捨て荷
アムレイズの街を出て少しすると、道は森の中の川沿いに入った。この先にはさほど大きくは無いが両側の見通しが悪い渓谷が控えている。
道は細く、連なる馬車は縦一列にならざるを得ない。横は崖と川だが襲撃をかけるにはうってつけの場所であるため、護衛も隊商の人たちもピリピリとした空気に変わる。
通常こうした場所の前後では簡易的な駅が設置され、国直属の兵士が常駐して有事に備えている。また小規模の隊商は大きい隊商と一緒に危険地帯を抜けたりする事もあるので、こうした場所で休憩兼大きい隊商を待つ事もある。
オンドル達の一行も出来れば他の隊商と一緒に行きたかったのだが、あいにく駅にはどの隊商もいなかった。
「いないかぁ。おうい! 兵隊さん! 賊の動きはどうだい!?」
オンドルが駅の前にいた獣人の兵士に声を掛けると、駅の方からも返事が返ってくる。
「ここ二、三日は聞かないなぁ! 大丈夫だと思うぞ!」
「わかった! ところで、ムルジの毛並みはどうだ?」
「最近は絶好調さ、昨日も元気に坂を駆け下りたり川遊びしてたぞ!」
「そうか! ありがとう!」
駅を通り過ぎ、オンドルの一行は森の中へと入って行く。
「ムルジの毛並み?」
「あとで説明する、今は先を急ぐぞ」
ザイオンは笑みを消して、カイルの言葉にそう返す。雰囲気の違いを感じ取ったのか、誰も何も言わずに黙々と森の中に入っていく。
やがて少し進んだところでオンドルが停止を命じた。渓谷が近いのか、森の葉の擦れる音に混じって川のせせらぎの音が聞こえる。
「総員、敵襲に備えよ。捨て荷の準備もだ」
声を潜めて命令が飛ぶと並ぶ六台の馬車の周りで、獣人や護衛が慌ただしく動き出す。
「カイル達も絶対盗られたくない物は奥に隠しておけ」
「賊が来るんですか?」
「あぁ。さっき言ってたムルジの毛並みってのはな……」
そう言ってザイオンは説明を始める。先程の駅はツァングルード山脈に住む獣人の隊商が、必ずと言っていい程通る場所だ。その為に隊商の安全を図るためにこうした暗号が使われている。この場合、ムルジの毛並みという言葉にさしたる意味は無い。問題はその後だ。
まず絶好調とは賊の様子を指す。つまり最近賊が出たという事だ。坂を駆け下りたり川遊びをしたというのは、そのまま賊の襲撃の手口を指している。
「なんでそんなややこしい方法を取るんですか? それに賊が来るなら、一旦あの駅で待てばいいのに」
「カイル。例えばカイルが賊だとして、自分が隊商を襲いたいのに駅にいる兵士がそれを邪魔してるとすればどうする?」
「うーん……その兵士を脅すとか?」
「そう、まさにその通りだ」
賊は自らの縄張りの近くの駅にいる兵士に対して、あれこれと脅しをかける事がある。何とかして駅に常駐する兵士の弱みを握り、それをネタに強請るのだ。こうしておけば自分達の事が通報される事も無く、仕事がやりやすくなる。
そうだと分かっていても通るのは、結局他の隊商と一緒でも襲われるには変わりないからだ。賊が襲うのを止める程強力な護衛を従えた隊商など、この駅にはそうそう通らない。
そして誰かが犠牲になって賊を満足させない限り、他の隊商が犠牲になる事となる。何もツァングルードに向かうのは獣人だけではなく、逆に物を売りに来る人族の商人だっているのだ。だがそれらの商人は利益のほとんど出ない半ば慈善事業に近いもので、道中に賊が潜むような場所があるとなればそれを恐れて来なくなるかもしれない。
故に獣人の隊商は、捨て荷と呼ばれる賊にくれてやる荷物を予め用意し、もし襲われたら捨て荷を置いて全力で逃げるのだ。こうする事で隊商は最低限の損失でその場をやり過ごすことができ、賊としても成果無しという訳ではないので面目は立つ。
獣人達にとっては生活が懸かっており、それでいて賊にとっては安定して略奪が出来る場所。それがこの渓谷なのだ。
「でもそれって国軍に依頼すれば……」
「昔からしてるさ。だが国軍も賊の掃討なんてしだしたらキリが無いし、向こうもそれが分かってるのか軍が来たらあっという間に行方をくらませる。毎度成果無しで帰っていくのにはもう見飽きたよ」
ザイオンは半ば諦めの表情で説明しながら、馬車の後部に捨て荷を用意した。縄で繋がれており、自らの短剣でいつでも切り落とせるようになっている。
やがて渓谷を少し走ると、馬に乗り前を歩いていた護衛が急に剣を抜き時を同じくして飛んできた矢を叩き落とした。
「敵襲ー!」
叫び声が谺するより早いか、次々と矢が射かけられ馬車の幌に穴を開け、隊商の人々の肩や足を穿つ。
「全速力! すぐに渓谷を抜けろ!」
オンドルの声が響き馬車は急速に速度を上げる。幌から僅かに顔を出してみれば、左手の崖から賊が次々と降りてきて、右の一段低い所を流れる川からも数人の賊が上がってくるのが見えた。
一旦走り出した馬車はすぐに止まった。行く手を阻むように賊が立ち塞がったからなのだが、最後尾を走っているカイル達の馬車にはその様子が分からないのでますます不安が心を苛んでいく。
――どうしよう、どうしよう、どうしよう……
何も出来ない苛立ちもあるし、あの矢に当たって死んでしまうかもしれないという不安もあったが、隣で同じく恐怖に身体を震わせるサラを見てカイルは自分がこれではいけないと気を持ち直す。手にした魔法杖を今一度握り直して外を見やると、賊と護衛や戦える獣人との混戦が繰り広げられていた。
咄嗟にザイオンの姿を探すと、賊の剣を受け止めジリジリと睨み合っている。刹那、背後から斬りかかろうとする他の賊の姿が見えた。
「危ない!」
カイルは半ば反射的に杖を向け、突風を生み出し敵にぶつけた。力加減をしなかったが四本線の魔法杖の生み出せる魔法などたかが知れている。
敵は突如自分を襲った突風にたたらを踏んで数歩下がったが、すぐに体勢を立て直すやカイルの方を見て笑みを浮かべた。
次はお前だ、とそう言われた気がしたカイルは逃げなければという気持ちとは裏腹に身体が硬直してしまって動かない。賊もやれると踏んだのか、カイルの方に向かって無造作に足を進める。だがそれが致命的な隙となった。
護衛の一人が素早く賊の横へ回るや、その胴を切り裂いた。賊は何が起こったのか分からないと言った顔のまま、はずみで川へとゴロゴロと転がっていく。
賊の血飛沫を浴びて尚呆然としていたカイルは、思いがけず強い力で馬車の中に引き戻されて正気に戻った。
「カイル! 何やってんの!」
見るとサラが泣きそうな顔をしてカイルの両肩を掴んでいた。
「無茶しないでよ! カイルに何かあったら私……」
そう言うなり胸に顔を埋めてしゃくり上げる。初めて見るサラの姿に戸惑いつつ、カイルは自分の軽薄さを恥じた。
頭が真っ白になって何も考えずに使った魔法杖は、確かにザイオンの危機を救う事は出来たがあれでは自分が身代わりになったようなものだ。タイミング良く護衛の人が助けに来てなければ自分はあそこで殺されていたかもしれない。
魔法杖の使い方を父ウェルズから教わった時、最後に言われた事を思い出した。
"武器は構えたその瞬間から、自分にも向けられていると心得よ。武器を抜いたその瞬間から、命を懸けていると思え"
ウェルズは商人の頃に知り合った剣術使いの受け売りだと言っていたしその時は意味がよくわからなかったが、今はよくわかる。生半可な気持ちで武器を振るってはならず、一度決めたからには自らも死ぬ覚悟で使えという事だ。
カイルはまだ胸元で泣きじゃくるサラの背中に手を回し言った。
「ごめん。でもみんなを守らなきゃ」
泣き跡の残るサラから離れると同時に、再び馬車が動き出した。オンドル達の先頭集団が立ち塞がっていた敵を掃討したのだ。
「縄を切れ! 逃げるぞ!」
誰かの声が聞こえ、乱戦から戻ったザイオンが素早く捨て荷を繋いでいた縄を切る。他の五台の馬車でも同じことが行われ、先ほどまで止まっていた場所に十個ほどの荷物が散らばった。素早くそれらを回収にかかる賊を後ろに見ながら、馬車は徐々に遠ざかっていく。
「助かったか……」
ザイオンや他の獣人がそう言って一息吐くと、またもや矢が飛んできて幌に突き刺さった。
「クソッ! あいつらまだやる気だぞ!」
「捨て荷で満足しないのか!?」
普通賊は捨て荷を確保すれば満足して引き上げる。深追いしてそれ以上の獲物が得られるとも限らないし、返り討ちにもされかねないからだ。
だがそれでもなお追ってくるという事は、賊にとって余程この隊商でなければいけない理由があるのだ。
馬車の列の後方で護衛と賊が入り乱れ、走りながら乱戦を繰り広げる。その中でシルフィはある人物の顔を捉えた。
「ね、あの護衛の茶髪の若い人……さっきから戦ってない気がする」
該当する人は一人しかいないので、他の者もすぐにそれが誰の事か分かった。確かに少し見ているだけでも明らかに賊と剣を交えず、他の護衛の動線の邪魔になるような事さえしている。
やがて茶髪の男は膠着した戦線に痺れを切らしたのか、今まで抜いていなかった腰の剣を抜くや護衛を立て続けに二人切り裂いた。全く油断していた護衛は為す術無く落馬し、その姿はみるみる遠ざかっていく。護衛が二人離脱したのを機に、一気に戦局は賊に優勢となった。
賊の数は十人以上、しかも全員が武装している。まともに戦っても勝ち目は無い。勝てる方法があるとすれば、賊を一網打尽にできる何かが必要だ。
魔法杖の出来る範囲で何かいい案は無いか。その時、カイルの脳裏に一つの可能性が浮かんだ。少し前に学園で習った、川や海に雷が落ちると水面に近い所にいる魚は感電するという事だ。水は電気を通しやすく、それは魔法杖があれば再現できる。
「皆さん下がって! 下がってください!」
カイルが力いっぱい叫ぶと、護衛は戸惑ったようにこちらを見る。普通は戦いの最中に十三歳の子供の事を聞く護衛などいない。だがカイルが魔法杖を持っているのを見て、何か魔法を出す気なのだろうと護衛達は素直に引き下がった。とは言え魔法杖が戦局を大きく変える事などそうそう無く、せいぜい時間稼ぎをして一時の休憩時間程度が稼げればいいという風にしか護衛達は思っていなかったが。
だがその予想はいい意味で裏切られた。賊も子供が魔法杖で何が出来るといった様子で、実際に頭上から水を被せられたところでまだ笑っていた。
だがカイルは数回水を生み出し、しっかりと賊を全員水浸しにした。そして雷魔法を、せせら笑う賊に向けて躊躇いも無く打ち出す。
所詮は四本線の魔法杖の生み出すもので、そこまで強い魔法ではない。だが油断していた賊に痛撃を与える隙を作るには十分すぎた。
「いてぇ! なんだこれ!」
「うわっ、ビリビリするぞ!?」
軽い火傷が出来るぐらいの強さの電撃ではあったが、それでも思いもしない出来事に見舞われれば誰でも一瞬は怯む。そしてそれを見逃さないのが護衛達だ。
「今だ! 一気に押せ!」
殺到する護衛に賊は対処が遅れた。運悪く近くにいた者は斬られ、そうでなければ散り散りになって今来た道を逃げていく。
護衛の何人が矢を射かけたが、それでも数人は逃してしまった。だがひとまずの危機は去ったのだ。
馬車を止め簡易ながら損害の確認をしていると、護衛の一人がカイルに話しかけてきた。
「ボウズ、あんた名前は?」
「え? あ、カイルです」
「カイルか、いい名前だ。俺はメジル、アコーズの冒険者だ。さっきの攻撃、いい機転だった。助かったよ、ありがとう」
メジルという壮年の男が頭を下げる。見れば一番年上のようで、護衛をまとめる立場なのだろう。
「あの若ぇ茶髪のが賊と通じてたようだ。オンドルさんが普段より金を持ってるらしいとかで深追いしてきたらしい。全く、誰も信用できねぇな」
「いえ、でも無事で何よりです。自分も無茶をしてしまったので……」
「そうだな、考え無しに武器は振るうもんじゃない。だがよく考えて使えば絶大な力を発揮する。しかも魔法杖でそれをやるヤツなんて、長いこと冒険者で食ってるが初めて見た。大事にしろよ、将来何になってもきっと役立つ」
「はい……! ありがとうございます!」
今度はカイルが頭を下げると、メジルはチラッと後ろを見やって笑った。
「ハハハ! ま、今はな。お前の事が心配で心配で堪らなそうな、嬢ちゃん達を大事にしてやんな」
メジルはそう言って仲間の護衛の元に向かう。カイルが後ろを振り向いてみると、やはり泣き出しそうな女性陣がいた。
「バカ! 無茶するなって言ったのに!」
口火を切ったのはサラで、その後からシルフィとレイティにも色々と言われる。最後にタロスにはめちゃくちゃ尊敬の眼差しを送られた。タロスは初めて見る実践に慄いてしまい、せっかく買った長剣も振るえなかったそうだ。
無事に一行は渓谷を抜け、抜けた先にある駅で昼食を摂ると再び先を急ぐ。ツァングルード山脈まではまだ遠いが、この渓谷が道中の一番の危険地帯なようでもうほとんど襲われる心配は無いようだ。
その日の夜遅く、隣で眠るサラをぼんやり見ながらカイルはひっそりと誓った。
もう二度と泣かせたりしないと。
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