軍と報道
「なぁ聞いたか!? この前の魔獣討伐について、駐屯地指令から勲章を授与されるって!」
朝礼の前、大体いつも来るのが遅いナンムがそんな事を言いながら飛び込んできた。
「お、今日は普段より騒がしいな」
軽口を飛ばすのはドランガルドだ。見習い五ヶ月目、季節はすっかり春となり最初はどことなく浮いていたドランガルドも少しづつ溶け込んでいる。とは言え未だにタロスには敵意のこもった目線を向けているが。
「だって勲章だぜ? 俺たちみたいな訓練生が貰えるなんて初めて聞いた!」
今にも踊り出しそうなナンムだったが、無理もないことだ。
勲章は特に活躍した者や大きな戦果を挙げたものに贈られる。手に負えないような強力な魔獣を討伐したとか、敵兵を多く屠ったとか、そういう時がほとんどだ。
裏を返せば勲章は歴戦の猛者が貰うことがほとんどで、訓練生が貰う事などまずないのだ。
「でも何等の勲章だ?」
そう声を上げたのはニェーボムだ。
「あー、そこまでは分かんないや。でも五等じゃないのか?」
「五等? 階級があるのか」
次いでタロスが声を上げる。
「知らないのか? 勲章にも階級があってな……」
勲章は五級から一級まであり、数字が小さくなるほど功績大とされる。逸れとの戦闘で功績を挙げた程度なら五等、それこそ敵の総大将を討ち取ったとなれば一等という具合だ。
「そしたら五等っぽいなぁ」
「でも先輩方が右襟に付けてる勲章って憧れだったからな、何等でも嬉しいよな!」
やれあの先輩はあの勲章だとかそんな話で盛り上がっていると、やがてライネル教官が入ってきた。
「騒がしいな。まぁ噂は飛び交ってたようだが」
「教官! 勲章が授与されるって本当ですか!?」
「慌てるな。その事についても今から話す」
皆の前に立ったライネルはごほんと一つ咳払いすると、手元の書類を読み上げはじめた。
「"昨日の魔獣攻勢による防衛戦闘に於いて、竜騎士訓練生の貢献したるは誠に軍人としての模範を示すものであった。よってここに、ミリウス王国陸軍総大将ミリウス=レクス=ヴァルデンの名の下に、以下の者に勲章を授ける。
ドランガルド、五等勲章。
ナンム、五等勲章。
ニェーボム、五等勲章。
レイティ、五等勲章。
そして――"」
ライネルは一度言葉を切って、しかとタロスを見た。
「"タロス、四等勲章。
以上五名、戦勲を称えて表彰する。
聖暦五百二十八年四月二十日、アコーズ駐屯地司令、マルジ=アークス"」
言い終わるや否や、奇妙なざわめきに包まれた。一人だけ位の高い四等勲章ともなれば当然だ。
「まぁ落ち着け。不思議がるのは分かるが、しっかり理由がある。やはり、小型魔獣を薙ぎ払って冒険者や門兵たちの防衛線戦を崩さなかったことが大きい事と、これも司令から直々に言われたことだ。もちろん訓練生でありながらいきなりの実践投入、それでいて誰も怪我をせずしっかり本隊が到着するまで守り切った他の四人のことも気にかけておられた。ま、その命令を出した俺は少しお小言を頂いたがな。
だがそれより何より、こうして勲章を頂けることが重要だ。殊更何級かなど考えなくても、貴様たちは誇っていい事を成し遂げたのだ」
ライネルの言葉に、ざわついていた皆も押し黙って改めて自分が勲章を授けられるという事実に胸を熱くした。自分たちの決死の戦いが認められたという喜び、これは何物にも代えがたい。
「後日表彰式がある。訓練の合間にそっちの練習もしなくちゃならんな、ペース上げてやるから覚悟しろよ?」
「うぇ~勘弁してくださいよ」
「甘い事を言うな四等勲章。貴様たちは知らないと思うが、市井では見習い竜騎士が街の危機を救ったとかで話題になってると聞く。多分表彰式には新聞記者も来るぞ、その時に代表して喋るのはタロス、お前だ」
タロスは名指しされて、ますます弱ったように声を上げた。
「自分ですか?」
「当たり前だ。こういうのは一番功のあった者がやるものだ」
「うぇ~」
露骨に嫌そうな顔をしてみるが、ライネルの反応はにべもない。
「ま、これも経験と思って頑張りなよ」
「レイティの方が良いんじゃないのか?」
「いいわよ私は。事実、一番功績アリと認められたのならやるしかないんじゃない?」
軽口をたたきながら、レイティはタロスの面白いところが見られるかもとひとりほくそ笑むのだった。
「教官、教官の勲章は二等勲章ですよね? 何で頂いたものなのですか?」
ナンムが尋ねると、途端にライネルの顔が曇った。
「――これはな、二十年前のヒルデング攻防戦の時のだ。俺はその時の竜騎士部隊の二次攻撃隊の隊長で、陣を構えて一大攻勢を控えていた敵の隙を突いて裏に回り、仲間と共に敵兵を焼き払ったんだ。そのお陰で敵は瓦解、再び攻撃部隊を編成するまでにかなりの時間を要した。
貰って浮かれるのはせいぜい三等までにしておけ。これは、人殺しの勲章だ」
*
タロスの噛み噛みのスピーチを終えて、一人ずつ襟に勲章を付けてもらう。五等の青く小さな勲章と、四等の水色で少し大きな勲章。等級こそ違えど、それぞれが誇りだ。
表彰式が終わるや、すぐに五人は記者に囲まれた。
「今のお気持ちは!」
「大型魔獣と対峙して怖くなかったですか?」
「これからの意気込みを!」
次々と飛ぶ質問に教えられたとおりの事務的な答えを返していく。タロスは少し危なかったが。
その中である質問が、レイティの耳を捕らえた。
「あの逸れは普段と違うと言うものもおりましたが、実際に対峙した人としてどうでしたか」
記者にしては珍しく女性の声だ。それも聞き覚えのある。
声の方を向いて出しかけた声を、すんでのところで押し留めた。声の主、尖った耳が特徴の彼女が唇に指をやり、言わないでと言外に伝えてきた。
おもむろに取材陣をかき分けて近づくと、小さな折り畳まれた紙を握らせる。開いてみると一文のみ書いてあった。
『正午にビアン食堂で。いつなら大丈夫?』
次は明後日が非番だ。ピースの形を送ると彼女は頷き、すぐにその場を立ち去った。
「なぁ、どうしたんだ?」
何かやってるなとタロスが尋ねると、レイティは小さく笑った。
「明後日、ちょっと付き合って。知り合いのエルフが用事だって」
*
アコーズの平民街、古い町並みのはずれの方に冒険者ギルドがある。多くの冒険者や冒険者相手に武具を売る商人などが入り混じる目の前の通りの反対側に、ビアン食堂という大衆食堂はある。
ギルドに併設されているのが酒屋なら、ここは腹を満たす場所。冒険者に限らず近隣の町工場の職人だったり商店の売り子だったり、沢山の人々が利用する場所だ。
タロスと二人で店に入ると、目的の人物はすぐに見つかった。丁度外では正午を知らせる鐘が鳴っている。
「久しぶりじゃない。シルフィ」
「レイティとタロスも久しぶりね。元気にしてた?」
目深に被った帽子を取ると、そこには見慣れた顔があった。王立学園の学友、長耳族のシルフィだ。
「でもどうしたのよ急に、こんなややこしい方法で会いたいだなんて」
「いやぁ、ちょっとどうしても忌憚のない意見を聞きたくてさ」
「この前の魔獣の? と言うか、シルフィって新聞記者になってたのね」
レイティが何の気なしに言うと、シルフィの表情が沈んだ。
「どうしたのよ」
「いや、色々あって……うん。二人に隠してもしょうがないか、実はね」
そう言って訥々と語る内容は、タロスとレイティの二人にとって衝撃でしかなかった。
「そんな事があったのか……」
「それで今は、真実を探るために新聞記者に?」
「流石にレイティは鋭いわね。そういうことよ。でも村じゃどこをどう探しても何も見つからなくて、でも諦めきれなくて新聞記者になったわけ」
レイティがふうと一つ息を吐くと、思い出したかのように軽く笑った。
「しかし村を助けたのがあの二人で、それでいて噂の一つも聞こえてこないってあたりが、何と言うか"らしい"わね」
「うん、ホントね。その後はガレウス王国に向かったみたいだけど、今はどこにいるやら」
しばし他愛のない話で盛り上がり、やがて本題に入った。
「でもなんで直接ここで? あの場で聞いてもよかったんじゃないの?」
「うーん……二人はさ、新聞ってどういう事を記事にしてると思う?」
逆に質問され、二人はちょっと考えた。兵舎にも毎日しっかり何社かの新聞が貼られ、時勢を把握するのもまた軍人の役目と皆が読んでいる。だが記事の内容と言えば、大体は国内のどこで何があったとか誰が何に就任したとか解任されたとか。あるいはどこで出た賊を誰かが捕らえたとか、そんな関係無い者にとっては全く興味の無い内容ばかりだ。
「確かにそうだけどね。じゃ色んな新聞があるけど、今回の騒動と勲章の授与についてどういう風に記事を作ると思う?」
そう言われるとこそばゆい。自分たちの事がどう記事になるかなんて、考えた事も無かったのだ。
「この前の授与式で写真とか撮られたけど、それを掲載したりするのか?」
タロスが尋ねると、シルフィはゆっくりと頷く。
「するでしょうね。多分論調としては、あなた達のことを過度に持ち上げるか下げるかのどちらかね。気を悪くしないでもらいたいんだけど、大衆にとって魔獣の脅威も終わってしまえば過去のもの。あなた達五人はしばらくの間、大衆の人たちにとって"英雄"か"蛮勇"かのどちらかとして消費されて、後は忘れられて終わりって言ったところかもしれない」
「確かにそうかもね……で、シルフィは私たちに何を聞きたいの? 今の話を聞く限り、貴女は違う考えのようだけど」
レイティは竜騎士見習いである以前にあくまで王女、その辺りの薄汚れた現実もよく理解していた。
「私が知りたいのは、あの逸れの真相よ。だっておかしいでしょ? 逸れと言えば普通は十匹も無いぐらいなのに、ほぼ同時に二か所で大量発生なんて。しかも竜騎士部隊の正規隊が対応している方と反対側にそう都合よく現れるなんて」
シルフィの言葉に二人は首肯した。タロスとレイティだけではなく、ライネル教官も他の三人も皆が口を揃えて不審だと言っているほどなのだ。だが何故かその事については、深入りするなと軍内部では言われている。
「だから教えてほしいの。あの魔獣の群れ、二人から見てどう思う?」
シルフィの問いに対して二人は思うところを喋ると、それをシルフィは次々とメモに取っていく。
結局小一時間ほど話し、シルフィはメモ帳を閉じた。
「ありがとうね、長々と付き合ってもらって」
「いやいや、でもこんな話だしどこの新聞に載るの?」
「実は……私、フリーの記者だからどこかに買ってもらわないと載らないのよ」
取材を行う記者も、皆が新聞を発行する会社に所属しているわけではないのだという。シルフィのようにフリーで活動して、ネタを買ってもらう人たちもいるそうだ。
「でも多分買ってもらえないと思う」
「どうして?」
「一言で言えば、意向にそぐわないから。かしらね。これを説明するには、もっと私の辿ってきた道を説明しなきゃなんだけど……」
そう言ってシルフィは、故郷の村で襲撃されてからの歩んだ道を語り出す。
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