竜騎士部隊登場
「また!?」
「魔獣かな……」
安心したのも束の間、再び鳴らされるサイレンにクラスの恐怖と緊張は一気に高まる。
「みんな! いつでも逃げられるように準備しておいて!」
先程と違いロメル先生は皆に避難の準備をさせる。ロメル先生の経験上、逸れが一度現れた後は後を追って魔獣に限らないがより大型で強力な獣が現れやすいと言う。逸れという名の餌を追って街に接近し、街から漂う匂いに釣られてそのまま入ってこようとするのだ。
少し経つと他の先生が教室に飛び込んできた!
「みんな避難だ! Aランクの魔獣だそうだぞ!」
ランク別の怖さはついさっき教わったばかりだ。パニックになる寸前でロメル先生ともう一人の先生が誘導し、なんとか校庭まで逃げ出す。万が一魔獣が街の門を突破するような事があれば、王立学園の沢山の生徒を連れて街中を避難しなければならない。教師たちの顔にも緊張が張り付いていた。
校庭に出ると既に学校の外には、避難しようかどうしようかと不安げな人たちがいっぱいいた。災害時には学校は一時避難所となるために、魔獣が来た時にもこうして学校に来るものは少なからずいる。
だが魔獣からの避難は、とにかく安全と思われる場所としか定められていない。と言うより、魔獣がどこを襲うかが分からない為にそういう曖昧な事しか言えないのだ。
「あれは……?」
まだまだ建物の中からぞろぞろと人が出て来る最中、生徒の一人がそう言って指差す。つられて空を見た先生の一人の顔がほっと弛緩した。
「みんな! 竜騎士部隊だ! 軍の竜騎士が来てくれたぞ!」
先生の声の直後、太陽を背にいくつもの巨大な影が空を覆った。空を見上げれば逆光でよく見えないがハルピアとは違い武骨な出立、頭の長い角、ハルピアに比べると大柄な身体が見え、まさに竜の力強さを象徴するような姿だ。
編隊を組んで空を飛ぶ姿は頼もしい限り、知らずのうちに低学年を中心に「がんばれー!」「魔獣なんかやっつけろ!」という声が飛ぶ。
カイルも皆と一緒にエールを送っていたがふとサラの方を見ると、ぽかんと飛んで行った竜騎士の方を見ていた。
「サラ、どうしたのさ」
「え? あぁ……いいなぁ、と思って」
「何が?」
「あの竜騎士みたいにさ、空を飛んでどこまでも行けるって羨ましく思わない?」
「うん、よく分かる。僕も空を飛んでさ、まだ見た事のない街とか行ってみたいもん」
それはカイルの偽らざる本音だったが、想像してた返事と違ったのかサラは一瞬戸惑った。
「本当に? いや、そう言えば……熱気球で空を飛んでなんて言ってたね」
「サラこそ、ドラゴンで旅したいって言ってたじゃん」
なんだか可笑しくてサラが笑い、つられてカイルも笑う。
ドーン! という轟音が響き、浮かべた笑みが凍りついた。驚いて音がした方を見ると、建物越しに煙が上がっているのが見えた。
よくよく見れば遠目にドラゴンが火を吹いているのが見える。その力は圧倒的で、Aランクの魔獣がいくら出てこようともやっつけられるんじゃないかという頼もしさがあった。
そのまま少し経つと、やがてサイレンの音が止んだ。討伐が完了したのだ。
「さすが竜騎士だ!」
「俺も竜騎士目指そうかなぁ」
「アンタはまずもっと食って力つけなよ」
校庭を埋め尽くす生徒達からはやんややんやと喝采の声が飛び、皆が口々に竜騎士の強さに感嘆していた。国軍の中でも竜騎士部隊がエリート中のエリートなのは皆が知っている。
やがて安全を確認し低学年から校舎に戻ろうとした矢先、先生の一人が血相を変えて教師陣の元へと走って行った。学校外への避難となった場合にすぐに逃げられるよう、教師陣の近くにいた低学年クラスは教師達の話が丸聞こえだった。
「負傷者がいるらしくて、校庭にドラゴンを降ろさせて欲しいそうだ!」
「なに? すぐにか」
「そうらしい。急患で医療学校病院へ担ぎ込むそうだ」
アコーズ王立学園のすぐ近くには、王立医療学校が併設されている。
ハルデヒトの父である現国王の発案の下、国の医療体制の充実を狙った政策で、こうした急患の際には王立学園も協力するとの契約を締結している。
だが協力とは言え、それは大規模災害や大火があった時など大量の負傷者が出た時の話で、言ってしまえば逸れが来た程度では前例が無かった。
それが偶然竜騎士部隊が出動し、その竜が運んで来れるという条件が重なってこんな事態になったというわけだ。
ドラゴンが降りる場所を確保する為に大急ぎで生徒達を校舎に戻す。カイル達のクラスも慌ただしく教室に戻り、ロメル先生も一安心といった表情だ。
「降りてきた!」
窓際のクラスメイトがそう言うと、皆が一斉に窓際にへばりつく。
カイルやサラは窓際の席だったので外の様子をまじまじと見る事が出来たが、タロスやシルフィはそうもいかないようで他の生徒と同じように頭だけ出して何とか見ようと頑張っている。
ややあって、二頭の竜がゆっくりと降りてきた。背中には騎士と負傷者らしき人が乗っている。
砂埃を舞い上げて地上に降り立つと、待機していた医療学校の人が素早く竜の背から負傷者を下ろし、持ってきていた担架に載せる。
そうまでして運んで来なければならない負傷者なので怪我の具合はだいぶ重く、ロメル先生はその安否を案じていたが、クラスメイトは全員がドラゴンに釘付けだった。
「すげぇ……大きいなぁ……」
「あのウロコは硬いのかな? 触ってみたいな」
「はじめて見た……」
皆が口々にそんな声を上げる中、カイルもまたハルピアとは対照的な空の王者に目を奪われていた。ハルピアが美しい体毛で身体を覆い優雅さや気品すら感じさせる出で立ちなのに対し、ドラゴンは全身を鱗で覆い見るからに強そうな印象だ。ちょっとやそっとの攻撃じゃ傷も付かないだろう。
「でもあんな生き物に、自由に乗れるのかなぁ」
カイルが呟くとすぐさま隣にいたサラが反応した。
「乗れるんだって。竜騎士部隊の竜は赤ちゃんの頃からお世話して、それで面倒を見るみたいよ」
サラ曰く、竜は家畜と違い人の手で繁殖させるには手間がかかりすぎるのだという。なのでミリウスのようなその手間をかけられる国の他は、竜の生息地まで赴き巣に忍び込み卵を取ってくるのだという。だが勿論卵を取られまいと親も必死で抵抗するので、報酬は良いが怪我したり最悪生きて帰れなかったりするとかでハイリスクハイリターンな依頼として冒険者たちには馴染みの依頼の一つなのだという。
そうして捕らえられたり生まれたりした幼竜は竜騎士達や竜をお世話する専属の兵士達に直々に育てられ、その傍らで飛行訓練や攻撃などの訓練を受けるのだという。
ドラゴンの鱗はとても固く、並の矢などは弾き返してしまえるほどだ。そして体内に火を作る器官があるらしく、火を噴いて攻撃をする事が出来る。
だが火を用いた攻撃は近距離での戦いに限られ、もっぱら遠距離攻撃は背に乗る兵士の役目なのだそうだ。
揺れるドラゴンの上から矢を射っても命中率などたかが知れているので、銃を主な武器とするのだという。しかも普通の銃ではなく、機銃のような大きな銃を載せているようである。
気が付けばそんなサラの説明を皆が聞き入っていた。サラの博識は皆がもう知っていたが、ここまで来るとやはり同じ十歳とは思えない。
「サラってホントに色んなこと知ってるよね」
「どこで知ったのさそんな事」
えーと、と困惑しているとあるクラスメイトが何の気なしに言った一言でサラが声を荒げた。
「実はサラもどこかの貴族の子だったりして?」
「貴族なんかと一緒にしないで!」
そのクラスメイトは慌てて謝ったが、サラも気まずそうに「ごめん」と小さく呟いた。貴族相手に"なんか"と見下す事を言うなんてまずありえない事だ。誰も口には出さなかったが、皆が思っていた。サラスティアは何者なのかと。
「はいはいみんな、元の席に戻って!」
ロメル先生がサラにとっての助け舟だった。皆は校庭で水を飲ませてもらっているドラゴンから目を離し、渋々と言った面持ちで自分の席に戻る。
「じゃあ授業を……って思ったけど、みんな竜の事についてもっと知りたい?」
「知りたいです!」
「僕も!」
「わかったわかった。じゃ博識のサラスティアちゃんに変わって、ここからは私が説明するね」
何となくサラが普通の子じゃないと感じていたロメル先生だったが、今の発言で少なくとも貴族との間に何か隠したい出来事があって、なんなら貴族に対して敵愾心さえ抱いているだろうと見抜き、これ以上サラが質問攻めに合わないよう自分から授業を潰してまでドラゴンの話をすることにしたのだ。それを知ってか知らずか、サラはロメル先生の方を向いて小さく頭を下げる。
本当に賢い子だ。過去に何があったかは知らないが、もしかしたら将来は化けるかもしれない。ロメルは内心でそう感じながら、教えて教えてとせがむ生徒達を前にドラゴンの事について教えるのだった。
*
その日の授業が終わり帰りのホームルームも終わると、窓際の自分の席でサラはカイルの質問攻めにあっていた。
「へぇー、しかしほんとサラは色んな事知ってるなぁ」
「ドラゴンに関しては、色々と本を読んだりしたから……」
「そうなんだ。僕はあんまり難しい本なんて読まないからなぁ」
実際のところ、本も気軽に買えるほど安いものでは無い。カイルの年代が読むような少年少女向けの本はそれでもなるべく安価に設定されているが、サラが読む本はその二倍も三倍も値が張るようなものだ。
「でもサラはさ、貴族が嫌いなの?」
「……どうして?」
「貴族なんか、って言ってたからさ。いや、僕だって特別に貴族が好きなわけじゃないけど、だからと言って嫌いでも無いしさ。でもサラは何かあって嫌いなのかなって」
やっぱりその話題か、とサラは少し後悔する。勢いに任せてあんな事を言ってしまったが、当然自分の過去についてあれこれ聞かれるのは想像できたのに。
「……言いたくない」
サラにはそう言うのが精一杯だった。公然と存在しているのに無いとされている、それでいて誰もが知る奴隷階級。貴族の妾と言うものは全てがそうでは無いが、奴隷階級が多い。
奴隷である妾の子供もまた、奴隷だ。そして世の中には妾の子供と言うだけで奴隷階級と決めつけ、心無い言葉を掛ける者も大勢いる。サラは自分もそうだと言ってしまったら、せっかくできた友達からも酷い言葉を掛けられるのではないかと怖かったのだ。
しかしサラの予想に反して、カイルから返ってきた言葉はとても簡単なものだった。
「ふうん。ま、何でもいいや」
「……いいの? 貴族に反対する人なんかと一緒にいて」
「いいも悪いも無いよ。何があっても、僕はサラの味方だから」
カイルの言葉を聞いた瞬間、サラは目から涙が零れるのを止められなかった。母にも友達にも寮母にも、自分は剛いんだという所を見せたくて気丈に振る舞っていた。だがそうしてストレートに、自分の隠している部分も気にせずに味方してくれる人は初めてだったのだ。
「え、え? どうしたのサラ、僕何か嫌な事言っちゃった?」
「違うの、違くて……」
女の子が泣いてるとなれば、わらわらと残っていたクラスメイトが集まってなんだかんだと騒ぎ出す。
「せんせー! カイルがサラの事泣かせたー!」
「ぼ、僕は泣かせてないよ!」
「じゃなんでサラちゃん泣いてるのよ」
「知らないってばー!」
結局サラが皆を宥めて一件落着し、皆はめいめいに帰りだす。カイルと下駄箱の先まで一緒に帰って別れ、寮の自室に戻ると同部屋のルミアスは先に戻って宿題をやっていた。
「おかえり、遅かったね。って、サラ泣いたの?」
「え、わかる?」
「涙の跡付いてるもん。でもその割には……なんか元気そうね」
言われて鏡を見てみると、確かに目の下に涙の跡が付いていて、それでいて無意識のうちに笑っていた自分がいた。
「ふふ、そうかもね。心のつっかえが取れたような気がしてね」
ルミアスは不思議そうな顔をしたが、サラにとって物凄く充実した一日になった事は間違いなかった。
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