恐怖と畏怖
「敵襲ー!」
カイルはそう叫ぶなりトゥーリエを呼んだ。サラもだ。生身で銃を持つ何者かに立ち向かえるわけが無い、頼る予定では無かったが非常事態だ。
村の衆は賊を納屋に押し込むのも忘れ、襲撃された時がフラッシュバックしたかのようにパニックに襲われ逃げ惑う。賊はと言えば各々が縄に繋がれていて、自由に逃げる事が出来ない。だがどこから撃ってきているのか、走り回る男達に狙いが付けられないようで時折地面を銃弾が穿つ。
何とか村の衆が生き残りの賊を納屋に押し込んだ頃には、カイルもサラもそれぞれのパートナーに乗って大空を駆っていた。気付いた村人は皆が一様に驚いて空を見上げていたが、今は構っている暇はない。
「どこだ! どこにいる!」
『落ち着けカイル。恐らく高い場所から撃っている、向こうだ』
トゥーリエは大方周りの地形を把握していたようで、迷わず村の近くの少し高くなっている丘へと飛ぶ。ハンドサインでサラに付いてくるように知らせ丘に急行すると、遠くに黒服の男が銃を片手に逃げていくのが見えた。
「逃がすか……!」
カイルは黒服の男に先回りすると、目の前に着地しようとした。だが男は銃を乱射し、やむなく再び飛翔する。
何度か男のそばに二人で接近するものの、その都度銃で追い払われてしまう。だがそうして追いかけるうちに、男が銃を取り落とした。
今がチャンスとばかりに急接近した瞬間、突如大きな音が轟き視界が白一色に染められた。
「な、なんだ!?」
「カイル、気を付けて! 何かの罠かも……!」
咄嗟に覆った腕から恐る恐る下を見てみると、既に追っていた男の姿は無かった。近くの川にでも飛び込んだのか、あるいは何か知らない方法で行方をくらませたのか。
「逃げられた、か……」
「しょうがないよ。とりあえず落としていった銃、あれだけでも拾って戻りましょ」
逃げられてしまっては仕方ない。深追いするには人手がいるし、何より村が心配だ。
*
村に戻ると、案の定村の人たちの反応は二分していた。人族は突然現れたドラゴンとハルピアに恐れをなし、獣人族や街唯一のエルフ族であるシルフィの家族は畏れて跪く。
「お、おい! そいつぁハルピアじゃないか!」
「神の使いよ……」
「賊の次はハルピアか……!」
「こんなにも間近で見れるなんて、幸運な事よ」
相反する意見を取りなしたのは他でもない、人族である村長だ。
「落ち着かんか。賊を捕らえ、新たな敵をも追い払ってくれたのは他ならぬ、この二人の若い冒険者とドラゴン、そしてハルピアなのじゃぞ」
「村長、しかし!」
「事実そうであろう。いくらこの二人が若かろうと、ドラゴンとハルピアを従えている。
そもそも、ハルピアが魔獣や賊のように人を襲う話など聞いた事があるか。人との友誼を結んだという話も聞いた事は無いが、それは現にこうして我々の前に、人の言うことを聞くハルピアがおるではないか」
村長のフォローに、カイルは有り難いと思いつつ複雑な顔を浮かべる。確かにドラゴンを従える冒険者と同じ目線で当てはめれば、まるで戦って打ち負かし、従属させているように見えるかもしれない。
カイルが一言何か言おうとした瞬間、先にサラの口が開いた。
「言う事を聞かせているわけじゃありません! このドラゴンもハルピアも、私たちの友達なんです!」
サラの叫びに、村人たちは驚いた。だがすぐに恐れの混じった声が返ってくる。
「だ、だけど、ハルピアが人間の言う事を聞くなんて聞いた事がねぇ! 冒険者だから何か特別な方法で従わせてるんだろ!」
「そうだそうだ! さっきの話じゃ冒険者は来れないみたいな話だったじゃないか、それがなんでお前さんたちは来れたんだ。本当に冒険者なのか!?」
「どさくさに紛れて、その財宝とやらを狙ってきたんだろ! 騙されんぞ!」
いったい誰が誰を騙そうというのか。話の飛躍も行き過ぎだと思ったが、そんな疑いの目を向ける村人たちを諫めたのはシルフィだった。
「いい加減にしてください!」
「シルフィ、あんたはこの自称冒険者の肩を持つのかい!?」
「自称じゃないです! この二人は正真正銘の冒険者で、私の学友なんです!」
シルフィはそう言うなりつかつかとトゥーリエの元へ歩み寄る。危ないぞと叫ぶ村人をよそに、遠巻きに眺めていたシルフィの母のアマンはシルフィが大事そうに持っていたペンダントの事を思い出していた。いつも首からかけているので何かと尋ねたところ、王立学園での友情の証だという。中を見せてもらって驚いた、ハルピアとドラゴンが森の中に並び立つ紋章のようなものが刻まれていたからだ。
だが今はその意味が分かる。あのハルピアとドラゴンは娘の友達だというあの若い冒険者のパートナー。そして娘は……
ハルピアの背に乗って見せたシルフィを、村人皆が信じられないような面持ちで見上げていた。シルフィも余裕の表情を浮かべ、ハルピアとてだからどうしたと言わんばかりに明後日の方向を見ている。先程まであれほどカイル達に突っかかっていた村人たちも唖然とした表情だ。
ありがとね、と言って背から降りると、トゥーリエは答えるようにひと啼きする。長耳族とはいえ、冒険者以外の言う事を聞いたとざわつく村人にシルフィは向き直った。
「今はハルピアとかドラゴンとか、そんな事はどうでもいいでしょう! それより銃を持った賊が現れた、この事の方が問題では無いんですか!?」
あまりの剣幕に先程まで懐疑的な表情を浮かべていた村人たちは何も言い返せず、ただ黙ってシルフィと村長、そして二人の若い冒険者の方を見ていた。
*
結局のところハルピアとドラゴンはカイルとサラのそれぞれのパートナーで安全だという結論になり、今は村長と長老が集まって今回の事件を報告する書類をまとめていた。
本来ならばこうした事件事故は駐在文官が取りまとめ国に報告するのが常なのだが、その文官の行方は杳として知れず未だに帰ってこない。ギルドに正式に依頼しているのに冒険者が来ない事も考えると、どこかで妨害されているかあるいは殺されたのかもしれない。
「では、行ってまいります」
報告書を携えた村の男三人が、近隣の大きな町へと向かっていく。賊に襲撃された町は、国に申請すれば損害分の補填を国庫から賄われることになっている。ゆえにその報告書は極めて重要であり、村の復興のためにも必ず報告しなければならないものなのだ。
村人だけで行かせるのにカイルとサラは反対し護衛をすると言ったが、村としてはこれ以上冒険者に頼るのも申し訳ないし、もう賊は確保されているのだから大丈夫だろうと反対された。だが本音は、冒険者である二人にこれ以上何か頼めば報酬を弾まなければならなくなると言ったところだろう。
「大丈夫かな、護衛も無しに行かせて」
見送ったシルフィが呟いた。
「大丈夫――だと思いたいけど、結局賊を撃った第三者もそいつが持ってた銃の問題もあやふやのままだしね。もしこの襲撃が誰か権力のある人が画策したものだとしたら、多分襲われるわよ」
サラが返事をすると、シルフィの顔に貼り付いていた不安がより一層深まった。
そもそも統制品を用いた、出所不明の噂を頼りにした襲撃なのだ。銃が無ければ単なる噂話で済んだだろうが、リーダーの男が語った"身なりのいい野郎"の正体も気になる。
真贋はともかく金塊を見せられるだけの財力、銃を調達できるだけのコネ。村人達はリーダーの自白も忘れて捕まえられたというだけで舞い上がっているが、どうもそんな単純な話ではない気がする。
はたして街へ向かった男たちは、その日のうちに帰ってきた。だが一人のみだ、出発するときには持っていた荷物も一切持っていない。
「お、おい! どうした、他の人たちは!?」
「殺された……! 襲撃されたんだ!」
「なんだと……」
「何故ここまで執拗に……」
落胆する村人をよそに、カイルとサラは村長の方へと向かう。
「村長、やはり私たちが行った方が良いかと思います」
「君たちがか、いやしかし……」
サラが提案した途端、村長の顔が歪んだ。やはり金銭的な問題を心配しているのだろう。
「しかしも何もないでしょう。何者かに襲われさらなる犠牲者を出し、報告のための書類は無くなったのですよ? 少なくとも私たちにはドラゴンとハルピアがいます、そう簡単にやられたりはしません」
「そうは言ってもなぁ……文官さえ帰ってきてくれれば、それで良いのだが」
煮え切らない態度に、カイルが歩み出て村長の目を見据えた。
「村長、お金の心配なら無用です。自分たちはこの村での惨劇を、何としてでも報告しなければならないと思っているからこそ、こうして提案しているのです」
カイルの怒りを押し殺した声を聞いて、初めて村長の顔に困惑が浮かんだ。この爺さん、ようやく自分たちの怒りに気付いたか。
「……わかった、ではお主らに頼むとしよう。幸いにも報告書は村の保管用としてもう一つある、それを渡そう」
村長はカイルとサラの目線から逃げるように家に帰っていく。
「村の存亡が掛かってるのに、ずいぶんとお金の心配ばっかりするのね」
「全くだな。とは言えなんとか許可は取り付けたし、後は飛んでいけば襲われることも……」
「ねぇ、街に行くんだよね」
カイルの言葉を遮って、シルフィが話しかけてきた。
「おう、偏屈村長も納得させたしな」
「あの人が偏屈なのは昔からよ。それでさ、私も連れて行ってくれない?」
「いいけど……」
「良くないわよ。ね、シルフィ。申し訳ないんだけども、それは危険すぎる。また襲われるともわからないし、いくら飛んでいくと言ってもまた銃とかで狙われたら防ぐ方法が無い。それでもいいの?」
尋ねられたシルフィは、意を決したように身の内に燻ぶっていた気持ちを話し始める。
「ここは私たちの村よ。それが突然変な噂に騙された賊に襲撃されて、色んな人が大切な人を突然奪われた。正直に言って……悔しくない訳がない。
だからこそ私は伝えたいの。この村で何があったのかを、二度と同じことを繰り返させないためにも」
シルフィの言う事は、賊に襲撃された村の者なら誰でも言うような事であろう。だがトレッタケールの襲撃は、明らかに誰かが悪意を持って狙い撃ちにしているものだ。それはカイルにもサラにもわかっていたし、何より友人の涙ほど堪えるものは無い。
「……分かった。今すぐ行くから、アイルに乗って」
シルフィは無言で頷くとアイルのもとへ駆けていく。二人もそれぞれのパートナーのもとへ向かうと、土埃を舞い上げ空へと躍り出た。
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