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空の支配者と七人の英雄たち  作者: あまつか飛燕
《駆けだす友人編》王族の仕事
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古文とは

 拉致未遂事件から数日後、シルフィとミューゼは王宮でハルデヒトや第一王子であるグレンタードに直々に呼ばれて謁見していた。居並ぶ高官達に見られながらというのは、いつになっても慣れそうにない。


「シルフィもご苦労だった。まさかあの後、そんな事になっていたとはな」


「いえ、手配していただいた冒険者の方に色々と助けて頂きました」


「そうか。報酬を弾まなければ……と思うが、もうどこかへ行ってしまったのだったな」


 本当に惜しそうに呟くと、今度はミューゼの方に目を向けた。


「貴女がミューゼか」


「はい、ハルデヒト第二王子様。私がミューゼでございます」


「畏まらないて良い、貴女の娘であるサラスティアには学園時代には随分と世話になった」


 浮かべる笑みに、ミューゼは殊更頭を下げる。名前は知っているし娘の学友という事も知ってはいたが、さすがに実際に会うのは初めてなのだ。


「さて、貴女に聞きたい。ここ最近、古文学者が相次いで拉致されている。我々も手をこまねいているわけでは無いが、第一言語と第二言語の学者が数名、連れ去られてしまったようだ。

 そこで同じく第三言語の権威であるミューゼ氏に尋ねたい。この動き、何が目的と見るか」


 ハルデヒトの言葉の意味を咀嚼するまで、やや時間が経った。そしてミューゼがおもむろに口を開く。


「私に……高度な政治を論ずる知識はありません。ですので、古文に関する事をお話ししたいと思います」


 ここまで静かに発言を記録していた速記者が記録紙をめくった。


「古文は、皆さんも知っているかとは思いますが、今私たちが使っている言葉や文字とは全く異なるものです。いつまで使われていた言語なのか、五百年前なのか千年前なのか。それすらも判然とせず、聖暦元年を機に使われなくなったと言う者もいますが、それすらもわかりません。


 記されている内容は様々です。大昔のお伽話のようなものから、何かの論文まで。誰かの日記、何かの説明文、報告書のような意味不明な数字の羅列。数え上げればキリがありませんが、確かに大昔に私たちと同じような人たちが生活していた証なのです」


 ミューゼの説明に、二人の王子も高官達も静かに耳を傾けている。


「グレンタード様、ハルデヒト様。大変身勝手な申し入れで恐れ入りますが、ここから先の話は古文学者の禁忌故、人払いをお願いしたく存じます」


 いっそう顔をこわばらせたミューゼが、そうハルデヒトに伝えた。高官達は訝しげな顔を浮かべたが、グレンタードが頷くとすぐにぞろぞろと謁見の部屋から退出していく。速記者もだ。


「あの、私も出た方が良いですか?」


「シルフィさんはいいのよ。ただ、これから私が喋る事をむやみに外へ出さないでほしいの」


 シルフィが神妙に頷くと、ミューゼはゆっくりと口を開いた。


「人払いしていただきありがとうございます。この話自体、古文学者の暗黙の了解でして、どうかお二人の胸の内に秘めていただきたいのです。

 ――古文書は、世界のあちこちから見つかります。内容は先程申した通りですが、中には発見次第直ちに教会に(・・・)提出しなければならない文献があります」


「それは、どのような?」


「戦争や武器に関する本、あるいは宗教に関するものです」


 今度は二人の王子の顔が、そしてシルフィの顔がこわばった。戦争や宗教、扱いようによっては容易に人心を掌握し凶行にさえ駆り立てさせることが出来るもの。ゆえに、取り扱いは慎重でなければならない。

 それを教会が集めてるとなれば、警戒するのも当然だろう。まさかただ蒐集するだけでもあるまいに。


「素人考えで申し訳ないのですが、今回私を含め古文学者を連れ去ろうとしているのは、教会なのではないでしょうか」


「それは違う可能性が高い、とだけ先に答えておこう。何故そう思った」


「内容があまりに難解だからです。聖輝教の敬虔な信者の方には怒られそうな話ではありますが、あれらの古文はそう簡単に解読できる内容では無いと考えております」


 聖輝教は真に神を擁する教え。不可能な事などなく、どんな細工をしようと全ての物事は暴かれる。教義のうちの有名な一つであり、シルフィも含め皆が知っている。


 だがそれでも、古文は難解だという。

 グレンタードは無言で続きを促した。


「私たちも研究者です、折角手に入れた文献を何もせずに渡したりはしません。第三言語はこの手の文献が不思議と少ないのですが、第一や第二言語ではよく見つかるそうで、内容を聞いた事があります」


 爆弾を作るための火薬の調合、武器の作り方、整備方法。かつての戦争の顛末、その研究、学者の見解。そして、世にいくつもあったと言う宗教、教義。

 ミューゼが語ったのは、二人の王子にも理解できないほど高度な文明を窺わせるものであり、それでいて異質なものだった。


「私たちの認識では、聖輝教がこれらの古文書を集める理由は二つあると考えています。

 一つは、世に戦乱の萌芽を撒かない為。

 もう一つは、この世界での宗教上の頂点という地位を確固たるものにする為。


 この後者をより強固にしたい。でも"自分たちが頂点である"なんて事を公言するなど、体裁に関わる。だから聖輝教は古文学者を拐い、秘密裡にこれを進めようとした。


 ——でも、聖輝教が犯人では無いのですね?」


「そうだ。犯人は聖輝教ではなく、もっと面倒な相手と言ってもいい。シルフィ、頼む」


 ハルデヒトはシルフィに目配せをする。懐から取り出したのは、結局大枚叩いてカムールから買ったという扱いにしてもらった例の腕輪だ。


「あの日、ミューゼさんを襲撃した連中の一人が持っていた腕輪です。裏を見てみてください」


「銀の腕輪なんて高級な装飾品のように見えるけど……これは」


 刻印された文字を見て、ミューゼも何が起きようとしているかを理解した。聖輝教がどれだけ台頭しようと実害が無ければ良いと思っていたが、彼の国が古文学者を集めるとなると先ほど自ら語った言葉が重大な意味を持つ。


「そういう事だ。近隣諸国を武力で呑み込み、今またその毒牙をケルムントにも向けるあの国が、ともすれば戦乱を起こせる程の危険を孕む古文書を解読出来る物を拉致する意味……聡明な貴女なら、我々と同じ推察は出来るだろう」


「で、ですが! これらの内容の古文書は禁書と呼ばれ、その一切を聖輝教が管理してる筈です!」


「いや、金を掴ませれば靡く者は多い。あるいはアロンドルフ政府が直々に、聖輝教に古文書の明け渡しを求めたか……」


 帝政アロンドルフは、あくまで武力国家なのだ。古文書に記されるのは、大昔のもっと文明が隆盛だったであろう頃の名残。それが何故滅んだのかはそれこそ古文学者の研究目的の第一であるが、今はその頃の武器の技術を武力国家が欲しがっているというところが重要だ。


「だとするなら、私が呼ばれた理由は……」


「そうだ。今後のアロンドルフの動きを考え、ミリウス王国政府として協力を要請したい」


 かかるアロンドルフの専横に対し、政府としては対策室を設置しその動向を注視しているという。


「必要な準備は全て行うように」との国王の号令の下、二人の王子はそれぞれの配下にあれこれと指示を出し続けていた。


 もっとも表の国王を支える役目であるハルデヒトは、専ら影に動く。国民に動揺を与えない為の情報統制、軍の即時動員計画の策定、戦費調達の為の緩やかな増税の算段。


 その中の一つに、今回の古文学者拉致事件で急遽新設された遺跡・古文書研究班がある。敵が古文の知識を使うのならば、こちらも古文で対抗する。ハルデヒトはミューゼを、そこに誘ったのだ。


「王室として専任の古文学者がいるわけでは無いが、我々も少なからぬ古文書は所持している。これ以上は説明しなくても分かるとは思うが」


「で、では! 保管施設に入れて貰えるのですか!?」


「そうだ。報酬もあるが、なにぶん優先度も低いだけに少なくてな。これを以って追加の報酬としてもらいたいのだが、どうだ?」


「喜んで!」


 その時のミューゼさんの横顔ときたら、いつしかサラがカイルに向けた笑顔とそっくりだったなとシルフィは思い返した。


 後から聞いた話では、王宮の管理する保管施設とは国が主導、あるいは民間に委託して行われた遺跡の発掘作業によって出土した物を保管、選別し後世に遺す為の場所なのだという。


 と言っても入れるのはごくごく少数のみで、大半が死蔵と化していたのだとか。それを今回の危機を踏まえて開放し、アロンドルフに対抗する為の手段を模索しつつ洗いざらい調べようという事になったのだとか。


 全面衝突の危機を前に何を能天気なと思わないでも無いが、古文に書かれている事を頼りにアロンドルフが攻めてくると言われてもそれはそれでピンと来ない。

 元より死蔵と化している貯蔵物も早いとこ研究しろと突き上げを食っていたようで、ここぞとばかりに信頼のおける学者を集めて総解剖という事らしい。


 全く偉い人と言うやつは、ハルデヒトも昔からそうだったとは言え、良く言えば機を読むのが旨いし、悪く言えばズルいのである。

 シルフィはウキウキ顔のミューゼさんを横目に、内心でため息を吐いた。


 *


 とりあえずルヴァンに行くための荷造りとして、アコーズの自宅に帰るというミューゼに家に来ないかと誘われた。

 シルフィとしては断る理由も無いのだが、是非来てほしいというので伺ってみると、入って早々に高く積み上げられた蔵書の数に驚いた。


「これって……」


「全部サラスティアが送ってくれたの。冒険の途中で見つけたからって」


 それにしては尋常ではない量だ。トレッタケールの騒動以来会っていないが、あの二人は今どこにいるのだろうか。


「最後にもらった手紙では、カザミからアダリスに向かってるみたいよ。またなんか厄介ごとに巻き込まれたらしくて。そういう星のもとに生まれたのかしらね」


 内容の割にはずいぶんと軽い口調で語るミューゼに、思わず質問を投げかけた。


「あの、心配じゃないんですか?」


「もちろん心配よ。でも、今はあの子が送ってきてくれたこっち(古文)の方がマズいかも……」


 他の人には言わないでねと釘を刺したうえでミューゼが語った古文の内容は、確かに衝撃的なものだった。こんな事が本当に出来るのであれば、世界の構図は一夜にして変わってしまう。


 頭にチラつくのは、こうした古文をかき集める帝政アロンドルフ、そして聖輝教。概ね何を考えているのかは想像できる、悪党の考える事は想像しやすい。だが同時に、これを追うのであればあの二人にしろ自分にしろ、命を差し出す覚悟で臨まなければならないなと実感した。


 聖暦五百二十八年十月、冬は目前だ。

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