鞍を作ろう
訓練とて毎日やるわけではなく、当然休日もある。その休日でも鍛錬に励む者もいれば街に遊びに行く者もいるのだが、サラはと言えばナンムと訓練するというタロスを強引に街に連れ出していた。
「どうしたんだよ急に。やっぱりこの前のこと怒ってるのか?」
「何でよ、そんな訳ないでしょ。全然別の用事だからさ、ほら行くよ」
もう駐屯地のある丘からだいぶ降りてきたしもういいだろう。レイティの少し後ろを歩いていたタロスの手を絡めとると、そのまま街中へと入っていく。
「ちょ、ちょっとレイティ!? どうしたんだよ一体」
「いいから! ちょっと手伝ってほしいものがあるの」
「手伝ってほしいもの?」
「そうそう。あの竜たちの鞍なんだけどさ……」
レイティは学園時代に竜騎士部隊の基地を見学した時から、その鞍の貧弱さが気になっていた。当時はまさか自分が竜騎士部隊に入る事になるとは夢にも思わなかったが、それでもこれも何かの縁と新しい鞍作りをやろうと考えていたのだ。
「あー確かにな。言われてみれば馬の鞍と似たり寄ったりだ」
「でしょ? 今は慣れたけどさ、最初なんか落ちそうでヒヤヒヤしたもの」
一応鞍には命綱も付いており、万が一竜から落ちてもすぐに地面に叩きつけられるような事は無い。だが空中で命綱を伝って乗り直すのは不可能だし、一度地上に降りていては戦力の低下を招くし格好の標的ともなる。
「そう考えると鞍無しで乗ってるサラってすげぇな」
「まったくね。竜を使う冒険者って鞍無しの方が多いって聞いた事あるけど、怖くてかなわないわ」
レイティに引かれるがままアコーズの入り組んだ道を右へ左へ。やがて目的の場所へと辿り着いた。
「お、ここって……」
建物に掲げてある看板に踊る文字にはタロスも聞き覚えがあった。と同時に、中から見覚えのある顔が出てきた。
「お、そろそろ来るかと思ってたけどジャストタイミングだったみたいね。久しぶりじゃないの」
出てきたのはルミアスだ。建物はマリー家具雑貨店という、ルミアスの生家である。
「卒業式以来だものね、元気?」
レイティが尋ねると、ルミアスは少し目線を下にやってニヤッと笑った。
「もちろん、最近はアコーズに引っ越してくる人も多いみたいだし売り上げも順調順調。で、二人の仲も順調?」
ルミアスにからかわれて、二人は初めて手を繋ぎっぱなしで来たことに気付いた。
「じゅ、じゅ、順調よ! それはもう!」
慌てて手を放しつつレイティがしどろもどろに答えるものだから、思わずルミアスは吹きだしてしまった。だがそれ以上にタロスが問題発言を飛ばす。
「いやー、なんかレイティがオレのこと好きみたいでさー」
ポカンとした表情を浮かべる二人をよそに、タロスはまいったまいったとばかりに頭を掻く。次の瞬間、レイティの本気蹴りがお見舞いされた。
「イッテェ! なんだよ突然!」
「なんだよ、じゃないわよ! 私の気持ちも知らないで! 私がどれだけタロスの事を好きかわかってるの!?」
レイティの声が街中に響き渡った。
*
「絶対とばっちりだと思う」
「いや、これは間違いなくタロスが悪い」
家具店の応接間には頬に平手打ちをくらったタロスと慰めるルミアス、そして顔を真っ赤にして机に突っ伏しているレイティがいた。
「あんな公衆の面前で言わなきゃわからないぐらい鈍感なのもどうかと思うよ」
「って言ってもなぁ。ほら、レイティは立場が立場だろ? オレみたいな獣人が将来隣に立ってていいのかってずっと思ってたからさ」
「真面目ねぇ。レイティなんて学園の頃からタロスのこと好きだったのに」
「そうなのか!?」
タロスが未だ突っ伏しているレイティの方を見るや、上から覆いかぶさるようにして髪に頬を擦り付ける。相手の髪などに自分の匂いを付けるのは獣人族特有の行動で、本当に好きな相手にしかやらない行動だ。それが証拠に、タロスの尻尾はぶんぶん音が聞こえるぐらい振れている。
「ちょ、ちょっとやめてって! わかったから!」
レイティはたまらず顔を上げて離したが、ルミアスはと言えば生暖かい目をして二人を見ていた。
「イチャつきに来たなら帰ってね?」
「すみませんでした」
「ごめんなさい」
平謝りする二人に仕切り直しとばかりに一つ咳をした。
「さて、ドラゴンの鞍作りでしょ本題は。レイティから手紙で聞いてたけど、馬用の鞍と似たり寄ったりなんだって?」
「そうそう。でも馬の挙動とドラゴンの挙動なんて当然違うわけでさ、馬は地面をずっと走ってるけど竜は空が戦場だし」
レイティの言葉にタロスもうんうんと頷く。
「急降下する時なんか体浮き上がるしな」
「そうそう、あのフワッとくる感じね! ドラゴンに乗ってる冒険者なんてどうしてるんだろホント、背面飛行だって出来るって言うじゃない」
ルミアスはうーんと考え込むと、やがてペンと紙を取るやササっと鞍の付いた竜の簡単な絵を描く。
「相変わらず上手いな」
「職業柄ね、オーダーメイドのお客さんとかの口頭の注文を形にするのも仕事だし。それで、鞍はこんな感じ?」
「そうそう。他の国の鞍も似たり寄ったりみたいだし」
「他の国の鞍も同じなの?」
「そうみたい。と言っても知ってるのは同盟国のだけだけどね」
馬の鞍と違うのは、足を引っ掛けられる場所がある事と銃座が付いている事ぐらいだ。
「待って、銃座? 銃を載せるの?」
「おう。機銃って言って、結構デカい銃を載せるんだ」
タロスが手を広げて大きさを説明すると、ルミアスは何とも言えない表情をする。
「それって……竜は大丈夫なの?」
「実はあんまり大丈夫じゃないのよ」
今度はレイティが口を開いた。
「私たちはまだ機銃を載せて飛ぶ訓練はしてないけど、撃った反動がモロに鞍に負担としてかかるから、鞍が破れたり竜の背中が傷付いたりって事はあるみたい」
「竜にダメージがいったらどうなるの?」
「一応当て布とかはするみたいだけどね。戦えるぐらいならいいけど、もし深傷なら戦線離脱ね。もっとも機銃を使うのはそれこそ戦争の時だけみたいだけど」
竜の背に載せられる機銃は、もっぱら対人のみに使われる。と、座学で習っていた。つまり国家間の戦争の時のみだ。なのでレイティ達も正規の竜騎士部隊の人たちも、基本的に機銃を使うのは訓練の時のみである。
「つまり、機銃を使うのは国の非常事態の時だけ。でも使ったら使ったで竜にもダメージが及ぶ可能性があるリスクの高い兵器ってわけね」
「要するにね。その辺もどうなんだろって教官に聞いてみた事はあるけど、適当にはぐらかされたわ」
再びルミアスは少し考えると、やがていくつかの条件を出した。
「つまり求める要件としては、安定性の向上、多少極端な飛び方をしても落ちないこと、機銃を据え付けても竜にダメージが及ばないこと。こうね? ちなみに機銃ってどのくらいの重さなのよ」
「えーっと、確か……」
「ばか、そういうのは軍機よ軍機。そればかりはいくらルミアスにても喋れないわ」
*
マリー家具雑貨店は、家具がメインとは言え雑貨も多く扱っている。それは数多の業者と付き合いがあるということで、ルミアスが鞍作りに際して必要なものもすぐに手に入った。
「お嬢、これでいいのか?」
「大丈夫です、ありがとうございます。あとお嬢はやめてくださいって」
「はっはっは! こんな形のサスペンションが欲しいなんて、またお嬢はマリーさんに黙ってなんか作るんだろ?」
頼んでいたものを納入しに来た問屋の男がガハハと笑いながら品物を置くと、ルミアスも適当にあしらいながら代金を支払う。
ルミアスは幼い頃から、母や他の職人たちの作る家具や雑貨を見て育ってきた。そのためか手先が人一倍器用で、モノづくりにも興味津々。
なので小さい頃からよく勝手に何か作っては、母に怒られるということがあったというわけだ。
「いえいえ、今回のはちゃんと母の許可も取ってますよ。上手くいけば大きい商談になるって張り切ってましたし」
ルミアスの言葉に、商人の男は殊更驚いたような顔を浮かべた。
「ほーう? そりゃウチも関係するのかい。するなら是非今のうちに、相手先を教えて欲しいところだ」
「すいません、それはまだ秘密なんですよ。ま、元々友達から頼まれたものですし、その友達も"出来るかどうかわからないけど"って言ってたし」
竜の鞍と言えど突き詰めれば軍の備品、兵器廠が管理し、その製造管理も全て軍が担っている。もちろん製造は一部を外注しているとは言え、それらも全て軍の指定業者だ。
鞍を作り軍に納めるためには、まずその指定業者にならなければならない。もちろん国家防衛に関わる話なので簡単な話ではないし、余程良いものを作った上でその製品技術の秘匿性も十分に守らなければならない。納める製品の製法などを他の製品に転用するのも禁止だ。
だが見返りもいい。普通の仕事より貰える額は大きいし、軍の指定業者と言う箔も付く。
ルミアス自身もその難しさや旨味を理解していたし、レイティは王族なのだから口伝てにとか一瞬考えもしたが、そういったコネは母親のマリーが最も嫌う行為だったし、ルミアス自身の職人魂にも恥ずべき行為だと感じてすぐにやめた。
ならば実用性の高いものを作って、堂々と指定業者になるまでだ。
「で、ママは馬の鞍とかには詳しくないわよ?」
ルミアスの描いた設計図を母親のマリーはしげしげと眺めて呟いた。
「私だって詳しくは無いわよ。でもうまくいけば結構おいしい軍の備品の仕事にありつけるかもだし、何より友達の為だし」
とは言ってみたものの、なかなか妙案は思い浮かばないものだ。機銃の反動は台座に取り付けたサスペンションでどうにかなるが、極端な飛び方をしても落ちないように体を固定するというのが難しい。
何より竜に乗った事の無いルミアスがその挙動を予想して作るわけで、話を貰った時から難しい事は分かっていたのだ。
「でも、それを何とかするのが職人ってもんでしょ」
ルミアスはそう言って気合を入れると、黙々と設計図の作成に取り組んだ。レイティ曰く、安定性の高い鞍が実用化されれば国防力も上がると言っていたが、ルミアスにとっては何より大切な友達からのお願いなのだ。張り切らない訳がない。
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