ドラゴンを見に行こう〈前編〉
十月が見えてくると、次第にクラスはそわそわした空気に包まれる。学校の外に出て様々な場所を見学し、見識を深める行事。
要するに校外学習が近いのだ。
行き先は毎年十月に入った際に発表されるのが恒例のようで、既に上級生からそんな話を聞かされているカイル達新入学年は今年はどこに行くのかとウキウキ気分だ。
何せ普段の授業は教室や体育館や校庭のみ、授業で学校の外に出るなんて滅多に無い。やはりこういう普段と違う行事は、皆が楽しみなのだ。
そして月が変わり最初の授業の日、いつもより騒ついている教室にロメル先生が入ってくる。
「はいはい。それじゃ朝のホームルームを始めるわよ」
「起立!」
先生の声と共に皆が立ち朝の挨拶をする。着席すると、早速先生は皆が知りたくてうずうずしていた事を話はじめた。
「さて、みんなも色々と聞いてるとは思うけど……今日は今月にある校外学習の行先を発表します」
その言葉にクラスの皆が色めきだつ。すぐに先生が鎮めると、黒板に一文字ずつ行先を書いていった。
"ミリウス王国陸軍……"
そこまで書くと皆の顔にハテナマークが浮かぶ。兵隊さんの所に行くの? と。
"アコーズ駐屯地……"
これはまぁそうだろう。あまり遠くに行く筈が無い。
"第三王国防衛隊……"
ごく一部の物知りのクラスメイトが「まさか」と言ったような表情をする。サラも例外ではない。
"竜騎士部隊"
二つぐらい隣のクラスにまで聞こえるんじゃないかと言う大声がクラスを包んだ。慌てて先生は静かにさせたが、隣の教室の先生が見に来ている。皆と同じく大声を上げたカイルは、ごめんなさいと内心で謝った。
ミリウス王国陸軍第三王国防衛隊竜騎士部隊。つまり、先日の魔物騒動の時に出てきて帰り際に負傷者の搬送の為に学園の校庭に降り立ち、カイル達低学年の心を一瞬にして奪っていたドラゴン部隊である。
「皆も分かってると思うけど、ここはつまりこの前の騒ぎの時に来た兵隊さん達の事ね。じゃあ前から校外学習の流れを書いたプリントを配るから、後ろに回してね」
カイルの席は一番後ろなので最後に受け取る。余ったプリントを前に送り返しつつ、目はもう釘付けだ。
校外学習は月の半ばのようで、まだ半月ほどある。それまでにまずは自分達で軍やドラゴンの事を調べ、後は兵隊さん達に手紙を書いたりもするらしい。あんなにカッコよかった竜騎士達に直接会える機会が突然やって来たので、カイルはもうワクワクして仕方なかった。
*
あっという間に時は流れ、遂に校外学習の当日。一日がかりで行われ、徒歩でアコーズ郊外にある駐屯地まで行って中を見学させてもらった後、昼食を挟んでいよいよドラゴンと会えるらしい。
二列に並んで行儀よく王立学園を出発した一行は総勢九十名。アコーズ王立学園は一学年辺り三十人のクラスが六つあるので、そのうち半分を連れ立っているわけだ。
ちなみにもう半分は別の日に、同じ竜騎士部隊の所に校外学習に行くらしい。
街中を歩き歩き、街の門の外に出る。出ればすぐに軍の駐屯地だ。
駐屯地に入る十歳の学童を門の兵士は敬礼して迎える。それだけで何か特別な気分になれるのだから不思議である。
午前中は駐屯地の中の見学である。これが大砲、これが機関砲とか色々と教えてくれはするが、大体の男の子は興味津々で見ているし、女の子は興味無さげに見ている。
だがカイルとサラは興味が無いどころか、早く午後にならないかとうずうずしていた。
「早くドラゴン見たいね」
「ほんとね。色々と聞けたらいいんだけどな」
色々な話を分かりやすく、そして面白おかしく説明してくれる兵隊さんを見ながら、二人の心はここには無かったのだ。
昼食を食べると待望の竜騎士部隊の見学の時間だ。
竜舎は主戦力という事もあり、駐屯地の中心にある。しかも放牧地の周りを壁で囲い、外部からその様子を窺えないようにしている徹底ぶりだ。
兵隊さん曰く、ドラゴンは国を守る大事な戦力で、もし外国がこの国を攻めようとした時にこちらのドラゴンたちの様子を知られない為に壁があるのだという。
壁のドアを抜けて内側に入ると、前の方から徐々に騒めきが広がる。カイルもワクワクしながらドアをくぐると、目の前の光景に息を呑んだ。
「すっげぇ……!」
思わず叫んだ。すぐ目の前には自分たちを出迎えるように三頭の竜が並び、向こうも落ち着かなそうに翼や尻尾をソワソワと動かしている。
その迫力たるやハルピアに勝るとも劣らず、陽の光を眩しく反射して煌く鱗は遠目で見たそれよりも遥かに美しく猛々しかった。
「綺麗……」
カイルの隣でサラがそう呟く。カイルもその通りだと思った。
しばし息を呑んで竜を見上げていると、やがて案内していた兵士の説明が始まる。
「さて、この前逸れが出た時に君達の学園にドラゴンたちが降りたと聞いているからね。この姿を見た人もいっぱいいるだろう。みんなはこのドラゴンを見てどう思った?」
「カッコよかった!」
「強そうでした!」
「怖かった……」
「怖くなんかないよ! カッコよかったよ!」
色々な意見が出た事に満足したように、竜の脇にいた兵士は笑みを浮かべて頷き前に出てきた。
「ありがとう。カッコいいも強そうも、そして怖いとも俺……私達は思ってる事なんだ」
竜騎士がそう言うと皆が意外そうな顔をする。竜を乗り自在に空を飛び、そして魔獣や敵を狩る。そんな竜騎士が"怖い"と思っているのが意外だったのだ。
「この竜はなぁ、確かに強い。自分も憧れてこの竜騎士部隊に志願したけど、初めて間近で見た時は怖かった。ドラゴンは人に慣れるとは言え、最初は心を開くまでが大変なのさ」
竜騎士が感慨深げにドラゴンを見上げると、そのドラゴンも察したように顔を竜騎士の元に持って行って撫でてもらっている。とても怖いという印象が湧かないほどだ。
「こんな所を見るとあんまり怖いって思わないかもしれないけど、でもドラゴンはな。こう言うことも出来る」
そう言うなり竜騎士はドラゴンの背に掛けられた鞍からあっという間に飛び乗るや、離れた場所に置いてある大人の背よりも大きい鉄の塊を運んでくる。
見守るカイル達の少し離れた所にその塊を落とすと、ドシンという振動が足元まで伝わった。
「さて、見ての通りこれは鉄の塊だ! ちょっと触ってみて!」
促されるままに一番前に座っていたクラスメイトが触る。
「冷たくて硬いです!」
「その通り! それは鉄だからね、じゃ離れてて。よーく見ててね!」
竜騎士の指示の下でドラゴンは低空で一回転して見せると、その鉄塊に向けて炎を噴き始めた。少し経つと鉄塊は噴き付けられている所からみるみる赤くなり、やがてドロドロと溶け始める。
少し溶かすと火を噴くのを止め地上に降り立ち、竜騎士が降りてくる。それを学童たちは唖然とした様子で見ていた。
「この通り、ドラゴンの噴く火はこんな鉄ぐらいだと溶かせてしまう。これを家や人に向けたらどうなるか分かるよね?」
誰も答えなかったが、そんな事は考えるまでも無い。
「でもそれを制御して乗りこなすのが僕達の仕事ってわけだ。もしかしたらみんなの中にもドラゴンに乗りたい、竜騎士になりたいって子はいるかもしれないけど、その為にはいっぱい勉強していっぱい訓練して、知識と力を付けなきゃならないんだ」
*
その後は質問の時間が設けられ、皆が思い思いに色んなことを質問する。もちろんカイルやサラもだ。
「ドラゴンに乗ってる冒険者もいるんですか!?」
そんな微妙にズレた質問を飛ばしたのはカイルだ。
「そうだなぁ、本当にたまにだけど見る事もあるね」
「そう言う人たちって、どうやってドラゴンに乗っているんですか?」
うーんと竜騎士は少し悩み近くの上官と一言二言交わすと、改めてカイルに向き合った。
「ドラゴンはミリウスでは基本的に人の手で幼い頃から育てるんだけど、中には野生のドラゴンの棲み処から卵を取ってくる時があるんだ。もしかしたらそういう冒険者は、卵を取ってきて孵して育ててるのかもしれないね。あ、もちろん場所は教えられないよ」
竜騎士の言葉には半分嘘があった。野生のドラゴンの棲み処から卵を取ってくることは確かにある。だが経験の無い者が竜の卵を孵し、成竜にまで育てるのは不可能な事だ。
現実には各国にある自ら孵化させ育てている大なり小なりの竜騎士部隊では、ミリウス王国軍も含めて生まれたばかりの幼竜が消える事がある。その実、兵士が幼竜を売り飛ばしているという話だ。
と言うのも幼竜を密売する組織が存在し、竜騎士の聞くところによれば一頭売れば十年は遊んで暮らせる程の大金が手に入るのだという。国軍とは言え俸給が決して良いわけではない。民間に奉職するよりかは良いが、裕福な暮らしが出来るという程でもない。なので一攫千金の為に竜を売るという訳だ。
だがそんな世間の泥臭い話を十歳の子供にしてもしょうがない。当たり障りの無い優しい嘘を吐くと、子供たちは多様な顔をして想像を膨らませる。今はまだそれでいいと竜騎士は思っていた。
次に質問したのはタロスだ。
「獣人も竜騎士になれますか?」
「お、君は……狼獣人か。もちろんなれるさ、ちょっと待っててね……」
質問に答えるや兵士は近くの詰め所へと走り、戻って来るときにもう一人の竜騎士を連れてきた。見れば頭には犬耳があり、尻尾がゆるゆると振れている。
「待たせたね。こいつは見ての通り犬系の獣人だ、今日は休みだからいないけどエルフの竜騎士もいる。自分がたまたま人族だから誤解があるかもしれないけど、何も人族でなければ竜騎士になれないという訳じゃない。竜騎士は確かに軍の中ではエリートだけどみんなも軍に入って決まった試験に受かれば、人族も獣人もエルフも、男も女も誰だって竜騎士さ」
タロスは目を輝かせてありがとうございますと言った。いくらミリウスに種族による差別が無いとは言え、やはり心の底では差別を感じている所があるのだ。それが実際に獣人やエルフの竜騎士もいると言われれば、自分にもチャンスはあると感じて当然なのだ。
「じゃ次の人は……君だ」
そう言って指名されたのはサラだ。カイルは物知りなサラがどんな質問をするのか内心で気になっていた。
「はい。竜と心を開くってどうやってやるんですか?」
「それはなかなか答えづらいな……ちょっと待っててね」
応対する竜騎士は再び上官の元に駆け寄り何やら話すと、戻ってサラを手招きした。
「じゃちょっと失礼するよっと」
竜騎士はそう言ってサラを抱えると、そのまま鞍を昇っていく。
「ずるーい!」
「僕も乗りたい!」
そんな声に後で乗せてあげるからと言いつつ、竜騎士はサラと一緒にドラゴンの背に跨った。
「どう? 怖くない?」
「高くて少し怖いですけど……でも、綺麗です」
竜騎士はほう、という顔をする。その竜騎士も歴戦のベテランで、後輩を何人も育成している。だが新人をまず竜の背に乗せてきて、大体の反応は「思ったより高い」「怖い」とかそう言ったものだ。
だがこの少女は違う。竜の背に乗って「綺麗」だと言う。
確かに竜の背から見えるその背中、見える景色は格別なものだとその竜騎士も感じていた。だがそれはこの高みから地上を見下ろす時、地にあらゆる敵は無く魔獣だろうが敵兵だろうがすぐに屠れるであろうという過信から来るものだ。
不意に悪戯心が湧いて、ある事を思いついた竜騎士はサラに言った。
「さて、じゃ鞍をちゃんと掴んでてね」
「えっ?」
言われるがままに鞍を掴むのを見るや、竜騎士は「飛べ!」と叫んだ。クラスの皆が騒然と見守る中、竜は騎士とサラを乗せて力強く地を離れていった。
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