはならない"という風に昇華していた。


「断る! この店は私と妻の誇り! むざむざ捨てるわけには――」


 主人の言葉はそこで途切れた。群衆の一人が、持っていた薙刀で切りつけたからだ。


「アンタ!」


「おとーさん!」


 後ろで固唾を吞んで見守っていたおばさんと子供は、思わず血まみれになって倒れ伏した主人のところに駆け寄ろうとした。だがそれを見て薙刀を持った男が醜悪に笑う。


 ――まずい!


 直感的に判断したリリアンは二人の前に駆け寄るや、自らを盾として二人をも守ったのだ。

 頬に刻まれた傷からは夥しい量の血が漏れてくるが、それでも二人を何とか立たせて群衆の中に突っ込んでいく。


 蹴られ殴られ嘲られ、それでもやっとの思いで街を抜け出したリリアンは、お世話になったおばさんと懐いてくれた子供に別れを告げて、徒歩でこの地まで帰ってきたのだという。


「誰も信用してくれませんでした。人族も、獣人やエルフさえも。そんなバカな話があるかって」


 そうだろう。聖輝教が人族至上主義を掲げていることは誰でも知っているが、ここまで大々的に表立って排斥に動くなど信じられないことなのだ。

 この二人、そしてガレウス-リムの星の丘の研究所に勤める者たちを除けば。


「だから私、このカザミに聖輝教が何してくるのか分からなくて怖くて……」


「大丈夫よ。何があっても私とコイツで何とかしてあげるから」


 微笑むサラに、リリアンもようやく笑みを見せた。

もうちょっと船での修羅場を書こうかなとも思ったのですが、この小説にそぐわない気しかしないので割愛させていただきました。


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