災い転じて
ハルピアが人間の言う事を聞いている、などという俄かには信じがたい光景からいち早く立ち直ったのはギルドマスターだった。さすがにマスターというだけあって歴戦の猛者という事だ。
「そ、それで。その大量の土をどうするんだい」
「簡単です。こうするんです」
そう言ってカイルはトゥーリエに指示を出し、土台を持ち上げ穴の上へと持っていく。一本線だとバレない程度の弱い魔法で土台に水を吹き付けると、そろそろと穴の中へと土台を降ろし始めた。トゥーリエが器用に持つ縄はかなり長いものを調達したので、少しぐらい穴が深くても問題ない筈だ。
そろそろと降ろすうちに、最初こそ抗うかのように燃えていた火もだんだんとその勢いを弱めていく。やがて土台が完全に穴を覆うと、辺りが急に暗くなる。それと同時にあれだけ身体を焦がしていた火照りが薄まっていった。
トゥーリエが再び土台を上げると、二ヶ月に渡ってワーレントの人々を困らせていた問題の一つは綺麗に解決していた。
「火が消えた……あれだけ色んな人たちが挑戦したのに……」
ハルピアが出てきて腰を抜かしていたワーレントの町長が、座り込んだままハルピアへの恐怖をも忘れて呟いた。
「え、えーと……カイルさんとサラスティアさんですね、依頼の成功を確認しました。報奨金はどのようにして……」
「いえ、まだです」
サラはそう言って鼻を摘まみ、もう一つの問題が解決していないという仕草をする。ぽっかりと開いた大穴からは火こそ消えたものの、相変わらずきつい臭いは漂ってきている。
依頼はあくまで火を消す事であり、臭いを消す事までは依頼の範囲外だ。火は消えたので、この時点で報酬の五百万エルンを受け取る権利はある。依頼書の瑕疵と言ってしまえばそれまでだし、ギルドも別に臭いを消す依頼を出さねばと考えていたのだ。
なので二人が臭いも消してくれるというのであれば願ったり叶ったりであり、何よりこれで終わっては受け取る二人の気が済まないのだ。
カイルは手拭いで口と鼻を覆いつつ、一緒に持ってきてもらった短く切った水道管をいくつか地面に刺していく。穴はそこまで深くは無かったが、それでも梯子を降ろして降りたカイルの身体が全く見えなくなる程度には深いものだ。底に近付くに連れて臭いはきつくなったが、何とか刺し終えるとすぐに地上に上がる。
「もうくっさいのなんのってね、早いとこ蓋しちゃおう。トゥーリエ!」
トゥーリエが再び土の盛られた土台を持ち上げ、穴の底へ降ろしていく。今度は水道管の上に土台が乗り、地中に空間が出来た状態で穴が再び埋まった。
「ここからどうするのですか?」
ギルドのサブマスターの問いかけには答えず、今度は長く先端を尖らせた水道管を今しがた埋めた土に刺した。アイルに手伝ってもらって地中に強く刺すと、手応えと共に土台を突き破る。もう一本同じように土台を突き刺したところで、初めてサブマスターの質問に答えた。
「この"燃える穴"ですが、恐らく地中から何か燃える原因になるような気体が出てきている可能性があるというのを、ギルドの二階の資料で見ました」
サラがそう言うと、再び不快な臭いが辺りに漂い始めた。だが燃えていた時よりはるかに軽いものだ。
「その仮定が正しければ、恐らく埋めただけではいつか再び爆発する可能性があります。事実、先程一度穴を塞いだ時に弱まった臭いは、この土をいったん除けた時に再び強まりました。これが、仮定の正しさを証明していると思います」
ギルドの職員や街の責任者は学者の言う事など話半分だったらしく驚いていたが、何よりそれを信じ実際に炎も臭いも解決してしまったこの二人の若い冒険者に驚愕していた。そうこうしているうちにも二人は手際よく作業を進めていく。
アイルが持ってきたもう一つの土台に盛った土を、埋まりかけている穴に更に流し込んで簡単に整地する。こうして穴は完全に塞がり、そこには二本の筒が飛び出ているだけとなった。
「多分あんな水道管だけでは土の重みに耐えるのが限界だと思うので、この場所は人が立ち入れないようにしておいてください。この筒からは相変わらず臭いが漏れていますが、これも筒を伸ばして街から遠いところに出してしまえば風向きが悪くならない限りは大丈夫だと思います。これで依頼完了という事で、よろしいでしょうか?」
カイルが聞くとギルドマスターはややぎこちない笑みを浮かべて頷いた。
「そ、そうだな。依頼の達成を確認した。今日はもう遅いから、明日にでもギルドで報酬の支払いをしよう」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
マスターから直々に感謝されるというのは、冒険者にとって滅多にない誉れな事だ。二人は頭を下げると、颯爽とそれぞれのパートナーに乗り飛び去った。
*
翌日、二人が穴のあった場所に来てみると、やはり現場はちょっとした騒ぎになっていた。皆が口々に「誰がやったんだ」とか「いつの間に」と言いつつざわついている。よくよく見てみると昨日露出していた水道管のパイプは既に延長され、郊外の方へ向かって伸びている。
そんな騒ぎを横目にギルドに向かうと、受付をしていた獣人の女性は顔を見るなり手招きして建物の奥へと通された。
「待っていたよ、カイルくんにサラスティアさん」
そこには昨日も見たギルドマスターやサブマスターに、ワーレントの町長まで座っていた。そして居並ぶ面々の前にある机には、大ぶりの袋が二つ鎮座している。
勧められるがままに椅子に座ると、マスターは早速本題を切り出してきた。
「さて、まずは昨日の依頼に対する報酬だ。受け取ってくれ」
カイルが一つの袋を手に取り開けてみると、中には大量のエルン金貨が入っていた。想像はしていたが、実際に見てみると圧巻だ。
「一つの袋に三百万エルン入っている。臭いまで解決してくれたからな、百万エルンはその報酬と思ってくれればいい」
「あ、ありがとうございます」
「いいんですか……? こんなに貰ってしまって」
二人にとって冒険者としての初の依頼の報酬が六百万エルンだ。普通駆け出しの冒険者は数百から数千エルン程度の簡単な依頼をこなしつつ、半ばその日暮らしの様に生活している。最初の依頼で万を超える依頼をクリアできる事は稀で、ましてや百万ともなるとちょっとした噂になるほどだ。
「いやいや、あの大穴のお陰でワーレントの人口は少しづつ減り始めてたし、このままでは街自体が衰退するところだった。五百万でもダメなら借金してでも一千万クエストにして、高名な冒険者を呼ぼうと思っていた所だからね」
マスターの言葉にワーレントの町長は深く頷く。町長がその後語るには、ワーレントほどの小さな町では一千万も急に用意するのは大変で、せいぜいその半分を用立てるのが精いっぱいなのだという。
「でもこれで平和が戻るからの、六百万で済むなら安いものじゃ。あとはそのうち学者を呼んで、あの異臭のする気体の分析でもやってもらうわい」
町長はそう言ってからからと笑ったが、カイルとサラにとっては自分たちの受け取るお金がかなり限界に近い中で捻り出してくれたものと思うと素直に受け取ることも出来なかった。
「な、サラ。ちょっと考えたんだけどさ……」
「カイルも? 私もちょっと考えたんだけど……」
*
数日後、ワーレントの町外れでちょっとした歓声が上がった。集まった人達は皆が「こんなに簡単に強い火を起こせるなんて」という感想を口にしている。
火を使うことから湯浴み場は郊外に設けられる事が多い。ここワーレントでもそうだ。
こうした公共の湯浴み場は余程小さな村でなければ人族のいる街であればどこにでもあり、マイルズの様に天然の温泉でも湧いていない限り、得てして湯を沸かすための大火力にはどこも苦労している。魔法杖があれば火種ぐらいは簡単に作れるにしろ、そこからは藁などで火を広げ薪に着火していくのか変わらない。
定期的にメンテナンスのために火を落とさなければならないし、その都度火を起こすのは結構な負担なのだ。
ちなみに獣人の村や森のエルフの村には湯浴み場が設けられているところは少ない。両種族とも、湯浴みをするという文化が元々無かったためだ。
これらの種族はもっぱら水浴みが普通で、カイル達がタロスの村へ遊びに行った時などはまずお湯を作るのに苦労したものだ。
その経験があったからこそ二人は、ワーレントの公衆浴場でこの燃える空気が使えないかと考えた。
トゥーリエの助言を得つつ貰ったお金で街の業者に逆流弁と制御ハンドルを作ってもらい、それを燃える空気の通る管に取り付けたのだ。
こうする事で小さな火種を大きくするという作業は無くなり、大量のお湯を作る作業が大幅に簡便化された。ハンドルで空気の出力を調整するだけで、どんな火力でも自由自在なのだ。
公衆浴場で働く者は皆が火の取り扱いに関しては人並み以上の知識を持つが、万が一に備えて管を炎が逆流しないように弁も付けてある。誤った操作さえしなければ安全性も高い。さらに燃えカスも減るので、これまでと比べてメンテナンスも楽になるはずだ。
これらの道具を作り公衆浴場の人と一緒に試験した時の喜びようは、それはもう二人の予想以上だった。こうしてお披露目した時の周りの反応も然りだ。
「いや、あれだけワーレントの街を困らせていた燃える穴がこう化けるとは思わなかった。あの二人の冒険者のおかげだ」
町長の言葉に誰しもが頷いた。危険な燃える穴は無くなったし、臭いもほぼ無くなった。それどころか、重労働で煙たがられる事さえある公衆浴場の維持を大幅に楽にしたのだから。
歓喜の元に迎えられた公衆浴場の新しい設備のお披露目が終わると、二人はそのまま再びギルドマスターに呼ばれた。
「いやいや、君たちはこれが初めての依頼なのだろう? 私も長いことギルドに携わってきたが、こんなのは初めてだ。
そこでだ。二人に是非とも受けてほしい依頼があるのだが……」
「自分たちにですか?」
「最初から指名依頼なんて……」
ギルドマスターに直接褒められるのが名誉ならば、マスターから直接指名されるのもこれまた名誉な事だ。成功させられれば名前は売れるし報奨金も高い。
期待半分恐れ半分で依頼内容を見ると、それは一見して単なる賊の討伐依頼のように見えた。だがその場所を見て二人は眉をひそめる。
「トレッタケール? ケール穀倉地帯の?」
「いやそれよりこの場所って……」
アコーズ王立学園で知り合い、卒業後は地元に戻ると言っていた長耳族の親友。シルフィの故郷だ。
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